第1話

文字数 1,945文字

 私の名前は、松武こうめ。とある巨大な新興住宅地に住む、専業主婦です。

 最近、周囲で話題になっているのが『路上駐車』問題。じつは、つい先日も隣町で、路駐していた車の影から飛び出した子供が、走行して来た車と接触する事故が起きました。

 幸いスピードが出ていなかったことと、子供の身体がボンネットに乗り上げ、転がる形で衝撃が緩和されたため、奇跡的に無傷で済みましたが。

 念のため病院で検査を受けることになり、救急車は来るは、パトカーは来るは、連絡を受けて飛んで来た親はパニックになるは、事情聴取と現場検証のために道路は封鎖されるは、何事かと集まった野次馬でごった返すは、住宅地内の狭い道路は大変な状態になったそうです。

 ですが、それは決して他人事ではない、ということ。

 迷惑駐車によって、ただでさえ狭い住宅地内の道路がさらに狭くなり、対向車とすれ違うにも、どちらかが一旦停止しなければならず、私自身も、飛び出してきた子供にヒヤリとした経験が何度かありました。




 この町は、都心からやや離れた郊外型の新興住宅地のため、ほとんどのお宅がマイカーを所有しており、すべての分譲地が駐車スペースを設ける前提で区画整理・販売されています。

 その際、区画整理組合からは、ゲスト用の駐車スペースの設置を奨励されていました。

 というのも、居住地のため公共の駐車場が極端に少なく、なるべく来客の路上駐車を回避させる目的と、お子さんの成長などで、将来マイカーが増える可能性に備えてのスペース確保のためです。

 とはいえ、土地に余裕がないというお宅も多く、実際にゲスト用の駐車場まで設けている家は多くないため、来客の車が路駐している光景は、しばしば見受けられました。

 ただ、それに対していちいち目くじらを立てる人はおらず、良識の範囲で一時的に路駐する分には『お互い様』というのが、暗黙の了解になっています。




 問題は、路上に常駐している車で、公園や空き地の前など、あまり文句を言われなさそうな場所に集中していました。

 停まっているのは同じ車で、その内1台の所有者は町内の方なのですが、ご自宅には駐車場が2台分しかなく、確信犯的に3台目の車を路上に常駐しているらしいのです。

 おまけに、年に一度くらいの頻度で新しい車に乗り換えていて、購入時に絶対必要な車庫証明がどうなっているのかも謎。

 住民からは、新車を買う余裕があるなら、お庭の一部を駐車場に改築するべきでは、という意見が多数あがり、町内会から注意勧告をされたのですが、そのお宅のご主人曰く、


「そうしたいのは山々なんですがね、何しろお金がないものですから」

「でも、新しい車を買うお金はあるんじゃないですか?」

「知り合いから、中古車を安く譲って貰ってるんですよ」

「では、せめてどこかに駐車場を借りませんか?」

「探してはいるんですけど、なかなかこの近くでは見つからなくて。もしどこか良い駐車場をご存知でしたら、是非教えて下さい」


 そうのらりくらりと交わしたのだとか。

 いっそ、駐車違反で検挙されれば少しは懲りると思うのですが、よほど悪運が強いのか、一度も捕まったことがないと自慢しているそうです。

 ルールやモラルなどどこ吹く風、自分の利益を優先することしか考えない人というのは、どんなに周囲がストレスを溜めていようとお構いなし。

 他にもいろいろと摩擦を起こしていて、いつかこの一家に天罰が下ればいいと密かに願っている人は、数知れません。

 言わずもがな、私も含めて。




 さて話は変わって、ここ最近、週末になると葛岡さん宅に見知らぬ車が停まっていました。勿論、路上駐車ではなく、かつてご主人の車が停めてあったスペースに駐車されています。

 当初は気にも留めていませんでしたが、翌週も、翌々週も、毎週末土曜日の朝になると、いつの間にかその車は停まっていて、月曜日の朝にはいなくなっていました。

 たまたま車から降りて来た現場に出くわし、遠目に見えたのは、奥さんと同年代の男性。お見かけしないお顔でしたが、親しげな様子からお身内の方だろうと思っていたのです。




 ちょうどその頃からおばあちゃんの様子がおかしく、大好きな噂話もなりを潜め、特にここ最近はイライラしているのが伝わって来ました。

 一か月が過ぎても、毎週毎にやって来るその男性に、近所では『誰?』という詮索が始まっていて、何人かがおばあちゃんに尋ねたものの、頑として話そうとしないのだとか。挙句、


「詳しいことは、嫁さんに訊いて頂戴~」


 と、はぐらかされる始末。

 普段、他人のことにはあれだけ口が軽いのに、そのギャップが余計にみんなの興味を引き、いったい『週末の君』が何者なのか、正体が分からないまま、皆の知るところとなっていったのです。



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