第4話

文字数 2,553文字

 相葉さんの出来事が他人事ではないと思うのには、私にも健一さん同様、母に溺愛されたがため、呆れるほどの依存体質に仕上がった弟妹がおりまして。

 私の母には、『年上は年下の面倒を見るのが当たり前』という独自のルールがあり、子供の頃から、弟妹がやらかしたことはすべて姉である私の責任にされ、母から理不尽に叱られることが多々ありました。

 長姉の私とは対照的に、年下という理由だけでまったく叱られないばかりか、まともに躾もされずに甘やかされてきた弟妹は、成人しても責任感や忍耐に乏しく、努力をしない残念な大人になったのです。

 なんでも他人からしてもらうことが当たり前という感覚の妹は、結婚して子供が出来てからも実家に依存し続け、子供が小さい頃は、週に4~5日は実家に入り浸りでした。

 幼稚園や小学校では、子供絡みの悩みやトラブルが絶えず、自分では上手く対処が出来ずに、『あの人がああだから!』『あの人のせいで!』と他人様に責任転嫁したり、八つ当たりしたり。

 そうしたところで問題が解決するはずもなく、挙句、妹に泣きつかれた母から、姉の私が助けてやらないでどうする、と意味不明な指令が出される始末。

 小さな子同士の喧嘩ならまだしも、とっくに成人して家庭を持ち、子供までいる妹に出来る事はアドバイスするくらいしかなく、それすらも本人が聞く耳持たないのですから、救いようがありません。

 それでも、妹はまだマシな方でした。

 さらに問題なのは、上げ膳据え膳で、甘やかされ放題に母から溺愛されてきた、長男で末っ子の弟のほうなのです。

 そんな弟が大学を卒業して就職したのは、祖父が創業し、父が経営を引き継ぎ社長をしている会社でしたから、本人は一度も就活をしておらず、最初から役員待遇での入社でした。

 私を含めた3人の姉弟の中で、最も弟が経営に不向きなのは一目瞭然でしたが、後継は私にという祖父の意向を無視し、勝手に『跡取りは長男(弟)に決定している』と周囲に豪語していた母。

 やがて祖父が他界すると邪魔者はいなくなり、母の思惑通りに先ずは妹を『役員』で、その翌年には弟を『次期社長』というポジションで入社させたのです。

 それまで、母自身も自分のお店を経営していましたが、ずっと赤字続きだったこともあり、弟妹の入社を機に閉店して、自分も父の会社の役員になり、あれこれ口を出すようになりました。




 その頃から、父の会社の経営が傾き始めるのですが、その原因の多くは、社員の人たちに対する母のパワハラにあったのだと思います。

 祖父への恩義や忠誠心から、祖父亡き後も、要所要所で会社を支えてくれていた古参のベテラン社員たちに対する母の暴挙を、止めることも咎めることもしない(出来ない)父に対する信頼が失墜するのに、時間は掛かりませんでした。

 祖父とは違い、父は人徳にも商才にも恵まれておらず、古参社員の退職をきっかけに次々と人が辞めて行き、新たに採用した新人では仕事が回らず、もともとそれをフォロー出来るような母や弟妹ではなく、文句を言うしか能のない幹部に呆れ、新人たちまで辞めてしまう悪循環。

 会社の窮地を救うために、母は私に手伝うように言ってきたのですが、私にすれば『何を今更?』としか言えません。なぜなら、私が新卒で父の会社に入ることを全力で阻止したのは、他でもない母本人だったのですから。

 当時、私は自分の仕事が忙しかったことに加え、恋人だった現在の夫の仕事を陰で手伝っていたこともあり、父の会社までフォローするのは無理な状態でした。

 私が手伝ったところで、戦力となる社員がいない状況ではどうしようもなく、会社を再建するために取締役会が開かれ、父の会社の持ち株会社であった国枝商事の傘下に吸収されることになったのです。

 即座に、多くの資金と優秀な人材が投入され、数か月もしないうちに会社の業績は回復したのですが、その代償として、父は代表取締役から顧問という立場に降格し、母と弟妹は解雇される形で会社を去りました。

 会社の窮地に手を貸さなかった私と、この人事に対し、かねてより因縁のあった国枝社長(当時)の采配に怒り心頭の母でしたが、それはまた、別のお話。




 その後、母は専業主婦になり、妹は結婚したのですが、弟は父や国枝社長の伝手で何度か就職したものの、結局は社会生活に溶け込むことが出来ず、仕事を辞めて働くこともしなくなり、親に養ってもらうままの生活を続けていました。

 何かの資格を取ると言っては、専門学校に通ったりもしていたようですが、それを生かした仕事に就くわけでもなく、自ら仕事を始めるでもなく、30代になり、40代になっても、仕事も結婚もせずに、親のお金で趣味に興じながら、相変わらず親元でぬくぬくと暮らし続けているのです。

 さすがに、この状況に母も心配になったのか、そろそろ就職や結婚について真剣に考えるよう、私から弟に進言するように言って来たのです。姉として、ちゃんとするように弟に言うのが勤めだと。

 ですが、母はそもそもの問題点が分かっておらず、弟自身が根本的に考え方を変えない限り、誰が何を言ったところで変わらないことは目に見えています。


 なぜなら、母が弟をそういうふうに育ててしまったのですから。


 幾度か弟が紹介された仕事は、一般の就活生なら、喉から手が出るほど好条件な物ばかりでしたが、『今はそういう気分じゃない』『自分の思っている仕事と違う』と上から目線で断わる態度には、開いた口が塞がらないというものです。

 そして、そんな弟を叱るわけでもなく、歪な愛で曇った母の目には、いつまで経っても小さな子供のままに映っているのでしょう。

 弟も、そんな母を上手く手玉に取って甘えているという共依存の構図があり、はっきり言って、いい歳したおっさんが高齢の母親の脛を齧っている姿など、見るに堪えません。

 母は、弟が結婚すれば気持ちも変わり、もっと前向きになるに違いないと言うのですが、身内の私ですら呆れるほどの劣悪な物件で、それを助長する姑まで付いている男と結婚して下さる奇特な女性が現れる確率など、ほぼ皆無。

 私からすれば、母も弟もどっちもどっちとしか言い様がなく、何を言っても治らないので、今は無視している状態なのです。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み