エピローグ

文字数 1,100文字

 ボクは次の春、北関東にあるT市の市立大学に入学した。国公立の他の大学と入学試験日が異なっているこの大学を第一志望にする受験生は殆どいない。だから殆どの学生は第一志望校に落ちるという挫折を経験している。結構、面白い奴ばかりだった。ご多分に漏れず、五年間のバカンスを楽しんで、この春、ボクは卒業する。しばらく叔父の事務所を手伝うことになってるんだ。
 この五年間で、いろいろなことがあった。ボクはこの大学に通うために、T市の学生下宿で一人暮らし(と言っても、プライバシーなんて殆どない)を体験したし、恋人もできた。彼女の運転してる車に、ボクが運転してる車が(ボクが車を持ってるなんて信じられるかい?)後ろから突っ込んだのがキッカケ。この春いっしょに卒業する彼女は技術職とDINKS(Double Incom No Kids)を目指していて、興奮するとボクをひっぱたく。運転の腕はたいしたもので峠攻めを趣味にしてるけど、料理の腕はボクの方が上。泣き虫で甘ったれだ。彼女となら結婚するのも悪くないかもしれないと、最近思い始めた。
 電話局はNTTに、専売公社は日本たばこ産業に、国鉄はJRになった。
 切り裂きジャックの兄貴は、妊娠八ヶ月の里杏さんに自分のメスで切り裂かれて死んだ。全裸の看護婦が寝ている隣で、裸のまま。
 義姉は窓に鉄格子のはまった病室で、今でも、もう生まれてくることはない赤ちゃんの誕生を待ち続けている。大学の長い休暇の際に見舞いに行くと、ボクを兄貴と間違えて、キスをせがむ。
 ヨーコは母の勧めでカリフォルニアの叔母の家から公立高校に通っている。最近、治安の問題で、私立のパブリックスクールに転校を決めたらしい。ヨーコの部屋ではあの夏、結局、教わることはできなかったけど、ヨーコが見様見真似で作った白いサマードレスが、ヨーコの帰りを待っている。彼女があれを着ることは二度とないだろう。この五年間で二十センチも背が伸びたんだから。
 父と母は相変わらず忙しそうだけど、最近では、二人で出かける機会が増えたみたいだ。久しぶりに会う度に、二人とも小さくなっていくみたいだ。
 中川さんは、ウチの墓で眠ってるし、喜子ちゃんは父の紹介で見合い結婚して、もう二児のママだ。

 イヨ、君は今どうしてるんだろう。今でもときどき無性に君に逢いたくなる時がある。でも、あの時の君は、もうどこにもいないんだ。あの夏の終わりの君は。
 ひとつだけ、君に言いたいことがあるんだ。ウサギと亀のことなんだけどさ。カメは何故ウサギを起こさなかったのか?
 カメは、あんまり一生懸命だったんで、ウサギが寝ているのが目に入らなかったんだよ。
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