第6話
文字数 1,640文字
NHKがニュースを放送していた。ボクたちはソーダ水を注文して、煙草を味わった。テレビは小学生の女の子が自宅で絞殺されたと言っている。学校から帰宅後、寝込んだきり起きてこないので母親が見に行くと、ぐったりしていた。父親に電話する。彼は帰宅し、娘の死を確認して警察に届けた。少女は学校でいじめられて帰ってきた模様で事情を詳しく聞いているって内容。最近の餓鬼は限度ってもんを知らないからね。昔は、陰険ないじめに耐えかねて自殺する子供なんてのもいなかったよね。
「母親だわ。」
「え?」
「殺したのは母親よ。」
イヨはびっくりする程、冷たい目をしていた。
「どうして、そんな・・・・・・・。」
「他に考えられる?
学校で、いじめっ子に首を絞められたのなら、家に帰ってから死ぬなんてことにはならないわ。」
「家まで追ってきたのかも。」
「まさか小学生が追って来てまで人を殺すなんて本気で考えてるの?
第一、動機が希薄よ。いじめっ子が殺されたって言うのなら、それはあり得るけどね。」
「通り魔かもしれない。」
「通り魔が家に押し入って、寝ている子供だけを殺すの?母親もいるのに。」
「強盗とか、泥棒とか。」
「母親は生きているのよ。」
「だって、親が子供を殺すなんて・・・」
「子供の異常に気付いた親は、普通ならまず医者を考えるわ。そのあとよ、父親に知らせたりするのは。」
「気が動転してたんだよ。」
「そうだとしても、父親が帰ってくるまで何もしなかったのはなぜ?
もう手遅れだって知ってたのよ。自分が殺したから。」
「ボクには信じられない。母親が子供を殺すなんて。」
「あなた愛されてるのね。お母さんに。」
イヨはそれまでには見たこともない表情をした。言葉じゃ言い表せないよ。
「そしてあなたも、彼女を愛してる。」
「そうかな。お袋なんてうるさいとしか思ったことないけど。」
「考えてみなさいよ。そこらへんのおばさんより好きでしょ。」
確かにそうだった。お袋と同年代の女性を見るときには、お袋をひきあいにだしてみていた。そして好感を持ったことなど全くなかった。電車の中で大声てしゃべる奴にしろ、スクーターで幅寄せしてくる奴にしろ、ボクは中年の女は嫌いだった。ボクはお袋が好きだったんだ。今まで気づかなかっただけで。
「それよりもさ、さっきの話だけど、母親ってのは子供が分身なんじゃないのかな?
本能的に愛してるんだよ。」
「そう、本能的?それってどういうこと?
母性本能ってよく言うけど、本当に誰もが、女なら誰でもが、持ってると思う?」
「そりゃそうさ。人類が始まった時からね。本能ってそういうもんだろ?」
「人って変化するわ。環境次第でいくらでも。他の動物といっしょよ。知ってる?動物園の猿はね、子供を産んでも育てないんですって、最近じゃ。飼育係がやってくれるから、親が育てなくても子供は死なないのよ。育てる必要がないわけね。で、人間はどう?親が育てなきゃ、子供は死ぬかしら?この日本で。」
「多分、なんともないだろうね。誰かが育ててくれるさ。」
「そうよ。親が慈しまなくても子供は育つわ。物質的には何の不自由もなく。」
ボクは反論できなかった。でも肯定したくはなかったんだ。
「人間の母性本能が変化しないと誰に断言できるの?この世に不変のものなんてないんだわ。」
ボクは突然、とっても悲しくなっちゃった。でも、それ以上に彼女は悲しそうだった。こんな話、始めるべきじゃなかったんだ。ボクは時々、とんでもないヘマをやらかしちまうんだよ。本当に。
なんだか、イヨが捨てられた子供みたいに頼りなくて淋しそうで、ボクは抱きしめたくなった。
「I love you whether or not you love me.」
ハワード・ジョーンズの曲の歌詞を、ボクはつぶやいた。
「わたしは、あなたを愛してる。あなたがわたしを愛していようといまいと。」
「見返りを求めてる好意なんて、愛じゃないかもしれないね。」
数日後、例の母親が、殺人の容疑で逮捕された。
「母親だわ。」
「え?」
「殺したのは母親よ。」
イヨはびっくりする程、冷たい目をしていた。
「どうして、そんな・・・・・・・。」
「他に考えられる?
学校で、いじめっ子に首を絞められたのなら、家に帰ってから死ぬなんてことにはならないわ。」
「家まで追ってきたのかも。」
「まさか小学生が追って来てまで人を殺すなんて本気で考えてるの?
第一、動機が希薄よ。いじめっ子が殺されたって言うのなら、それはあり得るけどね。」
「通り魔かもしれない。」
「通り魔が家に押し入って、寝ている子供だけを殺すの?母親もいるのに。」
「強盗とか、泥棒とか。」
「母親は生きているのよ。」
「だって、親が子供を殺すなんて・・・」
「子供の異常に気付いた親は、普通ならまず医者を考えるわ。そのあとよ、父親に知らせたりするのは。」
「気が動転してたんだよ。」
「そうだとしても、父親が帰ってくるまで何もしなかったのはなぜ?
もう手遅れだって知ってたのよ。自分が殺したから。」
「ボクには信じられない。母親が子供を殺すなんて。」
「あなた愛されてるのね。お母さんに。」
イヨはそれまでには見たこともない表情をした。言葉じゃ言い表せないよ。
「そしてあなたも、彼女を愛してる。」
「そうかな。お袋なんてうるさいとしか思ったことないけど。」
「考えてみなさいよ。そこらへんのおばさんより好きでしょ。」
確かにそうだった。お袋と同年代の女性を見るときには、お袋をひきあいにだしてみていた。そして好感を持ったことなど全くなかった。電車の中で大声てしゃべる奴にしろ、スクーターで幅寄せしてくる奴にしろ、ボクは中年の女は嫌いだった。ボクはお袋が好きだったんだ。今まで気づかなかっただけで。
「それよりもさ、さっきの話だけど、母親ってのは子供が分身なんじゃないのかな?
本能的に愛してるんだよ。」
「そう、本能的?それってどういうこと?
母性本能ってよく言うけど、本当に誰もが、女なら誰でもが、持ってると思う?」
「そりゃそうさ。人類が始まった時からね。本能ってそういうもんだろ?」
「人って変化するわ。環境次第でいくらでも。他の動物といっしょよ。知ってる?動物園の猿はね、子供を産んでも育てないんですって、最近じゃ。飼育係がやってくれるから、親が育てなくても子供は死なないのよ。育てる必要がないわけね。で、人間はどう?親が育てなきゃ、子供は死ぬかしら?この日本で。」
「多分、なんともないだろうね。誰かが育ててくれるさ。」
「そうよ。親が慈しまなくても子供は育つわ。物質的には何の不自由もなく。」
ボクは反論できなかった。でも肯定したくはなかったんだ。
「人間の母性本能が変化しないと誰に断言できるの?この世に不変のものなんてないんだわ。」
ボクは突然、とっても悲しくなっちゃった。でも、それ以上に彼女は悲しそうだった。こんな話、始めるべきじゃなかったんだ。ボクは時々、とんでもないヘマをやらかしちまうんだよ。本当に。
なんだか、イヨが捨てられた子供みたいに頼りなくて淋しそうで、ボクは抱きしめたくなった。
「I love you whether or not you love me.」
ハワード・ジョーンズの曲の歌詞を、ボクはつぶやいた。
「わたしは、あなたを愛してる。あなたがわたしを愛していようといまいと。」
「見返りを求めてる好意なんて、愛じゃないかもしれないね。」
数日後、例の母親が、殺人の容疑で逮捕された。