第5話 荒川姫

文字数 850文字

「素晴らしいじゃないか。ほとんど返り血が付いていない。」
「皮膚に覆われたところを集中殴打した。」
眼鏡は満足そうに500ミリのペットボトルを手渡した。僅かに顔に跳ねた血痕を洗い流す。
「その調子だよ。今までみたいに、後始末してくれる人はいないからね。血塗れは流石に目立つ。」
白いシャツはほとんど汚れていない。
眼鏡は満足そうに目を三日月のように細めた。
「今回の依頼は、高額だったから、君の分も弾んだよ。」
分厚い封筒を渡される。
「君はどんどん強くなるよ。」
「別に、死なせればいいんでしょ。」
残った水を口に含み、喉を潤した。眼鏡はポケットからカードを取り出し、僕に握らせる。
「これがあると、電車に乗れる。移動のある依頼もあるし、毎回タクシーは味気ないだろう。依頼でなくても、都内なら好きなところに行っていい。」
緑に、丸いペンギンが描かれている。
「それは、ペンギンだよ。飛べない鳥だ。」
「それは知ってる。」

-電車に乗って、どこか。

眼鏡に背を向けて、封筒をポケットに入れた。
遠く、ビル郡の光が宝石をひっくり返したように煌めいている。

-どこへ?

背中に、「期待しているよ。キツネちゃん。」という声が嗤うように届いた。


-なんて、無駄に広くて浅い。

見たこと無い大きな河がある。適当に電車に乗った甲斐があった。僕は無駄に右往左往しながら河川敷たどり着き、川辺を歩いた。臭気が強くなる。青々とした草が日差しに焼かれている。淀んだ水はそれでも冷たそうに見えた。
橋桁の下は、青いビニール袋や段ボールが絶妙なバランスで積み上げられていた。
僕はそこに腰を下ろすと、買ったばかりの服に着替えた。新品のシャツは、淀んだ空気に新しい匂いをくれた。

「変態?何でこんな場所で着替えてるの?」
鈴を転がすような甲高い声が聞こえた。
辺りを見渡すと、段ボールの影にピンク色のフリルが見えた。
恐る恐る近づくと、昔話の姫のような格好をした少女が地面に座って僕を見ていた。
「その服、似合ってるね。」
少女が微笑むと、唇の真ん中に、血のような赤い裂け目が見えた。
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