第2話 撲殺と鳥居

文字数 965文字

衣服が皮膚に貼り付く。
真っ黒な服のそれはただ濡れているだけだったが、皮膚に付いたそれはどうしても赤く映える。

ー少し疲れた

濡れた手で髪を搔き上げると視界が開ける。
しまった、と思う。金色の髪にも血は目立ってしまう。
乱雑にビルとネオン看板が並んだ細い路地は、ところどころ窓から灯りが漏れている。
遠くの大通りでは、絶えずエンジン音と嬌声が聞こえるが、何本か脇道に入れば静かなものだ。

-こんな町中に。狐の寺社の類いか

閉業したように埃を被った黒い扉の店と、窓ガラスの割れたビルの合間に、細い朱の鳥居が挟まっている。真っ暗な先には赤い花の施された、祠のようなものが見えた。
僕は鳥居を潜ると、隣のビルの壁に凭れて座った。ポケットがグシャグシャと鳴る。
先ほど殴り殺した誰かの紙幣だ。間違いなく仕留めている。

-武器がないと、疲れるんだね

威勢よく絡んできたガラの悪い人間といえども、所詮は素人。最低限の体術だけで事切れてくれた。こんなに疲れているのは、歩きすぎたのか。

-ここは、何ていう町なのだろうか。

名前もなさそうな歓楽街の果て。そんな場所でも名前が付いている。どこかで見たはずだ。
目蓋の裏に残っているかも、と、目を閉じて思い出す。


「誰だ。あんた。」
気付いて目を開ける、ということは眠っていたのか。濃い煙草の臭いが鼻を突くが、服に染み付いた血の臭いも大概だ。
「お前の血か。怪我か。」
見上げると、スキンヘッドで金属に覆われた大きな男が立っていた。
「僕のじゃないよ。」
そう言うと、大男は目を細めた。
額、鼻、口に刺された銀色のピアスがキラキラと煌めく。朝が来ている。見上げると、東の空からオレンジ色が侵食している。
男の耳は、皮膚が見えないくらいピアスで縁取られていた。
「殺ったのか。」
僕は手を見る。
「誰をやった。どうやってやった。」
首を振る。
「殴った。絡んできた人。」
大男は大きく煙草を吸い込み、僕の顔に煙を吹き掛けた。
「面倒事は避けたいんだよ。来い。」
そういうと、男は祠に歩き出した。
よく見ると、棘だらけの薔薇が供えられている。そこに男は未開封の煙草を置いた。
そのまま、祠の後ろに進んでいく。
「来いよ。どうするかアテがあるんか。」
僕は小走りで駈けていくと、隣のビルの壁に扉が見えた。
男は、傷だらけの扉を乱雑に開く。
横目に見ると、煙草は3箱供えられていた。



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