第4話 子狐の旅

文字数 1,066文字

「痛かったろう。」
しばらく湯船で暖めるなよ、シャワーだけな。
そう言って甘いミルクティーをくれた。
「数日は軟膏を塗ってね。よく頑張ったね。」
女が頭を撫でてくれた。
「ちょっとばかし、可愛いすぎねえかな。この狐。」
「うーん。今までで一番いい出来だと思うんだけど。モフモフし過ぎたかな。」
大男と女は好き勝手話している。ミルクティーを啜りながら後ろの鏡を覗くと、若い狐がちょこんと肩甲骨の上に鎮座してした。
「可愛い。」
刺すような痛みを終えてぐったりとしながらも笑いが漏れた。
「ありがとう。」
そう言うと、二人は嬉しそうにまた頭を撫でた。
「おう、出世払いな。」
そう言われて思い出した。
「二人の名前は?」
大男と女は顔を見合わせて考えた。そして、偽名かもしれないよ?と言いながら、「リュウとアケミ」と名乗ってくれた。

鳥居を抜けて歩き出す。裏道をクネクネと抜けて広い環状線に出ると、そのまま歩き出した。大きな河川がある。僕は川沿いの道に逸れると、下に降りる道を探した。川岸に降りて、大きな橋の下に来る。誰もいない、巨大なコンクリートだけが神殿のように聳えている。僕はしゃがむと、地面に積もった砂に字を書く。忘れないようにしよう。狐の生みの親だ。リュウがくれた煙草とライター、五千円札を取り出す。煙草に火を点けて吸い込んでみると、思いっきり噎せた。

「忘れ物だよ。」
暫く眠っていたようだった。見上げると、見たことある眼鏡が見えた。
「君は本当に逃げ足が早い。」
「お前が僕に勝てるとでも。」
相手は慌てて手を振った。
「違うよ。連れ戻そうなんて思ってない。ただ、君も只では生きていけないはずだ。」
眼鏡の男はしゃかんで目線を合わせた。
「私もあそこを辞めたんだ。どうかな。私の依頼を個人的に受けてくれないか。お金は弾む。」
清潔そうな髪の下に覗く細い目が三日月に歪む。
「人を壊すのは君も大好きだろう。そうでないと生きていけないだろう。」
ー生きていく、ね。
「いいよ。言われた人をやればいいだけでしょ?」
「捕まらないようにね。」
交渉成立だ、と言うと男は僕の手にスマートフォンを掴ませた。
「足が突かないように、新しい端末をあげるよ。」
そう、と受け取って考える。眼鏡の名前は?
「眼鏡は、眼鏡って呼べばいい?」
「ああ、それでいいよ。君は、名前が要るか?」
「ううん。いいや。」
少し考える。いいや、要らない。
「では、そちらに連絡するから。」
ヒラヒラと手を振って眼鏡は去っていった。

ー名前、名乗らなかったな。

僕はもう一度煙草に火を点けてみた。もし、名前を聞かれたら、キツネ、と名乗ろう。
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