第6話 桃と狐

文字数 743文字

「ごめんなさい。」
僕は意味もわからず少女に言った。自分の領地で着替えたことを不快に思っているのだろうか。
「なんで謝るの。受ける。」
少女は品を作るように唇だけ笑った。桃のような色で塗った頬は動かない。
「汚しちゃったの?」
少女は手に持っていた紙パックのミルクティーを飲みながら問う。
「いや、買ったから。」
そう言うと、また唇だけで笑う。
「こっち来てよ。」
大型のトラックが走り抜け、橋桁が落雷のように鳴った。
「私はモモ。君は?」
髪を二つに括った少女は、果物の名前を名乗った。
「僕は、キツネ。」
「あそう。変なの。」
暗い橋の下から眺める青空は何だか白く霞んでいて、地上の白いビル郡はペラペラとした絵のようだった。
「モモ、ここは快適なの?ここに住んでるの?」
そう言うと、モモは呆れたように横目で僕を見た。
「こんな汚い所に住むわけないじゃん。」
「じゃあ、何でいるの?」
「いろいろあるんだよ。あ、ここに住んでたおじさんは追い出しちゃった。お風呂入ってなさそうだったから。」
初めて、自分と同じくらいの人間と長く話している。
「キツネくんは、高校生?」
「いや。」
「まさか、中学生?」
「学校とかわからない。」
「行ったことないの?小学校も?」
「うん。」
モモは少し黙った。
「まあ、行かない方がいいよ。君は大丈夫かもしれないけど。」
僕は黙った。黙っても話が進む気がした。
「何してるの?」
「人を始末してる。僕は強いから。」
モモははあ、と溜め息をついて、ミルクティーを啜った。鴉が間抜けな声で鳴いている。鴉も格好いいな、と思った。
「じゃあ、学校の人たち始末してよ。」
「いいよ。全員?」
そう言うと慌てたように、首を振る。
「いや、ヤバイ奴だけでいいや。」
わかった、名前と顔を教えて、と言うと彼女は溜め息をついて、黙って頷いた。
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