第10話 邂逅

文字数 821文字

ーあれ、モモ。
慌てて駆け寄ろうとしたが、横断歩道に敷き詰められた群衆に阻まれる。何とかすり抜けて追い縋った先は、似ても似つかぬ女だった。
土曜の渋谷は、僕なんか太刀打ちできないほど暴力的だ。土地のキャパシティを明らかに越えて人が溢れている。そして、モモのような少女もありふれていることを知った。
僕は息を切らして喫煙所に入り込んだ。外の世界に出てから、すぐに疲れる。今までの無尽蔵の熱量は、まやかしだったのだろうか。
火を点けようとした時、貰ったライターを無くしたことを気付いた。
-リュウとアケミはどうしているだろう。
また、あの街に戻ってみようかとも思ったが、どう辿り着いたか曖昧模糊としている。
「火、無いの?」
-血の匂い
顔を上げると、金髪の痩せた少年が笑顔でライターを差し出している。
「あ、あ。」
黙っていると、手でライターを覆って僕の口元に点火した。
煙が口内に広がる。僕は噎せながら礼を言った。少年は唇が裂けるんじゃないかというくらい笑顔を大きくして、声を上げた。
「煙草初めてか?」
僕は何度か息を吸って落ち着いてから、もう一度ゆっくりと紫煙を吸った。
「あまり、時間は経っていない。」
そう言うと、面白そうな顔で僕を見る。シトラスの香りの下に、何層にも敷き詰められた血の匂い。
ーこれが人食い鬼か、そんな幸運な偶然が。
鬼は指先で前髪をくるくるとしながら灰を落とした。
「ね、暇なの?」
僕は慌てて頷いた。鬼はニヤリと笑った。
「じゃあ、ちょっと遊ぼうよ。付き合ってよ。」
僕は頷きながら、灯を消したら、鬼は新たな煙草に火を点けていて、また声を上げて笑った。
「気が合わないね。」
「君は変わった笑顔をするね。」
そう言うと、また可笑しそうに唇を歪めた。
鬼の笑顔は、リュウや、アケミとモモとも違うように見えた。何というか。
「混じり気の無い笑顔。」
そう言うと、鬼は驚いた顔をした。
「口がでかいだけだろ。」
僕は眼鏡の笑顔を思い出せないなと思いながら新しい煙草に火を点けた。


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