第13話
文字数 2,847文字
※お読みになる前に…この物語はフィクションです。心霊に対する見解や解決方法はすべて想像上のものとなりますので、現実において参考になさらぬ様にご注意下さい。
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帰り道で、十夜はふと時任のことを思い出していた。
(珍しいな。最近ではすっかり忘れていたのに)
特に何かされた訳でも、何かあった訳でもないのだ。だが十夜は初めて会った時から、榛名の父親であり、自分の義理の父になる時任に違和感を感じていた。
(今のこの感じ、なんでかあの時に似てるんだよな)
以前、時任に感じた違和感を、なぜか今日また割木からも感じた。
とにかく今日は榛名が来ないことを願った。万が一、本体に戻れなくなったら本当に困る。考えたくもない。だが今日は眠るなという事になるから、きっと無理な事だろうけど。
十夜は思った。
もう気づいているのに、気づかないフリはしない。
勝手な決めつけは良くないとか、良い人ぶらない。
今までそう思わない様にしようと頭ではそう考えていたが、本当のところでは分かっていたんじゃないか。
(きっとアイツは俺と大崎くんの事を生霊になって見張ってる)
大崎につくのは分かるとして、自分はとばっちりなのは解せないが。
帰路のバスに乗ってる間もなんだか背筋がゾクゾクするのは、車内の冷房のせいではない。
帰宅して風呂に入ったら、猛烈に眠くなった。
念のため黒崎からもらったお守り袋を枕元に置いて、十夜は眠りについた。
……寝苦しい。空気が薄い。
苦しい、窓を開けて空気を吸いたい、と思いながらも目が開かない。身体が動かせない。
「……くん!十夜くん!」
榛名に呼ばれた声でようやく目が覚めた。
「えっ、姉さん?」
ベッドの傍らで榛名が十夜の顔を覗き込んでいる。部屋の暗さで表情までは分からない。
起き上がろうとしたが、まだ身体が起きていないせいか動きづらい。
「十夜くん。落ち着いて聞いてね」
榛名が震えた声でそう言った。
「あれ……」
そう言って十夜の足元を指さした。少し暗さに慣れた目で十夜がその方向を見ると、
暗闇の中、ベッドの足先に黒いシルエットがゆらりとしている。
長い髪の女が立っていた。
「う、うわー!」
十夜は一瞬気を失いそうになった。もしかしたら失ってたかもしれないが、何とか持ち直した。
女がベッドの上をのそりのそりと近づいてくる。
「エーッ!嘘だろ」
十夜はサイドからベッドを降りようとしたが、身体が上手く動かせない。
女は長い髪をだらりと下ろしていて顔が見えない。
そうこうしている内に女が近づいてくる。
女は、グリーンっぽいワンピースの様な服装をしている。
目を凝らすと、花柄みたいな模様が見える。
(やっぱり、大崎くんの時と同じだ)
女は十夜の身体の上にかぶさってきた。
「うわっ」
その感覚は、金縛りで重たい何かが乗ってくるのと同じ感じで、衣類や手足といった感触はなかった。
女の顔が近づき、髪の隙間からちらりと顔が見えた。
――その顔は割木だった――
「……やっぱり。なんでお前……」
(俺のところに出てくるんだよ)
十夜は目を背けた。
その顔は生気がなかった。虚ろな表情だが、憎しみに似た負の感情の様な空気がじっとりと纏わりつく。
これはモロに食らっちゃいけない。
目を合わせちゃいけない。
顔がだんだん迫ってきた。
十夜は思わず目を閉じた。
そこで、
「ちょっと止めなってば」
と言って榛名が割木の生霊の顔をグイっと押し戻した。
「姉さん!」
なんて危ないことをするんだ。十夜はハッとして、
「姉さん、離れて」
と言うと同時に割木の生霊が榛名の手首を掴んだ。
「うっ、痛っ…いのかな?」
割木に掴まれたところが、ジュワッと火傷みたいな状態になる。
十夜は何とか動いて榛名から割木を離そうとするが、榛名の腕を掴めない。
そこでハッと気づいて、黒崎のお守り袋を生霊の前にニュッと押し付けた。
すると、生霊は少し怯み、榛名から腕をパッと離した。
「姉さんは俺の後ろにいて」
そう言うと、
「う、うん」
榛名は十夜の後ろに隠れた。
そして十夜はスマホを掴んで電話をかけた。
黒崎からはもし生霊が現れたら、夜中でも電話をして良いと言われていたのだ。
コールがぶつ切れになる。電波状況があまり良くない。コイツの影響か?
生霊はグイグイと十夜の首元に手を伸ばしてくるが、お守り袋がちょっとしたバリアーみたいになってくれている。
「……水原く…状況……」
電話は繋がったが、電波が悪くて声がブツブツ途切れる。だがお構いなしに十夜は状況を叫んだ。
「今、目の前にいます。襲ってきます」
その瞬間、お守り袋が破裂した。
中身がはじけ飛んだ。中身は石とお札だったようだ。
飛び散った石が十夜の頬をかすめた。
生霊の口元がニヤリと笑った。
それを見た瞬間、十夜は恐怖と同時に猛烈に湧き上がる怒りを感じた。
「お前は……大崎のところへ帰れー!」
「じゅ、十夜くん!?」
突然キレた十夜に榛名が驚いた。
「わかってんだぞ!お前はサッパリ気取ってっけど、ほんとは大崎を引きずって恨んでんだろ!」
十夜は傍らの枕を手に持った。
「それは全然良いんだよ!でもな、俺は関係ないだろ!」
十夜は枕を生霊に投げつけた。
が、当たった感触はない。
しかし、十夜は続けた。
「俺のこと腹いせのダシにしたかったんだろーけど、そばに女性がいたから気に食わなかったんだろ」
スマホから黒崎が話しているのが聞こえた。
「俺は興味ないやつが部屋にいることが、1分だって耐えられないんだよー!」
そう叫んで、音量を上げたスマホを生霊に押し付けた。
黒崎が何かを唱えていた。
そうしていると、フッと生霊の姿が消えた。
「助かった……」
十夜は立ち上がって部屋の電気をつけた。
黒崎にお礼を伝えようとしたが、スマホは電源が落ちていた。何度も入れなおそうとしたが、全然ダメで、
「壊れた……」
先程の霊圧(?)で故障してしまったようだ。だが、生霊を払いのけることが出来たので、これくらいの代償で済んで良かったと思った。
「十夜くん」
振り返ると、榛名が感心したように、
「やっぱ、十夜くんはすごいわ。なんか面白くてツボなんだよね」
と言ったあと、
「でもさ、前に私のこと部屋から追い出したのもそうだったの?」
と問い詰めてきた。
「は?追い出してないじゃん」
十夜は何を心外なと思ったが、
「大阪 じゃなくて東京の十夜くんの部屋!」
と榛名はむくれた様子で言った。
(あー……あれは)
「あれは、ちょっと照れくさかっただけ。だって母親以外の女の人が部屋に来たことなかったし」
言いながら十夜は、当時を思い出して恥ずかしくなった。
「そっかー。なら良かった」
榛名は満足した様子で笑顔を向けた。
「姉さん?」
なんだか榛名の姿が眩しい。
「じゃあ十夜くん。今度は朝に会えたらいいね」
そう言って、榛名の姿は十夜の目の前から消えた。
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帰り道で、十夜はふと時任のことを思い出していた。
(珍しいな。最近ではすっかり忘れていたのに)
特に何かされた訳でも、何かあった訳でもないのだ。だが十夜は初めて会った時から、榛名の父親であり、自分の義理の父になる時任に違和感を感じていた。
(今のこの感じ、なんでかあの時に似てるんだよな)
以前、時任に感じた違和感を、なぜか今日また割木からも感じた。
とにかく今日は榛名が来ないことを願った。万が一、本体に戻れなくなったら本当に困る。考えたくもない。だが今日は眠るなという事になるから、きっと無理な事だろうけど。
十夜は思った。
もう気づいているのに、気づかないフリはしない。
勝手な決めつけは良くないとか、良い人ぶらない。
今までそう思わない様にしようと頭ではそう考えていたが、本当のところでは分かっていたんじゃないか。
(きっとアイツは俺と大崎くんの事を生霊になって見張ってる)
大崎につくのは分かるとして、自分はとばっちりなのは解せないが。
帰路のバスに乗ってる間もなんだか背筋がゾクゾクするのは、車内の冷房のせいではない。
帰宅して風呂に入ったら、猛烈に眠くなった。
念のため黒崎からもらったお守り袋を枕元に置いて、十夜は眠りについた。
……寝苦しい。空気が薄い。
苦しい、窓を開けて空気を吸いたい、と思いながらも目が開かない。身体が動かせない。
「……くん!十夜くん!」
榛名に呼ばれた声でようやく目が覚めた。
「えっ、姉さん?」
ベッドの傍らで榛名が十夜の顔を覗き込んでいる。部屋の暗さで表情までは分からない。
起き上がろうとしたが、まだ身体が起きていないせいか動きづらい。
「十夜くん。落ち着いて聞いてね」
榛名が震えた声でそう言った。
「あれ……」
そう言って十夜の足元を指さした。少し暗さに慣れた目で十夜がその方向を見ると、
暗闇の中、ベッドの足先に黒いシルエットがゆらりとしている。
長い髪の女が立っていた。
「う、うわー!」
十夜は一瞬気を失いそうになった。もしかしたら失ってたかもしれないが、何とか持ち直した。
女がベッドの上をのそりのそりと近づいてくる。
「エーッ!嘘だろ」
十夜はサイドからベッドを降りようとしたが、身体が上手く動かせない。
女は長い髪をだらりと下ろしていて顔が見えない。
そうこうしている内に女が近づいてくる。
女は、グリーンっぽいワンピースの様な服装をしている。
目を凝らすと、花柄みたいな模様が見える。
(やっぱり、大崎くんの時と同じだ)
女は十夜の身体の上にかぶさってきた。
「うわっ」
その感覚は、金縛りで重たい何かが乗ってくるのと同じ感じで、衣類や手足といった感触はなかった。
女の顔が近づき、髪の隙間からちらりと顔が見えた。
――その顔は割木だった――
「……やっぱり。なんでお前……」
(俺のところに出てくるんだよ)
十夜は目を背けた。
その顔は生気がなかった。虚ろな表情だが、憎しみに似た負の感情の様な空気がじっとりと纏わりつく。
これはモロに食らっちゃいけない。
目を合わせちゃいけない。
顔がだんだん迫ってきた。
十夜は思わず目を閉じた。
そこで、
「ちょっと止めなってば」
と言って榛名が割木の生霊の顔をグイっと押し戻した。
「姉さん!」
なんて危ないことをするんだ。十夜はハッとして、
「姉さん、離れて」
と言うと同時に割木の生霊が榛名の手首を掴んだ。
「うっ、痛っ…いのかな?」
割木に掴まれたところが、ジュワッと火傷みたいな状態になる。
十夜は何とか動いて榛名から割木を離そうとするが、榛名の腕を掴めない。
そこでハッと気づいて、黒崎のお守り袋を生霊の前にニュッと押し付けた。
すると、生霊は少し怯み、榛名から腕をパッと離した。
「姉さんは俺の後ろにいて」
そう言うと、
「う、うん」
榛名は十夜の後ろに隠れた。
そして十夜はスマホを掴んで電話をかけた。
黒崎からはもし生霊が現れたら、夜中でも電話をして良いと言われていたのだ。
コールがぶつ切れになる。電波状況があまり良くない。コイツの影響か?
生霊はグイグイと十夜の首元に手を伸ばしてくるが、お守り袋がちょっとしたバリアーみたいになってくれている。
「……水原く…状況……」
電話は繋がったが、電波が悪くて声がブツブツ途切れる。だがお構いなしに十夜は状況を叫んだ。
「今、目の前にいます。襲ってきます」
その瞬間、お守り袋が破裂した。
中身がはじけ飛んだ。中身は石とお札だったようだ。
飛び散った石が十夜の頬をかすめた。
生霊の口元がニヤリと笑った。
それを見た瞬間、十夜は恐怖と同時に猛烈に湧き上がる怒りを感じた。
「お前は……大崎のところへ帰れー!」
「じゅ、十夜くん!?」
突然キレた十夜に榛名が驚いた。
「わかってんだぞ!お前はサッパリ気取ってっけど、ほんとは大崎を引きずって恨んでんだろ!」
十夜は傍らの枕を手に持った。
「それは全然良いんだよ!でもな、俺は関係ないだろ!」
十夜は枕を生霊に投げつけた。
が、当たった感触はない。
しかし、十夜は続けた。
「俺のこと腹いせのダシにしたかったんだろーけど、そばに女性がいたから気に食わなかったんだろ」
スマホから黒崎が話しているのが聞こえた。
「俺は興味ないやつが部屋にいることが、1分だって耐えられないんだよー!」
そう叫んで、音量を上げたスマホを生霊に押し付けた。
黒崎が何かを唱えていた。
そうしていると、フッと生霊の姿が消えた。
「助かった……」
十夜は立ち上がって部屋の電気をつけた。
黒崎にお礼を伝えようとしたが、スマホは電源が落ちていた。何度も入れなおそうとしたが、全然ダメで、
「壊れた……」
先程の霊圧(?)で故障してしまったようだ。だが、生霊を払いのけることが出来たので、これくらいの代償で済んで良かったと思った。
「十夜くん」
振り返ると、榛名が感心したように、
「やっぱ、十夜くんはすごいわ。なんか面白くてツボなんだよね」
と言ったあと、
「でもさ、前に私のこと部屋から追い出したのもそうだったの?」
と問い詰めてきた。
「は?追い出してないじゃん」
十夜は何を心外なと思ったが、
「
と榛名はむくれた様子で言った。
(あー……あれは)
「あれは、ちょっと照れくさかっただけ。だって母親以外の女の人が部屋に来たことなかったし」
言いながら十夜は、当時を思い出して恥ずかしくなった。
「そっかー。なら良かった」
榛名は満足した様子で笑顔を向けた。
「姉さん?」
なんだか榛名の姿が眩しい。
「じゃあ十夜くん。今度は朝に会えたらいいね」
そう言って、榛名の姿は十夜の目の前から消えた。