第7話

文字数 2,413文字

 翌日、授業前の講義室で十夜は田丸と相変わらずゆるい世間話をしていた。すると、そこへ、
「水原くん」
ちょっとはにかんだ様子で割木がやってきた。

 割木は十夜達の後ろに着席しながら、
「おはよう。昨日は助かったよ。本当にありがとう」
と昨日の礼を伝えてきた。
「おはよう」
十夜はつい素朴な素っ気ない返し方をしてしまったと思った。

 しかし、そこへ、
「おっす、割木さん。おはよー」
後ろを振り返った田丸が割木に愛想良く挨拶し、
「えっ、十夜くん。昨日何かあったのっ?」
と興味津々に聞いてきた。

 「あっ、いや、特に……」
と、言い終わる前に割木が、
「昨日、最寄駅でチャージ不足でお財布も忘れて詰んだーと思ったら、偶然水原くんを見かけてさ、お金貸してくれたんだよ」
と一気に説明してくれた。

 「へぇ! 十夜くん優しいじゃん」
と田丸が興味と感嘆の声を挙げる。
「だよね。まぁ水原くんは私のこと覚えてなかったけどね」
「ごめんて」
「さすが十夜くん、ウケる」
田丸が笑ってくれたので助かったが、まだ3カ月の友人付き合いなのに、田丸には自分のダメな所を見透かされている、と十夜は複雑な気分になった。


 そして割木はバッグから何やら取り出し、
「昨日借りた分です。ありがと」
と、キャラクターのイラストが描かれた透明で小さなジッパー袋を十夜へ渡した。千円札がキレイにたたまれて入っている。
「どうも。助かる」
十夜はそう言って素直に受け取った。千円は貴重である。恰好つけている場合ではないのだ。

 そして、さらに、
「これはお礼でーす」
と、個包装のお菓子を何個かくれた。
「いいなー。十夜くん」
田丸が羨ましそうに言う。割木に礼を言った後、
「あとで一緒に食おう」
と田丸に提案すると、
「いやいや、それは十夜くんが頂きなさい」
と諭されたのであった。

 

 講義が始まり、眠気で集中力が途切れた十夜の頭には授業内容とは関係ないことがチラつき始めた。
 (昨日、姉さんはどう思ったんだろうか……)
 十夜は昨日帰宅してからの事を思い浮かべた。

 
 昨日は最寄り駅に着いてからの帰り道で、
「へぇ、駅の周りはこんな感じなんだねぇ」
とか、
「美味しそうなお店が多くていいな~。さすが大阪」
と榛名が喋っているのを黙々と聞いていた。周りの人間には榛名の姿は見えないし聞こえないので、返事をすると十夜が独りで喋っていると思われてしまうからだ。

 
 帰宅後、なんだか榛名が居ることに少し馴染んできた十夜は、普通に風呂に入る準備をしながらそう言えばと思い、
「風呂場に透けて入ってこれたり出来ないですよね?」
と、ふと浮かんだ疑問を榛名に投げかけた。すると榛名は、
「出来るかもしれないけど、さすがにそれはしないね」
と、謎のドヤ顔でフフンと答えた。

 「……ならいいですけど。今が無法地帯でもそれはダメですからね」
と言って、また榛名の暇つぶしのためにテレビをつけてから風呂に向かった。もちろん、面倒だが脱衣着衣はここではなく風呂場で行う。


 風呂から出て、十夜はベッドの上に座り、パジャマ姿で髪をタオルで拭いていた。
 榛名はクッションに座り(浮かび?)くつろいでいる。

 そこで榛名が、
「ねぇねぇ、そう言えば今日ってバイトの後、彼女とデートだったの?」
と聞いてきた。十夜は思わず、
「は?」
と、素っ頓狂な声を上げた。

 
 「えっ? だって私が声かける前に女子とバイバイしてなかったっけ?」
榛名は腕を組んで考える風に言った。
「ええっ! あっ、そこから見てたのか。いや、あれは違います」
と十夜は慌てて訂正した。

 「違うんだ」
と榛名が素直に頷く。
「違う、違う。あれは大学の同級生で、向こうは最寄りがあの駅で。それでチャージも財布も無くって困ってるからってお金貸しただけです」
と、十夜は割木とのいきさつを説明した。

 「そうなんだ。優しいんだね。いや、なんか『俺って本当に疑い深いよなぁ…』とか言ってたから、彼女の気持ちとか、何か疑ってるのかなーって思っちゃった」
と榛名がホッとした様に返した。

 「いや、何かもう現実と全然違う出来事が展開してるんだが……」
十夜は茫然としながら、
「姉さん、妄想力が凄いな」
そう言うと、
(でも俺も人のこと言えないけどな)
と心の中で同調した。

 「ははは、ゴメン。なんか見た出来事を繋ぎ合わせたら、そうなってた」
と、榛名はすまないねぇと言いながら笑った。

 
 「それで、十夜くんは彼女っているの?」
この手の話はまだ終わってなかったらしい。
「えっ、な、なんで?」
十夜は焦って、つい言葉も噛み気味になった。

 「いや~、なんか突然こっちに出てきちゃうから、もしそうなら時と場合によっては対応を練ろうかと」
榛名はまたも腕を組み、いかにも考えてますというポーズを決めている。

 「……いないっす」
十夜は観念してそう言った。
「あっ、なんかゴメン」
「いやいや、そこで謝るの逆に失礼ってもんですよ」
「ははは、ごめんってば」

 
 (俺はからかわれてるのか?)
そう思った十夜は聞き返すことにした。
「姉さんこそ、彼氏いるんですか」
言ってから、
(いたら、なんかちょっと……)
一瞬、まだどんな感情とも言えない様な、はっきりしない微妙な感情がぼやっと浮かんだ。

 「いないっす」
釈然としない表情の榛名の口からそう聞いて、十夜は謎の安心感を覚えた。
「あっ、なんかスミマセン」
十夜はそれを仲間意識だと思った。そしてさっきと同じ様にやり返した。
「謝らないでくれる?」
榛名がややキレ気味に返した。

 「痛み分けということで……」
2人は何とも言えないやりとりに笑った。

 「私はそろそろ向こうで目が覚めるかな。それじゃ十夜くん、おやすみー」
お休みなのか、おはようなのか、そう言いながら榛名はテレビの方を向いた。

 十夜はクタクタだったことを自覚し、横になった途端に眠気が襲ってきた。


 
 ふと、昨日の出来事から頭が現実に戻った十夜は、慌てて意識を授業に集中させるのであった。















 








 



 




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登場人物紹介

水原十夜 ミズハラ ジュウヤ(18)…主人公/大学1年生(プロローグでは高校2年生)/12月10日生まれ・射手座AB型

時任榛名 トキトウ ハルナ(20)…十夜の姉(母親の再婚相手の連れ子)/大学3年生(プロローグでは大学1年生)/3月30日生まれ・牡羊座A型/十夜と2歳差

黒崎 クロサキ(30)…十夜のアルバイト先のスタッフ。お寺の次男坊で住職の修行をしている。母方の叔父が経営している会社で社会勉強のため働いている。謎の多い人物。

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