第11話
文字数 2,711文字
なんだかんだと今日も割木と昼食に行くことになった。
(1人だから寂しかろうと同情されたのだろうか)
十夜は微妙な気持ちになったのと、もう1つ懸念があった。
それは、別れたとは言え割木の彼氏だった大崎とその周辺、それに割木の友人達。彼らに最近割木が十夜と仲良いんじゃないかと誤解されたくないという事だ。
我ながら自意識過剰だと思うが、トラブルは起こってからでは遅いのだ。リスクを避けられるよう考えて行動しないといけない。
と格好つけた思考をしたものの、単に不慣れで経験不足、いや皆無ゆえの自意識過剰なのだと十夜は自身を恥じた。
「友達には、こないだのお礼の件だって上手いこと言ったから」
と割木にはこちらの懸念を察してもらった様で、十夜は少々焦った。
客観的に見ても大学で友人同士メシ食いに行くだけの話だよな、と十夜は「うん」と淡々と返した。
「やっぱり、それってヒドイって言うか不思議だよね」
「うーん。謎すぎるな。何でそんな事したんだろう」
割木の訴えに十夜はそう答えながら思案する。
昨日、割木が学生課に落とし物を受け取りに行くと、大崎のアパートに忘れたはずの財布が届いていたというのだ。
不思議に思い職員に尋ねると、大崎が講義室で財布を拾いましたと届けに来たという。
そして大崎は、このあと用事があるから自分では割木に渡せないので学生課に届けたとの事だった。
割木は、何でそんなまだるっこしい手段にしたのか大崎にメッセージを送ったが、やはり返信はなかったと言う。
大崎は今日は大学へ来ているが、授業開始ギリギリに来て、終了とともにどこかに消えて行くのでまったく話が出来る隙もないという。
「なんかすごいな、大崎くん」
そこまでの話を聞いて、大崎がすごく徹底しているなと十夜は思った。
(……何に?)
「まあ、これで完全に別れたってことだよね」
と割木が清々しそうに言う。
(昨日聞いた話だと、大崎くんは割木に会いたくて忘れ物を理由にアパートに呼んだっぽいよな。それって場合によっては復縁も考えてたかもしれないからだよな。それが急に態度を変えたってことは……)
一昨日、割木が大崎のアパートに行った時に、自覚はないが割木は大崎に対して地雷発言でもしたのかもしれない。それで冷めたとか……。なんにせよ、大崎は割木のことを避けるほど嫌になった何かがあったのだ、と十夜は考えた。
割木が何か喋っているが耳が滑る。十夜は形だけは頷いているが意識が思考に集中してしまう。
(割木ってどんなヤツなんだ?)
一瞬、目の前にいる割木に対してそんな考えが十夜の頭に浮かんだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消した。
十夜は一瞬でも割木に対して嫌悪感を持った自分を恥じた。
十夜は大崎がどんな人間かほぼ知らない。
だから大崎が割木を嫌う理由はわからないし、大崎がどんな性格かも実際は知らないから、大崎は他人から見たら理不尽な理由で割木を嫌っているのかもしれない。
逆を言えば、納得のいく理由の場合もあるかもしれないが。
いかんせん、大崎が割木を嫌うのは相性など2人にしかわからない理由があるからだ。
これは2人の問題だから、自分は関係ない。
自分が出来ることは双方に対してフラットで公平でいることだ。
十夜の思考がまとまった時、割木がふと試すように尋ねた。
「水原くんって好きな人いるでしょ?」
「は?」
思わず変な声が出た。
「なんかそんな感じがしたんだ」
割木が茶化すような感じで言ってくる。
「そう言えば、半分くらいの人には当てはまりそうだよね」
と少々ひねくれた返答をしたが、割木には全然響かなかったようだ。
「水原くんは冷めてるって言うのとも違くて、なんか何考えてるのか全然わかんないよね。こっちからしたら変化球の人って感じ」
いきなりディスられたと感じた十夜は、珍しくムッとした表情が顔に出た。
「あっ、怒んないでよ。面白いねって言ってるの」
と割木は何だか挑発的な態度をする。
(煽られてんのか?俺)
さっきから、こっちが子供の頃から他人に散々言われ続けた、言われたくないワードを言ってくる。
「なんか分かってくれそうだなと思ったんだー」
割木がふと寂しそうな表情を見せる。
「何を……」
言ってから十夜はしまったと思った。ここは相手にしてはいけないと感じたが、もう遅い。
「こないださ、家族と上手くいってないって話、ちらっとしたでしょ」
割木がそう言うのを十夜は神妙な面持ちで黙って聞いた。
「ウチには兄がいるんだけど、子供ん時から親たちが兄ばっかでさ。んで別に兄だけチヤホヤするなら勝手にしろなんだけど、私のことはすごいディスってくるんだよね」
その後の話を十夜は奇妙な感覚で聞いていた。
もう用事があるからと逃げ出そうとも考えたが、なぜか動けない様な感覚がある。
食堂は学生たちでワイワイガヤガヤとうるさいはずなのに、さっきから自分の周りだけすごく静かで、周囲の喧騒は遠くから反響している様にしか聞こえない。
十夜は何とか手に力を入れてパーカーのポケットに突っ込んだ。そこには昨日黒崎からもらったお守りを入れてあった。それを握りしめると熱くなっていることに気づいた。
「春休みに大学に着てく用の服を買ったんだ。それ着たの見て、すごい言われようでさ。アンタにそういうフワフワした服は似合わない。大学で浮くんじゃないかって」
(ひどい親だな)
十夜は口に出さずにそう思った。
「それで私も自分貫けなくてさ、結局こざっぱりした服ばっか選んじゃって、髪も切っちゃったんだよね。せっかく伸ばしたのに」
割木は真顔でうつむきながらそう話す。
「これ見てよ」
スマホをささっと操作して、画面を十夜に見せる。
そこには、髪が長い制服姿の割木が映っていた。
「似合ってんじゃん」
十夜は思わず素直にそう思った言葉を口に出した。
「でしょ?嬉しー」
割木は天真爛漫に喜んだ。
「なんか必要以上にサッパリしなきゃって思っちゃったんだよね」
はあっと溜息をつきながら割木は言った。
「大崎くんも私のサッパリした所が良いとか言ってたくせに、結局あのふわふわしたメンヘラの元カノでしょ。なのに私がちょっとジメジメしただけで拒否るとかあり得ないよね」
(ちょっとジメジメしたって、どんなことをしたんだ)
人間生きていればジメジメしたい時だってある。それが悪いとは言わない。ただ、どれほどのジメジメ加減だったのか。
十夜がハッとして顔を上げると、割木が笑顔で十夜を見つめてくる。
いや、口元は笑っているが目が笑っていない。
――目を合わせてはダメだ――
頭の中で警鐘が鳴った。
(1人だから寂しかろうと同情されたのだろうか)
十夜は微妙な気持ちになったのと、もう1つ懸念があった。
それは、別れたとは言え割木の彼氏だった大崎とその周辺、それに割木の友人達。彼らに最近割木が十夜と仲良いんじゃないかと誤解されたくないという事だ。
我ながら自意識過剰だと思うが、トラブルは起こってからでは遅いのだ。リスクを避けられるよう考えて行動しないといけない。
と格好つけた思考をしたものの、単に不慣れで経験不足、いや皆無ゆえの自意識過剰なのだと十夜は自身を恥じた。
「友達には、こないだのお礼の件だって上手いこと言ったから」
と割木にはこちらの懸念を察してもらった様で、十夜は少々焦った。
客観的に見ても大学で友人同士メシ食いに行くだけの話だよな、と十夜は「うん」と淡々と返した。
「やっぱり、それってヒドイって言うか不思議だよね」
「うーん。謎すぎるな。何でそんな事したんだろう」
割木の訴えに十夜はそう答えながら思案する。
昨日、割木が学生課に落とし物を受け取りに行くと、大崎のアパートに忘れたはずの財布が届いていたというのだ。
不思議に思い職員に尋ねると、大崎が講義室で財布を拾いましたと届けに来たという。
そして大崎は、このあと用事があるから自分では割木に渡せないので学生課に届けたとの事だった。
割木は、何でそんなまだるっこしい手段にしたのか大崎にメッセージを送ったが、やはり返信はなかったと言う。
大崎は今日は大学へ来ているが、授業開始ギリギリに来て、終了とともにどこかに消えて行くのでまったく話が出来る隙もないという。
「なんかすごいな、大崎くん」
そこまでの話を聞いて、大崎がすごく徹底しているなと十夜は思った。
(……何に?)
「まあ、これで完全に別れたってことだよね」
と割木が清々しそうに言う。
(昨日聞いた話だと、大崎くんは割木に会いたくて忘れ物を理由にアパートに呼んだっぽいよな。それって場合によっては復縁も考えてたかもしれないからだよな。それが急に態度を変えたってことは……)
一昨日、割木が大崎のアパートに行った時に、自覚はないが割木は大崎に対して地雷発言でもしたのかもしれない。それで冷めたとか……。なんにせよ、大崎は割木のことを避けるほど嫌になった何かがあったのだ、と十夜は考えた。
割木が何か喋っているが耳が滑る。十夜は形だけは頷いているが意識が思考に集中してしまう。
(割木ってどんなヤツなんだ?)
一瞬、目の前にいる割木に対してそんな考えが十夜の頭に浮かんだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消した。
十夜は一瞬でも割木に対して嫌悪感を持った自分を恥じた。
十夜は大崎がどんな人間かほぼ知らない。
だから大崎が割木を嫌う理由はわからないし、大崎がどんな性格かも実際は知らないから、大崎は他人から見たら理不尽な理由で割木を嫌っているのかもしれない。
逆を言えば、納得のいく理由の場合もあるかもしれないが。
いかんせん、大崎が割木を嫌うのは相性など2人にしかわからない理由があるからだ。
これは2人の問題だから、自分は関係ない。
自分が出来ることは双方に対してフラットで公平でいることだ。
十夜の思考がまとまった時、割木がふと試すように尋ねた。
「水原くんって好きな人いるでしょ?」
「は?」
思わず変な声が出た。
「なんかそんな感じがしたんだ」
割木が茶化すような感じで言ってくる。
「そう言えば、半分くらいの人には当てはまりそうだよね」
と少々ひねくれた返答をしたが、割木には全然響かなかったようだ。
「水原くんは冷めてるって言うのとも違くて、なんか何考えてるのか全然わかんないよね。こっちからしたら変化球の人って感じ」
いきなりディスられたと感じた十夜は、珍しくムッとした表情が顔に出た。
「あっ、怒んないでよ。面白いねって言ってるの」
と割木は何だか挑発的な態度をする。
(煽られてんのか?俺)
さっきから、こっちが子供の頃から他人に散々言われ続けた、言われたくないワードを言ってくる。
「なんか分かってくれそうだなと思ったんだー」
割木がふと寂しそうな表情を見せる。
「何を……」
言ってから十夜はしまったと思った。ここは相手にしてはいけないと感じたが、もう遅い。
「こないださ、家族と上手くいってないって話、ちらっとしたでしょ」
割木がそう言うのを十夜は神妙な面持ちで黙って聞いた。
「ウチには兄がいるんだけど、子供ん時から親たちが兄ばっかでさ。んで別に兄だけチヤホヤするなら勝手にしろなんだけど、私のことはすごいディスってくるんだよね」
その後の話を十夜は奇妙な感覚で聞いていた。
もう用事があるからと逃げ出そうとも考えたが、なぜか動けない様な感覚がある。
食堂は学生たちでワイワイガヤガヤとうるさいはずなのに、さっきから自分の周りだけすごく静かで、周囲の喧騒は遠くから反響している様にしか聞こえない。
十夜は何とか手に力を入れてパーカーのポケットに突っ込んだ。そこには昨日黒崎からもらったお守りを入れてあった。それを握りしめると熱くなっていることに気づいた。
「春休みに大学に着てく用の服を買ったんだ。それ着たの見て、すごい言われようでさ。アンタにそういうフワフワした服は似合わない。大学で浮くんじゃないかって」
(ひどい親だな)
十夜は口に出さずにそう思った。
「それで私も自分貫けなくてさ、結局こざっぱりした服ばっか選んじゃって、髪も切っちゃったんだよね。せっかく伸ばしたのに」
割木は真顔でうつむきながらそう話す。
「これ見てよ」
スマホをささっと操作して、画面を十夜に見せる。
そこには、髪が長い制服姿の割木が映っていた。
「似合ってんじゃん」
十夜は思わず素直にそう思った言葉を口に出した。
「でしょ?嬉しー」
割木は天真爛漫に喜んだ。
「なんか必要以上にサッパリしなきゃって思っちゃったんだよね」
はあっと溜息をつきながら割木は言った。
「大崎くんも私のサッパリした所が良いとか言ってたくせに、結局あのふわふわしたメンヘラの元カノでしょ。なのに私がちょっとジメジメしただけで拒否るとかあり得ないよね」
(ちょっとジメジメしたって、どんなことをしたんだ)
人間生きていればジメジメしたい時だってある。それが悪いとは言わない。ただ、どれほどのジメジメ加減だったのか。
十夜がハッとして顔を上げると、割木が笑顔で十夜を見つめてくる。
いや、口元は笑っているが目が笑っていない。
――目を合わせてはダメだ――
頭の中で警鐘が鳴った。