第12話
文字数 3,237文字
十夜は教室に入るのをギリギリまで躊躇 っていた。
あの後、「用事があるから」と言って大急ぎでその場から離れた。
アイツはやばい。一刻も早くその場から去らなければと本能で感じた。
離れてからも動悸がなかなら止まらなかったが、学生用の休憩スペースでしばしの間休んでいたら落ち着いてきた。今はワイワイ騒がしいのが逆に安らぐほどだ。
とにかく勢いで割木から離れたが、今後の付き合いについては冷静に対処しなければ行けない。
大学生活の4年間は開放的ではあるが、閉鎖的でもある。世界は広いようで狭く、狭いようで広い。
同学部の同学年は数百人いるから、こっちが合わなくてもそっちは合う、という事は日常茶飯事だろう。ある程度の失敗も時が立てば気にしなく、気にされなくなる。だが大学生活もまだ3ヵ月、最初が肝心という事もある。
だから今後わざわざ気まずくなるのは面倒だ。自分は割木に対してそこまで濃い付き合いを望んでいない。自分でも冷たいとは思うが、正直、関わりたくない、足を引っ張られたくない類の人間だと十夜は確信した。
まだそこまで嫌なことをされた訳じゃないでしょ、判断材料が足りないんじゃないかという意見もあるかもしれない。だが、薄々気づいているのにまだ分からないからと許容している内に、うっかり依存でもされたらたまったものではない。
なるべく悪口にならぬように田丸に説明し理解を得られたらいいな、と十夜は思った。希望としてはお互い気に留めない、存在を知らない程度に戻りたい。
無理ならせめて角が立たぬレベルの挨拶と世間話くらいで、もちろん1対1ではなく複数での関わり合いが鉄則だ。十夜は協調性が無いのか、有るゆえに疲れるのか自分でもよく分からなかったが、安全のためなら大学で過ごす間くらいは妥協出来るのだ。
そんな事を考えながら教室に向かった。まずはどこに座るか観察してからだなと思っていると、もう1人、教室の前でウロウロしている者がいる。
一瞬もしかしたら……と思ったが気付かないフリをした。そしてあの辺の席が良いなと狙いをつけた。そろそろチャイムもなる頃だ。
教室に入ったところで、ウロウロしていた人物が声をかけてきた。
「あのさぁ、隣、座ってもいい?」
「へっ?」
十夜から素っ頓狂な声が出た。
誰……?っていうか。
「水原くんだよね。俺、大崎」
そいつはにへらっと笑って十夜の隣に座ってきた。
(やっぱり)
おそらくそんな気はしていたが、まさか声をかけてくるとは思わなかった。
今日は地雷源が寄ってくる日だな……と十夜は絶望した。
授業が終わったと同時に十夜が席を立つと、なぜか大崎も付いてきた。はあ?と思い、少々歩くスピードを上げかけると、大崎が、
「水原くん、ちょっとそこ座ろーよ」
と謎の提案をしてきた。
そこは一角が学生の休憩スペースになっており、2人は腰をかけた。
大崎はちょっとチャラめだが、爽やかそーな雰囲気で上手くカバーして、おそらく大体の人間からは話しかけやすいと思われるタイプだろうと十夜は分析した。
失礼だが、もっと軽薄そうなのをイメージしていたので意外だった。今はちょっとやつれている感じもするが。
「水原くんさ、今日、綾乃とお昼一緒にいたでしょ?」
と大崎が聞いてきた。
「……?」
アヤノis誰?
十夜が心底不思議そうな顔をしていると、
「割木だよ。割木綾乃」
と大崎が苦笑しながら教える。
これは、もしや懸念した通り誤解されてるかもしれないと感じた十夜は、
「いたけど、大崎くんが思っているような事ではないよ。本当は俺の友達も一緒のはずだった」
真実はちょっと違うかもしれないけど(ぼっちを同情された可能性あり)、そういう事にしておいた。
「あっ、田丸くん?」
「そう。今日は体調不良で休みなんだよ」
十夜は続けた。
「こないだ、ちょっと手助けしたことがあって、そのお礼を言いたかったみたい。それだけ」
「そうなんだ。いや、別に疑ってるとかじゃないんだ。ただ珍しいなぁと思って」
と大崎が本当に珍しいものを見たように言った。
何が?と十夜は思ったが、
(まあ俺はいつも田丸くんとしかお昼行かないからなー)
そう思っていると、大崎が、
「あっ、珍しいのは綾乃の方。いつも自分の女子グループか、僕のグループと合同でしか行動してなかったからさ」
と慌てて弁明した。
大崎が続けた。
「綾乃、もしかして水原くんのこと気に入ったのかなと思ったんだ」
「はっ?」
十夜は衝撃でイスからずり落ちそうになった。
大崎が慌てて、
「大丈夫?いや、なんか水原くん、よく見るとカッコいい顔してるから綾乃の好みなんじゃないかなーと」
とあっけらかんと言う。
褒められたのかけなされたのか分からんが、どいつもこいつも失礼だな!と脳内で憤慨した。だがそれよりも、
「何言ってんの?大崎くんの彼女なんだよね?」
と十夜は少々のキレを含んで大崎へ問いかけた。
大崎は、
「いや、もう別れたし。振られたと思ってたんだけど……」
大崎はそこでちょっと考えこんで。
「僕以外に行ってくれるんなら、その方が良いと思って」
となぜか申し訳なさそうに言った。
「それって、どういう意味?」
と十夜が聞くと、大崎はハッとして、
「いや全然、深い意味はないよ」
と言って軽く笑った。
「別に割木さんは俺のこと何とも思ってないと思うよ。俺も全然そういうんじゃないから。そこは大崎くんが責任持って何とかして」
とりあえず言いたいことは伝えた。
正直言うと、割木が十夜に何の感情も持ってないとは思っていなかった。それは恋愛感情ではなくて、それこそちょっと気に入ったとか。または何かコンプレックスを刺激される相手、イヤな感情を思い出させる相手としてか。こちらとしては理不尽な話だが。
だがそこは気付かなかったフリをして、もちろん大崎に伝えることもなかった。見えない部分ではそうかもしれないけど、見える部分では何事もないのだ。ちょっと毒を吐かれたくらいで……。
「いや、僕も別れたから関係ないし」
大崎が怯んだ。
「それで関係ないなら、俺なんて路傍の石レベルで関係ない赤の他人だよ」
十夜がそう言うと、
「水原くんって意外と愉快なこと言うんだね」
と言って大崎が笑った。
そして、
「ゴメン、水原くん彼女いる感じ?そしたら押し付けるようなこと言っちゃってほんとゴメン」
と言ってきた。
勝手に押し付けられた割木にも失礼だろうと思いながら、
「いや、いないけど」
と答えた。今日はその手の質問をよくされるので動揺はしなくなった。
「あー、そうなんだ。わりとハッキリ否定したからさ、もう相手がいるのかと思った」
と大崎は説明しつつ、
「でもさ、好きな人はいるでしょ?」
どいつもこいつも……(以下略)と思ったが、これは誤解されないための良い機会だと思い、
「そうだね」
と答えておいた。
「えーっ、どんな子?年上?年下?同い年?」
と大崎が興味津々に聞いてきた。
一瞬、榛名の顔が浮かんだが、自分の周りには他にいないからなと思い、
「年上」
と答えた。
「可愛い系?キレイ系?」
と大崎がさらに突っ込んでくるので、そろそろ次の授業行かないとヤバいよと行って立ち上がった。
次の授業は十夜と大崎はクラスが分かれていたので、じゃあここで、となった。
その時、2人を見る何者かの視線を十夜は感じた。
ハッとなって十夜は周りを見渡したが、自分達を見ている者はいない。
大崎を見ると、何かに怯えているかの様に顔色が悪い。
「大崎くん、どうかした……」
と聞き終わる前に、
「水原くんって、幽霊とかって信じるタイプ?」
と聞いてきた。
「えっ」
十夜が驚くと、
「いや、なんでもない。じゃあね」
と言って大崎は去って行った。
大崎も何かの気配を感じたのだろう。
例の生霊の話をしようとしていたのか、十夜は大崎を引き留めて話を聞きたかったが、授業があるので理性で止めておいた。
あの後、「用事があるから」と言って大急ぎでその場から離れた。
アイツはやばい。一刻も早くその場から去らなければと本能で感じた。
離れてからも動悸がなかなら止まらなかったが、学生用の休憩スペースでしばしの間休んでいたら落ち着いてきた。今はワイワイ騒がしいのが逆に安らぐほどだ。
とにかく勢いで割木から離れたが、今後の付き合いについては冷静に対処しなければ行けない。
大学生活の4年間は開放的ではあるが、閉鎖的でもある。世界は広いようで狭く、狭いようで広い。
同学部の同学年は数百人いるから、こっちが合わなくてもそっちは合う、という事は日常茶飯事だろう。ある程度の失敗も時が立てば気にしなく、気にされなくなる。だが大学生活もまだ3ヵ月、最初が肝心という事もある。
だから今後わざわざ気まずくなるのは面倒だ。自分は割木に対してそこまで濃い付き合いを望んでいない。自分でも冷たいとは思うが、正直、関わりたくない、足を引っ張られたくない類の人間だと十夜は確信した。
まだそこまで嫌なことをされた訳じゃないでしょ、判断材料が足りないんじゃないかという意見もあるかもしれない。だが、薄々気づいているのにまだ分からないからと許容している内に、うっかり依存でもされたらたまったものではない。
なるべく悪口にならぬように田丸に説明し理解を得られたらいいな、と十夜は思った。希望としてはお互い気に留めない、存在を知らない程度に戻りたい。
無理ならせめて角が立たぬレベルの挨拶と世間話くらいで、もちろん1対1ではなく複数での関わり合いが鉄則だ。十夜は協調性が無いのか、有るゆえに疲れるのか自分でもよく分からなかったが、安全のためなら大学で過ごす間くらいは妥協出来るのだ。
そんな事を考えながら教室に向かった。まずはどこに座るか観察してからだなと思っていると、もう1人、教室の前でウロウロしている者がいる。
一瞬もしかしたら……と思ったが気付かないフリをした。そしてあの辺の席が良いなと狙いをつけた。そろそろチャイムもなる頃だ。
教室に入ったところで、ウロウロしていた人物が声をかけてきた。
「あのさぁ、隣、座ってもいい?」
「へっ?」
十夜から素っ頓狂な声が出た。
誰……?っていうか。
「水原くんだよね。俺、大崎」
そいつはにへらっと笑って十夜の隣に座ってきた。
(やっぱり)
おそらくそんな気はしていたが、まさか声をかけてくるとは思わなかった。
今日は地雷源が寄ってくる日だな……と十夜は絶望した。
授業が終わったと同時に十夜が席を立つと、なぜか大崎も付いてきた。はあ?と思い、少々歩くスピードを上げかけると、大崎が、
「水原くん、ちょっとそこ座ろーよ」
と謎の提案をしてきた。
そこは一角が学生の休憩スペースになっており、2人は腰をかけた。
大崎はちょっとチャラめだが、爽やかそーな雰囲気で上手くカバーして、おそらく大体の人間からは話しかけやすいと思われるタイプだろうと十夜は分析した。
失礼だが、もっと軽薄そうなのをイメージしていたので意外だった。今はちょっとやつれている感じもするが。
「水原くんさ、今日、綾乃とお昼一緒にいたでしょ?」
と大崎が聞いてきた。
「……?」
アヤノis誰?
十夜が心底不思議そうな顔をしていると、
「割木だよ。割木綾乃」
と大崎が苦笑しながら教える。
これは、もしや懸念した通り誤解されてるかもしれないと感じた十夜は、
「いたけど、大崎くんが思っているような事ではないよ。本当は俺の友達も一緒のはずだった」
真実はちょっと違うかもしれないけど(ぼっちを同情された可能性あり)、そういう事にしておいた。
「あっ、田丸くん?」
「そう。今日は体調不良で休みなんだよ」
十夜は続けた。
「こないだ、ちょっと手助けしたことがあって、そのお礼を言いたかったみたい。それだけ」
「そうなんだ。いや、別に疑ってるとかじゃないんだ。ただ珍しいなぁと思って」
と大崎が本当に珍しいものを見たように言った。
何が?と十夜は思ったが、
(まあ俺はいつも田丸くんとしかお昼行かないからなー)
そう思っていると、大崎が、
「あっ、珍しいのは綾乃の方。いつも自分の女子グループか、僕のグループと合同でしか行動してなかったからさ」
と慌てて弁明した。
大崎が続けた。
「綾乃、もしかして水原くんのこと気に入ったのかなと思ったんだ」
「はっ?」
十夜は衝撃でイスからずり落ちそうになった。
大崎が慌てて、
「大丈夫?いや、なんか水原くん、よく見るとカッコいい顔してるから綾乃の好みなんじゃないかなーと」
とあっけらかんと言う。
褒められたのかけなされたのか分からんが、どいつもこいつも失礼だな!と脳内で憤慨した。だがそれよりも、
「何言ってんの?大崎くんの彼女なんだよね?」
と十夜は少々のキレを含んで大崎へ問いかけた。
大崎は、
「いや、もう別れたし。振られたと思ってたんだけど……」
大崎はそこでちょっと考えこんで。
「僕以外に行ってくれるんなら、その方が良いと思って」
となぜか申し訳なさそうに言った。
「それって、どういう意味?」
と十夜が聞くと、大崎はハッとして、
「いや全然、深い意味はないよ」
と言って軽く笑った。
「別に割木さんは俺のこと何とも思ってないと思うよ。俺も全然そういうんじゃないから。そこは大崎くんが責任持って何とかして」
とりあえず言いたいことは伝えた。
正直言うと、割木が十夜に何の感情も持ってないとは思っていなかった。それは恋愛感情ではなくて、それこそちょっと気に入ったとか。または何かコンプレックスを刺激される相手、イヤな感情を思い出させる相手としてか。こちらとしては理不尽な話だが。
だがそこは気付かなかったフリをして、もちろん大崎に伝えることもなかった。見えない部分ではそうかもしれないけど、見える部分では何事もないのだ。ちょっと毒を吐かれたくらいで……。
「いや、僕も別れたから関係ないし」
大崎が怯んだ。
「それで関係ないなら、俺なんて路傍の石レベルで関係ない赤の他人だよ」
十夜がそう言うと、
「水原くんって意外と愉快なこと言うんだね」
と言って大崎が笑った。
そして、
「ゴメン、水原くん彼女いる感じ?そしたら押し付けるようなこと言っちゃってほんとゴメン」
と言ってきた。
勝手に押し付けられた割木にも失礼だろうと思いながら、
「いや、いないけど」
と答えた。今日はその手の質問をよくされるので動揺はしなくなった。
「あー、そうなんだ。わりとハッキリ否定したからさ、もう相手がいるのかと思った」
と大崎は説明しつつ、
「でもさ、好きな人はいるでしょ?」
どいつもこいつも……(以下略)と思ったが、これは誤解されないための良い機会だと思い、
「そうだね」
と答えておいた。
「えーっ、どんな子?年上?年下?同い年?」
と大崎が興味津々に聞いてきた。
一瞬、榛名の顔が浮かんだが、自分の周りには他にいないからなと思い、
「年上」
と答えた。
「可愛い系?キレイ系?」
と大崎がさらに突っ込んでくるので、そろそろ次の授業行かないとヤバいよと行って立ち上がった。
次の授業は十夜と大崎はクラスが分かれていたので、じゃあここで、となった。
その時、2人を見る何者かの視線を十夜は感じた。
ハッとなって十夜は周りを見渡したが、自分達を見ている者はいない。
大崎を見ると、何かに怯えているかの様に顔色が悪い。
「大崎くん、どうかした……」
と聞き終わる前に、
「水原くんって、幽霊とかって信じるタイプ?」
と聞いてきた。
「えっ」
十夜が驚くと、
「いや、なんでもない。じゃあね」
と言って大崎は去って行った。
大崎も何かの気配を感じたのだろう。
例の生霊の話をしようとしていたのか、十夜は大崎を引き留めて話を聞きたかったが、授業があるので理性で止めておいた。