その宇宙のトンネルへ!

文字数 3,344文字

 アクエリアスは再び、「ブスリ」という感じでステーションの大気バリアを出た。そこから少し飛ぶと、そのトンネルが見えてきた。
 それは宇宙空間に浮かぶ巨大な二本のホースのようだった。二本というのは「上り線」と「下り線」らしい。もちろん僕らはオーラム星へ向かうので、上り線に入らなければいけない。
 その二本のトンネルは緩やかな弧を描き、太陽の光を受け黄金色に輝き、そしてどこまでも続いていた…、訳ではなくて、途中から見えなくなっていた。
「途中から消えているだろう。トンネルがワープしているという証拠なんだ」
 セリア君はそういう訳のわからん説明した。
 どうやらこれは、さっきの「物凄い迫力の月」で中断されていたワープの話の続きだったみたいだけれど、それがどういう意味だったのか、僕にはさっぱり。とにかく意味わからん。
 それはともかく、アクエリアスはそのトンネルの入り口に近づいた。それは二つ並んだライフルの銃口、いや、はっきり言って豚の鼻だ。
 それからセリア君は、向かって左側の上り線の方へとアクエリアスを進入させた。入口には緑色のランプが点いていたのですぐにそれと分かった。
 そしてもう一方では、大きな赤い×印みたいなものが点滅していた。多分進入禁止の意味で下り線の出口だろうと僕は想像した。
 それからアクエリアスはトンネルに入り、ぐんぐん速度を上げた。
 トンネルの中では幾つものリング状に並んだオレンジ色のランプが光り、アクエリアスはそのリングをくぐり抜けるようにトンネル内を飛び、リングは物凄い速さで次々と後方へと流れた。
 僕がお父さんの自動車で高速道路を走ったときも、トンネルの中にはオレンジ色のランプが並んでいた。そんな事を考えた僕は突然里心がつき、お父さんや家族の事を思い出した。
 でもお父さんや家族の事を思い出した僕は、少し冷静に考えてみると、またしても重大な問題がある事に気付いた。
 だけどどうしてこれほど重大な問題に今まで気付かなかったのだろう。
 一体僕は何を考えていたのだろう? 
 だけど突然友達が「宇宙旅行へ行こう!」と、夜中に二階の自分の部屋の窓まで宇宙船で迎えに来れば、誰だって気が動転するだろう?
 そうとしか思えない。
 だけど今となってはセリア君に相談するしか方法はない。
 とにかく、この重大問題!

「ねえねえセリア君。僕はもう二度と家には帰れないの?」
 僕は恐る恐るセリア君に訊いてみた。
「帰れるさ。たったの半年ほどいるだけだよ♫」
「半年も? だけどそんな事したら僕のお父さんもお母さんも心配するよ。誘拐されたとか思って、警察に捜索願なんか出すぞ!」
 僕はそう言ったけれど、セリア君はあっさりと意外な解決法を提案した。
「君が心配するのは分かるが、大丈夫だ。タイムマシンがある」
「げっ! タイムマシンなんかがあるの?」
「うん♫」
「だけどさぁ、ええと、タイムマシンがあると大丈夫というのは、一体どういう理屈なの?」
「その理屈はこうだ…」

 それからセリア君が余裕しゃくしゃくという感じで、僕にその理屈を説明し始めた。
「…いいかい、君はオーラム星に半年いる」
「うん」
「そして半年後、タイムマシンを使って君が部屋を出た『今夜のあの時刻』に戻り、君を部屋まで送り返すんだ」
「そんな事…」
「安心しなよ。そんな事が出来るんだ。まあ上手い事やるからさ」
「上手い事やる?」
「心配するな」
「本当に上手くいくの?」
「僕を信じろ!」

 僕が今日の試合でダブルエラーをして大ピンチを招いた時も、セリア君は三者連続三振であっさり切り抜けてくれたし、「運命を変える大ファウル」の話も本当みたいだった。
 だからセリア君は信用できる!
 何よりセリア君は友達だから信用しよう。
 それにトンネルは一方通行みたいだから、いまさら戻れない。
 とりあえず僕はそういう風にいろいろ考え、自分を納得させた。
 それからセリア君は話を続けた。
 だけど意外な話題を持ち出した。
「ところでジュースでも飲んでいかないか? もうすぐサービスエリアがあるんだ」
「サービスエリア?」
「このトンネルはいわば宇宙のバイパスなんだ。だからサービスエリアくらいはあってもバチは当たらないぞ!」
「え? ここ…宇宙だろ?」
「宇宙にサービスエリアがあったら、何か不都合でもあるか? 誰か困るのか?」
「そりゃまあ…」
「宇宙酔いに効く薬だって売っているんだぜ♪」
 だけどこのときセリア君はうかつにも口を滑らせ、「宇宙酔い」と言う言葉を口に出してしまった。
 そしてその言葉が引き金となり、「小康状態」だった僕の宇宙酔いが、この後本格的に復活することとなる。

 それはトンネル内が無重力だったという事も関係があったのかも知れないし、その上セリア君の話が物凄~くややこしくなってしまったという事も大いに関係がある。
 つまりここから、セリア君は超ややこしい話を延々と雄弁に話し続けてしまったのだ。

「…それでサービスエリアまであと一億キロだから五分余りで到着だ」
「一億キロ? たったの五分余り…」
「アクエリアスは光の速さだもん。光は一秒間に約三十万キロ進むし一分は六十秒。五分で三百秒。よって、三十万掛ける三百は九千万だから、一億キロは五分余りで到着さ♪」
 セリア君の算数の計算を含んだ小難しい話は、僕の宇宙酔いを一気に加速した。それで僕はもう頭がごちゃごちゃごちゃごちゃし始めて、何が何だか訳が分からなくなっていったんだ。 
「ほぼひひかりのははやさでごごごふんあまりり?」
「それと、僕らのアルファセンタウリまでは四光年余りあるから、たとえ光の速さでも四年余り掛かるのに、たったの二時間で行けるのも、トンネルがワープしているからなんだぜ」
「ととととんんねるるがががわわわあああぷぷぷぷぷぷぷぷぷ…」
「イメージわかなくてもいいよ。だけど今の体感速度は時速三百キロくらいだろう?」
「さささんびゃくききききろきろきろきろ…?」
「このトンネルの映像はグラスコックピットといって、アクエリアスのキャノピーに光学的に映し出されたバーチャル映像なんだ」
「バババババババババババババババババババ…」
 僕は宇宙酔いが完璧に復活し、魂も抜けかけていたのに、セリア君は雄弁になってだらだらと小難しい話を続けたんだ。
 どうやらセリア君は雄弁になると気が利かなくなるようだった。
 それで僕はいよいよ訳が分からなくなっていた。
 それにもかかわらずセリア君は、延々と、だらだらと、小難しい話を雄弁に無神経に話し続けたのだ!

「で、グラスコックピットというのはデジタル化したデータに基づいて、ディスプレイに集約表示された…あれれ、ダイスケ君、どうしたの?」
「デモボクモウハキソウカモ」
「ありゃりゃ、こりゃカンペキに宇宙酔いだな。だめだこりゃ!」
「ボボボボクダダダダメメカカモ」
「よし! サービスエリアへ直行!」

 僕の青白い顔を見たセリア君は我に返り、事の重大さを認識したようだ。
 で、それから少し飛ぶと、やや細いトンネルが枝分かれしていて、アクエリアスは吸い込まれるようにそちらの方へと進んだ。
 そして逆噴射を開始し、噴射のガスが細いトンネル内を前方に飛び散り、ゴーという音とともにアクエリアスはぐんぐんスピードを落とし始めた。
 また体が前方に引っ張られ、僕は再びシートベルトで宙づりにされた。
 しかも今度はこの状態が延々と続いたのだ。だって光の速さから減速するのだから。
 それで僕は死ぬ思いで鼻と口を押さえ続けた。
〈ああああああ!きぶんがわるいきぶんがわるいきぶんがわるい…〉

 それから永遠と思える時が過ぎ、アクエリアスは延々と逆噴射を続け、僕は努力のかいもなく、鼻と口からカレー三杯分とサラダまでを盛大に逆噴射した。
 僕の口と鼻から飛び出したカレーとサラダが、コックピット助手席側の計器盤に激突し、四方八方に飛び散るのが、僕にははっきりと分かった。
 それで、僕の逆噴射も貢献したみたいで、アクエリアスは自転車くらいの速さに減速し、トンネル内にあった大気バリアにぶすりと入り、そこから少し進むと広くて明るい場所に出た。
 そこはサービスエリアの駐車場、いや駐機場らしかった。
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