対左投手の代打で出場だ

文字数 3,566文字

 それで再び夏の青空。乾いたグラウンド。
 だけど僕の出番の頃には、日差しはすっかり西に傾いて、風が心地良かった。
 とにかくその日はセリア君の先発だったから、試合はもう楽勝ムードの中でさくさくと進んで行った。それでも試合開始からは結構時間がたっていて、そしていよいよ僕の出番が来た。
 それは敗色濃厚の相手チームが、六回裏に補欠の左ピッチャーを出したときだ。
 僕は出番を予測していたので、バットを持って監督の近くをうろうろしていた。
 そしたらそれを目ざとく見つけた監督は、あごで僕に打席へ行くように指図した。
 やった(^^♪ 代打だ!
〈僕は対左ピッチャーのスペシャリストだぞ!〉
 僕はわくわくした気分でそんな事を考えながら、バットを抱えベンチを出た。
 それからネクストバッターズサークルで、その左ピッチャーの投球練習を見た。
 補欠だけあって、僕にはそれ程のピッチャーでもなさそうに見えた。
 それで僕は能天気に〈楽勝かも!〉なんて考えていた。

 プレー再開。
 初球、外角ストレート。(ボール)
 二球目、外角に緩い球。(ボール)
 僕が強打者に見たのか、そのピッチャーは少し逃げているように感じた。
(それは僕のうぬぼれかも知れなかったけれど…)
 ともかくツーボールノーストライク。
 僕はばっちり優位に立った。
 次はきっと、苦し紛れに真中へ投げてくるだろう。
 僕はそう予測し、それを狙う事にした。

 だけど僕は、本当は内角球が大好きだった。
 でも悪い癖もあった。
 詳しい話はさておくけれど、僕はいつもその事で監督に怒られていたんだ。
 それはともかく、僕は「内角来い内角来い」と打席で念仏をとなえた。
 すると予測的中だ。
 その左ピッチャーは真中を狙ったのだろうけれど、少し力んですこし引っかかって、それは内角にくい込んで来るストレートになったんだ。
 それで僕は〈やった!〉と思って、その内角球を思い切り叩いた。
 十分な手応えだった。
 ボールはレフトへぐんぐん伸びていった。
 みんなの歓声が聞こえた。
 だけど、「あ~あ!」とか「ほらやっぱりね!」とかいう声も混ざってきた。
 よくよく見ると、ボールはどんどん左に左に切れていったんだ。そしてグラウンド脇のカシの木の茂みに飛び込み、行方不明になった。
 だから残念ながら、ばつちりファウルだ。
 でも、これが問題の「運命を変える大ファウル」なんだ。
 何故そうなのかは後で話す。
 それで、ともかくその打席、結局は空振り三振だった。
 だけど僕はその大ファウルの事で有頂天になっていた。
 凄い飛距離だったし、自分としては完璧に打ったつもりだったからだ。
 ファウルになった事以外はね。

 それから、試合は楽勝の展開だった事もあり、最終回の七回の表に、監督は有頂天の僕にそのままセカンドを守らせた。「たまには守れ。ばりばりいい経験になる」とか言って。
 セリア君も、「間違ってもセカンドには打たせないよ。僕を信じろ! へへへ(^^♪」とか言ってくれたし。
 だけど人間誰にも間違いはある。セリア君も少し間違ったようだ。
 初球からか~んと音がして、いきなり僕の所へゴロが来たんだ。
 そして僕はお約束どおり、その打球を思い切りトンネルした。
〈あ~あ、トンネルはこれで何回目だろう? 僕はよほどトンネルに縁があるらしい〉
 そのとき僕は無邪気にそう思った。でもそれが最後ではなかった。
 次の打者も初球を僕のいるセカンドへ打ってきたんだ。
 さすがに二度目はバッタを捕まえる要領でボールにグラブをガバッっとかぶせ、ぽんぽん弾むボールを何とか捕まえたけれど、今度はファーストへの送球が豪快にすっぽ抜けた。
 それであっという間にノーアウト二塁三塁の大ピンチになってしまったんだ。
 しかもセリア君は動揺したのか、その次の打者にストレートのフォアボールを出した。
 それでとうとうノーアウト満塁だ!
〈僕のエラーでとんでもない事になってしまった。やばいやばいやばい…〉
 僕は冷や汗をかき、多分顔は真っ青だった。
〈どうしようどうしようどうしようどうしよう…〉

 だけど実は、そこからがセリア君の見せ場だった。
 セリア君は一度僕の方を見てニヤリと笑って、そしてその後は、三者連続三球三振であっさりと試合を片付けてしまったんだ。
 後から考えると、これはセリア君の自作自演の疑惑が大いにあるのだけど、その時の僕にはそんな事を考える心の余裕も無かったので、無邪気に〈セリア君に悪い事をした…〉とか思っていた。
 とにかくそういう訳で、「運命を変える大ファウル」を打った直後の、僕の例の「有頂天気分」は三分の一くらいにまでしぼんでしまった。
 しかも試合の後、怖い顔をした監督が仁王立ちで僕を待ち構え、僕のしぼみかけていた「有頂天気分」をカンペキに握りつぶした。
「お前は内角球のさばきかたが全ぇ~~ん然分かっていない。あんなオープンスタンスで打ったらどこで打ってもファウルになるのは当たり前だのクラッカー。前から何度も言っていただろう。たとえ百万回ファウルを打ったって、一円にもならないんだぞ。それをあんなに遠くへ飛ばしやがって。あのカシの木の茂みに打ち込めばボールが行方不明になる事くらい分かるだろう。ボール一個いくらするか知っているのか? 六百円だ! お前は小遣いいくら貰っているんだ? それにクワガタを捕まえに来ている子供に当たって怪我でもさせたらどうするんだ。だいたい守備はからっきしなんだから、バッティングだけでも一人前にならないと。そうそう思い出した! 問題は守備だ! ボールはバッタじゃないんだぞ! なんだあのぶざまな捕り方は! 一体全体、お前はまじめに守備練習をしてきたのか? とにかくこのままじゃお前はぁ………………」
〈僕はいつも監督に怒られてきた。だけど今日だけはあのファウルの事を少しは褒められると思っていた。最低でも「惜しい当たりだったな」くらいは言って欲しかった。実はあのファウルを打った瞬間、プロ野球選手になれるかもなんて妙な予感がした。まぶたの裏にはプロのユニフォームを着た自分の姿まで浮かんだんだぞ! それなのに百万回打っても一円にもならないだとか、ボール一個がいくらだとか、ぜぇ~んぜん夢がないし、しかもめちゃくちゃせこい事言っちゃってさあ。まあ人に当てて怪我をさせたら悪いけれど。だけど、プロ野球のホームランはどうなんよ! ともかく僕のプロ野球選手の夢はブチ壊された上に、守備の事までごちゃごちゃごちゃごちゃ言われるし。それに最初は、僕のバッティングの事で怒っていたくせに、どうして途中から守備の事を思い出して、改めて別件で怒り始めるんだい? もう頭に来る! 監督のバカヤロウ!〉
 僕は自分の頭の中で監督に言いたい放題いじいじと、だけどあらいざらい言い返した。
 すると少しだけ気分がすっきりした。
 でもこれが僕の現実だろうとも思った。冷静に考えれば、監督の言うとおりだったからだ。
 だからプロ野球選手の夢はあきらめよう。
 僕はそう思い、「プロ野球のユニフォーム姿の僕」を、僕は頭の中から削除した。

 ともかくそういう訳で、僕は重ぉ~い気分と重ぉ~い野球の道具を抱え、だけど少しは吹っ切れた気分で現実と向き合いながら、のろのろと家へと向かって歩き始めたんだ。
 だけど僕が歩いていると、
「三振前のぉ~、バァ~カ当ぁたりぃ~♪」とか、
「ファウルボールの飛距離でギネスに申請すれば?」とか、
「おい、今度の守備ではバッタじゃなくって、クワガタを捕まえてくれよ。おれコーカサスクワガタ希望(^^♪」とか、嫌な事を言う奴らが自転車でぞろぞろと追い越していったんだ。
 それで僕はカンペキに嫌な気分が復活した。
 めちゃくちゃ頭にきた。
「やかましい! 何がギネスだ。何がクワガタだ。クワガタなんか樫の木の茂みにそこいらじゅういくらでもいるから、てめえで勝手に捕まえろ! こぉ~のバぁかタぁレが~!」
 僕は大声で言い返したけれど、自転車の奴らはすいすいと遠くへ行ってしまっていた。だから聞く耳持たなかったみたい。それで張り合いがない僕は再び嫌な気分になり、再びのろのろと歩いた。
 だけどしばらく歩いていると、今度は後ろから走ってきたセリア君が僕のお尻をポンと叩いた。
 それから少し進んで立ち止り、くるりと振り返ると、僕に向かってこう言ったんだ。
「ダイスケ君、凄い打球だったね」
 セリア君はにっこりと笑っていた。
 その後ろに夕焼け雲があった。
 それを見た僕はちょっぴり良い気分に戻った。
 それで僕はセリア君にこう答えた。
「まあまあの当たりかな~♪」
 するとセリア君は少し走ってからまた振り返り、今度はこう言った。
「君の運命を変える大ファウルになるかもね!」
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