入団発表の日、それから

文字数 5,015文字

「どうやら君の入団は思い切りだめだったみたい。球団の偉い人たちには、僕からも土下座して頼んでみたのだけどね。もう全くだめだった。本当は君は『凄いバッター』じゃなかったんだ。ぶっちゃけ、大したバッターじゃなかったそうだ。何でもあのレフトのポールは思い切りおかしな所に立っていたらしい。だからこの惑星でも、あの当りは思い切りファウルだってさ。思い切り残念だったよ。つまり地球の大ファウルがこっちでホームラン♫という僕の見立てはカンペキに論破されたんだ。それで、ええと、今からアクエリアスで地球まで送ってあげるよ」
 セリア君にさくさくと思い切り残酷な事を言われ、そういう訳で、僕はまたパジャマ姿で選手寮を後にすることになった。
〈やっぱり僕がプロ野球選手なんかになれる訳ないじゃん。いくら子供ばかりの星だったってさぁ。とにかく!僕はやっぱり「全宇宙的に」大したバッターではなかったんだ。やっぱり地球の監督は全てを見抜いていたんだ…〉
 僕は絶望的にそう思った。でもセリア君の土下座ってイメージわかないかな。
 それはさておき、ともあれいい思い出も出来たし、それにいい事を思い出したので、僕はセリア君に言ってみた。
「ねえねえねえ、今からこの星のエベレストへ連れてって♫」
 だけどセリア君は「僕は超忙しいからそんな暇はない(キリッ)」と冷たく言い放った。

 それから僕らはアクエリアスでオーラム星を後にした。
 またまたあの強烈な加速!
 僕は胸が押しつぶされそうだった。
 しかもしばらくしたら、また豪快に宇宙酔いになった。
 それで僕が「宇宙酔いバスターが欲しい!」と言ったけれどセリア君は「さっさと地球に帰るぞ! 僕は超忙しい(キリッ)」って連れなかった。もうサービスエリアには寄ってくれなさそう。
〈最悪だ。これはもう寝るしかない!〉
 僕はそう思い、得意のふて寝をする事にした。
 だけど僕がうつらうつらし始めた頃、誰かがアクエリアスのドアを外から叩いた。
 ドンドンドン!
〈だいたい宇宙船のドアを外から叩く…凄い根性のある奴に違いない。宇宙服を着て鉄人みたいに背中にロケットエンジンでも背負って追いかけて来たのだろうか? もしかしてバナナ監督が僕を呼びに来たのかな? ロケットエンジンを背負って、やっぱり入団OKとか言う為に。そういえばバナナ監督はにこにこしていたし!〉
 僕はかすかな期待に、少しだけ胸を膨らませた。
 そしたら今度は、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ダイスケ君」「ダイスケ君」「ダイスケ君!
〈あれれ、セリア君の声だ。それじゃあ飛んで来たのはバナナ監督ではなくてセリア君? だったら、今ここでアクエリアスを操縦しているのは、もしかして、別の宇宙のセリア君? もう何が何だかさっぱり…、一体全対、これは何?????〉なんて思っていたら豪快に目が覚めた。
 ぶっちゃけ寮の僕の部屋だった。
 それでも「ドンドンドン」と「ダイスケ君」は続いていた。

 そういう訳で僕は飛び起き、ドアを開けるとやっぱりセリア君が立っていた。
「おめでとう。入団決定だ!」
 セリア君は部屋に飛び込んで来た。(ロケットエンジンは背負っていなかった)
「やったね。す…、凄いよ。それじゃレフトのポールは正しい場所に立っていたんだね!」
「レフトのポール? あれは百五十年も前からずっとあそこに立っていたよ」
「そうかそうか。そりゃ良かった」
「何でもいいけど、おととい言ったじゃないか。入団は確実だって。そうそう、昨日は差し入れどうもありがとう。エクレア堂は最高なんだ。それとあのお好み焼き、うまかっただろう?」
 そう言うとセリア君は、僕に大きな袋を渡してくれた。
 中には真新しいパジャマと見覚えのある帽子が入っていた。そしてパジャマにはかわいい子犬のアップリケが付いていた。
 柔らかそうな生地。昨日の地下鉄の中吊りの広告にあったパジャマとそっくりだ。
〈いや、パジャマじゃなかった。何だったっけ。まあいい〉
 それに、背中に大きく数字が書いてあった。
「じゃ今夜から、これを着て寝るんだね」
「それはユニフォーム!」

 こうして僕のプロ野球選手生活が始まった。
 それから僕は練習に明け暮れる日々を送る事となったのだけど、実は初日からいきなり大問題が発生してしまったんだ。
 それは午前中、第二球場で行われていた全体練習での事だ。守備練習で内野手が順番にノックを受けている時だった。
 僕はセカンドを守っていた。それで僕が捕球する番になったので、コーチは僕の所にボールをノックした。
 だけど僕はその打球を思い切りトンネルした。〈あ~あ、トンネルはこれで何回目だろうか? 僕はよっぽどトンネルに縁があるらしい〉
 そのとき僕は無邪気にそう思った。
 でもその時はみんなが「ヘイヘイ!」とか「ドンマイ!」とか言って励ましてくれた。
 それでコーチが「もう一球!」と言うと、もう一度ノックした。
 さすがに二度目はバッタを捕まえる要領で何とかボールを捕まえたけれど、今度は送球が豪快にすっぽ抜けた。
〈あれれ、何だか見覚えのある光景だなぁ。確か、夏休み前日に地球の試合で…〉
 そのとき僕が能天気にそう思っていたら、それを見たみんながその場で凍り付いてしまったのだ。
(げろげろ! これがプロ野球選手の守備?)
 みんなの顔にそんな事が書いてあるのが、僕にはありありと分かった。
 僕は顔から火を噴きそうになった。とにかくその場の雰囲気は最悪になってしまったんだ。
 だけど外野でランニングをしていたセリア君がその「異変」を察知し、一目散にノックをしているコーチの所に走って来た。
 それからセリア君はしばらくコーチと話をして、バナナ監督もいそいそとやって来てしばらく協議があり、結局僕はそれ以来、守備練習を免除される事になった。
 速い話が、僕の守備はこの星でも使い物にならないという事だ! 

 それで僕は思い切り豪快に落ち込んで、その日は午後の練習をさぼり、寮でふて寝をする事になった。
 だけどその夕方、セリア君がぶどうジュースをたくさん持って、僕の部屋に来てくれた。
 セリア君は僕に「自信を持って練習しなよ」と言ってくれ、それから一緒にぶどうジュースを飲みながら、コーチや監督と何を話したかを教えてくれた。
 セリア君は僕のことをバナナ監督やコーチに、「彼は一芸に秀でた選手だから」「守備には目をつぶって欲しい」「当面は指名打者で使えばいい」などと、上手に話してくれたみたいだった。
 それで僕は少し吹っ切れたいい気持ちになった。
 だって僕は「本当は凄い打者」だ。だから自分の特技を生かしてチームに貢献すればいい。
 僕はそういうふうにポジティブに考える事にしたんだ。
 とにかくそういう訳で、僕は「打撃専門」となり、主に練習するのは室内練習場という事になった。

 それは球団事務所から続くウメとサクラを足して二で割ったような、ピンク色の花が咲く例の小道を少し歩いた所にある大きな建物だ。
 内野がすっぽり入るような大きさで、周りにはネットが張ってある。そこで僕は毎日マシンを相手に打ちまくる事になったんだ。
 とは言うものの、昼間は上級生、いやいや、主力の選手達も交代で練習をするので、そんなにいつもという訳にもいかない。
 それで練習の合間にはランニングなんかもやった。
 球団施設内をぐるっと回ってランニングをするのだけど、延々と走っていると物凄くきつくなるので、そういう時は「ウォーキング」に切り替えた。歩くのは健康にいいと、お父さんも言っていたし。
 ところで、球団施設の中心にはドーム球場がある。プロキオンズドームとかいうらしいのだけど、何回見ても僕にはだんご虫が丸まっているようにしか見えなかった。
 金で出来た巨大な板の繋ぎ目の感じが、だんご虫とそっくりなんだ。最初のうちはそのだんご虫がおかしくて、僕はいつもいつも笑い転げていたけれど、それにもだんだんと慣れてきた。
 それはともかく、そこは公園みたいに素敵な場所で、いろんな訳のわからない花が咲き乱れ、見たこともないような奇妙な昆虫なんかがぶんぶん飛びまわっていた。
 だから僕はそれらを眺めながら、走ったり歩いたりした。
 ウメとサクラを足して二で割ったような花や、きゅうすのような花が咲くサボテンや、説明しようがなくてトランペットの咲く木や、ブロッコリーの木の話は前にしたけれど、ここには「食鳥植物」などという強烈なものもあった。
 その名も「トリトリ草」。ハエ取り草を巨大化したようなやつで紫色だ。つららのような巨大なトゲがあり、主にカラスを好んで食べる。
 とはいうものの、この星のカラスはどう見ても僕にはニワトリ(白色レグホン)にしか見えない。だけど飛ぶんだけど…
 で、そのニワトリカラスは普段はドーム球場(だんご虫ドーム)の天辺なんかに留まっていて、ほぼ一時間おきに「コケコッカー」と鳴く。
 そして時々降りて来て虫なんかを食べる。
 奴らの好物はUFOみたいな形の虫で、ほたるのように光るのだけど、夜見るとそれがUFOの集団が光っているみたいで凄いんだ。
 虫の話はさておき、そのニワトリカラスは時々そのトリトリ草にとっ捕まる。一度トリトリ草がニワトリカラスを捕食している場面を目撃したけれど、弱肉強食の、それはそれは壮絶な光景だった。
 そんな事はさておき、何の話しだっけ。
 そうだ。野球の練習の話だ! 
 そういう訳で僕が室内練習場でマシンを貸し切りに出来るのは早朝か夜だ。だからまず早起きして朝飯前にひと練習。
 ところでこの星の一日は二十七時間ある。
 これは最初にオーラム星に来た時、セリア君に教えてもらった事だ。
 実は、僕にとってそれは物凄く都合が良かった。
 毎日三時間も余分に眠れるからだ!
 だから僕は、早起きが全然苦にならなかった。
 それで朝は早朝練習。昼間は「守備以外」の練習とランニングとウォーキング。そして夜は寮で晩御飯を食べて一休みしてから夜間練習だ。

 実は夜間練習のとき、僕は用具係の人に頼んで、ピッチングマシンをギンギンの剛速球に調節してもらっていた。そしてそれに振り遅れないよう、必死でバットを振ったんだ。
 それを見ていた他の選手たちも感心していた。
 とにかく僕のバッティングだけは「素晴らしい」らしい。
 実は速い球にこだわるのには理由があった。
 僕がオーラム星に来た翌日に第二グラウンドで入団テストを受けたとき、僕に投げてくれた左ピッチャーの球がとても速くて驚いたんだ。
 それで僕は、ここではもっと速い球を打つ練習をしなければいけないと思った、という訳だ。
 そしてある日の夜間練習のときのこと。
 その左ピッチャーが僕に話し掛けて来たんだ。彼は僕みたいにずんぐりしていて丸い顔だったから、僕はすぐに彼の事を思い出した。
 そして彼は僕の入団テストのとき、いきなり僕にホームランを打たれた事で、そうとうへこんでしまったそうだ。
 だけど彼は、僕がここでギンギンの剛速球を打っている姿を見て、
〈なにくそ! 僕はもっと速い球を投げるぞ!〉
 と考えるようになったらしく、それで彼はそれまでよりもさらに練習を頑張っていたという訳だ。
 つまり互いに「負けないぞ!」という気持が、互いを動かしていたということになる。
 彼はエナッツ君という。
 期待の若手のサウスポーだ!
 そして彼といろいろ話をしているうちに、僕らはすっかり仲良しになった。

 それからエナッツ君は僕に「リベンジだ!」と言って、僕らは何度も勝負をした。
 もちろん真剣勝負だ。
 僕も負ける訳にはいかない。
 ところで真剣勝負だとヒットかアウトかで時々もめたんだ。
 今のはセンターオーバーだとか、いやセンターライナーだとか。だって室内練習場でやっていたのだから。
 そんなとき審判の役目をしてくれたのがギューリキ君だった。体がとても大きくて、馬力がありそうで、そして何となく牛みたいなイメージだったけれど、小さな目がかわいかった。
 そしてもちろん怪力の持ち主で、「将来の四番候補」なのだけど、まだ試合には出してもらってはいなかった。
 そんな彼もよく早朝や夜間練習に来た。
 もちろんギューリキとも「勝負」をした。
 エナッツ君が投げて、二人で三十球ずつ打って、どちらがたくさんのヒット性の当りを打てるか、とかね。
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