第5話

文字数 10,197文字

 ~2005年3月26日12時~
 自分自身を包んでいた光のまぶしさが解けていくと、見慣れた風景が飛び込んでくる。
間違いなく、自宅の僕の部屋だった。
本当に僕は過去に戻ることができたのだろうか?
いまいち実感が湧いてこないが、カーテンを開いてみると差し込んでくる陽射しは、先ほどまでいた年末の寒々しさももの悲しさもなく、ポカポカとやさしい春の陽射しそのものだった。
ベッドの枕元に置かれたデジタル時計の日付も時間も、起動させたパソコンの画面上のものも、確かに過去に戻っていた。
何より先ほどまで夜の真っ只中にいた自分が、昼間に自室で佇んでいることこそが、時間を跳躍できた証だった。
本当に僕は過去に戻ってくることができたんだ。
 実感が遅れてやって来ると、色々なことが頭の中に浮かんでくる。
まずは、その1つ1つの事象を整理して着地させていくのが賢明だろう。
・とりあえず過去に戻ることはできた
・この時間まだ眠っていたはずの僕の姿が見えないことから推察すると、当時の自分自身に上書きされた
・記憶に意識を巡らせてみると、丘佐紀さんとの最後の瞬間まで、また事この時間に戻ってくるまでのプロセスなども鮮明に覚えていることから、上書きというよりは当時の自分自身に同期されたという方が適切か
大まかに今の自分が置かれている状況を整理すると、こんな感じだ。
 戻ってきて2時間近く経過し、ずいぶんと冷静になることができた。
僕は過去の自分と同じように、今テレビでライオンズの開幕戦の中継を見ている。
両チームの選手たちが織り成すプレーの1つ1つが、あの時に見たまま再現されるかのように展開していく。
当然試合の結果もあの時と同じ、ライオンズの選手たちがサヨナラ勝ちの歓喜に沸く姿を見るにつけ、僕の中で1つの仮説が証明された。
「つまり、少なくとも僕が積極的に当時と異なった行動を起こさない限りは、過去をなぞるように物事は同じ結末をたどっていく」ということ。
その範疇においての、僕の行動の大きさとそれを受けた周囲の影響の度合いが、どの程度未来が変わるのかの指標となるのだろう。
とどのつまり、僕が自身の周囲の未来を変える程度では、おそらく全国・全世界規模に影響を及ぼすなんてことはまずないのだということ。
権利の行使を迷っていた時とは比べ物にならないくらい、僕の胸にはこれから来るべき己の未来に向けての闘志とやる気が満ち満ちてきていた。

 さて、そろそろ僕の携帯電話が鳴る頃だろうか。
かけてくるのは川下で、用件は指定する居酒屋への強制参加だ。
そしてそれが、僕と丘佐紀さんとの記念すべきファーストコンタクトとなるのだ。
「♪♪♪♪~!!」
来た、川下からの着信だ!!
「もしもし。」
「ああ俺俺、川下!!」
声のトーン、テンション共にあの時の川下と寸分違わない。
「いよいよ奔瑚の出番が来たぜ!!」
「・・・何が・・・・?」
「いいからいいから、何も聞かないで今から言う店にすぐに来てくれ!!」
一応問うてはみたが、誘い文句も勢いもやはりあの時のままだった。
「いいな、絶対来いよ!!」
相変わらず一方的に川下は電話を切ってしまった。
だが川下の要求の意味がまったくわからなかった、混乱を抱えて言われるがまま出掛けて行った僕はもういない。
過去に戻ってきてすでに数時間が経過していたことで、決戦に向かう心構えはそれなりに整えられたつもりだ。
では参るとするか、運命を変える戦場(居酒屋)に!!

 僕は待ち合わせの居酒屋に向かい歩いていた。
前回はとにかく急がなければならないという判断から、自転車を使用したのだがあえて歩いて行くことにした。
理由は2つ、1つは歩きながら今回の作戦の最終確認を考えるため、もう1つは居酒屋を後にしてから丘佐紀さんたちと動くには、みんなと同じ徒歩の方が都合がいいからだった。
前回は僕1人だけ自転車を押しての移動を強いられたため、どうしても丘佐紀さんたちとの間に物理的な距離ができてしまった。
なるべく1分1秒でも丘佐紀さんの近くにいて、自分をアピールをしなければならないため、自転車は不向きと判断した。
すべては失われたはずだった未来を、もう1度やり直せるチャンスを何としてもものにするために!!

 居酒屋に到着した僕は、店の扉に手をかける前にゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
数度横隔膜の収縮を繰り返したことで、しっかりと酸素を供給できた僕の心は落ち着きを得ることができた。
いざ!!僕は扉を開いて、戦場に赴いていく兵士のように足を踏み入れていったのだった。
 入店した僕は店内を見渡す必要もなく、また離れた位置から僕を呼んでいる川下の姿を確認するまでもなく、真っすぐに丘佐紀さんたちが座っているテーブル席へと向かっていった。
やはりすでにアルコールが入りいい感じに出来上がりつつある川下に誘われて、僕は丘佐紀さんと大沼さんに挟まれる形で着席していく。
 さて、ここからだ。
前回は突然の呼び出しによる出会いだったために、自分が置かれた状況の把握と、苦手意識のある女の子たちとの初対面ということに大いに出遅れてしまった。
なので、今回は初めから飛ばしていくことに重きを置くこととする。
この時間軸では初めてお互いに顔を合わせたわけだが、僕にとっては2度目というアドバンテージはとても大きく感じられ、あの時襲われた戸惑いも緊張感も段違いに減少している。
「え~こいつが俺の親友、奔瑚雨汰です!!」
「ども!!毎度おなじみ流浪の大学生、奔瑚雨汰です。」
僕は長寿深夜バラエティー番組のお決まりの冒頭のあいさつの如く、持参したサングラスをかけた上で丘佐紀さんたちに自己紹介してみた。
「・・・・・・・・。って、タモさんかーーーい!!」
シャイでとりわけ女の子と話すのが苦手な僕が、まさかいきなり小ネタを繰り出して自己紹介するとは、旧知の川下といえども心底意外だったようで、突っ込みを入れてくるまでに一拍遅れてしまっていた。
サングラスを外して改めて自己紹介する傍ら丘佐紀さんの方を見ると、口元を押さえて控えめに笑っていた。
よし、とりあえず掴みは成功したようだ。
とにかくこの調子で、僕の持てる力をすべて出し切るくらいの気合いでもって、丘佐紀さんにアピールしていかなければならない。
磯川さんと大沼さんの僕に対する自己紹介も済み、続けて丘佐紀さんが半身の体勢で向き直り、言葉を紡いでいった。
「初めまして、丘佐紀由希です。川下君からは、高校の時から時々奔瑚君の話を聞いてたよ。」
何それ、初耳なんだけど!?
一体川下は、僕の何を彼女たちに話していたんだろう?
前回には知りえなかった新情報について川下に視線を向けると、彼はサムズアップして返してきた、うん意味深~。
早急に事情聴取をしたくてたまらなかったけれど、丘佐紀さんが続けた言葉によって、何となく理解することができた。
「中学の同級生にすっごく面白い人がいるって、野球部の時の話とかいっぱい聞かせてもらったよ。」
あ~そうですか、そんなことを話していやがりましたか・・・。
中学時代野球部に在籍していた僕は、たいした選手でもなく、ろくに活躍もできないままの3年間だった。
活躍したエピソードは3つくらいしかないのに対して、練習中や試合中に犯した数々のミスや珍プレーにはまったく事欠かなかった、いわば僕の黒歴史だ。
大方顧問の先生にこっぴどく怒られたエピソードなどを中心に、失態の様子をネタとして話していたんだろうなぁ・・・・。
「へぇ~そうだんだ~。」
若干笑顔がひきつる僕である。
「丘佐紀さんたちは、高校時代川下と同じ部活だったんだよね?」
「うん、少林寺拳法部。」
「少林寺か~、球技以外のスポーツはやったことがないからなぁ僕は・・・。ところで、その頃の川下ってどんな感じだったの?」
「う~ん、そうねぇ・・・」
 「奔瑚ーー!!」
丘佐紀さんが僕の問いかけに対して、いつまでも見ていたくなる小首を傾げる姿勢でその当時に思いを巡らせ始めるや否や、川下が強引にカットインしてきた。
「そんなことよりよう、奔瑚の得意技見せたってくださいよぅ!!」
こいつ、僕の恥ずかしい過去は丘佐紀さんたちに話していたにもかかわらず、矛先が自分に向いた途端露骨に話題の転換を図ってきやがった。
「得意技って、えぇ~何何~?」
そんな川下の荒業による苦し紛れの話題の転換に、大沼さんが興味を示して尋ねてくる。
前回ならばこの反応に、僕は日和っていただろう。
だが、今の僕は違うのだ、これくらいのことでは動揺したりするはずもない。
「ぬふふふふふ、そ~んなこと急に言われもなぁ~!!」
前回のファーストコンタクト時には、終始川下に振られっぱなしで主導権を握られ続けていた僕ゆえに、今回は攻めて攻めて攻めまくる!!
殺られる前に殺れ、振られる前にネタを披露だ!!
そんな決意を体現するように、僕は某怪盗三世のモノマネをリアクション代わりに披露したのを手始めに、次々とメインキャラクターになりきって爆笑時々失笑を奪い、場を盛り上げていくことに徹していった。
歌手・俳優・タレント・アニメキャラクター、前回は知名度の観点から行わなかったネタに至るまで、文字通り僕のモノマネの全ネタを惜しげもなく披露していく。
これに対して、1番食いつきがいいのは川下、同じくらい大沼さんが笑ってなかなか心地良くなってくるリアクションを浮かべていた。
磯川さんはあまりテレビなどを見ない子なのか、一貫してノーリアクションに近い有様だったが・・・・。
肝心な丘佐紀さんの反応はというと、知っている人物のモノマネには理解した上で笑ってくれ、世代的に知らなくても仕方のないであろう玄人向けのネタには、わからないなりに僕を気遣って温かいものを返してくれた。
はっきり言って僕にとってこの場でモノマネをする意味も、見せたい相手も丘佐紀さん以外にはあり得ない。
言い換えれば丘佐紀さんが喜んでくれて、芳しい反応を示してくれるかどうかが重要なわけで。
乾杯の合図もそこそこに始まった僕のワンマンショーは、そういった意味で一定以上の成果を上げられたのではなかろうか。
「奔瑚のダンナ、今日はどうしたんだい!?いやに飛ばしているというか、絶好調じゃな~い!!」
なので、いつもと違う別人のように川下が感じようと、どうでもいいのだった。
 
 僕の命を削りながらのネタ披露で、飲み会の空気は温まっており、まだ会の途中なのに前回よりもはるかに僕たちの距離は縮まっているのを実感できた。
「へぇ~丘佐紀さんは市役所に勤めているんだね。」
「そうなの。だからこれからしばらく忙しくなりそうなんだ~。」
「そうなんだ。くれぐれも健康には気を付けてね。」
「ありがとう!!奔瑚君ってやさしいんだね~。」
「いや、別に~」
おいおい、いい感じじゃないか。
こんな空気は、前回には明らかに存在していなかったぞ。
モノマネによって僕に対する関心を掴み、その後の隣り合った席順の利を活かしての流れるような自然な会話に花が咲いている。
なかなか丘佐紀さんに対して踏み込んでいけず、前回ではしびれを切らした川下の半ば職務質問のように聞き出した情報たちも、すでに僕自身によって聞き出すことに成功していた。
「そうだ、よかったら連絡先交換しない?」
「うん、いいよ。」
おいおいマジかよ、自分でも信じられないくらいのグイグイさ加減だぜ!!
「じゃあ赤外線送るね~!!」
数秒後、僕の携帯には丘佐紀さんの電話番号とメールアドレスが、確かに届いていた。
「OK!!バッチリ届いたよ!!」
「うん、メール送るね!!」
この時の僕たちのやり取りの様子を見守っていた川下の視線は、我が子の成長を見届ける父親のようだったという。
目が合うと川下はまたもサムズアップしてくる、はいはい、わかったわかった・・・。
 入手したくてもやはり川下の助力無くしては入手できなかった丘佐紀さんの連絡先、あらかじめ知りえていた過去といえども、こうも容易く入手できるとは・・・・・。
情報を制する者が成功する人間とはよく言ったものだとつくづく思う。
しかしこれがゴールではない、目指すべき場所はあくまで丘佐紀さんと結ばれるハッピーエンドなのだから。
そんなわけで僕はここからさらにギアを上げて、飲み会がお開きとなるまで可能な限り最大限丘佐紀さんと接し言葉を交わして、少しでも好感度を上げる努力を怠らなかった。
奔瑚雨汰という人間の存在を知ってもらうだけでは不足だ、奔瑚雨汰という男に恋愛感情の種をまき意識させるところまで持っていかなくては。
 
 飲み会の終了後、前回の時間軸をなぞるようにゲームセンターへと向かった僕たち。
全員でゲームを楽しむ最中でも、僕はなるべく丘佐紀さんとペアになったり行動を共にするように動いていた。
最後に行ったプリントシールの記念撮影では、全員で写ったものとは別に、頼み込むように丘佐紀さんと2ショット撮影までできて、もう快挙としか言いようのない大躍進だった。
前回の時間軸では、遠慮がちに後方にかろうじて映り込んだに過ぎない全員撮影のシールだっただけに、カップルにしか見えない2ショットの出来立てほやほやのシールを手にした時は、感動に打ちひしがれそうになってしまった。
 そしてゲームセンターを後にした僕たちは、丘佐紀さんたち女の子を駅の改札口まで見送りに行き、彼女たちは帰っていった。
ファーストコンタクトにしてはこれ以上ないパーフェクトぶりに、家路を共にたどっている川下も肘で僕の脇腹を小突いてきて讃えていた。
 
 一方電車内では、丘佐紀さん・大沼さん・磯川さんが座席に座りながら会話していた。
「由希、奔瑚君とずいぶん盛り上がってたじゃん?」
「そうかな~。」
「ぶっちゃけどうなん?奔瑚君と付き合いたいとか思ったり?」
「う~ん・・・・、それはどうかな~。」
「何で?めちゃくちゃ楽しそうだったのに。」
「う~ん、何か奔瑚君って、女の子の扱い方に妙に慣れてるっていうか・・・・。」
「あ~、確かにぐいぐい来てる感じはあったね・・・。」
「川下君の言ってたイメージとちょっと違ったっていうか・・・・。」
「由希って、さわやか系イケメンがタイプだもんねぇ~。」
「うん。確かに奔瑚君は面白かったけど・・・。」
「私は面白い人って、タイプだけどな~。由希は違うんだ?」
「ちょっとね・・・・。」
飲み会を終えての女子特有の反省会を兼ねたガールズトークが繰り広げられる中、電車は南へ下っていったのだった。

 丘佐紀さんとのファーストコンタクトを僕なりに満足いく形で終えられ一安心する間も惜しいと、入手に成功したアドレスへのメール攻勢をかけることとする。
前回は、最初の飲み会でのコミュニケーションを満足に図れずに出遅れたのが影響して、初めのうちは取り留めもない内容に終始していた。
対して今回の時間軸では、すでにその辺りのやり取りを飲み会のうちに一通り済ませられたアドバンテージがある。
というわけで、初めからクライマックスとはいかないまでも、恋の成就に向けた比較的突っ込んだ内容を存分に送ることができると、僕は思い描いていた。
もちろんただ闇雲に迫ってみても上手くいかないことはわかっている、そのため川下からの丘佐紀さんに関する情報収集を前回よりも格段に強化して、インターネット・恋愛小説やドラマに映画と、参考にできるものは何でも取り入れた「いいとこどり作戦」を、前のめりに決行することに決めた。
前回の教訓から、消極的に遠慮したとて自分が後悔する結果しか得られないことを思い知った僕は、「座して死を待つなら戦って死のう」と、どん欲に成果を求めるのみだ。
 こうして僕の決死のメール送信作戦がスタートした。
ただしいくら飲み会で思った以上の交流に成功したとはいえ、この時間軸では僕たちはまだ1度会っただけに過ぎない関係性だ。
その点は充分に留意して事に当たる必要があるだろう。
核心を突きつつも、決して不信感や警戒心を抱かせてはならない。
あくまで日常の何気ない内容や、世間話をメール内容の核として、話の流れをさりげなく誘導していくことに尽力した。
「今、付き合っている人はいるの?」
「丘佐紀さんとっても可愛いし素敵だから、周りの男は放っておかないだろう?」
「どんな人がタイプなの?」
などといった内容の文面を、メールが行き来する流れの中で自然に盛り込んでいった。
と同時に、さりげなく僕の女性関係の皆無さもアピールに加えていく。
「僕に彼女?いないよ、21歳にもなって寂しい男です。」
「というか、今まで恋愛らしい恋愛なんて、まったくしたことがないし。」
「ずっと大学とバイトの往復のみの毎日・・・・。」
はっきり言って下心に満ちている、僕はフリーですというアピールもポイントポイントで送っていき、周囲に女っ気のないことを訴えてみた。
 そのようにメールを送り合う日々を1ヶ月ほど過ごしていた。
前回の同時期と比べても、自己採点によるアピール具合・距離感は目論見通りに進歩を遂げていたと断言できた。

 なのに、なのにである。
僕の熱量の不変さとは裏腹に、丘佐紀さんから送られてくるメールがどんどん冷めていっている感じがするのはどうしてだろうか?
前回は、メールのやり取りを始めて1ヶ月ちょっとが経過した辺りから、それがお互いにとって日常化していき、メールを交わす空白の間隔が小さくなっていった。
2度目の飲み会直前には、丘佐紀さんの方からメールを送って来てくれることも珍しくなくなり、尻上がりに打ち解けていった。
簡素だった返信が文脈に彩りが備わっていき、僕からの一方通行だったメールから、お互いに求め合った時に送り合うスタイルになって、丘佐紀さんの僕への関心と徐々に高まっていく温度を感じられたというのに。
最近では僕が送ったメールの返信はすぐに返ってくることはまずなくなり、早い時でも翌日、下手をするとスルーされることまである始末となっていた。
おまけに、肝心の文脈も素っ気なく、えらく事務的というか業務的なものへと変貌していた。
 
 これはおかしい、明らかにおかしい・・・・。
滑り出しはあれほどまでに順調だっただけに、ここに来てのこの停滞モードはどういうことなのだろうか?
単純に丘佐紀さんの仕事が今忙しく、お疲れなのであればいいのだが、もしそうではなかったとしたら・・・・?
僕の心の中には、言いようのない不安が去来しつつあった。

 そんなある夜、僕は川下に呼び出されて、自宅近くのコンビニへと出掛けて行った。
22時を回り、町が眠りについていこうとしている客足もまばらな店内の様子。
店外に設置された灰皿の辺りの柱にもたれかかって、川下が缶コーヒーをすすっていた。
僕がやって来たことに気付いた川下は、無言のままに手を挙げて存在を主張すると、僕に向けて買っておいてくれたのであろう缶コーヒーを差し出してきた。
「どうしたん、こんな時間に?」
呼び出された理由もわからない僕が軽い口調で問いかけると、川下はどこかシリアスな様子と口調でコーヒーを飲むことを勧めてくる。
「まあいいから、とりあえずコーヒー飲んでや。」
「・・・うん・・・・。」
勧められたままに僕はスチール缶のプルタブを開けて、川下の人肌の温度によって、ややぬるくなってしまっている缶コーヒーを飲み干していった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
大学生の男子が2人、コンビニの店先にタムロしている光景は別段珍しくもないのだろうが、川下のこの口数の少なさはただならぬことだと理解できる。
結局一言も発することもなく缶コーヒーを飲み終えた僕を待っていたように、空になった空き缶を求めて川下が手を差し伸べてきた。
僕が手渡すと、彼は重い足取りで反対側に設置されているごみ箱へと捨てに行った。
静かな夜の風景に、ごみ箱の中に確かに空き缶が投入されたことを知らせる「カラン」という音が、立て続けに響いていた。
 すると川下はごみ箱に背を向けて、こちらに戻ってくるのだが、その表情はやはり晴れてはいない。
あまり見たことがない川下の表情だった。
そんな表情を崩すことなく、僕の対面に向かい合った川下は言いだし辛そうに口を開いていった。
「奔瑚さ・・・、あれからずっと・・・丘佐紀さんとメールしてるだろう?」
「うん、そうだけど・・・・。」
かつての同窓生として、繋がりのある誰かから情報が耳に入っていたのだろうか。
「実はさ・・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・・」
「何、どうしたんだよ!?」
川下の言葉に不安は大きくなり、その先に続く内容を聞くのが怖くも思えたが、僕はそれでも事実を確かめずにはいられなかった。
「・・・昨日な、丘佐紀さんから電話がかかって来てな・・・」
「・・・・・・・・・。」
「奔瑚からのメール、止めさせてくれるように言ってくれないかって・・・頼まれた・・・。」
「!?」
「奔瑚には・・・、私よりもふさわしい人がいるからって・・・・・。」
「な・・・何で・・・・!?一体どうして!?」
言葉にしてみるのと同時に、僕の脳内を疑問の色が塗りつぶしていくようだった。
「・・・・・・・・・。」
「おい、何でなんだよ!!だって・・・・あれだけいい雰囲気だったのに・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
問い詰められて、川下はそこから先の事実を告げていいものかと逡巡しているようだった。
「頼むから、正直に答えてくれよ・・・・!!」
それでも僕が絞り出すように懇願したからか、川下は沈黙を断ち話し始めた。
僕にとってはまったく予期せぬ、冷酷で残酷な真実を。
「・・・ウザかったんだって。」
「・・・はい・・・・?」
言われてすぐには、言葉の意味を理解し切れず間の抜けた声を上げてしまった。
「というかな・・・・、奔瑚は丘佐紀さんと付き合おうと努力してたみたいだけど、はっきり言って・・・・、丘佐紀さんにはその気はまったくなかったんだってさ・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「えっ、えっ、だって・・・・、飲み会の時、あんなにウケてたじゃん!?その後も・・・いい感じだったはずなのに・・・・。」
「確かに奔瑚が飲み会の時に披露したモノマネは面白かったって・・・。だけどな、お前は面白い人っていうだけで、全然好みのタイプと違うって・・・・・。だから、恋愛の対象としてはどうしても見られないってさ・・・・・。」
「そんな・・・。・・・・。」
「言われてみて思い出したけど、丘佐紀さんって、高校の時から爽やか系イケメンが好きって確かに言ってたわ・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「おいおい、そんなに気を落とすなよ!!」
僕の落胆具合が予想以上だったのか、言うべきことを言い終えた川下は、すかさずフォローを入れてきて何とかしようとするのだが。
聞かされたばかりの話が信じられない、いや信じたくない僕は現実逃避に走り、両手で両耳をふさいで膝から崩れ落ちていた。
ウソだろう、ねぇウソって言ってくれよ!!
この時間軸にやって来てからの自分のこれまで取ってきた行動を振り返ってみるが、果たしてどこに落ち度があったというのだ!?
わからないわからない、わからないわからないわからないわからない!!
完璧だったはずなんだ、上手く立ち振る舞えたはずだったんだ!!
なのに何故だ、どうしてだ!!
「まぁ・・・・あれだな奔瑚、今回はちょっとがっつきすぎたってことかな・・・・。」
「そうなのか・・・・?」
僕の声にはもう力は宿っておらず、目の前は暗く閉ざされてしまったようだった。
そんな絶望の中でも、僕は無意識に何かを得ようともがいているとでも言うのか?
「ドンマイ、奔瑚!!何だ、またそのうち女の子紹介するからさ!!」
最後はそのように励ましと口約束をして、僕は川下と別れてコンビニを後にした。

 おそらく川下の言葉通り、いずれ近いうちに別の女の子と出会うことはできるだろう。
何もこれで、永久に彼女ができないとなったわけではないのだから。
しかし、そんな前向きになる要素も、プラス思考に変換される気がちっともしなかった。
丘佐紀さんとはもう終わってしまった。
しかも結果だけを見れば、2度目に会うことも叶わず、前回よりも大きく下回る惨憺たるものではないか。
その逃れられぬ現実の直視が、僕に絶望感を与え未来への希望を断ち切ってしまう。
僕はそのままたまらなくなり、気が付けば行く当てもなく全速力で走り出していた。
たとえどれだけ走ろうとも、結果は覆らないとわかっているのに。

 こうして僕は、再び得たやり直しのチャンスを逃してしまったのだった。


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登場人物紹介

奔瑚雨汰・・・(ほんこ うた)。

主人公で21歳の大学生。

これまで女の子と付き合ったことがなく、恋愛に奥手の平凡な男。

丘佐紀由希・・・(おかさき ゆき)。

21歳、主人公と同い年で市役所勤務。

奔瑚の親友川下と同じ高校・少林寺拳法部に所属していた。

川下臓漢・・・(かわした ぞうかん)。

21歳の大学生。

奔瑚雨汰とは小・中学校の同級生で、野球部で共に汗を流した親友。

大沼怜美・・・(おおぬま れみ)。

21歳、川下や由希と同級生で、同じ少林寺拳法部に所属。

明朗快活な性格で、高校卒業後アパレル関係の仕事をしている。

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