第3話

文字数 8,586文字

 親友である川下の急な呼び出しで出向いた居酒屋で、僕は運命の出会いをした。
彼の高校時代の同級生で、同じ部活だった丘佐紀由希(おかさき ゆき)さんを紹介される形で。
電話番号とメールアドレスを入手した僕は、何とか再び会う機会を作るべく、頭を捻っていたのだった。

 丘佐紀さん・・・、あの日から数日経っても、僕の心は一心にときめきていて、一緒に撮ったプリントシールを数分おきに眺めては、思いが募っていくばかりだった。
早くまた会いたい、そして彼氏・彼女の関係へと発展させて付き合いたい。
21歳の僕は今、寝ても覚めても欲望が暴発しそうで自分でも少し怖かった。
 とりあえず連絡先を入手したことで、僕の願望を叶える挑戦権は得ることができた。
だが裏を返せばそれだけに過ぎないという現実的な思考が、ネガティブな発想を呼び足枷ともなっていた。
早速送別会が行われたあの日、家に帰って来るなり第1弾のメールを送ることはできた。
「今日はありがとう。とても楽しかったです。またみんなで集まれたらいいね。」
といったたわいもない内容だったが、すぐに返信があり丘佐紀さんも同様の感想を届けてくれたことが何よりの収穫だった。
 問題はここからだ。
僕は次なるコンタクトをどう取るべきなのか、メールの文面を打っては消し打っては消しの繰り返しで、未だ送れていないままだった。
彼女がいたこともなく、同級生の女子たちともろくに会話したことさえなかった僕には、難解な数式を解くよりもずっと難しい難問だった。
もっとも文系の僕には、難解な数式すら解けるわけはないのだが。
川下からの忠告として、とにかくできる限り頻繁に連絡を取り合ってコミュニケーションを取り、相手の信用を得るところから始めるべきだと言われていた。
確かに僕と丘佐紀さんはまだ、たった1度飲み会でほんの数時間同じ時を過ごした間柄にすぎない。
行きずりのとまでは言わないが、かりそめの繋がり・関係でこのまま自然消滅して2度と会わずに終わってしまうことの方が、よっぽどあり得る。
でもだからと言って、何とメールを送ればいいのだろうか?
いきなり電話をかけるのは非常識だということは、いくら僕でもわかっている。
したがって当面の間、取れる手段はメールのみだ。
女の子がときめいて、自分に興味を惹かれるような内容とは?
皆目見当もつかない僕は、焦っていた。
焦れば焦るほど、思考は極端な方向に走り出してしまうジレンマの真っただ中にいた。
何気ない世間話から懐に潜り込み、連絡を取り合うことが習慣化することが当たり前になるまで持っていき、僕の思いを伝えるのはそこからだ。
川下の指南はそういう運びなのだが、僕が打ったメールはどれも皆、結婚式の堅苦しい「本日はお日柄も良く・・・」的な挨拶じみたものしか出て来なかった。
 僕はたまらず川下に連絡を取り、泣きつくように助けを請うた。
が、電話口に出た彼はこう言ったのみだった。
「それは自分で考えなさい!!これは奔瑚が1人の男として独り立ちできるかどうかの、いわば試練なのだよ!!」
何の拳法の師範なんだよと思ったが、彼の言うことはもっともであるからぐうの音も出なかった。
 
 仕方なく僕はない頭を駆使して、はたまた今までに読んだ漫画や書物、ドラマや映画のシーンなどを思い出したりもしながら、必死に言葉を紡いでメールを何とか打つことができた。
その勢いで送信ボタンを押そうとした僕に理性が働く。
今って送っていいタイミングなのかな?
平日の午後の昼下がり、のんきな大学生の僕とは違い、丘佐紀さんは高校卒業後すでに就職していて、市役所で働いているという。
ならばしばし待った方がいいな、せめて仕事が終わるまでか、帰宅したであろう時間帯に送る方が迷惑に思われないだろう。
そう考えた僕は、そこから数時間の間、打ち終わったメールを何度も読み返してはチェックして、落ち着きのないまま過ごしていったのだった。
 夜8時頃、さすがにもう仕事も終わり、家にも帰っているだろう。
あとは送信ボタンを押すだけとなっている携帯の画面を開いて待機していた僕は、呼吸を整えて意を決してついにメールを送信した。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
メールを送ってから数分間が経過して、僕の体感時間は数時間を数えていた。
長い・・・、もしかすると今送っちゃまずいタイミングだったか?それとも文章に何か不備があって嫌な思いをさせてしまったのだろうか?
目の前に置いてすぐに手に取れる位置にある携帯電話が発する沈黙に、焦りは加速して後悔が生まれ始めていた、その時。
 携帯が着信音と共に発光して、メールの受信を知らせてきた。
恐る恐る画面を開いた僕が目にしたのは、待望の丘佐紀さんからのメールだった。
長さにしてわずか3行足らずの文章だったが、スルーされることなくちゃんと返してくれたことがとてもうれしく、僕にみるみると生気が戻ってきた。
メールに対して、ここまで心から安堵したのは生まれて初めてのことだった。

 その後も僕は、日常会話を織り交ぜながら自分をアピールするメールを送り、その返信から丘佐紀さんがどういうタイプの女の子かを少しずつ知ることができた。
お互いの生い立ちや興味のあるもの、本当に内容は取り留めもないものばかりだった。
女の子との接し方に長けている男からすれば、直接的な会話で数分もあれば簡単に入手できる情報なのだろうが、僕にとっては神経をすり減らし脳をフル回転させて得ることができた、かけがえのない尊いやり取りによって得た、すべてが宝物のようだった。
社会人である丘佐紀さんの忙しさや仕事に影響が出ないように細心の注意を払って、余裕がありそうな時は1日何通ものメールの往復、今日は送らない方がいいだろうなと感じた時は、後ろ髪を引かれながらも自制したりもした。
モテないのならモテないなりに最大限の努力と配慮を忘れずに、数ヶ月かけて僕たちの距離は少しずつでも確実に縮まっていった。
最初の頃は必ず僕の方から送っていたメールが、いつからか丘佐紀さんの方から送られてくるようにもなり、僕自身も発展しつつある2人の関係性に手応えを感じずにはいられなかった。

 ~2005年6月18日~
 出会ってから3ヶ月ほどが経過した頃、ようやく直接丘佐紀さんと会う機会が巡ってきた。
といっても、川下と大沼さんを交えての多人数による飲み会であったが。
それでも僕は、丘佐紀さんに会えるだけで幸せだった。
メールという文明の利器越しではなく、面と向かって会うことができるのとでは雲泥の差があるからだ。
 先んじて川下と合流していた僕は、待ち合わせ場所の駅の改札口へと2人を迎えに行くことになった。
「もうすぐ電車が到着する」という旨のメールが送られてきてから5分くらい待っていると、僕たちを呼ぶ声と共に2人が階段を上って向かってくるのが見えた。
この前会った時の春の装いとは異なる、初夏の彩を感じさせる薄着になった服装がまぶしく、何より丘佐紀さんは美しかった。
またも見惚れてしまった僕は言葉を失い、瞬時の対応ができずである。
「ひ・・久し振り・・・!!」
硬直が解けて何とか絞り出せた言葉はやはりぎこちなかったが、返ってくる丘佐紀さんの反応は、声音といい言葉数といいこの前とは段違いだった。
これもメールをこまめに送り続けていたことが功を奏した対価だ。
川下先導により、僕は希望に胸を膨らませて賑わう人ごみの中を目指していった。
 
 僕たち一行は駅前の喧騒を練り歩き、手ごろな店を探していた。
時刻は18時を回っており、日が長くなった空も夜の色に染まり始める頃だった。
とりあえず食事ができてなおかつお酒も飲める店が望ましいということになり、僕たちは商業ビルの1フロアを占めるチェーン店の居酒屋へとやって来ていた。
ドリンクを先に注文しようという流れの中、ビールが苦手な僕が注文を決めあぐねていると、隣に座った丘佐紀さんがそっとメニューを広げて見せてくれる。
これはメールのやり取りの中で、僕が「酒は飲めるけどビールと焼酎が飲めない」というのを丘佐紀さんがちゃんと覚えてくれていたからだった。
そのことに感動してしまい僕は宴の始まりの前にもう泣きそうになり、「何て心の優しい娘」なんだろうと、心を奪われたことが間違いではなかったと確信していた。
 川下・大沼さん・丘佐紀さんがビールで、少し遅れて僕が注文したグラスワインが運ばれてきて、乾杯!!
やはりと言うべきか何と言うか、川下はいきなり中ジョッキのビールを一気飲みしてみせ、なかなか今日もご機嫌のようである。
対照的にワインをちびちびと飲んでいく僕は、隣に座る丘佐紀さんを中心に、前回とは比較にならないほど和やかに和気あいあいと会話をすることができて、ものすごく順調に宴は滑り出していった。
そんな僕の様子に成長の跡を見ているのか、弟子を見守るような温かい視線で川下が頷いている。
川下よ、君が与えてくれたこのチャンス、必ずものにしてみせるからな!!

 心の中で彼の友情に応えようと決意を強くした時、すでに3杯のビールを平らげていた川下は突然手拍子をし始め、「藤岡さん!!藤岡さん!!」とコールしだした。
ええ!?この流れでも、やっぱり無茶振り!?
もう少しこのまったりとした素敵な時間を堪能していたい僕だったが、ほろ酔いの川下は待ったなしにモノマネを披露せよと盛り立ててくるったらなかった。
大沼さんと丘佐紀さんも川下の熱気に押されたのか、控えめに拍手しながら僕を見つめてくる。
いやいやいや、わかりましたよ!!やりますけども!!
面識があるこの面子だから対応できるけど、初対面の場ならいつでも対応することは難しいということも、川下には学んでいただきたい。
「特捜!!特捜!!」
と僕が戸惑っている間も構わず、川下はシチュエーションまで指定してエキサイティングに要求を高めてくれている。
僕は立ち上がり、恋焦がれた女の子を含めた面々の前で、全力でモノマネを披露していくのだった。
言うまでもなく僕はただの大学生であり、毎度芸人魂を要求されても困るのだが・・・。
 僕は主に川下の要求を満たすべく、丘佐紀さんたちが引かない程度にモノマネのレパートリーを披露していった。
とはいえ、前回とまんま同じことをやっても芸がないので、来るべき時に備えて密かに練習していた未披露の新ネタもふんだんに織り込んでいった。
こうなるとお笑い芸人の1本のライブと、果たしてどこが違うというのだろうか。
川下が満足した頃には、僕は汗をしこたまかき、喉はカラカラになっていた。
そんな疲れた様子の僕に、丘佐紀さんが自分のハンカチを差し出してくれた。
「よかったら、これ使って。」
ええぇぇぇーーーマジですかーーーー!?
僕は予期せず訪れたご褒美イベントに正気を失いかけ、汗を拭くふりをしてさりげなくハンカチの匂いを嗅いでいた。
ヤバい!!丘佐紀さんのハンカチ、超いい匂いがするんですけどーー!!
・・・・いかんいかん、このまま本能に身を委ねては確実にドン引きされてしまう。
冷静さを取り戻した僕は、丘佐紀さんにお礼を言いつつ噛み締めるように思うのだった。
「やっぱ、この娘いい子やん!!」
今度洗って返すからと自然に答えた僕は、極々自然に次に会う約束を取り付けていたことに、後で気付いたのだった。

 ~2005年7月30日~
 飲み会での川下のモノマネの無茶振りに際して、丘佐紀さんから借りたハンカチを返すことを口実に、お礼も兼ねて僕は思い切って彼女を映画に誘うことに成功していた。
「偶然チケットを知り合いからもらっちゃってさ」なんていう見え透いた嘘丸出しの口説き文句で、丘佐紀さんが仕事が休みのある日、映画館デートを見事に実現させることができたのだった。
これまでの2度の飲み会は僕の地元で開かれていたが、今回は丘佐紀さんの地元に近い映画館で会うことになっていた。
しかも念願の1対1、つまるところ2人きりなのだ。
それは川下がいないということで、幾度となく助けられてきたサポートが今回ばかりはないことも同時に意味している。
否が応でもハードルは上がるが、それを乗り越えることができれば僕たちの関係性は飛躍的に進歩するに違いない。
あわよくば告白とまではいかなくても、僕の抱える熱い思いの発端くらいは伝えてみたい。
 
 映画デートを翌日に控えた前日から、僕はそわそわし通しだった。
襲い来る緊張感や落ち着かない感覚は、受験の瞬間を思い出してみてもその比ではなく、人生最高レベルだった。
じっとしていられない僕は、無駄に筋トレをしてみたり、テレビゲームをしたりして少しでも気持ちを落ち着かせようとしたのだが、どれも身が入らず効果は薄かった。
朝10時に映画館で待ち合わせのため、時間に余裕を持って早朝には家を出たいから、寝坊は絶対に許されない。
早々にベッドに潜り込んだ僕だが、前述のような精神状態のため眠れるはずはなかった。
それどころか脳内で展開されていく明日のシュミレーションはどんどん拍車がかかり、意識は覚醒していく一方だった。
結局一睡もできないまま、完徹で朝を迎えていた。
 目的地の映画館までは電車を使って行ってもよかったのだが、バスへの乗り継ぎを要したりする必要性があったため、僕は原付を運転していくことにした。
入念なる下調べに抜かりはなく、待ち合わせが10時で10時30分からの上映回に照準を定めての今回の計画。
まだ涼しさを感じる夏の早朝5時30分に家を出た僕は、これまた念入りにコピーした地図を頭に叩き込んで、快調に原付を走らせていった。
何事もなければ1時間もかからない道程、早く着きすぎてしまうが問題ではない。
だってどうせ家で適当に時間を潰してから出発しようとしても、檻の中のゴリラのように落ち着かない感情に駆られたまま、右往左往しているだけなのだから。
ならばいち早く目的地に着いて、現場の空気を吸い場慣れしておいた方が、いくらか心も落ち着くというものだ。
そんな「心に余裕を」をキャッチフレーズに原付を走らせること30分後、見事に曲がるべき道を間違えて走れど走れども目的地からどんどん遠ざかってしまうという逆走をしてしまい、さらに慌てることにもなったのだが、それでも8時前には無事に映画館があるショッピングモールへとたどり着くことができた。
 10分間隔でトイレに入っては、尿意がないのに用を足したり、ヘルメットを被っていて押さえつけられた髪形を持参したワックスでセットし直したりと、体中の水分を出し尽くし、髪は決まりすぎてずいぶんと油分過多になっていた。

 そうして9時46分、バス停から続いた道から丘佐紀さんがやって来る姿を視界に捉え、またも鼓動が激しい高鳴りを奏でていく。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「ううん、そんなことないよ。僕も5分くらい前に着いたばかりだし。」
思いっ切りウソやし、2時間近く待っていたし。
愛は勤勉に、ウソは方便にである。
ともあれ、僕が前もって入手していた映画は話題のアクション映画だったため、一夜漬けに近い猛勉強で関連情報を頭に叩き込んでおいた。
映画を鑑賞後のトークにおいて、役立ってくれることを信じて。
 売店に向かった僕たちは、ジュースを1つずつと特大の容器に入れられたポップコーンを1つ買って、劇場内に入っていった。
指定された座席に隣同士で座って、上映までしばし待つ。
沈黙してはならない、つまらない男だと思われてはならないと、僕は何かと丘佐紀さんに話しかけては話題を広げようと苦心していた。
丘佐紀さんの食いつきもまずまずで、ここまでは上手く運んでいるように思う。
それにしても、映画館でポップコーンを傍らに置いて2人きりとか、ヤバい超楽すぃぃーー!!
僕はこれまで女の子とのデートもまともにしたことがなかっただけに、典型的な映画館デートの只中にいる目の前の状況が、にわかには信じ難くそれでいて夢のようである。
明日地球が滅んでもまあいいか、と思えるくらいに。
 館内の照明が落ち、予告編やCMが流れ始めた後、およそ2時間の映画は滞りなく上映されていった。
内容は、正直前評判ほどのものではなかったと思えるものだったが、2人で同じ空間で同じものを見て同じ思い出を共有できたことの事実がはるかに上回って、まったく問題にはならなかった。
映画の中身よりも身近に感じる幸せの余韻に浸っていた僕、館内が明るくなったのを合図に丘佐紀さんを連れ添って、劇場内を後にしていくのだった。
 
 時刻はお昼を回っていて、昼食にはちょうど良い時間帯だ。
僕は丘佐紀さんに何を食べたいのかを聞いて、オシャレな感じのカフェへ入ることにした。
最初丘佐紀さんは、「奔瑚君の食べたい物でいいよ。」と気を遣ってくれたが、丘佐紀さんと一緒に食事できるなら、僕は泥団子だっておいしくいただける気持ちだったので、軽食風の昼食にと相成った。
男友達と昼飯を食べに行けば、だいたい牛丼やラーメンといったがっつりしたチョイスに往々にしてなるものなので、この店の売りだというホットドックにコーヒーといった昼食は斬新極まれりな印象だった。
もちろんホットドックをゆっくり堪能できるだけの味覚的余裕などあるはずもない僕は、優雅な佇まいで可愛らしく頬張っている丘佐紀さんの姿を横目に、この後どうするべきかという難問を解くので精一杯だった。
ショッピングモールが併設されている大型の施設のため、ウインドウショッピングに興じるのも良し、ゲームセンターで遊んでみるのも良し、バイト代も入ったばかりで懐も温かかったから何かプレゼントを贈るのも良かった。
 カフェを出た僕たちはしばらく何となくモール内を並んで歩いていたが、僕には少しでも丘佐紀さんへの愛を伝えるべきだという使命があったため、とにかくじっくりと腰を据えて話をしたいと思っていた。
話をすることで何とか告白への突破口を見付けてと、そればかりが僕の頭の中を支配していた。
後々振り返ってみれば、この時の僕の余裕のなさと焦りが関係性を微妙に左右していくことになったのだが・・・・。
 
 自動販売機が立ち並ぶスペースにあった適当な椅子に2人で腰掛けた。
密着とまではいかなくとも、目と鼻の先の距離に同じ目線で丘佐紀さんの姿がある。
それだけでくらくらしそうだが、いい加減女の子への免疫力の無さを少しは克服しなければ。
僕はがっついて話しすぎず、かといって退屈な思いをさせないように言葉を発している。
この時どんなことを話したのか全然覚えていない、最低限の努力目標と理性、加えて目的を何としても果たしたいという相反した衝動が、僕を盲目にさせてしまう。
「そういえば、さっきのお店にいた女性の店員さん、きれいな人だったね。」
話し始めてしばらくしたタイミングで、丘佐紀さんの方から切り出してきた。
「へ?そうだったかな・・・。」
「奔瑚君って、もしかしたらああいう人がタイプ?」
「別に・・・そんなことないけど。」
冷静に考えると、丘佐紀さんから発せられたこの問いかけはあまりに唐突で、明らかに不自然だった。
だが、当の僕は疑問に思うこともなく、自分のプランと大きく逸脱した内容に困惑するばかりで、あいまいな返答に終始しただけだった。
結局、この後も僕の志は果たされることなく、ただただ時間を浪費しただけで、この日の映画デートは終わりを迎えた。
丘佐紀さんをバス停で見送った後、1人原付に跨って家路をたどる僕の心は、楽しかったという思いよりも、告白に至る糸口を何も残せなかったことばかりで、後悔の方がじわじわと大きくなっていっていた。

 夏ももうすぐ終わろうかという頃になっても、これと言った進展はないまま、メールだけのやり取りに終始していた。
秋になれば仕事が忙しいからと、僕のメールに対する返信の間隔が開き気味になっていた。
熱しやすく冷めやすい若者の情熱というわけではないけれど、一向に成果が上がらないことと疎遠になりがちな近況に、僕は焦りと大きな不安を感じていた。
もしかして、このまま年が明けてしまえば、僕たちの関係性も自然に任せて消滅してしまうのではないかと。
 焦燥感に駆られた僕は、決意を宿した。
何とかクリスマスイブに会う約束を取り付けて、そこで思いの丈を告白するのだと。
玉砕覚悟の僕の一大決心は吉と出るのか凶と出るのか?
そのいずれの結末に匹敵するくらい、早く楽になりたいという身勝手な思いに毒されていただけなのかもしれない。
「急いては事を仕損じる」、この言葉の意味を間もなく僕は身を持って知ることとなる。

 そして冒頭の、丘佐紀さんの言葉へとつながっていったのだった・・・・。
関係性の発展どころか、未来を断たれる言葉へと・・・・。
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登場人物紹介

奔瑚雨汰・・・(ほんこ うた)。

主人公で21歳の大学生。

これまで女の子と付き合ったことがなく、恋愛に奥手の平凡な男。

丘佐紀由希・・・(おかさき ゆき)。

21歳、主人公と同い年で市役所勤務。

奔瑚の親友川下と同じ高校・少林寺拳法部に所属していた。

川下臓漢・・・(かわした ぞうかん)。

21歳の大学生。

奔瑚雨汰とは小・中学校の同級生で、野球部で共に汗を流した親友。

大沼怜美・・・(おおぬま れみ)。

21歳、川下や由希と同級生で、同じ少林寺拳法部に所属。

明朗快活な性格で、高校卒業後アパレル関係の仕事をしている。

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