第10話 スロウラブ・ファーストアウト

文字数 1,089文字

「山田くん」
「なんだい、佐々山さん」
「何事もファーストアタックが重要よ。初撃でどれだけの攻撃を与えられるかが勝負。あとはじりじりつばぜり合いになるものよ」
「は? 佐々山さん、それは一体なんのことで?」
「恋のお悩み相談よ」
「誰の?」
「山田くんの」
「僕、恋なんてしてないよ」
「あらやだ。山田くんには萌木部長という年上彼氏がいるじゃないの」
「付き合ってないよ! 僕は女の子が好きだし萌木部長も女の子が好きだよ!」
「女の子が好きでも男同士で付き合ってもいいじゃない。実際付き合っているわけだし」
「なんでそうなるの! ていうかねー、佐々山さん。萌木部長は生徒会長のめあさんとか水姫さんとか、まわりに魅力的な女性がいっぱいいるじゃん」
「ふぅ。だから第一印象が肝心だ、とわたしは言っているんじゃないの」
「あの仏頂面の部長のどこが第一印象がいいのさ」
「じゃあ生徒会長やそのご友人との関係性って第一印象が悪い中から構築した、と言いたいのね。どのくらいそれが難しいことか、山田くん、理解出来て?」
「いや、理解出来てないけどさぁ」
「めあさんや水姫さんという萌木部長の彼女候補を蹴り落として山田くんが彼氏になるっていうのは、とても難しく、ゆえに尊いことなの。だからいいのよ、楽になって」
「楽に?」
「付き合ってるって言っちゃいなさいよ」
「だから付き合ってないよ!」
「付き合ってることは黙っていてあげるから学食の激辛麻婆丼をおごってくれないかしら」
「えぇ……? ただの〈たかり〉だった!」
「さぁ、激辛麻婆を!」
「恋どころか佐々山さんの激辛麻婆に対する愛が重いよぉ!」
 佐々山さんは僕の左手首を掴み、強引に引っ張って文芸部の部室の扉を開けて廊下まで引きずる。
 僕はその強引さに引きずられて「うひー」と言いながら佐々山さんに連行されていく。
 学食へ行くのだろう。
 そこに、ちょうど部室に戻ってきた部長とバッティングする。
「おお、佐々山と山田。仲が良いなぁ。おまえら、ついに付き合い始めたのか」
 歯を食いしばった佐々山さんが、げしっと一撃、萌木部長のシューズを踏む。
「痛ッ!」
「初撃が肝心だからね! 痛いでしょう! 追加攻撃、行くわよ?」
 痛さで飛び上がった部長が佐々山さんに言う。
「佐々山、おまえって奴は。……第一印象が最悪だ、って言われることないか? 人間、第一印象が肝心だからな。おまえって奴は性格を少しは」
「余計なお・世・話・よッ!」
 次は僕を掴んでいない方の手で拳を握って萌木部長のみぞおちに叩き込む。
「うげらっ!」
「山田くん、行きましょ」
「第一印象、なぁ……?」
 僕はため息を漏らしたのだった。



(了)
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登場人物紹介

山田:主人公。高校二年生。冴えない奴。

萌木:部長。高校三年生。厳しいのかあたまがかたいだけなのか。

佐々山:文芸部の紅一点。腐っても女子。高校二年生。

青島:不良少年ズその1。高校一年生。〈嗤うバトルクリティーク〉のひとり。

月天:不良少年ズその2。高校一年生。釘バット男。〈嗤うバトルクリティーク〉の片割れ。

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