第9話 言語ゲーム、以前の

文字数 1,268文字

 登校の時間。
 朝、あくびをしながらとぼとぼと学校に向かう坂を上がっていると、後ろを歩いて追いついてきたっぽい佐々山さんが声をかけてきた。
「おはやふ、山田くん?」
「お、おはよう。おはようじゃなくて〈おはやふ〉って発音してたよね、今。あと、僕の名前を呼ぶとき疑問形だったよね? 僕は正真正銘、文芸部の山田だよ!」
「あら、山田くん、そんな言葉、どこで覚えてきたのかしら?」
「え? なに? 今のトークに〈そんな言葉、どこで覚えてきたのかしら?〉って返しが出てくるの、おかしいよね? どの言葉なの、〈そんな言葉〉って」
「あらあら、ちゃんとしゃべれたのね、偉い偉い」
「しゃべれるよ! 酷いよ、佐々山さん! だからそんな言葉ってどれ?」
「日本語をしゃべれることが奇跡」
「日本語をしゃべる日本人だよ! 何人に見えるの!」
「いや、山田くんはばぶーとかおぎゃぁとかおてぃんてぃん、しかしゃべれなかったじゃない?」
「ほかにもしゃべれるよ! 赤ちゃんじゃないよ! あとおてぃんてぃんはなにか違うよね?」
「萌木部長(男性です)の前では山田くん(男性です)はばぶーとかおぎゃぁとかおてぃんてぃん、しかしゃべらないじゃない?」
「え? なに? そういうプレイ中の話? っていうかそんなプレイしないし僕は萌木部長とそういう関係じゃないよッ? おてぃんてぃんって、そういうこと? 欲しがらないよ!」
「あらあらあら、やせ我慢はしなくていいわよ。黙っておきたいところでしょうけど」
「だから違うって!」
「いろんなプレイがあっていいと思うわ」
「それ以前に付き合ってないよッ?」
「付き合ってないで……」
「そういう意味でもないよ!」
「そうですかぁ。はぁ」
「なんでそんなに残念そうなのッッッ? そういうプレイもだから、してないの! わかったかい、佐々山さん!」
「プレイプレイって、不潔ね」
「最初に言い出したのは佐々山さんでしょ!」
「男性同士だっていいじゃない! そういうプレイでしか愛を表現できなくても、二人の愛があればいいじゃない!」
「え? なんかすごく説得力を持たせようとしている言い方だけど、前提がおかしいからねッ?」
 そこまで話を進めると、佐々山さんは僕の背中をバシッ、って音がするほど大きく叩いてから、
「おはよう、山田くん、愛してるわ」
 と、言った。
「え? ええ! そ、そうなの?」
「愛しているわけないじゃない」
「だよね」
「山田くん(男性です)は萌木部長(男性です)の年下彼氏ですもの」
「僕は萌木部長の彼氏ではなーい!」
「わたしに口答えするなんて、そんな言葉をどこで覚えたの?」
 そう言って、佐々山さんは、ふふふ、と笑った。
 その笑顔が、ちょっとだけ可愛いな、と思ったのは、黙っておくことにした。
 僕なんかが女性に可愛いだなんて言ったら、それこそ「そんな言葉、どこで覚えたの?」って言われるし。
 今日も一日、頑張ろう。放課後は佐々山さんや部長と、部室で会おう。
 僕もちょっとだけ笑みがこぼれたかもしれない。
 けど、佐々山さんは笑っているだけだった。それでいいんだ。おはよう。



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登場人物紹介

山田:主人公。高校二年生。冴えない奴。

萌木:部長。高校三年生。厳しいのかあたまがかたいだけなのか。

佐々山:文芸部の紅一点。腐っても女子。高校二年生。

青島:不良少年ズその1。高校一年生。〈嗤うバトルクリティーク〉のひとり。

月天:不良少年ズその2。高校一年生。釘バット男。〈嗤うバトルクリティーク〉の片割れ。

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