その10

文字数 1,191文字

 確かにあれは恥知らずだ。自分には何か大きな影響力があって、周りを見下すことによって一人で勝手に確認しているのが、公然と理解されている。みんなに素晴らしい人として扱って欲しいと勝手に懇願するタイゾウと一緒だ。
「恥知らずじゃなくて、何も知らずみたいだね。」
「杉山、上手いこと言うな。湯、漏らす。」
「でもさあ、タイゾウみたいに消されるんじゃないの?」
「・・・タイゾウって?」
 タケシは不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込んだ。追い出し隊のこともあるが、タケシは頭が少しおかしくなっているんじゃないのだろうか?記憶が途切れ途切れになっていて、そう、僕みたいに、うまく思い出せなくなっているのではないか?
「タケシ、昨日ね、弥太郎が髪を切っていたんだ。」
「見たよ。城みたいな頭になってたね。湯、漏らす。」
弥太郎に関しては認識が一緒だ。となると、頭が、記憶がおかしいのは僕の方なのだろうか?自分の記憶に自信がなくなると、不安が増してくる。自分が信じているものが、実は全く無いものだったり、勝手に思いついたことだったりするのだろうか?僕は本当にここにいるのだろうか?と心細くなってくる。
「おらは、ここで、みなのことを診てやれる。りっぱな医者だ。ここにいないとみんなが困るだ。困っから、おら、こんなところにいてやってるんだ。ありがたく思え。おらは、んだ、おめらの神さんだ。わかっか?」
 ヤブの主張が強くなってきた。顔を真っ赤にして、強い口調で自分のすごさを自分で宣伝し始める。タケシは笑い出した。
「ここは、頭がおかしい奴らばっかりだけど、ああやって、自分がおかしいことを自己主張し始めると、面白いな。湯、漏らす。湯、漏らす。」
 でも、僕は、なんとなく、笑えなかった。ヤブが大声で騒いで自分を見てくれといった感じだが、誰も見ようとしないし、見たとしてもタケシみたいにバカにして笑っている。あれは、おそらく、おかしくなった人の最後の状態なのだろう。この街では、誰も繋がろうとしないし、いや、繋がることができないから、ああやって、みんなに影響力を持とうとすることは、本当に無意味だ。海の砂を数えるのと一緒だ。そんな惨めな状態になっているのに、それに気がついてない。本当に、かわいそうだ。
ヤブが大声張り上げてるとなりで、さっき倒れた人が、ゆっくりと起き上がった。ヤブはその様子を見て、ギクリとした様子だった。ヤブはさっき「こいつは、死んだ」と診断したからだ。ヤブはとっさに駆け寄り、起き上がる姿を隠そうとしたが、それが無理そうなので、首を閉めようとした。僕はその様子をひどく驚いた。タケシも笑うのを止め、引きつった顔でヤブの動きをじっと見た。ところが、倒れた人が起き上がると、ヤブより大きく力も強そうだったので、ヤブは首から手を離した。
「それ、みろ、オラのおかげで、んだ、こいつ、助かった!おらのおかげだ!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み