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エピソード文字数 2,679文字


「ああっ!」

 興梠(こおろぎ)は叫んだ。
 やぐらの暗がりの中、燭台に赤々と灯された蝋燭。微かに揺らいでいるのは風のせいだろうか?

 それが文字に見える(・・・・・・・・・)

 

  

 興梠は手帳を取り出すと急いで眼前の岩穴に出現した文字(カタチ)を写し取った。炎が消えてしまわないうちに。
 先刻、自分たちも灯したので知っている。蝋燭は30mmほどだ、細く短い。


 『風に揺れる文字』とは蝋燭の炎が表す文字だったのか……!


      


鳥居の形(・・・・)と片仮名の《ハカ》という文字に見えるね?」
 やぐら内に浮かび上がった文字と写し取った探偵の手帳を交互に見比べながら志儀(しぎ)が叫んだ。
「なにこれ? どういう意味?」
「さあ、僕も、まだよくわからない……」
 興梠は困惑を隠さなかった。
「ここで終わるかと思ったのに、また先があるということか?」
 一体俺たちを何処へ(いざな)うつもりだ? そしてその意図は? 
 単に謎を解こうと右往左往する俺たちを見て、からかって、面白がっているだけなのか? 
 それとも、本当に、これらの謎の先にいなくなった少女がいるのか?

「ハッ、そうだ、あの娘――」

 最後にやぐらから出て来た娘だ! あの子が蝋燭を並び替えた?
 そう考えるのが妥当だ。なんとしても確保しなければ!
 興梠は身を(ひるがえ)して駆けだした。続く少年助手。
「待ってよ、僕も行く!」

  ( うっかりしていた。だが、今なら間に合うはず…… )


 物凄い勢いで探偵は境内を駆け下りた。追いかけるのは、案内役の若い僧侶が引率する娘たちの集団だ。
 どうやら洞窟の中で十三仏を拝み蝋燭を掲げるのが最後の儀式だったらしく一行は境内入口の柵の近く、お札やお守りや御朱印帖を並べた建物の前にいた。今日の参拝の思い出の品を物色している様子。
 迷わず興梠は飛び込んだ。
「皆さん! すみません! この中に――僕が捜している人がいるんです。誰か――」
 いったん言葉を切って荒い息を継ぐ。
「その人は、一番最後にやぐらを出た人です。頭にスカーフを巻いていた人……」
 娘たちの頭が一斉に揺れた。
「え? なぁに?」
「また、さっきのおかしな人ね?」
「やだ!」
「今度はなんなの?」
「あなたじゃない、君でもない、君も違う――」
 一人ひとり顔を覗いて回る興梠だった。
「どうしたのです? 一体何があったというのです?」
 流石に案内役の若い僧が怪訝そうに眉を寄せて近づいて来た。
「僕は、十三仏やぐらから最後に出た娘さんとお話がしたいんです」
「?」
 娘たちの集団に顔を向ける僧。娘たちはお互いを見回しながら口々に(さえず)る。
「え? 誰だったかしら?」
「私じゃないわ」
「私も違う」
「――というより、憶えていない」
「そう、意識してなかったわ」
「それに、スカーフをつけた人なんかいたかしら?」
「いなかったわよ」
「帽子の人なら何人かいるけど」
「!」
 確かにそのとおりだった。今現在、目の前の、僧に率いられた一団の中にスカーフをつけた娘はいなかった――
 そもそも、〝一団〟と一括(ひとくく)りにしたが、一緒に廻った娘たちも全員が知り合い同士というのではなく、たまたま居合わせただけだと僧は言う。
「私どもの寺では定期的に時間を決めて境内を案内しているのです」
 この時間帯に集まった希望者が眼前の娘たちというわけだ。僧の言葉を裏付けるように次の境内案内を希望する人々が既に山門の周辺に集結しているのが見えた。次の一行は〝娘たち〟だけではなく、老夫婦や若いカップル、子供連れの家族もいる。
「貴方がお探しの人の顔はご覧になったのですか? どんな顔立ちでした?」
 僧の問いに興梠は首を振った。
「いえ、それが、遠目にチラと見ただけなんです」

『どんな顔立ちでした?』

 若い僧侶の言葉が興梠の耳の奥で木魂(こだま)した。
 そう、〝どんな顔〟と言われても、思い出せない。暗い岩窟で揺らいでいた焔同様、はっきりと形を成さないのだ。目の前の娘たち全員がそうだったようにも、また、この集団の中には一人も似た人物などいないようにも思える。
 刹那、興梠を不思議な感覚が襲った。
 〈スカーフの娘〉は、どこか(・・・)で、しかも最近(・・)、見た顔のような気がしてならない――
 興梠は自問した。俺は最近、誰かあのくらいの年頃の女性と会っただろうか?
 映写機のリールを巻き戻すように記憶を(さら)ってみる。神戸の書店から……夢の特急〈燕〉の車中……そうして、ここ横浜市や鎌倉の街で……摺れ違った誰か?

「……すみません。こちらの参詣客の方々を、もう、解散させてもよろしいでしょうか?」

 恐縮しながらも僧侶が訊いてきた。
「え、ああ、こちらこそ、足を止めさせてしまい、申し訳ありませんでした。皆さんにも、重ね重ねご迷惑をおかけしたことお詫びします」
 三々五々散って行く娘たちに探偵は頭を下げ続ける。その傍らで助手は僧侶に耳打ちした。
「御坊様、ほんと、ごめんね。僕たち、人探しをしているんです。詳しいことは言えないんだけど」
「大丈夫ですよ。お気になさらずに。何か事情がおありだというのは察しております」
 燦ざめく小枝。夏の楽譜のような新緑の楓を見上げながら僧はほうっと息を吐いた。
「お寺には色々な方が様々な思いを抱えてやって来られますから……」
 そんな3人の前を別の僧侶に導かれて次の一団が出立して行った。
 姿勢を正して、改めて興梠は尋ねた。
「いつもこのようにして境内を案内されているのですか?」
「はい。午前は10時と11時の2回、午後は1時、2時、3時の3回。当寺は見所がたくさんあるので中々好評なんです。もちろん、おひとりでご自由に散策なさる参詣客も多いですが」
 ということは――
 やぐらの中で蝋燭を並び替えた人物は、あの時だけ集団に紛れ込んでいた可能性がある。落ち着いて考えると、スカーフというのはクセモノだ。髪型や顔立ちを隠せる上に、それをつけていると印象的で目を引く。けれど、取ってしまえばそれまでだ。人込みの中に埋没し簡単に姿を溶け込ませることができる……
 
  ( クソッ、やられた! )

 俺は完全に手玉に取られてしまった……
 そして、この新たな暗号文。謎のメッセージ……


   鳥居 ハカ

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