第2話

文字数 1,656文字

私はとりあえず、池袋駅までいって、駅の近くにある格安チケット販売所みたいなところで、青春18きっぷをとりあえず、往復分購入した。それ以上あってもきっと持て余すと思うから二枚、行きと帰り。一日で帰ってこられるくらいの距離の場所までしか行けないという制約をつけるために、二枚。そして、電車にとび乗る。山手線に乗って、品川で東海道本線に乗り換えた。朝の電車だからあまり人もいないので、窓のある、四人座れるボックス席を独り占めして、景色を楽しむ努力をしてみる。東京の朝って結構人いるんだなとか、あ、神奈川県に入ったけど東京とあんまり変わらないなとか、人がいなくなってきたなーとか、そういうことを考えながら眺めていたんだけれど、飽きてきて、イヤホンを取り出して音楽を聴き始めて、本を読むことにしてしまった。
「早いわね。」
ボーッと本を読んでいると、声をかけられた。顔をあげると、おばあちゃんが目の前の席に座った。
「あ、はい。」
「小田原にでも行くの?」
「あ、えっと、もっと先まで行こうかな、と思っています。」
「あら、そうなのね。」
わー、これからずっとこの人と話さなきゃ行けないんだろうかと重い気持ちになってきた。人とのコミュニケーションを必要以上に取らなくなってから、初めての人に会って話す作法がよく分からなくなってしまっている。私が何も言わずに、ぼーっとしているとおばあちゃんが口を開いた。
「私は、今から小田原のお墓に行くのよ。」
「そうなんですか。」
お墓に行くとか言われて、なんて返せばいいのかわからない。お茶を濁すように、そうなんですか、と普通の返答をしてしまった。こういう時になんて言ったらいいんだろう。ご愁傷様とか、それは悲しいですね、とか。あまりお墓に行く機会もないし、そもそもまだひいおばあちゃんも生きているし、おじいちゃんは死んじゃったけど、行っても年に一回くらいしか行かないし。
「そうなのよ。ほら、時々は掃除してあげないと、と思って。息子なんだけれど。」
おばあちゃんは、さらっと、特に何も感じていないような口ぶりで言った。私はそれにびっくりしてしまって、人が死ぬってもっと大袈裟なことだと思っていたのに、と不思議な気持ちになった。しかも、てっきり夫が亡くなったとかそういう話かと思ったら、息子さんだった。私が、なんとも気まずい顔をしていたのか、おばあちゃんは笑って、もう何十年も前のことだから大丈夫よ。となぜか慰めてきた。
「交通事故だったし、しかも本人がイヤホンをして自転車に乗っていて車に気づかなかったらしいのよ。もう全部自業自得だと思うから、何も擁護できるとことはないのよね。でも、やっぱりお墓くらいは綺麗にしておいてあげたいと思っているのよ。」
「そう、なんですね。」
私はこういうとき粋な返答ができるほど強くない。しかも、イヤホンをしながら自転車に乗るとか日常的にやっているし、外に出る時はほとんどイヤホンをつけっぱなしにしている。そうしないと自分がどうにかなってしまいそうで、私は自分の日々の行いを思い返して背筋がゾッとした。イヤホンをしながら生活することは危ないとは何度も聞いていたし、注意されてきたけど、周りにそれで事故にあったとかそういう人がいなかったから、全然実感が湧くものじゃなくて、自分が気をつけていけば大丈夫だと過信していた。そんなのは言葉通り過信だなと思った。
「気をつけすぎることに越したことはないかもしれないわ。人生一度きりっていうから、無駄にしないように。」
そう言うと、おばあちゃんは、じゃあこの駅だからと言って降りて行った。すごい小さくて、自分のおばあちゃんと重なったから、おばあちゃんだと思っていたけど、もしかしたら自分の親とほとんど年齢、変わらないかもしれないなと降りて行った後に、思って、で、あれ、小田原まだじゃんってなって、まあいいやって思って、また四人席を独り占めした。あのおばあちゃんにとってはこの辺全部小田原ってことなんかな。広いな。
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