第4話

文字数 2,216文字

私は、今回岡山県に初めて来た。兵庫県より西に行ったことがなかった。駅前はさすがに栄えていた。自分の東京以外に対する想像の酷さに申し訳ない気持ちになった。なんで今回岡山にくることになったのかは、もう自分でも正直分からない。でも、なんだか来てよかったような気もしていた。自分の味方が一人もいない場所で、目的もなくしているのは、なんだか新しい体験で、不思議と楽しかった。それで、色々と考えたり、本を読んだり、景色を見たりしていたら宇野にはあっという間に到着した。
「着いた。」
やっと、十三時間くらいの旅程を終えて、宇野に着いた感動からつい言葉が出てしまった。とりあえず、目的の海を見るために、私は海に突き出したところが眺めが良さそうだから地図を頼りにそこに行くことにした。駅から七分くらいで目的の場所には着いた。人は一人もおらず、海を独り占めにした気になって、すごく満たされた気分になった。春だからと少し薄着だったから風が強く吹くと寒くてちょっとした後悔をした。でも、風は爽やかだった。いい空気っていうのはこういうことを言うのかと、深呼吸を繰り返して幸せな気分になっていた。

「あの。」
ベンチでぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。
「あ、はい。」
普通の声で返答することができて、さっき宇野に着いた時に声を出しておいてよかったなと思った。相手の顔をよく見てみると、これは俗に言うイケメンってやつなんじゃないだろうかと思うくらい顔が整っていて、見惚れてしまった。
「もし、よかったらなんですけど、写真を撮らせてもらえないかな、と。」
「は?」
「ですから、お姉さんの写真を、」
これは、新手のナンパだろうか。いつもだったらここできっと危ない人だと思って時間がないからとか言って離れるところだけれど、私の理性は慣れない環境にいることと寝不足でバグってしまっていて、よく分からないけど、
「あ、いい、ですけど、化粧も服も適当ですけど。あ、あと寝てないから顔も死んでます。」
と答えてしまった。
「それがいいんですよ。」
それがいい、と言うことは私の服も化粧も適当であることを肯定したってことだぞ、失礼だぞ、と思った。
「何か、ポーズした方が?」
「いえ、そのまま座っていてください。で、海をぼーっと見て。」
え、それじゃあさっきしてたのとおんなじじゃん。いいのかな、そんなんでと思いながら、言われた通りぼーっと海を見ていた。パシャパシャとシャッターが切られる音がする。ちょっと緊張して、顔が硬っていると、ふふっと笑われて、シャッター音が止んだのでけげんに思って、そちらを向くと、パシャっとシャッターの切られる音がした。
「その、自然な顔が、いいと思うよ。」
今日、数十分前に会ったばかりの人にそんなこと言われて、めっちゃ喜んでいる自分に自分でも笑ってしまった。なんだか楽しくて時間のことをすっかり忘れて写真を撮られていた。そして、ふとスマートフォンを見て、私が乗ろうと思っていた電車がとうに行ってしまっていることに気づいた。
「あ、終電が。」
私は血の気がひいていくのを感じた。実は、宇野に行く途中の電車の中で今日中に新幹線で東京に戻ることを決めていたのだ。もう疲れてしまったので帰ってゆっくり夕方まで寝ようと思っていた。
「終電?」
「実は今日中に東京に帰る予定だったんです。」
「なるほど。もう間に合わなさそう?」
「そうですね。宿、どっかで取らないと。」
「あー、もしよかったらうちに泊まってもいいけど。」
「は、」
男は涼しい顔をしてなんでもないようなことみたいな感じで絶対なんでもあるようなことを言ったので、一瞬疑わずに「はい」と返事するところだった。いやいや、見ず知らずの男の家はまずいだろう。理性の壊れている私でもこれはまずい状況だとわかった。
「いや、それは申し訳ないです。」
「じゃあ、一緒にご飯だけでも、どうですか。もうちょっと写真を撮らせてもらえたらなと思って。」
男の押しが凄すぎて、私は面倒くさくなって、正直やることもないしと、
「ご飯、くらいなら。」
と、肯定してしまった。こう言うのはホイホイ乗せられて家に連れて行かれて、色々やられて写真とか撮られて、で、いいように使われてポイ捨てされる未来しか見えなかったけど、ここまできたら、もうどうにでもなってくれ、私は失うものはないと思って、とりあえずその見ず知らずの男についていくことにした。年齢は私よりも少し上くらいだと思う。話を聞いていると、東京の大学を出て、都会の喧騒から離れたくなって、岡山に来て就職したらしい。今はフリーでカメラマンとウェブデザイナーをしているんだ、と。
「だから、結構自由してるんだ。」
「そうなんですね。」
私はやっぱり怖かったから、自分の話はほとんどしなかった。東京に住んでいること、東京の大学に通っていることくらいしか話さなかった。反対に、男はいろいろと話した。どこまで本当かは分からないけれど、不思議と胡散臭い感じはしなかった。もしかしたら本当にただいい人なだけかもしれないと思い始めていた。こんなことってあるんだなと、お酒も入ってふわふわと幸せな気分になっていた。
「すみません、ご馳走になっちゃって。」
ご飯は全て奢ってくれた。すごく申し訳なかったけど、なんかもうふわふわしていて気持ちよかったからそのまま奢られた。
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