4-5 刀と弓
文字数 4,505文字
雨が続く週の半ば。ここ最近の天気は部室に引き篭もるには最高だと言う理由で、コレタマ部の会議が開かれた。
「さあて、野外活動も一回やったし、しばらく部室に引きこもっても大丈夫だろうということで……これからの本格的な話し合いをします!」
永 は部長らしくその場を仕切り、クラブ発足人の星弥 も笑顔で返事をするなど付き合いの良さを発揮している。
鈴心 は背筋を延ばして前のめりで永の言葉を真面目に聞いていた。
自分の隣でそんな姿勢でいられると少し窮屈さを蕾生 は感じる。そもそも部室も机も椅子も、蕾生にはどれもサイズが小さい。
「まず何をするんだ?」
蕾生が問うと、永は明るい調子で答えた。
「ライくんには少し話したけど、まずは萱獅子刀 を探します!」
「って言うと、あれか、英 治親 が鵺 を退治した褒美にもらったっていう──」
「そう、その刀!」
まるでクイズ番組の司会のような仕草で蕾生を指さす永の隣で星弥が首を傾げていた。
「カンジシ……?」
「漢字ではこう書きます」
鈴心は阿吽の呼吸でノートを取り出し、文字を書いて星弥に見せた。チラと目に入ったノートが小学生の雑誌のおまけでつくような可愛過ぎるもので、それを見た蕾生は思わず目を逸らす。ふと永の方を見ると口を開けて笑いを堪えていた。
「へー」
それを買い与えたであろう人物は何でもないような顔をして鈴心が書いた文字をしげしげと見つめていた。
「その刀はなんで必要なんだ?」
ノートをいじっても話題が進まないので、蕾生は余計なことは無視して永に続きを促した。
「うん、萱獅子刀の存在は「鵺を退治した」っていう事象の完結を表していてね」
「ジショウのカンケツ……?」
今度は蕾生が首を傾げる番になった。その予想はしていたのだろう、永はゆっくりとした口調で説明する。
「噛み砕いて説明すると、「鵺を退治した」から「萱獅子刀」を持ってる──ということは、言い換えれば「萱獅子刀を持つ」ことは「鵺を退治した」ことを意味しているんだ」
「全然わからん」
だがそれもむなしく、蕾生には何を言ってるのか理解できなかった。
「つまり、「鵺を退治した」という未来をその刀を持つことで引き寄せる──ってこと?」
星弥が言い換えてみせると、永もにっこり笑って答える。
「当たり。そういうアイテムを僕らが持つことで鵺の弱体化を図ろうってわけ」
「う……ん?」
蕾生が理解に苦しんでいると鈴心も助け舟を出す。
「呪術ではよくそういう考え方をします。私達も昔ある方にそう教わって、できるだけ慧心弓 と萱獅子刀を揃えようとしてきました」
「ケイシン、何だって?」
理解する前にもう新しい単語が出てきて、蕾生の頭はさらに混乱した。
「リン!いきなり新しいワードを出さないの!」
「申し訳ありません……」
シュンとして縮こまる鈴心を他所に、星弥が興味津々で聞く。
「キュウっていうと、弓かな?もしかして鵺を射抜いた弓?」
「そうそう、さすがは銀騎 サマ!慧心弓は英治親が持っていた弓で、鵺を射抜いたもの。こっちの方がわかりやすいかな?」
永が蕾生に向き直り尋ねる。鵺を最初に仕留めたのは弓矢だったことを蕾生は思い出した。
「鵺を倒した武器ってことか?それがあったら倒せるってのはなんとなくわかる」
「そうそう。つまりね、鵺を倒した弓と鵺を退治した証の刀、手段と結果を手にすることで、もう鵺は滅ぶしかないよねっていう状況を作ろうってこと」
「ふうん?」
どうしてそんなにややこしい言い方をするんだと思うが、自分以外はわかっていそうなので蕾生はわかったような振りを試みる。
「──なるほど」
星弥は落ち着いて頷いていた。やはり本物の陰陽師の末裔とオカルトを聞きかじっただけの一般人とは天と地ほどの差がある。
「ようするに、その弓と刀でもって鵺と戦ったら勝てるってことだな?」
「シンプルに言えばそう」
「──なら最初からそう言ってくれ」
蕾生はなんだかどっと疲れた。その姿を見て永は苦笑いしている。
「唯 くんの言うことももっともだけど、武器の背景を知ってた方がそれを扱う時の力がより強くなると思うよ」
「そういうもんなのか?」
「うん」
普通の女子高生に見える星弥が時折見せる「普通じゃない」雰囲気。それを改めて蕾生は感じていた。
「で、銀騎が持ってる可能性が高い萱獅子刀からまず探したいって思ってるんだけど」
「そういえば、何回か前の転生で銀騎に奪われたって言ってたな」
「うん。で、リンと銀騎さんに聞きたいんだけど、何か知ってる?」
永がそこで尋ねると、星弥は首を振って答えた
「いや、わたしは。萱獅子刀なんて初めて聞いたもの」
「ああ、さっきの君の反応でそうかなって思ったけど、やっぱり。──リンは?特に御堂 の家で」
そう永が言うと、鈴心は少し挙動不審に目を泳がせて探るように口を開く。
「御堂の、ですか。ハル様は御堂の関与を疑ってると……?」
「鈴心の実家か?銀騎の分家っていう」
「うん。実は前回、銀騎と揉めるついでに御堂とも揉めたんだよねー」
てへへ、と永が笑う。実は、というパターンは今までに何度もあったので蕾生もいちいち驚くのをやめた。
「御堂の家では……見たことはありません」
「そうかー」
鈴心の答えに残念そうにしながら、永は椅子の背もたれに軽く寄りかかって眉を寄せた。
「でも、永は刀は銀騎研究所にあるって思ってるんだろ?」
「そうだねえ、その可能性が一番高いとは思ってる。御堂から取り返すのは簡単だろうからね」
「刀は一度御堂ってヤツの手に渡ったのか?」
蕾生の疑問に、永は言いにくそうに答えた。
「ああ……うーん、なんか成り行きでね。ただ僕らは萱獅子刀がどうなったか見届ける前に鵺に殺されたから、よくわからないんだ」
「そうだったのか……」
生々しい表現に蕾生の口調も沈んでいく。
永は過去のことは何でも知っているのかと蕾生は思っていたが、死の間際のことを覚えていろと言うのは無理だし辛過ぎる。
今後はそういう話題も増えるだろう。永が辛い過去を思い出す必要性も重要性もわかってはいるが、なんとか緩和できないかと蕾生は考えを巡らせるが、良いアイディアが浮かばない自分に嫌気がさした。
少しの沈黙の後、星弥が少し明るい声音で話し出す。
「えーっと、すずちゃんの前で言うのもなんだけど、御堂の家は分家の中でも一番格下で弱い立場なの。
もしそんな大事な刀を御堂が手に入れたとして、すずちゃんが見たことがないなら、お祖父様が取り上げたっていうのが私も自然だと思う」
「……」
星弥の説明を聞きながら、鈴心は俯いてしまっていた。少し顔色が悪くなっている気もする。
蕾生は少し気になったが、それを言ったところで上手い説明ができる自信がないので放っておくことしかできなかった。
「だとすれば、やっぱり銀騎研究所のどこかに隠してある──っていうのが濃厚な線かな。ちなみに、リンは研究所では見なかった?」
「はい。見たことはありません」
「そっかー」
御堂について聞かれた時よりも鈴心はきっぱりと答えた。その違いに永は気づいていないようで、むむむと口をへの字に曲げて腕を組み考え込む。
「ねえ。さっきから刀のことばかりだけど、お祖父様の懐に入るような行為は今は危なくない?先に弓を探すとかは?」
「ああ、それはもっと難しい」
星弥の問いに永があまりにもあっさり答えるので、蕾生は思わず聞き直した。
「なんでだ?」
「慧心弓は──おそらく消失してる」
永はまるで失敗談を話すような深妙な面持ちだった。
「ふたつ前の転生の時なんだけど、鵺と戦った時に焼けてしまった……と思う」
「言い方が曖昧なのは、結果を見届ける前に死んだからか?」
蕾生がそう聞くと、永も鈴心も瞼を落として悲しそうに答える。
「そう。ただ、僕は弓が燃えたのは見た。その後どうなったかは知らないけど、あれはもう……」
「……」
すると星弥がその雰囲気を割って疑問を投げかけた。
「待って、弓と刀が揃わなかったらどうなるの?鵺に勝てるの?」
至極当然の疑問だった。永はとうとう気づかれたか、という顔で観念して言った。
「さっきライくんには勝てるって言ったけど、シンプルに言い過ぎたね。正しくは勝てる確率が上がる、だ」
「実は過去に弓と刀が揃ったこともありました。でも──」
「そう。二つ揃えても勝てなかった」
永と鈴心だけが共有している悲しみと虚しさ。それを目の当たりにした蕾生は息を呑んだ。やはり運命は自分が考えていたよりも残酷な事実を突きつける。
「マジかよ……」
蕾生すらそれだけ言うのがせいいっぱいで、星弥にいたっては一言の慰めも出ない。どんな言葉を紡ごうと、永と鈴心の苦しみを和らげるのは不可能に思えた。
「弓と刀、それに後何が必要なのか。それは未だにわからない。後ろ向きな表現はしたくないけど、弓と刀と、他に必要なものがあっても、それで勝てるのかすらもわからない」
永の言葉を聞いて、わからないのは自分だけではなかったのだ、と蕾生は驚愕した。
「それは……だいぶしんどいね」
星弥もせめて共感するしかなかった。
「例えば今回も失敗したとして、次の転生に有用な情報が取得できればいいのかもしれない。でも、果たして次も転生できるのか?さあ、それも確かじゃない」
永が初めて不安を吐露する。
「絶望するよね」
これまでの試行錯誤の経験はあっても、実は手探りだし、確証も得ていないまま記憶のない蕾生を導きながら光の見えない闇を進んでいく。
それは途方もないことで、その状態を九百年も過ごしている永と鈴心の不安は蕾生の比ではないだろう。
それを思うと、どうして最初から全部教えてくれないんだと駄々をこねる自分が情けなくなってくる。
それでも。
それなら。
空っぽのバカな自分にできることは。
「なら、これが最後だな」
永が真実を見つけてくれると信じて、がむしゃらに進むしかない。
「今回で絶対に鵺に勝つ。次回の転生のことなんて考えねえ。一期一会、だ!」
その場の全員に、自分の決意を表明するように蕾生は拳を握って宣言した。
すると最初に笑ったのは鈴心だった。
「──微妙に意味が違いますが、気持ちはわかります」
続けて永も大袈裟に笑う。
「ハハッ、だから僕らには君が必要なんだ、ライ」
こいつらが笑顔になれるなら、バカでも何でもい。
「まっさらな記憶の唯くんだから出る結論だね」
「バカってことか?」
「褒めたんだよう」
星弥も重い空気を変えようと少しふざけて笑う。そんな場に従って永も更に明るく笑った。
「弱音吐いてゴメン!今度こそ頑張ろう!」
その決意が悲壮なものだったとしても、笑って言えば希望に変えられる。
これは誤魔化しではない、きっと変えられると信じる。信じて進んでいく。
そういう決意を、今、ここでしたんだ──と頷き合って皆互いを勇気づけた。
「さあて、野外活動も一回やったし、しばらく部室に引きこもっても大丈夫だろうということで……これからの本格的な話し合いをします!」
自分の隣でそんな姿勢でいられると少し窮屈さを
「まず何をするんだ?」
蕾生が問うと、永は明るい調子で答えた。
「ライくんには少し話したけど、まずは
「って言うと、あれか、
「そう、その刀!」
まるでクイズ番組の司会のような仕草で蕾生を指さす永の隣で星弥が首を傾げていた。
「カンジシ……?」
「漢字ではこう書きます」
鈴心は阿吽の呼吸でノートを取り出し、文字を書いて星弥に見せた。チラと目に入ったノートが小学生の雑誌のおまけでつくような可愛過ぎるもので、それを見た蕾生は思わず目を逸らす。ふと永の方を見ると口を開けて笑いを堪えていた。
「へー」
それを買い与えたであろう人物は何でもないような顔をして鈴心が書いた文字をしげしげと見つめていた。
「その刀はなんで必要なんだ?」
ノートをいじっても話題が進まないので、蕾生は余計なことは無視して永に続きを促した。
「うん、萱獅子刀の存在は「鵺を退治した」っていう事象の完結を表していてね」
「ジショウのカンケツ……?」
今度は蕾生が首を傾げる番になった。その予想はしていたのだろう、永はゆっくりとした口調で説明する。
「噛み砕いて説明すると、「鵺を退治した」から「萱獅子刀」を持ってる──ということは、言い換えれば「萱獅子刀を持つ」ことは「鵺を退治した」ことを意味しているんだ」
「全然わからん」
だがそれもむなしく、蕾生には何を言ってるのか理解できなかった。
「つまり、「鵺を退治した」という未来をその刀を持つことで引き寄せる──ってこと?」
星弥が言い換えてみせると、永もにっこり笑って答える。
「当たり。そういうアイテムを僕らが持つことで鵺の弱体化を図ろうってわけ」
「う……ん?」
蕾生が理解に苦しんでいると鈴心も助け舟を出す。
「呪術ではよくそういう考え方をします。私達も昔ある方にそう教わって、できるだけ
「ケイシン、何だって?」
理解する前にもう新しい単語が出てきて、蕾生の頭はさらに混乱した。
「リン!いきなり新しいワードを出さないの!」
「申し訳ありません……」
シュンとして縮こまる鈴心を他所に、星弥が興味津々で聞く。
「キュウっていうと、弓かな?もしかして鵺を射抜いた弓?」
「そうそう、さすがは
永が蕾生に向き直り尋ねる。鵺を最初に仕留めたのは弓矢だったことを蕾生は思い出した。
「鵺を倒した武器ってことか?それがあったら倒せるってのはなんとなくわかる」
「そうそう。つまりね、鵺を倒した弓と鵺を退治した証の刀、手段と結果を手にすることで、もう鵺は滅ぶしかないよねっていう状況を作ろうってこと」
「ふうん?」
どうしてそんなにややこしい言い方をするんだと思うが、自分以外はわかっていそうなので蕾生はわかったような振りを試みる。
「──なるほど」
星弥は落ち着いて頷いていた。やはり本物の陰陽師の末裔とオカルトを聞きかじっただけの一般人とは天と地ほどの差がある。
「ようするに、その弓と刀でもって鵺と戦ったら勝てるってことだな?」
「シンプルに言えばそう」
「──なら最初からそう言ってくれ」
蕾生はなんだかどっと疲れた。その姿を見て永は苦笑いしている。
「
「そういうもんなのか?」
「うん」
普通の女子高生に見える星弥が時折見せる「普通じゃない」雰囲気。それを改めて蕾生は感じていた。
「で、銀騎が持ってる可能性が高い萱獅子刀からまず探したいって思ってるんだけど」
「そういえば、何回か前の転生で銀騎に奪われたって言ってたな」
「うん。で、リンと銀騎さんに聞きたいんだけど、何か知ってる?」
永がそこで尋ねると、星弥は首を振って答えた
「いや、わたしは。萱獅子刀なんて初めて聞いたもの」
「ああ、さっきの君の反応でそうかなって思ったけど、やっぱり。──リンは?特に
そう永が言うと、鈴心は少し挙動不審に目を泳がせて探るように口を開く。
「御堂の、ですか。ハル様は御堂の関与を疑ってると……?」
「鈴心の実家か?銀騎の分家っていう」
「うん。実は前回、銀騎と揉めるついでに御堂とも揉めたんだよねー」
てへへ、と永が笑う。実は、というパターンは今までに何度もあったので蕾生もいちいち驚くのをやめた。
「御堂の家では……見たことはありません」
「そうかー」
鈴心の答えに残念そうにしながら、永は椅子の背もたれに軽く寄りかかって眉を寄せた。
「でも、永は刀は銀騎研究所にあるって思ってるんだろ?」
「そうだねえ、その可能性が一番高いとは思ってる。御堂から取り返すのは簡単だろうからね」
「刀は一度御堂ってヤツの手に渡ったのか?」
蕾生の疑問に、永は言いにくそうに答えた。
「ああ……うーん、なんか成り行きでね。ただ僕らは萱獅子刀がどうなったか見届ける前に鵺に殺されたから、よくわからないんだ」
「そうだったのか……」
生々しい表現に蕾生の口調も沈んでいく。
永は過去のことは何でも知っているのかと蕾生は思っていたが、死の間際のことを覚えていろと言うのは無理だし辛過ぎる。
今後はそういう話題も増えるだろう。永が辛い過去を思い出す必要性も重要性もわかってはいるが、なんとか緩和できないかと蕾生は考えを巡らせるが、良いアイディアが浮かばない自分に嫌気がさした。
少しの沈黙の後、星弥が少し明るい声音で話し出す。
「えーっと、すずちゃんの前で言うのもなんだけど、御堂の家は分家の中でも一番格下で弱い立場なの。
もしそんな大事な刀を御堂が手に入れたとして、すずちゃんが見たことがないなら、お祖父様が取り上げたっていうのが私も自然だと思う」
「……」
星弥の説明を聞きながら、鈴心は俯いてしまっていた。少し顔色が悪くなっている気もする。
蕾生は少し気になったが、それを言ったところで上手い説明ができる自信がないので放っておくことしかできなかった。
「だとすれば、やっぱり銀騎研究所のどこかに隠してある──っていうのが濃厚な線かな。ちなみに、リンは研究所では見なかった?」
「はい。見たことはありません」
「そっかー」
御堂について聞かれた時よりも鈴心はきっぱりと答えた。その違いに永は気づいていないようで、むむむと口をへの字に曲げて腕を組み考え込む。
「ねえ。さっきから刀のことばかりだけど、お祖父様の懐に入るような行為は今は危なくない?先に弓を探すとかは?」
「ああ、それはもっと難しい」
星弥の問いに永があまりにもあっさり答えるので、蕾生は思わず聞き直した。
「なんでだ?」
「慧心弓は──おそらく消失してる」
永はまるで失敗談を話すような深妙な面持ちだった。
「ふたつ前の転生の時なんだけど、鵺と戦った時に焼けてしまった……と思う」
「言い方が曖昧なのは、結果を見届ける前に死んだからか?」
蕾生がそう聞くと、永も鈴心も瞼を落として悲しそうに答える。
「そう。ただ、僕は弓が燃えたのは見た。その後どうなったかは知らないけど、あれはもう……」
「……」
すると星弥がその雰囲気を割って疑問を投げかけた。
「待って、弓と刀が揃わなかったらどうなるの?鵺に勝てるの?」
至極当然の疑問だった。永はとうとう気づかれたか、という顔で観念して言った。
「さっきライくんには勝てるって言ったけど、シンプルに言い過ぎたね。正しくは勝てる確率が上がる、だ」
「実は過去に弓と刀が揃ったこともありました。でも──」
「そう。二つ揃えても勝てなかった」
永と鈴心だけが共有している悲しみと虚しさ。それを目の当たりにした蕾生は息を呑んだ。やはり運命は自分が考えていたよりも残酷な事実を突きつける。
「マジかよ……」
蕾生すらそれだけ言うのがせいいっぱいで、星弥にいたっては一言の慰めも出ない。どんな言葉を紡ごうと、永と鈴心の苦しみを和らげるのは不可能に思えた。
「弓と刀、それに後何が必要なのか。それは未だにわからない。後ろ向きな表現はしたくないけど、弓と刀と、他に必要なものがあっても、それで勝てるのかすらもわからない」
永の言葉を聞いて、わからないのは自分だけではなかったのだ、と蕾生は驚愕した。
「それは……だいぶしんどいね」
星弥もせめて共感するしかなかった。
「例えば今回も失敗したとして、次の転生に有用な情報が取得できればいいのかもしれない。でも、果たして次も転生できるのか?さあ、それも確かじゃない」
永が初めて不安を吐露する。
「絶望するよね」
これまでの試行錯誤の経験はあっても、実は手探りだし、確証も得ていないまま記憶のない蕾生を導きながら光の見えない闇を進んでいく。
それは途方もないことで、その状態を九百年も過ごしている永と鈴心の不安は蕾生の比ではないだろう。
それを思うと、どうして最初から全部教えてくれないんだと駄々をこねる自分が情けなくなってくる。
それでも。
それなら。
空っぽのバカな自分にできることは。
「なら、これが最後だな」
永が真実を見つけてくれると信じて、がむしゃらに進むしかない。
「今回で絶対に鵺に勝つ。次回の転生のことなんて考えねえ。一期一会、だ!」
その場の全員に、自分の決意を表明するように蕾生は拳を握って宣言した。
すると最初に笑ったのは鈴心だった。
「──微妙に意味が違いますが、気持ちはわかります」
続けて永も大袈裟に笑う。
「ハハッ、だから僕らには君が必要なんだ、ライ」
こいつらが笑顔になれるなら、バカでも何でもい。
「まっさらな記憶の唯くんだから出る結論だね」
「バカってことか?」
「褒めたんだよう」
星弥も重い空気を変えようと少しふざけて笑う。そんな場に従って永も更に明るく笑った。
「弱音吐いてゴメン!今度こそ頑張ろう!」
その決意が悲壮なものだったとしても、笑って言えば希望に変えられる。
これは誤魔化しではない、きっと変えられると信じる。信じて進んでいく。
そういう決意を、今、ここでしたんだ──と頷き合って皆互いを勇気づけた。