4-1 忘れてしまった夢

文字数 1,027文字

「体は大丈夫か?」
 
 酒を手にしたハルが俺の所へやって来たのは、月が高くなって随分と経ってからだった。
 
「何がだ?」
 
 事後処理が忙しいだろうに、夜が明ける前に俺の様子を見に来てくれたことが照れ臭くてしらばっくれる。
 するとハルは笑いながら隣に座って杯を差し出した。
 
「あれだけ化け物の返り血を浴びたんだ。何か異常をきたしてないか心配で心配で」
 
「──夜も眠れないか?」
 
「そうそう。だから一杯付き合ってもらおうと思って」
 
 笑いながらハルは俺の杯に酒を注ぐ。主に注いでもらった酒を飲むには相応しい名月だ。
 
「うまい」
 
「だろう?奥の秘蔵のやつをくすねてきた」
 
「格別だな」
 
 月と酒。それにお前がいれば、俺の心は満たされる。
 
「──で、眠れない原因はあっちの方だろ」
 
 離れ屋の方を指してやると、ハルは「ばれたか」とまた笑った。
 
「あれから少し塞ぎ込んでいると聞いてな」
 
「そりゃあ、あんな化け物を間近で見たんだ。お前は忘れてるかもしれないが、あいつはまだ子どもだぞ」
 
「それはその通りなんだが──」
 
 言いかけて、酒を一口飲んだ後、「これは戯言だ」と前置いてからハルは語った。
 
「リンは、何かを抱えてるんじゃないかと思う」
 
「何かって?」
 
「わからない」
 
 お前がわからないことが俺にわかる訳ないだろう。酔ってるのか。
 
「まあ、でも、そうだな。今日び何も抱えてないヤツなんていねえよ」
 
 こんな戦ばかりの世で。血と泥にまみれて、それでも生き残った者なら、色んなものを背負っている。
 
「──お前もか?」
 
 純朴な顔をして聞いてくるので、安心させるように笑って言ってやった。
 
「俺はお前を背負うので精一杯だ」
 
「──そうか」
 
 安心しろよ、俺が守ってやるから。
 
「朝になったらリンに干し柿を持っていってやろう」
 
「また奥からくすねてくるのか?」
 
「なあ、おれの家のものなのに、どうしておれは自由に持ち出せないんだ?」
 
「──知らねえよ」
 
 夜はこんな風にお前と笑い合えるから好きだ。
 そういう夜をずっと過ごしていけると思っていた。



 

「…………」
 
 蕾生(らいお)が目を覚ますと、目覚ましのアラームが鳴った。
 
 不思議な夢を見たような気がするが、もう何も覚えていない。ただ、懐かしい匂いがした。何の匂いかは思い出せない。
 
 忘れてしまった夢が、心に穴を空けたようだ。言い表せない寂しさが残る。
 
「あ──、くそ!」
 蕾生は苛立ちをかき消すように、勢いよく起き上がった。
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登場人物紹介

唯 蕾生 (ただ らいお)


15歳。高校一年生

人よりも強い力と大きな身体がコンプレックス

幼馴染の永に頼りきって生活している


英治親の郎党・雷郷(らいごう)が転生した姿


周防 永 (すおう はるか)


15歳。高校一年生

蕾生の幼馴染。UMAや都市伝説が好きなオカルトマニア


900年前の武将・英治親(はなぶさ はるちか)の転生した姿


御堂 鈴心 (みどう すずね)


13歳。高校一年生(飛び級)

銀騎研究所で蕾生達が出会った正体不明の少女

銀騎星弥の家に住んでいる。銀騎家の分家出身


英治親の郎党・リンの転生した姿


銀騎 星弥 (しらき せいや)


16歳。高校一年生

銀騎研究所所長・銀騎詮充郎の孫娘

同学年の中では目立つ存在で生徒からも教師からも信頼が厚い


銀騎 皓矢 (しらき こうや)


28歳。銀騎研究所副所長

銀騎詮充郎の孫で、陰陽師一族・銀騎家の次期当主

表向きは銀騎研究所にてバイオテクノロジーの研究を行う科学者


銀騎 詮充郎 (しらき せんじゅうろう)


74歳。銀騎研究所所長

高明な陰陽師一族の銀騎家の現当主。ただ本人に陰陽師としての能力はない

表向きは生物学博士(特にツチノコ研究)

約30年前に長らくUMAだと思われていたツチノコを発見し、その生態を研究した後、新種の生物として登録することに成功した


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