5-4 真実
文字数 3,883文字
「唯 蕾生 ──いや、ケモノの王よ」
「──は?」
詮充郎 の意識は永 にはとうになく、その鈍く光る目で蕾生を見据え奇妙な単語で呼びかけた。
「何故、お前だけ転生しても記憶を保持できないのかは知っているか?」
永達を子ども扱いしている上に、その子ども相手に主導権を握り自慢げに知識をひけらかそうとするその態度は永を更に怒らせるには充分だった。
しかもその話題はこの場に爆弾を投下するほどの危険を孕んでおり、永は焦った。
「余計なこと言うな!」
声が、震える。
怒りと恐怖で永の頭は働かない。すぐにでもこの老人の口を塞ぐ必要があるのに、体も動かなかった。
その永の様子を見下すように冷たい視線を投げつけ、詮充郎は溜息混じりに言う。
「──随分と慎重なことだ。まあ、それも仕方のないことだが」
「どういうことだ?」
黙ってしまった永の代わりに蕾生が問うと、詮充郎はまたニヤリと笑って机の上にあるボタンのようなものの一つを押した。
「よいものを見せてやろう」
その言葉と同時に部屋の壁の一部が機械音を立てて剥がれていく。シャッターが上がるように、中から水槽のようなガラスが見え始めた。
最初は部屋の明かりが反射されて何があるのか分からなかったが、壁の一部が上がり切る頃にはその禍々しい物体が一同の前に姿を現した。
「な──」
それを見た永は言葉を失う。鈴心 は目を見開いて少し震えていた。
星弥 もそれを見て悲鳴を上げた。
「ひっ!」
頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。
ガラスの奥に、そう形容できる黒ずんだ物体が二つ。
虚ろな瞳を携えて、あらぬ方向を向きながら空しさを語るようにそこに存在している。
「……」
蕾生にとってそれらは初めて見るものであるけれど、どこか懐かしいような不思議な感覚があった。
自分の体にそれらと同じものがあるような気がして目が離せない。
「この、悪趣味ジジイ……」
永の悪態には目もくれず、詮充郎は得意げに朗々とした声で語る。
「この遺骸が、我々が鵺 と呼ぶものだ。よく見たまえ、僅かだが個体差があるだろう、そこが素晴らしい」
右の鵺には頭部に前髪のような毛が多く生えており、左の鵺には胸部に多く毛が生えている。だが、どちらの遺骸も経年劣化により朽ちかけているのであまり判別はつかなかった。
「ライ、もう見るな!」
永が狂ったように叫ぶ。蕾生にはその声が遠く聞こえた。
その様子を楽しげに眺め、興が乗った詮充郎は高らかに言い放った。
「何故?よく見るといい、かつての自分の姿を!」
その宣言に永も鈴心も、やられたと言わんばかりの顔で立ち尽くした。
星弥はあまりの衝撃に、口元を手で押さえながら震えだす。
そして蕾生は。
「──は?」
その言葉の意味を理解した頭と理解したくない心が乖離して、時が止まったような錯覚に陥った。
「記憶が残らないのは、お前が一番呪いを濃く受けているからだ。己が鵺に変化するほどの強い呪いが!」
「──」
詮充郎が続けた決定的な一言にも、蕾生は反応できないでいた。
「黙れ、詮充郎!」
その場で先に動いたのは永だった。詮充郎に掴みかからんとする勢いで向かっていったが、その側に控えていた皓矢 が軽く手を上げて制する。
「うああっ!」
雷に打たれたように永の体は硬直した後、その手は詮充郎まで届かずその場で倒れる。
「永!?」
そうしてようやく意識を戻した蕾生は傷つけられた永を見ながらも、そこから動けずに混乱していく。
「やめて、兄さん!」
金切り声で叫ぶ星弥の声に、皓矢は顔をしかめながらもきっぱりと言った。
「すまない……だけどお祖父様に触れることは許さない」
兄妹のやり取りの隙をついて鈴心が永に駆け寄った。
「ハル様!しっかり、息を大きく吸ってください」
「だい、じょぶ、大丈夫だ、リン……」
己の体に浴びた衝撃に息を荒げて、永はその小さな体を縋るように抱きしめた。
ああ、もう。こうなっては全てが終わってしまう。──けれどまだ。
永は絶望しかける自分を奮い立たせて目を開けた。
目の前では蕾生が焦点の定まらない瞳で立っている。
「なん、て──?」
「ライ!」
永はぐっと床を踏み締めて立ち上がり、蕾生に駆け寄った。鈴心もそれに続く。
「は、るか……?あいつ、なんて言った?」
「ライくん、大丈夫だ、気をしっかり持つんだ」
混乱する蕾生に永は努めて優しく語りかける。その瞳に永が映っているのに蕾生には見えていないかのような狼狽だった。
「ライ、落ち着いてください、ね?」
鈴心もその手を握り、さすりながら子どもをあやすように言う。
だが、詮充郎は更に止めを刺すように事実を言い放った。
「お前達三人は何度も生まれ変わり、その度に鵺と化したお前に殺される──そういう呪いを受けたのだよ」
「──!!」
はっきりと提示された残酷過ぎる運命に、蕾生の体は強張った。
その体を守るように、永も鈴心も必死で抱きしめる。
一瞬、部屋全体が静まりかえった。
緊張を高めた皓矢は右手で構えてから、低い声で言う。
「星弥、こちらへ」
「え?」
お互いを固く抱きしめ合う三人の側で、星弥が皓矢に視線を移す。それと同時に詮充郎が蕾生に向けて静かな口調で付け足した。
「古い文献に残っているぞ。お前が鵺になる運命を知った途端に変化して、その場の人間を皆殺しにしたことがな」
「──!!」
それを聞いて、星弥は思わず一歩後ずさる。
「星弥!こっちに来なさい!」
「でも……」
星弥にはそれは現実味がないように思えた。
目の前の三人はお互いを思い合って必死に抗っている。理不尽な運命を負わされても肩を寄せ合って耐えている。
「ライ……」
「ライッ!」
蕾生に呼びかける永と鈴心の姿はとても健気で、蕾生を心から愛しているのだと思えた。
そんな二人の心を、星弥の知る蕾生なら裏切るようなことはしない。
「星弥!!」
焦って声を荒らげる皓矢を無視した星弥は、蕾生を見つめて呟いた。
「唯くんは、強いから、大丈夫……だよね?」
「──!」
糸が張り詰めたような緊張から少しの静寂の後、蕾生の瞳に緩やかに光が戻っていく。
「は、るか。鈴心……」
たどたどしい、その声には体温が通っていた。
「ライくん?」
「ライ……?」
永も鈴心も、抱きついたままその顔を見上げる。そこにはいつもの蕾生があった。
「大丈夫、俺は、大丈夫だ。何ともない」
しっかりとした言葉に、永も鈴心も安心して抱きしめていた手を緩めた。
「良かった……」
永が漏らした言葉に微笑んだ後、蕾生は少し後ろの星弥に目を向ける。すると星弥はにっこり笑って頷いた。
蕾生も頷き返すが、少し照れ臭かった。何しろ永と鈴心が泣きそうな顔で自分に縋っている様を見せたのだから。
「──素晴らしい。第一関門突破、おめでとう」
部屋中に乾いた拍手の音が響く。大仰に言う詮充郎に、永は怒りをこめた目で睨みつけた。
「テメエ……ッ」
それを受けてサッと前に立ちはだかる皓矢を特に気にもせずに、詮充郎は事務的な態度で別のボタンを押した。
「さて、次はこれを見ていただこう」
すると詮充郎の座る机の後方に棚が現れる。そこには一振りの日本刀が鞘に入った状態で掛けてあった。橙色の飾り紐がその場の全員の目をひいた。
「それは──!」
永が思わず身を乗り出すと、詮充郎は満足げに笑う。
「お前が懸命に探し回っているのはこれだろう?」
「萱獅子刀 ……そんなところに」
鈴心の言葉に蕾生も日本刀を見やる。だが、鵺の遺骸ほどの──心を揺さぶられるような気持ちは湧かなかった。
「これも私が丁寧に保管しておいてやったのだ。謝辞くらいは述べるべきでは?」
「誰が!」
永が吐き捨てると、詮充郎は片眉を上げて挑発するように返す。
「これをくれてやると言ったら?」
「──なんだと?」
「萱獅子刀を渡す見返りに唯蕾生をしばらく預からせて欲しい」
「ふざけるな!」
取り付く島もない永の態度にも余裕の笑みで詮充郎は続けた。
「私の望みが叶ったら、皓矢を貸してやろう」
「──ハ?」
「皓矢の力と萱獅子刀をもって、鵺化の呪いを解く方法を教えてやろう。破格の条件だとは思わないかね?」
永は開いた口が塞がらなかった。そんなことが可能だとは到底思えなかったからだ。
「本当ですか?」
だが、鈴心は光明を見たような顔をして聞き返す。それに気を良くした詮充郎はニヤリと笑って蕾生に問いかけた。
「どうする?ケモノの王よ」
「……」
蕾生には答えが出せずにいた。まだそこまでの判断ができるほど自分の状況が飲み込めていない。頭ごなしに否定し続ける永と、少し信じ始めている鈴心の間で、蕾生の心は揺れ動いていた。
「お前なんかに呪いが解ける訳がない!帰るぞ、ライ、リン!」
怒り心頭の永の言葉は、蕾生と鈴心に有無を言わせない迫力があった。優先すべきは永の判断だ、と蕾生は思い返す。
「いいだろう、今日はここまでだ。よく考えなさい。良い返事を期待している」
意外にも詮充郎はあっさり引き下がった。だがその言葉は永ではなく蕾生に向けたものだった。
ぶりぶり怒って部屋を出ていく永に従って、鈴心も部屋を出ようとしていた。蕾生もそれに続くが、詮充郎の視線が気になってもう一度振り返る。
詮充郎は蕾生を見つめて軽く笑っていた。蕾生の揺れる心を見透かしているかのように。
「──は?」
「何故、お前だけ転生しても記憶を保持できないのかは知っているか?」
永達を子ども扱いしている上に、その子ども相手に主導権を握り自慢げに知識をひけらかそうとするその態度は永を更に怒らせるには充分だった。
しかもその話題はこの場に爆弾を投下するほどの危険を孕んでおり、永は焦った。
「余計なこと言うな!」
声が、震える。
怒りと恐怖で永の頭は働かない。すぐにでもこの老人の口を塞ぐ必要があるのに、体も動かなかった。
その永の様子を見下すように冷たい視線を投げつけ、詮充郎は溜息混じりに言う。
「──随分と慎重なことだ。まあ、それも仕方のないことだが」
「どういうことだ?」
黙ってしまった永の代わりに蕾生が問うと、詮充郎はまたニヤリと笑って机の上にあるボタンのようなものの一つを押した。
「よいものを見せてやろう」
その言葉と同時に部屋の壁の一部が機械音を立てて剥がれていく。シャッターが上がるように、中から水槽のようなガラスが見え始めた。
最初は部屋の明かりが反射されて何があるのか分からなかったが、壁の一部が上がり切る頃にはその禍々しい物体が一同の前に姿を現した。
「な──」
それを見た永は言葉を失う。
「ひっ!」
頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。
ガラスの奥に、そう形容できる黒ずんだ物体が二つ。
虚ろな瞳を携えて、あらぬ方向を向きながら空しさを語るようにそこに存在している。
「……」
蕾生にとってそれらは初めて見るものであるけれど、どこか懐かしいような不思議な感覚があった。
自分の体にそれらと同じものがあるような気がして目が離せない。
「この、悪趣味ジジイ……」
永の悪態には目もくれず、詮充郎は得意げに朗々とした声で語る。
「この遺骸が、我々が
右の鵺には頭部に前髪のような毛が多く生えており、左の鵺には胸部に多く毛が生えている。だが、どちらの遺骸も経年劣化により朽ちかけているのであまり判別はつかなかった。
「ライ、もう見るな!」
永が狂ったように叫ぶ。蕾生にはその声が遠く聞こえた。
その様子を楽しげに眺め、興が乗った詮充郎は高らかに言い放った。
「何故?よく見るといい、かつての自分の姿を!」
その宣言に永も鈴心も、やられたと言わんばかりの顔で立ち尽くした。
星弥はあまりの衝撃に、口元を手で押さえながら震えだす。
そして蕾生は。
「──は?」
その言葉の意味を理解した頭と理解したくない心が乖離して、時が止まったような錯覚に陥った。
「記憶が残らないのは、お前が一番呪いを濃く受けているからだ。己が鵺に変化するほどの強い呪いが!」
「──」
詮充郎が続けた決定的な一言にも、蕾生は反応できないでいた。
「黙れ、詮充郎!」
その場で先に動いたのは永だった。詮充郎に掴みかからんとする勢いで向かっていったが、その側に控えていた
「うああっ!」
雷に打たれたように永の体は硬直した後、その手は詮充郎まで届かずその場で倒れる。
「永!?」
そうしてようやく意識を戻した蕾生は傷つけられた永を見ながらも、そこから動けずに混乱していく。
「やめて、兄さん!」
金切り声で叫ぶ星弥の声に、皓矢は顔をしかめながらもきっぱりと言った。
「すまない……だけどお祖父様に触れることは許さない」
兄妹のやり取りの隙をついて鈴心が永に駆け寄った。
「ハル様!しっかり、息を大きく吸ってください」
「だい、じょぶ、大丈夫だ、リン……」
己の体に浴びた衝撃に息を荒げて、永はその小さな体を縋るように抱きしめた。
ああ、もう。こうなっては全てが終わってしまう。──けれどまだ。
永は絶望しかける自分を奮い立たせて目を開けた。
目の前では蕾生が焦点の定まらない瞳で立っている。
「なん、て──?」
「ライ!」
永はぐっと床を踏み締めて立ち上がり、蕾生に駆け寄った。鈴心もそれに続く。
「は、るか……?あいつ、なんて言った?」
「ライくん、大丈夫だ、気をしっかり持つんだ」
混乱する蕾生に永は努めて優しく語りかける。その瞳に永が映っているのに蕾生には見えていないかのような狼狽だった。
「ライ、落ち着いてください、ね?」
鈴心もその手を握り、さすりながら子どもをあやすように言う。
だが、詮充郎は更に止めを刺すように事実を言い放った。
「お前達三人は何度も生まれ変わり、その度に鵺と化したお前に殺される──そういう呪いを受けたのだよ」
「──!!」
はっきりと提示された残酷過ぎる運命に、蕾生の体は強張った。
その体を守るように、永も鈴心も必死で抱きしめる。
一瞬、部屋全体が静まりかえった。
緊張を高めた皓矢は右手で構えてから、低い声で言う。
「星弥、こちらへ」
「え?」
お互いを固く抱きしめ合う三人の側で、星弥が皓矢に視線を移す。それと同時に詮充郎が蕾生に向けて静かな口調で付け足した。
「古い文献に残っているぞ。お前が鵺になる運命を知った途端に変化して、その場の人間を皆殺しにしたことがな」
「──!!」
それを聞いて、星弥は思わず一歩後ずさる。
「星弥!こっちに来なさい!」
「でも……」
星弥にはそれは現実味がないように思えた。
目の前の三人はお互いを思い合って必死に抗っている。理不尽な運命を負わされても肩を寄せ合って耐えている。
「ライ……」
「ライッ!」
蕾生に呼びかける永と鈴心の姿はとても健気で、蕾生を心から愛しているのだと思えた。
そんな二人の心を、星弥の知る蕾生なら裏切るようなことはしない。
「星弥!!」
焦って声を荒らげる皓矢を無視した星弥は、蕾生を見つめて呟いた。
「唯くんは、強いから、大丈夫……だよね?」
「──!」
糸が張り詰めたような緊張から少しの静寂の後、蕾生の瞳に緩やかに光が戻っていく。
「は、るか。鈴心……」
たどたどしい、その声には体温が通っていた。
「ライくん?」
「ライ……?」
永も鈴心も、抱きついたままその顔を見上げる。そこにはいつもの蕾生があった。
「大丈夫、俺は、大丈夫だ。何ともない」
しっかりとした言葉に、永も鈴心も安心して抱きしめていた手を緩めた。
「良かった……」
永が漏らした言葉に微笑んだ後、蕾生は少し後ろの星弥に目を向ける。すると星弥はにっこり笑って頷いた。
蕾生も頷き返すが、少し照れ臭かった。何しろ永と鈴心が泣きそうな顔で自分に縋っている様を見せたのだから。
「──素晴らしい。第一関門突破、おめでとう」
部屋中に乾いた拍手の音が響く。大仰に言う詮充郎に、永は怒りをこめた目で睨みつけた。
「テメエ……ッ」
それを受けてサッと前に立ちはだかる皓矢を特に気にもせずに、詮充郎は事務的な態度で別のボタンを押した。
「さて、次はこれを見ていただこう」
すると詮充郎の座る机の後方に棚が現れる。そこには一振りの日本刀が鞘に入った状態で掛けてあった。橙色の飾り紐がその場の全員の目をひいた。
「それは──!」
永が思わず身を乗り出すと、詮充郎は満足げに笑う。
「お前が懸命に探し回っているのはこれだろう?」
「
鈴心の言葉に蕾生も日本刀を見やる。だが、鵺の遺骸ほどの──心を揺さぶられるような気持ちは湧かなかった。
「これも私が丁寧に保管しておいてやったのだ。謝辞くらいは述べるべきでは?」
「誰が!」
永が吐き捨てると、詮充郎は片眉を上げて挑発するように返す。
「これをくれてやると言ったら?」
「──なんだと?」
「萱獅子刀を渡す見返りに唯蕾生をしばらく預からせて欲しい」
「ふざけるな!」
取り付く島もない永の態度にも余裕の笑みで詮充郎は続けた。
「私の望みが叶ったら、皓矢を貸してやろう」
「──ハ?」
「皓矢の力と萱獅子刀をもって、鵺化の呪いを解く方法を教えてやろう。破格の条件だとは思わないかね?」
永は開いた口が塞がらなかった。そんなことが可能だとは到底思えなかったからだ。
「本当ですか?」
だが、鈴心は光明を見たような顔をして聞き返す。それに気を良くした詮充郎はニヤリと笑って蕾生に問いかけた。
「どうする?ケモノの王よ」
「……」
蕾生には答えが出せずにいた。まだそこまでの判断ができるほど自分の状況が飲み込めていない。頭ごなしに否定し続ける永と、少し信じ始めている鈴心の間で、蕾生の心は揺れ動いていた。
「お前なんかに呪いが解ける訳がない!帰るぞ、ライ、リン!」
怒り心頭の永の言葉は、蕾生と鈴心に有無を言わせない迫力があった。優先すべきは永の判断だ、と蕾生は思い返す。
「いいだろう、今日はここまでだ。よく考えなさい。良い返事を期待している」
意外にも詮充郎はあっさり引き下がった。だがその言葉は永ではなく蕾生に向けたものだった。
ぶりぶり怒って部屋を出ていく永に従って、鈴心も部屋を出ようとしていた。蕾生もそれに続くが、詮充郎の視線が気になってもう一度振り返る。
詮充郎は蕾生を見つめて軽く笑っていた。蕾生の揺れる心を見透かしているかのように。