6-2 ウラノス計画

文字数 3,979文字

 星弥(せいや)を助けると決めた(はるか)蕾生(らいお)は急いで学校を後にし、鈴心(すずね)に連れられて銀騎(しらき)家の邸宅に着いた。玄関のドアを開けて鈴心が促す。
 
「どうぞ、お入りください」
 
「驚いたな、自宅で処置をしてるの?」
 
 てっきり研究機材が完備されている施設だと思っていた永は驚いた。
 
詮充郎(せんじゅうろう)が一番関心のない場所がここなので」
 
 鈴心の説明は短いのに、永は完全に納得した。要するに、この自宅は詮充郎にとって必要のない存在をまとめて置いておく場所だったのだ。最大の効率を求める詮充郎らしいやり方だ。だが、そのやり方を永は軽蔑する。
 
「特に星弥の部屋は詮充郎による監視の目がないので、そこに機材を運んでおに──皓矢(こうや)が診ています」
 
 鈴心は先程の永の感情を慮って、言葉に詰まりながら言った。皓矢に対する呼び方が気になっていたのは単純に永の嫉妬だ。それを正されると永は恥ずかしさを思い出してしまう。
 
「いいよ別に、言いにくかったらお兄様でも。しかしあれだね、彼女は結局実験の失敗作として詮充郎に見放されたんだ?」
 
「はい。でもその方が幸せな人生を送れるだろうと、お兄様も奥様も星弥を慈しんできました。なのに──」
 
 言い淀む鈴心に蕾生がはっきりと聞いた。
 
「今になってこんなことになったのは、俺達と関わったからか?」
 
「さあ……そこに因果関係があるかは私にはわかりませんが」
 
「まあ、全く無関係ってこともないだろうね」
 
 永もそう言えば、鈴心は少し俯いて応接室の扉を開けた。
 
「その辺については私では知識が乏しいので、お兄様から説明があると思います」
 
 家の中には重苦しい雰囲気が漂っていた。元々あまり外部の人間が寛げるような家ではなかったけれど、今日は格別に居心地が悪いと永も蕾生も感じていた。
 数分待ってようやく皓矢が部屋に入ってきた。
 
「ああ、来てくれたんだね。ありがとう」
 
 永達を見て少し安心したような表情を見せた皓矢だったが、顔色は白く、目元に隈も薄く見える。ひょっとするとこの三日間はろくに寝ていないのかもしれない。
 けれど同情する気はさらさらない永はぶすっとした顔で皓矢を睨んでいた。蕾生はそんな永の態度から受けられる印象を緩和するべく、皓矢に会釈で挨拶する。そんな二人の対照的な態度に皓矢は少し笑った。
 
「星弥はどうですか?」
 
 鈴心が詰め寄るように聞くと、その頭をそっと撫でて穏やかに皓矢は言った。
 
「──特に変化はないよ。良くもなっていないし、今のところ悪化の兆候もない。母さんが側についてる」
 
「そうですか……」
 
 顔を曇らせている鈴心の肩を叩いた後、皓矢は永と蕾生の対面に腰掛けた。平静を装っているが、声は少し弱々しい。
 
「さて、君達に協力を仰ぐには──詳しい説明が必要だろうね?」
 
「そうだな、「誠意」ある対応を頼むよ」
 
 永は腕を組んで尊大に言う。鈴心にされた仕打ちを思えばこれがせいいっぱいの譲歩だった。
 
「もちろんだ。星弥と鈴心が研究所のキクレー因子実験体だと言うことは聞いたね?」
 
「まあ、簡単にはね」
 
「この計画、我々はウラノス計画と呼んでいるが、始まったのは二十年以上前──君達の前世においてお祖父様といざこざがあった後だったと聞いているのだけど、覚えていることはあるかい?」
 
 前世と言うと、前回の転生のことだろう。蕾生は前回に何があったのかは全く聞かされていないので永の様子を伺うと、永は少し逡巡した後ぶっきらぼうに答えた。
 
「そりゃ、前回にあったことぐらいは覚えてるけど、この件に関しては全然知らなかったね。リンの魂をお前達が誘拐してその実験に使ったなんてのはさっき聞いたよ」
 
「そうかい。さぞ憤慨したんだろうね。僕はその頃四歳で、当時のことは何も見ていないのだけど、君の仲間の魂を奪取したお祖父様と亡き父に代わって謝罪するよ。すまなかった」
 
「形式的な謝罪はいい。その先の説明をしろ」
 
 突っぱねる永に皓矢は苦笑しながら話し始めた。
 
「──手厳しいね、わかった。この実験は当初お祖父様と父が、父の死後は佐藤という研究員がお祖父様を手伝って進められた。
 僕が具体的に関わったのは、すでに星弥も鈴心も生を受け、さらに星弥は不適合と判断されたずっと後だから、正直言ってわからないことが多い」
 
「なんだよ、頼りないな」
 
「それでも、実験記録はお祖父様から全て見せてもらったから、頭ではおおまかなことはわかっているつもりだ」
 
「ふうん、それで?」
 
 素っ気ない永の態度を気にする風もなく、皓矢は淡々と説明を続ける。
 
「簡単に言うと、星弥の体内にはキクレー因子とそれを活発化させる術式が組み込まれている。これは父の術式で、科学と陰陽術……というか父独自の呪術を融合させた、ある意味常識外れの技術だ」
 
「なるほど。息子は天才だって、そう言えばジジイが自慢してたな」
 
 星弥と皓矢の父。蕾生は前に見かけた写真立ての人物を思い出した。それは以前同様に奥の棚にひっそりと飾られている。あの時、永は「よく知らない」と言っていたけれど、まだ蕾生が鵺化の事実を知る前だったので余計な情報は黙っていたんだろうと蕾生は心の中で結論付けた。
 
「ああ、君達は父にも会っているんだね。父は銀騎(しらき)が始まって以来の超天才陰陽師だった。同時にお祖父様から科学者としても育てられたハイブリッドな人だったんだよ」
 
「──お前もそうなんだろ?」
 
 永が意地悪く言うと、皓矢は自嘲するように笑っていた。
 
「どうかな。確かに銀騎の次期当主ではあるけど、能力はごく普通で父には遠く及ばないし、科学者としてもお祖父様の足元にも……」
 
 その皓矢の言葉は蕾生には謙遜としかとれなかった。自分も永も手玉にとってみせた能力がありながら、遠く及ばないなどと言わせる程の実力をその父親は持っていたことになる。
 そんな相手と対峙したのならば、前回はどれだけ壮絶なことが起こったのだろう。永が詳しく言いたがらないのはそこに理由があるかもしれないと蕾生は思った。
 
「ようするにどうなんだよ?銀騎さんの容体をお前はわかってるのか?それとも超天才の親父が作った術式なんて理解できないって言いたいのか?」
 
 皓矢の説明に回りくどさを感じた永は少し苛立って結論を急く。
 
「どちらかと言えば、後者かな。父の術式は精巧かつ複雑で、父でないと全てを理解するのは不可能だろうね」
 
「そんなんで大丈夫なのか?」
 
 鈴心に聞いていた印象とは逆に自信無さげな皓矢に、蕾生も思わず口を挟む。
 
「天才に凡人が報いるためには試行錯誤を繰り返すしかない。そのために君達を連れてきてもらったんだ」
 
「具体的にはどのような処置をお考えなんです?」
 
 鈴心の問いに、皓矢は視線を蕾生に定めて言った。
 
「僕が考えているのは、共鳴だ。先日、蕾生くんが(ぬえ)化する運命を聞かされて、一瞬だけど我を失ったことがあったよね?」
 
「ああ……」
 
「だけど、星弥がかけた言葉を聞いて君は冷静を取り戻した──様に僕には見えたのだけど」
 
「──よくわかんね。あの時は頭が真っ白だったから」
 
 実は蕾生もそう思っているのだが、なんとなく肯定するのが気恥ずかしくてはぐらかしてしまった。
 そんな蕾生の気持ちもわかっているのか、皓矢はそれを前提においた説明を始める。
 
「あの時、星弥と君のキクレー因子が共鳴したんじゃないかと僕は考えている。キクレー因子同士がリンクすることでお互いを正常に戻す作用があるのではないかと思うんだ」
 
「……」
 
 永はそれまでツチノコ特有のものだと思っていたキクレー因子の真実がどんどん示されていくので、知識を更新するべく考え込んでいる。
 
「さらに言うと、蕾生くんが我を失った時、永くんと鈴心も君に縋りついてなんとか鵺化させないようにしていたよね。あれも同様の効果を本能的に君達が行ったんだと僕はみている」
 
「なるほど……」
 
 キクレー因子に関しては永より基礎知識がある鈴心は納得して頷いた。
 
「キクレー因子には恐らく正負両方の作用がある。因子保有者の永くん、鈴心、星弥が君を止めようとしたから君は止まることができた」
 
「つまり、私達が星弥に戻って欲しいと願えばいい、ということですか?」
 
 鈴心の少し希望を持った問いかけに、永はまったをかけるように懐疑的な意見を示す。
 
「そうは言っても、念じるだけで戻るとは思えないな。僕らはこれまでキクレー因子のことなんて気にしたことなんかないし、あんた達みたいな不思議な力はないけど?」
 
「ははっ、目に見える力だけが全てではないよ。君達は充分に不思議な力を持ってる。ただ、その使い方を知らないだけだ。今回は僕がそれを引き出して使わせてもらう」
 
 そう言われて永は複雑な顔をした。皓矢に自分の中の何かを委ねることに抵抗があるのだ。
 
「俺達は何をすればいいんだ?」
 
 蕾生が聞くと、皓矢は簡潔に答えた。
 
「星弥に触れて、あの子を想ってくれればいい。その道筋は僕が示す」
 
「──わかった」
 
 蕾生が大きく頷くと、永は慌て出した。
 
「ちょっと、ライくん、即答なの?」
 
「だって銀騎を助けるためにここに来たんだろ?」
 
 蕾生らしい単純思考なのだが、永はぶつぶつ文句を呟く。
 
「そうだけどさ、もっとこう取引をさあ、せっかく恩に着せられるチャンスがさあ……」
 
「そんな駆け引きやってるヒマなんかないだろ。早く処置しないと、悪化したらどうするんだよ」
 
 完全に蕾生の方が正論だったので、余計な損得を考えていた永はため息混じりに渋々頷いた。
 
「わかったよ、じゃあ銀騎さんが無事に目を覚ましたらうんと恩着せてやろうっと」
 
「ありがとう。君達の好意に感謝するよ」
 
 やっと皓矢は心から微笑んだ。そのまま一同は二階に上がり、星弥の部屋を目指した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

唯 蕾生 (ただ らいお)


15歳。高校一年生

人よりも強い力と大きな身体がコンプレックス

幼馴染の永に頼りきって生活している


英治親の郎党・雷郷(らいごう)が転生した姿


周防 永 (すおう はるか)


15歳。高校一年生

蕾生の幼馴染。UMAや都市伝説が好きなオカルトマニア


900年前の武将・英治親(はなぶさ はるちか)の転生した姿


御堂 鈴心 (みどう すずね)


13歳。高校一年生(飛び級)

銀騎研究所で蕾生達が出会った正体不明の少女

銀騎星弥の家に住んでいる。銀騎家の分家出身


英治親の郎党・リンの転生した姿


銀騎 星弥 (しらき せいや)


16歳。高校一年生

銀騎研究所所長・銀騎詮充郎の孫娘

同学年の中では目立つ存在で生徒からも教師からも信頼が厚い


銀騎 皓矢 (しらき こうや)


28歳。銀騎研究所副所長

銀騎詮充郎の孫で、陰陽師一族・銀騎家の次期当主

表向きは銀騎研究所にてバイオテクノロジーの研究を行う科学者


銀騎 詮充郎 (しらき せんじゅうろう)


74歳。銀騎研究所所長

高明な陰陽師一族の銀騎家の現当主。ただ本人に陰陽師としての能力はない

表向きは生物学博士(特にツチノコ研究)

約30年前に長らくUMAだと思われていたツチノコを発見し、その生態を研究した後、新種の生物として登録することに成功した


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み