2-7 解釈違い

文字数 2,949文字

 蕾生(らいお)の叫びが空しく響いた後の部屋には重い空気感が漂っている。

 星弥(せいや)(はるか)と蕾生を交互に見るけれど、どう声をかけていいのかさっぱりわからなかった。
 かたや肩を落として力無く座っている者と、かたや立ち尽くしたまま世界を滅ぼしかねない程怒っている者。どちらの気持ちを思っても、何を言っても軽々しいものになりそうで。

 仕方なく星弥はすっかり存在を忘れていたお茶のセットに手を伸ばし、淹れはじめた。
 
「えっと……、もう少し事情を聞いても?」
 
 温かく湯気の出た紅茶を携えてテーブルにそれぞれ並べた後、切り出した星弥に蕾生は少しバツが悪そうに謝った。
 
「──ああ、悪かった。騒いじまって」
 
「ううん、いいの。それに、すずちゃんの方が一方的で悪かったよう……な?」
 
 星弥の言葉に蕾生は少し驚いた。今までの態度からすれば鈴心(すずね)側に立って言いそうなものなのに、こちら側にも一定の理解を示してくれるとは。
 
「いや、悪いとかじゃないと思う」
 
「そうなの?」
 
 ならば、と蕾生は星弥にあらましを教えてみてもいいかもしれないと思った。今、永はその判断ができないから。
 
「俺達三人は、(ぬえ)の呪いってやつでずっと昔から転生を繰り返しているらしい」
 
「らしいって?」
 
 星弥の言葉尻を捉えた質問は的確で、もともと説明することが苦手な蕾生は無意識に頭を掻いた。
 
「俺は呪いが一番濃いみたいで、記憶がねえんだ。だから、俺も知ったのは最近で」
 
「そう……」
 
「永の方はずっと──最初に呪いを受けた時からの記憶があるし、鈴心もそうらしい」
 
「すずちゃんも?」
 
 言いながら、自分がわかっている情報を整理しようとするが整理するほどの引き出しがなくて、蕾生は情けなくなってきた。
 
「永と鈴心は鵺の呪いを解こうとして転生を繰り返してる。──俺は覚えてないから過去に何をしてきたのかわからねえ」
 
「そうなんだ……」
 
「鈴心は昔からリンって呼ばれてて、毎回俺達のところに十五ぐらいでやってきて、呪いを解くために動いてたっぽい……」
 
「ああ、それで「なんで若いんだ」って言ってたんだね?すずちゃんはまだ十三歳だもん」
 
「まあ、そうだ。──で、えーっと……、あー……」
 
 引き出しの中身が尽きた。頭の中のタンスは蹴っ飛ばしてもひっくり返しても、もう何も出てこない。

  
「おい、永!いつまで落ち込んでんだ!俺じゃ、これ以上はわかんねえぞ!!」
 
 蕾生が癇癪をぶつけると、それまで落ち込んでいたはずの永は肩を震わせて笑いをこらえていた。
 
「はあー、ライくんの理解度がこんなもんだとはねえ……」
 
「お前がほとんど教えてくんねえからだろ!」
 
 蕾生が喚くと、永は顔を上げて見せる。そこにはいつも通りの人を食ったような表情の永がいた。
 永はうんと伸びをして座り直し、すっきりした顔で笑った。
 
「──よし!落ち込むのやめ!ありがと、ライくんが場を繋いでくれたおかげで冷静になれた」
 
「お、おう……。で、これからどうするんだ?」
 
「リンのことは絶対にあきらめない。あいつは何かを隠してる」
 
 永はブレていなかった。それでこそだ、と蕾生も安心した。
 
「──だろうな」
 
 まだこれからだ。二人の間にはまだ諦めるという選択肢はない。希望はあると信じて頷き合う。

  
「あの、もう少し詳しく教えてくれない?すずちゃん、とっても辛そうだったの。このままじゃいけないと思う」
 
 星弥の言葉に、永は視線を移して真剣な顔をして言う。
 
「うん、できれば銀騎(しらき)さんにも協力して欲しいんだけど、僕らの事情を話す前に言っておかないといけないことがある」
 
「?」
 
「僕らはいずれ銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)の敵になる」
 
「──!」
 
 その永の宣言に、星弥は肩が震える程に驚き、困惑の表情を向ける。蕾生にも突然そのことが現実味を帯びてきて緊張が走った。
 
「リン──鈴心が僕ら側につけばもちろん彼女も君の家族の敵だ」
 
「お祖父様も、関係があるの?」
 
「あるなんてもんじゃない。元々、銀騎の家とは因縁があるんだ。詮充郎は中でも一番タチが悪い。前回も酷い目に合わされてね」
 
 朗々と語ってみせる永の言葉を星弥は少し眉を顰めて聞いていた。
 
「そんな因縁の相手の家にリンが転生してるなんて出来すぎてると思わない?」
 
「お祖父様が、何かをしたってこと?」
 
「まあね。あのジジィの性格からしたら、僕はそれを確信してる。多分、君よりも僕は銀騎詮充郎という男を理解している」
 
「……」
 
 口数の少なくなった星弥を追い詰めるように永はたたみかけた。
 
「どうする?お祖父様の敵に手を貸す覚悟が君にあるならその先のことを話す」
 
「永!そんな言い方──」
 
 さすがに言い過ぎだと蕾生は思った。女子相手に容赦がなさすぎる。けれどそんな蕾生を手で制して永は続けた。
 
「鈴心を救いたかったら、僕らに協力するしかないよ?」

  
 挑戦的な永の物言いに、星弥は少しだけ考えた後口を開いた。
 
「──周防(すおう)くんは、お祖父様かすずちゃんか選べってわたしに言ってるのね」
 
「そう。君が鈴心を大切に思ってるのは伝わってるからね」
 
「それは周防くんもでしょ?すずちゃんがどうしても必要だからわたしを脅すみたいな言い方をしてる」
 
「うん?」
 
 相手が引く態度を見せないので、永は小首を傾げた。星弥は真っ直ぐに永を見て言う。
 
「わたしが協力しないと、すずちゃんともう一度会うなんてできないよ?ましてや説得なんて」
 
「えーっと……」
 
 永は急に目を泳がせ始める。そこへとどめの一言をにこやかに星弥が放つ。
 
「お願いするべきなのは周防くんの方だよね?」
 
「……」
 
 言葉のない永に、星弥はにっこり笑った顔のまま、首を傾けて降参を促した。
 
「──やっぱり、君は苦手だなあ」
 
 永が言い負かされたのを初めて見た蕾生は思わず口を開けて二人を見比べてしまった。両者ともニコニコ笑いながら恐ろしい雰囲気で会話を続ける。
 
「僕が頭を下げたら君は協力してくれるのかな?」
 
「頭を下げる必要はないけど、わたしって頼まれたら断れない人みたいだから」
 
「──なるほど。僕は君の人となりを間違えて解釈してたみたいだ」
 
 こういうのを狐と狸のばかし合いと言うのか、それとも敵対する大臣同士の腹の探り合いとでも言おうか、どちらにしても蕾生にとっては高次元の会話がなされていた。
 
「参ったな、もっと直感を信じれば良かった」
 
「そうかもね」
 
 顔は笑っているが目が笑っていない同士、にこやかな攻防の後に永が折れた。
 
「わかった。まずは君に事情を話す。その後君が選ぶといい。協力するか、──詮充郎につきだすか」
 
「いいのか?永」
 
 万が一の事を考えて蕾生が尋ねると、永は両手を軽く掲げて降参のポーズでおどけて見せる。
 
「まあ、大博打ではある。けど、これくらいの賭けには勝てないとね」
 
 永と蕾生の心が決まったのを見定めて、星弥はにっこり笑って言った。それは勝利宣言と言ってもいい。
 
「お話長くなるよね?お茶、入れ直すね」
 
 そうして、今度はカモミールティーが入れられる。蕾生は初めてだったが一口飲むと気分が落ち着くようだった。
 
 永が少し勿体ぶりながら口を開く。九百年前の自分──(はなぶさ)治親(はるちか)の伝記が滔々と語られた。
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登場人物紹介

唯 蕾生 (ただ らいお)


15歳。高校一年生

人よりも強い力と大きな身体がコンプレックス

幼馴染の永に頼りきって生活している


英治親の郎党・雷郷(らいごう)が転生した姿


周防 永 (すおう はるか)


15歳。高校一年生

蕾生の幼馴染。UMAや都市伝説が好きなオカルトマニア


900年前の武将・英治親(はなぶさ はるちか)の転生した姿


御堂 鈴心 (みどう すずね)


13歳。高校一年生(飛び級)

銀騎研究所で蕾生達が出会った正体不明の少女

銀騎星弥の家に住んでいる。銀騎家の分家出身


英治親の郎党・リンの転生した姿


銀騎 星弥 (しらき せいや)


16歳。高校一年生

銀騎研究所所長・銀騎詮充郎の孫娘

同学年の中では目立つ存在で生徒からも教師からも信頼が厚い


銀騎 皓矢 (しらき こうや)


28歳。銀騎研究所副所長

銀騎詮充郎の孫で、陰陽師一族・銀騎家の次期当主

表向きは銀騎研究所にてバイオテクノロジーの研究を行う科学者


銀騎 詮充郎 (しらき せんじゅうろう)


74歳。銀騎研究所所長

高明な陰陽師一族の銀騎家の現当主。ただ本人に陰陽師としての能力はない

表向きは生物学博士(特にツチノコ研究)

約30年前に長らくUMAだと思われていたツチノコを発見し、その生態を研究した後、新種の生物として登録することに成功した


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