第13話 麗しのチャイナ娘

文字数 2,671文字

 美術品を登坂保険に預けると俺はそのまま長崎に飛んだ。
 下手な近場に電車で行くより早く長崎空港に到着し、日帰りのつもりでトランクなど無い手ぶらの俺は手荷物所をスルーしてロビーに出る。
 ロビーには流行のインバンドなのか日本人より外国人の姿の方が多い。遠い国から羨ましいことで、俺も海外の美術館を飛び回れるような身分になりたいものだ。
 長崎まではリムジンバスを利用するつもりなので停留場に向かおうとしたところで、俺の前に二人の人物が表れた。
 今日はよく行く手を立ち塞がれる日だ。それでも先程のお嬢様よりはよほど親しみが持てる相手。
 水色のチャイナ服にお団子頭にしたサービス精神旺盛な見るからに元気そうな少女と鎧のようなスーツに身を固めた寡黙な男。
「にーはお、御簾神」
「ニーハオ、遙。それと、郷さん」
 遙の可愛い笑顔にうっかり気を緩めた男は尻毛まで毟り取られてしまうことになる。遙は可愛かろうが根っからの商売人、俺は気を引き締めつつ軽い挨拶を返す。
 そもそも俺はこの便で来るなど連絡していない。どんな手を使ったか、それとも朝からずっと待っていたとか?
 どちらにしても怖い怖い。
「迎えに来てくれるとは嬉しいな」
 内心の想いなどおくびにも出さないように笑顔で言う。
「このくらいサービスね。
 さあ行きましょう」
 遙も俺の内心に気付いているんだろうにそんなことおくびにも出さない笑顔で言う。そして笑顔のままに遙はさっと俺と腕を組むが、ここで下手に鼻の下を伸ばせば長崎湾に浮かぶことになる。
 平 遙。マレーシアに本拠地を置き活躍する華僑組織のドンの三女。ドンは娘を愛しているが甘やかしはしない。将来の幹部として成長させるために早くも長崎中華街にある拠点を任せている。それでいて目に入れても痛くないほど可愛い娘に何かあってはならぬと護衛に付けたのが郷。元はフリーの暗殺者らしいが大金を積んで雇ったらしい。郷相手にまともに戦えば俺では逃亡一択になるだろう。
 精々この男の気に触らないように気を付けないとな。
 
 郷の運転で長崎中華街には寄らず港まで直接向かうことになった。俺と遙は後部座席に乗り車は出発する。
 待ち合わせの時間まで長崎廻りでもして掘り出し物が無いか探したかった。まあここで観光がしたいと駄々をこねるほど俺も子供じゃ無い。仕事とプライベートはこれでも弁えている。お仕事お仕事。
 帰りに見て回る時間あるかな。
「しかしどういう風の吹き回しだ?」
「何が?」
「今回に限って迎えに来てくれるなんてな」
 何度か取引をしたがこんな事は今回が初めてだ。どんな手を使ったかしらないが、それなりに金と手間が掛かっているはず。
 遙は商人、無駄な投資はしない。
「勿論サービスある。大事なお客様にサービスするのは当然ね」
「本当にそれだけか?」
 ニコニコ答える遙に俺はもう一押しだけしてみる。
「勿論、愛しい人に1秒でも早く会いたかったね」
 遙は俺の不審など有耶無耶にしてやろうとばかりに年の割にはある胸を俺の腕に押しつけてくる。
 これはこれで中々。
「可愛い奴め」
 俺は俺で鼻の下を伸ばして遙を抱き寄せれば、バックミラー越しに目付きが険しくなる郷が見える。
 それでも何も言ってこないことで何かあることを察してしまうが、まあ簡単に何かを掴ませるような相手じゃ無いか。
 俺をわざわざ向かえに来る理由。
 知らないうちに俺はドンの不興を買っていたとか? そして人目に余り触れないようにして山奥に連れ去って人知れず始末する。
 だが車は人気が無い山奥どころかちゃんと海に向かっているようで潮風が香りだした。
 魚の餌か? と猜疑心を膨らませてもしょうが無いが油断はしないようしないとな。
 彼方の青い水平線が見え眼下に港が見えてくる。
 港には漁船から貨物船まで大小様々な船が出入りをする賑わいを見せている。その中の平家が所有する港湾の区画に程なく辿り着き車を降りる。
 荷下ろしなどで忙しそうには働く労働者に混じってさり気なくこの区画を警備する者がさり気なく混じっている。
「あっちね。お仲間さんは先に着いてて時間を持て余してるね」
 遙が指し示すのは入口に警備員が立つ小型から中型船の補修メンテが出来る屋根付きのドックだった。
 こんなドッグまで所有し台湾東南アジア日本と所狭しと裏に表に活躍する華僑組織。 出来れば不興を買って敵に回したくは無いな。寧ろ本気で遙を落としてその一員になれば、その財力武力組織力を使い今の俺じゃ手が出せない美術品だって手に入るかも。
 まっその時にはビルの屋上ぐらいじゃ落としきれないくらい俺の魂が錆び付いているだろうな。
 遙に案内されて警備員をパスしてドックに入れば強盗団から俺が奪った船が鎮座していた。
「おっ時間より早いな」
 船の傍で馬乗がスマフォ片手に珈琲を飲んで寛いでいた。
「色々あってな。お前は無事届けてくれたな」
「当たり前、俺はプロだぜ」
 ここでこの時間にこの船を俺に引き渡すまでが馬乗の仕事。その為に馬乗にはあの夜から時間を掛けてここの港のドックまで船を操船して貰った。
 何でこんな手間を掛けているかと言えば、苦い経験からさ。
 その昔俺がまだ駆け出しの頃奪った船を手っ取り早く近場で売り払ったことがあるが、その時にはあっさりと足が付いて悪党共ともう一戦交える嵌めになった。
 あれはもう思い出したくない、互いに毛根一本すら残さない報復合戦。それを思えば時間を掛けて長崎まで運んで貰った方が金は掛かってもめんどくさくない。
「どうだ、新品で購入すれば1000以上はする船だ」
「そうね、確かにいい船ね」
 俺の商品をセールする声など聞き流し船を見る遙の顔は厳しかった。
「じゃあ二人は寛いでいて、その間に私が船の鑑定を済ませるね」
「頼む」
 遙は一瞬見せた厳しい顔を笑顔に変えて舷梯を渡って船に乗り込んでいく。
 これも商人になるための修行だそうで長崎の拠点に持ち込まれた品の鑑定は遙が行う。組織のドンは出来た人間のようで愛娘だと甘やかすだけでなく、色々とこんな裏の仕事までやらせてみっちりと仕込んでいる。そうとも知らず遙の愛嬌に侮って挑んだ者は悉く痛い目に合っている。
 まっおれはそんなに甘い男じゃ無いがな。
 俺は馬乗に同席してお茶を啜りつつ優雅に読書と洒落込む。
 読むのは新進気鋭作家の詩集。
 意外だろうが俺は感性を磨くことを怠らない。
 
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