第15話 再開脅迫交渉

文字数 3,666文字

 長崎からとんぼ返りした翌日俺は槇村と共に竹川邸に訪れていた。
 俺は保険の話には必要ないが、高額の美術品の輸送なので護衛を兼ねている。そういった意味で今回の車は見た目はワゴンだが中身は現金輸送車並みに改造が施されている。 武装こそされてないが厚い装甲に防弾ガラスに防弾タイヤ、戦場でだって駆け巡れる。まあ燃費は最悪だけどな。
 美術品を取り返した功労者は俺だが奥床しい俺はそんなことおくびにも出さず槇村の助手に徹して美術品をコレクションルームに黙々と運び入れていく。
「では外に出て待っています」
「お願いします」
 折り目正しく槇村に接する俺は竹川から見れば出来る部下にしか見えないだろうな。
 癪ではあるが、ここで美術品を取り返したのは俺だと暴露し喝采を浴び報酬を貰うのは一時的にはいいが、果てしない神への道を歩み続ける長い目で見ればそれは良くない。
 目立てば色々な奴に目を付けられる。
 まあヒーローとして正体を隠すのも美学さ。
 正体を明かさないなら、ここからの竹川とのやり取りは保険屋の領分、俺がいたってしょうが無いというか聞いてはいけない話なので槇村に任せて退出することにする。
 コレクションルームから退出してドアの所で番犬の如く立っていると、あの竜乃宮という少年がお盆にお茶を載せてやってくるのが見えた。
「お茶を持ってきたのですが、ドアを開けて貰えますか?」
「残念ながら今は立ち入り禁止だ。

 当然盗み聞きも禁止だ」
「どういう意味ですか?」
 俺の一呼吸置いて抜き放たれた剣呑な台詞に竜乃宮は訝しげな顔をする。
「まだいるとは思わなかった。可愛い顔に似合わず図太い根性だな」
 俺は竜乃宮の真正面一足一刀の間合いに立つ。
「何を言っているのですか?」
 俺の可愛い発言に少しムッとしたように答える。
「夜の船上でやり合った仲じゃ無いか、なあ白童子」
 白を切るというより本当に俺のことなど知らないであろう竜乃宮に俺は知られてない自分の正体をわざわざ教えるような馬鹿なマネをする。
 だが正体がばれてもいい。てっきりとっくに逃亡していると思っていた白童子に再会できたチャンス、どんなリスクを払っても掴み取る。
「なんの・・・」
 惚けようとした竜乃宮に俺は本気の前蹴りを放つ。
「ふっ、あなたこそよく僕の前に出てくる勇気がありましたね」
 槍のように真っ直ぐ鋭く竜乃宮に伸びていく俺の蹴りを竜乃宮はお盆を持ったままに飛び上がって躱し、お茶を一滴も零すこと無く着地をする。
 ここで腹に一発喰らっていれば誤魔化せたどころか俺を社会的に抹殺できただろうに、鍛え上げた体が俺の本気の殺気に反応してしまったんだろうな。
 まだまだ青い。
 故に付け込める。
「勇気も何も俺の方が強かったじゃ無いか」
「言ってくれますね。
 それでわざわざ正体を晒して何か僕に用ですか?」
 竜乃宮は床にお盆を置いて慎重に俺の間合いを外しながら尋ねる。
「お前の狙いはあの勾玉だったんだろ」
「さあどうでしょうか」
「あの勾玉の持ち主は誰なんだ?」
 竜乃宮が惚けようが俺は構わず質問を重ねていく。
 勾玉は登坂保険から貰ったリストになかった以上、それ以外の3件の誰かということになるが、いちいち探りを入れるのもめんどくさいので知っているであろう此奴に聞くのが手っ取り早い。
「そんなこと聞いてどうするんですか?」
 この質問は気になったらしく竜乃宮の方から逆質問が来る。
「直接会ってまずは返却したい」
「意図が分かりませんが僕に渡せば持ち主に返却しますよ」
 良く言うぜ、お前だって狙っていただろうに。
 竜乃宮はそんなことおくびにも出さず誠実そうな少年の顔で言う。
「俺が直接だ」
「直接会って、報酬でも貰うつもりですか?」
 竜乃宮が俺を侮蔑したように言う。
「買い取り交渉をしたい」
「買い取り交渉?」
「そのままの意味だ、俺は勾玉を買い取りたい」
「分かりませんね。だったらそのまま猫糞したらどうですか?」
「それじゃ泥棒だろ」
「はあ?」
 竜乃宮の端正な顔が面白いほど崩れる。
「言っただろ俺は正義のヒーローなんだぜ。
 それに不正で手に入れた瞬間美術品が穢される」
 神威が込められた美術品を人間如き悪意で穢してはならない。
「何処までも巫山戯た人ですね」
「その上でお前の主にも会いたいんだが」
「!」
「お前に勾玉を探すように命じた奴がいるんだろ?」
「これは僕が・・・」
「そういうのはいい。
 お前が優れていることは認めるが、まだ高校生くらいだろ? 竹川とかの家に潜り込ませて貰うには、それなりの紹介がいる。
 お前じゃまだそういう手筈を整えられないだろ」
 長年の実績から築き上げた人脈というのは幾ら本人が優秀でも早々手にはいるものじゃない。
「会って何がしたいのですか?」
「勿論勾玉について話を付けたい」
 実際問題盗まれた持ち主との話が付けば竜乃宮の主が本来の持ち主であろうと話し合う義理はないんだが、付け纏われるのも面倒だ。
 背後にどんな組織がいるか知らないが、あれで諦めるということはないだろう。どうせ俺のことは今現在探している最中だろう。
「それでどうなんだ?
 お前達にとっても悪い話じゃ無いだろ」
 マスクをしていた上に人が砂粒のようにいる都会だ、俺が言い出さなければ見付けられなかったと思うのは油断しすぎか?
 こうして竹川氏の美術品が返ってきたんだ。その線から探れば時間が掛かっても俺に辿り着いただろう。その際には槇村に迷惑が掛かったかもな。そうだとすると槇村にカシ一つか。
 それに勾玉をより感じるためにこれが何なのか由来などを知りたい。
 何より美術品とは誰にも邪魔されずに静かに対話したい。
「そうですね。
 僕としてもあなたを探す手間が省けたわけですが」
 竜乃宮はここで意味ありげに一呼吸置く。
「会わせる義理がありますかね?
 正体が分かったのは此方も同じあなたから奪えば済む話じゃ無いですか?」
「可愛い顔して脳筋なんだな」
「何とでも言ってください。
 でもこれが一番シンプルでいいと思いません?」
「そうかな、だったら俺もシンプルに脅すとするか」
「脅す? 僕をですか? どうやって?」
「お前の正体をバラす」
「それは此方の台詞ですよ。僕だってあなたの正体を知っているんですよ」
「お互い正体をばらしたとして、失うものはどちらが大きいかな?」
「あなたじゃ無いんですか?
 社会人なんでしょ、仕事失いますよ」
 まあ社会人と未成年、普通ならな。
「独身、自営業、パーフェクトフリーの俺が何を失うことを恐れる?
 俺は俺が自分に失望しない限り無敵だぜ。
 お前こそ、ここのバイトは兎も角、今行っている学校を辞めることになるぜ。
 友達、いるか知らないが恋人ともお別れ、暗い青春になるぜ」
 大人に社会的地位があるなら未成年には青春がある。
 秤を掛ければどちらが重いかは人次第。
「なかなか嫌らしい手を使いますね」
「俺だって使わないで済むなら使いたくないさ。
 別にいいだろ、お前の主に会わせてくれるだけで正体もばれないで済む。場合によっては勾玉も戻ってくるかも知れないぜ。
 いいことだらけじゃ無いか」
 静寂。
 言葉は流れない。
 だが互いに動かない所で激しく動く。
 相手の呼吸を読んで、間の読み合い。
 自分の地位と取引内容によるリスクとリターンの検討。
 ディールするかスレンダーか。
 ここで一瞬でも気を抜けば、俺がこの場から消されても可笑しくない。
「少し時間をください。上と相談します」
 竜乃宮は暫し黙考した後サラリーマンのような提案してきた。
 取り敢えず竜乃宮にとってはこの取引検討するに価すると思ったようだ。
「宮仕えは辛いな。
 三日だ。三日後に連絡をくれ」
 俺は胸ポケットからさっと流れるように名刺を出して竜乃宮に突きつける。
 決まった格好いい。
 いい大人がと思うが、ここで格好良く決めることで雰囲気を呑み込み流れを引き寄せられる。
 やはり美は強い。
 竜乃宮は素直にメールアドレスだけが書かれた名刺を受け取った。
「僕としては今すぐ返却することをお勧めしますよ。今返すならあなたのことは上には黙っていることを誓います」
 まあ上が俺と会うどころか、正体が分かったと一気に決着を付ける可能性もなきにしもあらずというか、その方が可能性は高い。
 なんせ脳筋少年の上司だからな~。
 だが、それならそれでもいい。
 俺にとって一番嫌な手は影に潜まれること、派手に動いてくれるならそれだけ情報が手に入る。
「それじゃ意味が無いんだよ」
 安心安全が良ければ、こんな生き方していた無い。
「忠告はしましたよ」
 竜乃宮の雰囲気から俺を揶揄したり脅したわけで無く、本当に親切から忠告してくれたようだな。
「いい返事を待っているよ」

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