第10話 廃村

文字数 3,147文字

 その後何事も無く水路から東京湾に出るといっきに暗くなり、水上に船のライトが人魂のように揺らめいている。
 こんな時間でも東京湾には船はそこそこ運航している。油断すれば衝突事故を起こす。折角地下に埋もれしまう美術品を救い出したというのに海の底に沈めるなんて洒落にならない。俺はレーダーに気を気を下りつつ水面にも細心の注意を払って操船していく。
 進むにつれて船の光はドンドンまばらになって消えていき、闇が支配してくる。
 衝突の危険が下がり気が抜けるかと言えば、ここからが本番とも言える。周りの光が消えるということはライトを付けるこの船が目立つということ。
 事前に選定しておいた海保のパトロール航路や漁場を避ける航路に舵を切り、海保に見つかるのを避ける為に船のライトを消す。
 もう相手からは見付けて貰えない、事故回避は完全に俺の責任。
 俺がこれから向かうのは伊豆半島の人口減少で廃村となった漁港。電気やガス水道はとっくに止まり携帯電話すら通じない。だが漁港の桟橋は健在で秘密の荷下ろしには十分使える。
 墨壽のように黒く染まった海の上を一人船を操舵していく。
 陸地ではめっきり少なくなったが夜の海の上は未だ神秘の領域。海の底から今にも半漁人が襲い掛かってきても不思議じゃ無い。
 そして半漁人に襲われるのなら俺は大歓迎だ。
 今にも海から腕がにゅっと表れ船縁を掴み、よじ登ってくる半漁人。抵抗虚しく俺は半漁人に捕らえられ海底神殿に連れて行かれる。
 海の神が住むという竜宮城、魂の帰る場所ニライカナイ。
 海の底には常に浪漫と神秘が眠っている。
 などと妄想をしている内に灯台の光が見えてきた。
 妄想に耽っている場合じゃ無い。
 舵を切り陸地に船の針路を向け、海保のパトロールに見つかってたまるかと海上の光に細心の注意を払いつつ船を進めていく。
 密輸船と間違えられたら心外だからな。密輸どころか密輸を防いで日本の宝の流出を防いだヒーローだというのに捕まれば牢獄行き。
 まっヒーローは理解されず官権とは相容れない存在なのがいいんだけどな。官権と協力するヒーローなんてヒーローじゃ無い。ヒーローは法では守れないものを守る為に法を踏み越えてこそ魅力が輝くってね。
 などと考えている内に前方に世界からすっぽり切り取られたような闇が見えてきた。
 廃村となった村の港などで当然誘導灯などの明かりは一切無く、星空も山影に呑まれてしまっている。
 光が全くないが故に目標になるなんて皮肉だな。
 普通なら暗礁を恐れて近寄りたくは無いだろうが、ヤングなお兄さんの俺には当然の如く時代の最先端を行く秘密兵器が用意してある。
 別にナメアや白童子に言われたことを気にしているわけじゃ無い、客観的に見てもおにーさんで十分通用する年齢だ。
 話が逸れたが俺はリュックからナイトビジョンを取り出し装着する。とある華僑の商人から手に入れた軍事品だ、値段は張ったが性能は抜群。僅かな星明かりでまるで昼間のように見える。
 昼間のように明るくなった視界で見える崩れかかった桟橋に船を着ける。 
 碇を降ろし舫い縄で船を繋ぎ舷梯を降ろす。
「ふう~第二フェーズ終了」
 ここまでやってやっと一息付ける。
 この後は暫くは待ちだ。何事も無く第三フェーズが終了することを祈りつつ俺は船のキッチンに下りていった。
 気を抜くには早いかも知れないが気を張りっぱなしでもいられない。適度に気は緩めないとな。
 強盗団とて人間、長い航海を何も食べないわけにはいかない。キッチンには皿や鍋薬缶などが揃っていた。
 よしよし、流石に皿や鍋薬缶をリュックに入れて戦闘をするわけには行かないからな。俺はリュックから切り札であるレトルトパックの御飯と新発売のレトルトカレーを出す。
 御飯のグレードは極上、やはりカレーに御飯は命、まずい御飯じゃ上手くないからな。
 そして自分へのご褒美であるカレーは新作の極上カレー極。くどい気もしなくは無いがこれでもかと格上を主張する度胸が気に入って選んだ。
 さてさて楽しみだ。
 
「ふんふ~ん」
 俺は出来上がったカレーライスを片手に甲板に上がる。
 どうせ喰うなら狭い船室より外だよな。
「うまい。当たりだな」
 井の中の蛙大海を知らず、されど果て無き闇を知る。
 今この世界には俺しかいない、誰も俺を認識しない。まるで世界を支配した神の気分だな。
 闇に包まれ独りきりで喰うカレーライスは最高の味がした。

 食事を終え待つこと十数分、波の音しか響かない寒村に道を踏むタイヤの音が響いてくる。
 音の方に目を向ければだんだんと光量が増してくるライトが見える。
 敵か味方か?
 敵ならば直ぐさま舫い縄を切って碇を上げて出航しなければならない。
 やがて闇を切り裂き見知ったワゴン車が姿を現した。ワゴン車はそのまま桟橋にあがりこちらに近付いてくる。
 相変わらず時間通りだな。
 基本一人で計画を立て実行する俺だが情報収集など完全に隠蔽は出来ない。どこかで嗅ぎ付けた無法者が獲物を奪いにここに来る可能性もあった。だがその心配は杞憂で終わってくれたようだ。
 ワゴンは船の横で止まり運転席から一人の男が降りて来る。
「どうやら無駄な仕事をしないで済んだようだな」
 降りる早々憎まれ口を叩く青年は20代で躰付きは狼のように精悍でいて顔は何処か愛嬌を残していて憎めない。それがいいと羨ましいことに女にはもてる。
 馬乗 雷渡、元自衛官で戦闘機からトラックまであらゆるマシンを操る一流の運び屋。
 船旅もいいが船ではいつまで経っても陸に上がれない。だから俺は美術品を載せ替え運搬するための車を彼を雇いここまで運んできて貰ったのだ。
 予めここに車を隠しておく手もあるが、廃村に車を隠したとして帰りの足が無い。それに出来るだけ目立つ行動は避けるべきである。
 まあ金は掛かるがこの後のトラブルを避けられると思えば結局これが一番安上がり。それに馬乗の仕事は車を運ぶだけじゃ無い。
「余計な心配だ、俺がしくじるわけ無いだろ」
「それじゃあ、ちゃっちゃと仕事するか」
「ああ」
 これから行うのは知恵も技も必要ない純然たる単純力仕事、それでもミスれば至宝の芸術が海に沈む。細心の注意が必要とされる。俺と馬乗は慎重に美術品を船から車に移し替えていく。
 かれこれ作業を始め30分も経った頃にはワゴン車に荷物を積み終えた。
「じゃあ、俺はこの船を例の場所に運ぶ」
「ああ燃料と食料は十分のようだったぞ」
「まあ足りなくなったら途中で適当に補給するさ」
 まあどっかの島の港にでも寄るのだろう。
 伊達に一流の運び屋のプロじゃ無い。馬乗には日本各地に補給するツテがある。そんなこともあの人に好かれる愛嬌合ってのこと、俺には逆立ちしても出来ない。
「頼む」
 彼の仕事はここで終わりじゃ無い。ここの港はこれからも使用していきたい。このぶんどった船をここに停泊しておいて目を付けられるわけにはいかないし、何よりこれだけの船しかるべく処分すればいい金になる。
 今回の仕事も色々出費は重なっている。ありがたく補填させて貰う。
「はてさて今度の恋人の乗り心地はどんなものかな」
 馬乗は心の底から嬉しそうな顔をして言う。
 馬乗は根っからのマシン好きでどんな乗り物で運転できれば幸せな男。その気になれば一流のレーサーにだって成れただろうに、色々なマシンを乗りこなしたいからと運びをやっている変わり者。
「ほどほどにな」
 俺はワゴン車に馬乗は船に乗り込み、無事再会できることを祈ってそれぞれの出発するのであった。
 
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