第14話 交渉

文字数 3,571文字

「200でどう?」
 小一時間ほどの鑑定を終えて戻ってきた遙が満面の笑顔で発した第一声がそれだった。
 可愛い愛嬌で俺に気があるフリをしても、やはり甘くない。俺じゃなかったら、ころっとサインしているところだったな。
「あれだけ状態のいい船で安すぎないか? 300だ」
 俺も船内を確認しておいたが大事な美術品を持って大陸までいくつもりだっただけあってきちんと整備されていた。それに船歴自体もそんなに古くなく二桁もいってないはず。まともな中古屋で売れれば500以上は堅い。
 がめついと幻滅するかい?
 だが美術を見る以外の時間は出来るだけ節約して効率的に金を稼ぎたい。金と時間が潤沢ならそれだけ美術に関われる。先行投資とこう見えて美術品以外の見る目も鍛えている。
「いい品だけど、それを売り捌くルートを維持する方がもっと大変。250」
 半値か。
 俺も仕事柄ご禁制の物が欲しいときには遙達から購入したりすることもある。売り手であり買い手でもある関係。
 これからも末永くお付き合いをしてきたいので、お互い喧嘩はしたくないが、それでも半値は安すぎるな。
 もう一声で妥協するのが適当か?
「但し此方の条件を呑んでくれたら300でいいね」
 遙の方が先手を打ってきた。
「なんだよ条件って?」
「私とデートするある。
 どうこんな可愛い美少女とデートできた上に大金も手に入る」
 遙が腰をくねってウィンクしてくる。
 十分アイドルでも通用しそうな可愛さだが、アイドルデビューは娘ラブの父親がそれを許さないだろうな。
「断る」
「あいやーーなんであるか?
 私の何処が不満なのね」
 遙が憤慨して詰め寄ってくる。
「お前が50万で男を買うような女かよ。
 絶対そのデート裏があるだろ、俺を何に利用するつもりだ?」
 散々言っているように軽い態度と愛嬌で油断しがちだが、遙は甘くない。
「なんのことかな~」
「目が泳いでいるぞ」
 白々しい演技をこうなるところまでが、想定なんだろ?
 まさか色香にころっとするなんて俺甘く見られてないよな?
「分かった正直言うあるね。仕事を一件手伝って欲しいのね」
「断る」
「あいや~ちょっとつれなさすぎないあるか?
 可愛い遙ちゃんのお願いあるよ」
「仕事に情を挟まないと習わなかったか?」
「わかったある。仕事の報酬は別途支払ってもいいね」
 金まで払うとあっては益々引き受けられないな。
「そういう問題じゃ無い。
 こう言っては何だがお前は世界を股に掛けて活躍する平家の愛娘。お前が一声掛ければ動く部下が掃いて捨てるほどいるだろ。
 敢えて俺を使うなんて、絶対に碌な仕事じゃ無い」
「むっふ~ん、御簾神のそういう小賢しいところ女の子にもてないね」
 今までの愛嬌が遙から水が引くように消え、やり手婆のようなふてぶてしさが垣間見えた。
「ほっとけ。これでも夜のお店じゃ人気者だぜ」
「いい金蔓ね」
「・・・」
「女にもてないは兎も角、能力に関しては自分を卑下しない。多少芸術に詳しくて多少腕が立って小狡い者はそうはいないね」
「褒めてるのか?」
 何で最後だけ多少が付かないんだよ。
「それにこれはあなたの仕事でもあるね」
 遙が本命とばかりに切り札を切ってきたのを感じた。
 随分ともったいぶったもんだな。
「どういう意味だ?」
「仮に商談決裂したらどうするね?
 あれ持って帰るのか?」
 確かにここで交渉決裂したら、馬乗に追加料金を支払う余裕なんて無い俺はあの船を自分で操船して帰らないといけなくなる。
 そしてどこかに船を隠して別口の売り先を見付けないといけなくなる。
 面倒だ。
「必要ならな。めんどくさいが別の売り口を探す」
 面倒だからと簡単に折れる訳にはいかない。
「無駄ある。
 ウチ以外じゃあの船買わないよ」
 遙の此方見る顔がにんまりする。
「どういう意味だ?
 平家が圧力を掛けるというのか?」
 ついに愛嬌の仮面を脱ぎ捨てて素顔を晒してきたか。
 義理も人情も無い裏社会、力こそが正義。だがこの俺が力に屈服して尻尾を振ると思っているなら思い知らせる必要がある。
「違うね、人聞き悪い。
 可愛い遙ちゃんがそんな陰険なことしないある」
 まあ商売は信用が大事なのは裏社会でも同じ。顧客を一方的に脅して妨害までしてくるようでは信用は無くなる。
 こんな基本を遙が蔑ろにするはず無いか、っとなると誰が?
「平家以外から既に圧力が掛かっているね」
「お前達以外?」
「身に覚えがあるんじゃ無いの」
 遙が先程まで見せていた愛嬌ある笑顔とは違う妖艶な笑顔を浮かべる。
 恨みは方々から買っている自覚はあるが、このタイミングでこの船のことなら一つしか思い付かない。
「彼奴等にそんな力が」
 多少の規模はあるが所詮は荒くれ者の強盗団じゃ無いのか? 
 平家とそんな政治的なマネが出来るのか?
「正確には強盗団のバックね。何処か言えないけど紳士なウチと違って荒っぽいね」
 ちっどこかの組織のヒモ付きだったか。
 まあ、だから何って感じだが。紐が付いていようが美術品を闇に流すなんてマネ俺が許すわけが無い。
 美術品はいつでも誰でも鑑賞できるべきだ。
 やることは変わらない、ただ事後処理が変わるだけ。
「それで空港まで迎えに来たのか。
 お前等のアジト見張られているのか?」
 万が一にも俺との繋がりを探られたくない訳か。
 つまり平家に匹敵する組織だというのか、これは骨が折れそうだ。
「まっね。うっとうしいある」
「迷惑掛けたな」
 一応遙達は俺のことを隠して守ってくれた訳か。
 しかし知らず危ない橋を渡っているようだな。遙にしてみれば今からでも俺をそのまま引き渡して恩を売る手もある。
 現状敵組織に恩を売るのと俺の利用価値を天秤に掛けて釣り合っている状態。
 これからの返答次第でどちらかに天秤が傾くことになる。
 ふう、ビルの屋上の縁に立っているような感覚になる。
 この場において魂が研ぎ澄まされていく。
「いいね。ボクとしてもちょっと目障りになってきたから排除したいんだよね。
 でも穏便に」
 互角近い組織とは戦争はしたくないか。まあ戦争なんかしたらよっぽど圧勝しない限り自軍の損害もでかいからな。拠点を預かるボスとしてはそれは選択できないだろう。
「いい手があるのか?」
「御簾神次第ね」
 利用されている気もするが、俺にとっても敵であることには変わりない。
「どうするね?」
 問い掛ける遙の顔に僅かに憂いが見れる、審美眼に優れた俺でなければ見逃してしまうほどだが。
 チラッと視線を周りに走らせれば。
 馬乗は関係無いとばかりにスマフォを弄りつつも、その五感は逃走経路を探っている。一応俺を裏切らないで共にしてくれるようだ。
 いい奴だ。
 ドッグ内にいた部下共はピリピリと殺気を放っている。何かあれば爆発しそうだ。
 郷は殺気こそ放ってないが、いつの間にか俺を射殺できる絶好の位置取りをしている。
 断れば、ボスの娘の体面を潰したことも合わせて即俺を殺すつもりか。
 いや、元々俺は組織に余計なトラブルを持ち込んだ厄介者。今すぐにでも始末したいが遙が抑えているのかな。
 確かめる必要がある。
 遙が笑顔を浮かべつつ祈るような目を俺に向ける中俺は口を開く。
「無理だ」
 俺の返答に遙の顔が歪み、ドッグ内が殺気に満たされた。
「今すぐにはな」
「はあ~あんたこの状況でいい度胸ね」
「そこに惚れるだろ」
 遙の歪んだ顔を見られて確信がいった。
 脅しには屈しないが少女の願いなら引き受けても俺の美学は揺らがない。
「ばーーーーーーか」
 遙があっかんべーをしてくる。
 ボスは娘の教育が甘かった。
 結局遙は情を捨てきれないお嬢さんだ。何度か親しく話した相手を殺したくは無いようだ。
 こうなれば、いっそ互いに裏切れないくらいの関係になるしか無いのかもな。
「兎に角今取りかかっている仕事が一段落するまでは引き受けられない」
 今回の件の事後処理はまだまだ色々ある。それらを片付けてからで無ければ大仕事に本腰は入れられない。
「いいね。了解したある。それに準備にはもう少し掛かるね」
 遙のこの一言で場の緊張が完全に氷解した。
「そうか。人任せは俺の趣味じゃ無い、俺も時々段取りの打ち合わせをさせて貰おう。それに取り分についてもゆっくり話し合わないとな」
「抜け目ないあるね」
「そこも惚れるポイントだろ」
「大馬鹿」
 しかしなんだろうな、最近は俺の星の巡り合わせが悪いようだな。
 沙織に遙と立て続けに女が厄介ごとを持ち込んでくる。
 お祓いした方がいいかな?

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