第11話 対話

文字数 1,262文字

 途中で一度車を乗り換える。馬乗を信用しないわけじゃ無いが用心を怠るわけにはいかない。馬乗が裏切らなくても馬乗がマークされることは十分起こりうる。
 警戒と用心を重ね、とある山奥の別荘地にある本命のアジトに辿り着いた。
 閑静な別荘地で別荘地の管理人が見まわるので治安はよく別荘荒らしの心配が少ない。そこで二階建ての個人回りした家ながら、前の持ち主の趣味で地下室があることが気に入って購入した。
 貧乏な俺にとっては手痛い出費だが、これも神に到るための必要経費さ。
 来る途中で食料も買い込んでおいたので、今から三日ほどほとぼりを冷ますことも兼ねつつ神と対話するためにここに籠もる。
 アジトの車庫に車を入れるとまずは地下室に降りる。地下室といっても別に洋館ものにある怪しい秘密の扉も無ければ、鉄格子にコンクリート打ちっ放しの如何にも誰かを監禁してそうな怪しい雰囲気は無く、何も無い八畳間のフローリングが拡がっているのみ。
 それでも暫く放置していただけ合って部屋は黴臭いので換気代わりにクーラーのスイッチを入れてから地下室に美術品を運んでいく。そして温度湿度が安定したところで梱包を解き始める。
 芸術の大敵は炎と水濡れ、忍び寄る敵が湿度と温度ってね。
 一つ一つ女性の服を脱がすようにゆっくりと官能的に柔肌を傷付けないように優しく扇情的に解いていく。そして晒された美術品を地下室に並べていく。
 壺に絵画に現代美術と統一性は無いが、別にそんなことはどうでもいい。
 これから三日間こそ至福の時で俺が生まれてきた意味を実感するとき。



 ふう~堪能した。
 三日間飯とトイレと風呂以外この地下室に籠もっていた。
 TVもなく携帯電話すら放棄し食料も買い込んでいたので外に一歩も出ていないので、 この三日間本当に俺は誰とも会わず会話すらしていない。外がゾンビが蔓延る世界になっていても分からなかっただろう。
 美術品との対話三昧。
 仙人や禅僧、山伏の修行にすら匹敵する俗世と隔絶した対話を試みたが、それでも神威を感じることは出来なかった。
 金持ちが集めた秘蔵品だけあって、どれも一級品と言っていい美しさを秘めていた。それでも神威を感じるには届かなかった。
 まだ足りないというのか。
 だが俺の魂を研ぎ澄ます砥石には成ったと感謝を込めつつ梱包し、槇村から貰ったリストと照らし合わせて整理していく。登坂保険の契約者以外の金持ちとの交渉は俗世に戻ってからゆっくり考える。
 問題はこれだ。
 俺は例の勾玉を見る。
 これから神威を感じるとまでは言えないが、何か魂が惹かれる。この勾玉からのメッセージを正しく受け取るには俺の魂のステージがまだ低いのかも知れない。
 幸いこの勾玉はリストには入っていないので猶予はまだある。
 このまま秘匿はしない、そんなことをすれば美術品が保つ神聖が穢される。必ず持ち主を見付けて返さなくては成らない。途方も無いようだが一人心当たりがある。
 まあその前に仕事を片付けておかないとな。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み