第5話

文字数 1,990文字

「そうそう、子供で思い出したけど、あんた、ここの修繕費どうするつもり?」

「は? 何、それ?」

「子供の落書きに決まってるでしょ。壁も床も貼り直さないと無理そうだし、家具は弁償だよ? 凄い高い外国製みたいだけど、あんたに払えるの?」

「何で私が!? まだ小さいんだし、子供には責任はないでしょ!」

「まあ確かに、子供には責任ないよね。じゃあ、誰に責任があるの? 私? 俊之? 柚希さん? お母さん? 違うよね。親であるあんたでしょ?」

「私は出産したばっかりだし…」

「車運転して遊びに行けるのに、それはないよね。横になってたって、落書きしないように注意するくらいは出来たはずだよ? 上はもう5歳なんだから、聞き分け出来る年齢でしょ」

「もう、私にどうしろって言うのよ!」

「最初に言ったでしょ。さっさとアパートなり、旦那の実家なりへ帰れって」

「そんなの無理! アパートじゃ、昼間一人で子供の世話なんて出来ないし、旦那の実家はしょっちゅうお義姉さんが来てて、あれやれこれやれってなんでも私に押し付けて、自分は何にもしないで…!」

「それって、全部、あんたが柚希さんにやって来たことじゃない」

「だから、それは家族なんだから…!」

「柚希さんが家族なら、むこうのお義姉さんだって家族だよね? 自分の都合の良いときだけ家族って、そんなダブルスタンダードは通用しないよ」


 さすがに、ここまで論破されるとぐうの音も出ないのか、シクシクと泣き始めた美紗代さん。今度は同情を引く作戦に出たようです。

 が、幼いころから妹のことは熟知しているだけあり、緋呂美さんは無視して、部屋中に散らばった私物や衣類を一か所に拾い集め始めました。


「ちょっと、お姉ちゃん、何してんのよ?」

「あんたが、ここを引き払う準備。もうそろそろ、みえる頃だと思うんだけど」


 すると、タイミングを見計らったようにインターホンが鳴り、美紗代さんのご主人と、そのご両親がいらっしゃったのです。

 柚希ちゃんは、あちらのご両親とは初対面でしたが、周志さんや美紗代さんとはずいぶん違った印象で、義母と柚希ちゃんに、


「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。これまで嫁と孫が、大変お世話になりました」


 と丁寧に御礼を述べ、少しですがと里帰り出産の御礼の品と一緒に、御礼金まで包んで寄越してくださいました。

 柚希ちゃんは、にこやかに微笑み、


「いえ、こちらでは大したことはしておりませんし、義母も、孫のお世話をさせて頂けて、幸せだったと思いますから、お気持ちだけ頂戴して、これは赤ちゃんと上の子供たちのためにお役立て頂ければ、わたくしたちも嬉しく存じます」


 と、御礼のお品だけを受け取り、お返しした御礼金は、快く納めて頂くことが出来ました。

 あちらのご両親にとっては、初めて会う三人目の孫。久しぶりに会った上の二人も、抱きしめたり優しく撫でたりと、可愛くて仕方がない様子です。

 さっき集めた私物を、緋呂美さんと周志さんとで手際よく袋に詰め込み、美紗代さんに言いました。


「さあ、行くぞ」

「は? 行くってどこへ?」

「俺の親ん家に帰るんだよ。昼間お前一人じゃ、子供たちの面倒看きれねーんだろ?」

「ちょっと待ってよ! そんなこと聞いてない!」


 荷物を運び出し、子供たちを車に乗せる義両親と周志さんに、激しく反論する美紗代さん。

 それに追い打ちを掛けるように、緋呂美さんが言いました。


「あ、それから、お母さんは介護付きのマンションに引っ越すことになったから」

「何、それ!? それも聞いてない!」

「ついでに、あんたの子がボロボロにしたこの家、メンテナンスが入るから、戻って来ても無駄だよ」

「お姉ちゃん、私をハメたの!?」

「ハメるも何も、元々ここはあんたの家でも実家でもないでしょ。あんたさ、結婚して三人の子のお母さんなんだから、しっかりしなよね。すみません、お義父さん、お義母さん。ふつつかな妹ですが、宜しくお願い致します」

「いえ、こちらこそ、大変お世話になりました」


 そう言って深々と頭を下げると、後はもう有無を言わさず、大声で喚く美紗代さんを車に押し込み、一家は義両親宅へと帰って行きました。



     **********



 まるで嵐のような出来事に、夢だったのかと思いましたが、美紗代さん母子がいなくなった室内を見た途端、ほっとしたのと同時に、あれほど嫌がっていたのに、強制的に追い出したことへの罪悪感が入り交じり、柚希ちゃんの瞳から涙が零れ落ちました。

 すると、ずっと無言で様子を見守っていた俊之さんが、


「ごめんね、驚かせて。でも、僕たちも限界だったから、姉に協力してもらって、こうした。今まで散々迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳なかった」


 そう言うと、深々と頭を下げ、一緒に頭を下げる緋呂美さんに、柚希ちゃんも大きく首を振り、自分のほうこそと何度も御礼を伝えたのです。
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