第2話

文字数 2,402文字

 小一時間ほどした頃、ぽつぽつと雨が落ち始め、いったんおばあちゃんのお話を遮り、並べた資源類を中へ運ぼうとすると、


「うちの車庫の屋根の下に置いていいわよ~」


と、おっしゃいます。ですが、本格的に降り始め、この状態で運ぶのも大変ですから、お気持ちだけとお断りすると、


「何言ってんの~! 今日は、子供会の回収でしょ~? ほ~ら、早く運びなさいよ~!」


 と、何かに取り憑かれたように使命感に燃え、やめるという選択肢などない様子。結局、私はずぶ濡れになりながら、新聞の束、段ボール、空き缶、古着など、葛岡さん宅まで何往復も運ぶ羽目になったのです。

 濡れた服を着替え、バスタオルで髪を拭いていると、おばあちゃんから電話が掛かって来ました。


「ど~お? 終わった~?」

「ええ、この大雨の中、カーポートのほうに置かせて頂きました」


 正直、ちょっとムカついていましたので、嫌味のつもりで言ったのですが、


「いいよ~、お礼なんて~。これから雨の日は、うちの車庫に置かせてあげるから~、回収日を忘れないように、ちゃんと運んどきなさいよ~。それじゃ~ね」


 そう言うと、一方的に電話は切られました。

 私の嫌味など見事にスルーされ、気が付けば『置かせて頂いている』立場になり下がっており、その上、今後は雨の日に『わざわざむこうまで運ぶ』という全然有難くないオプションまで追加されることに。


「カーポートの屋根、設置しようかな~」


 眠そうに毛繕いしている猫たちに向かって一人呟いていると、雨の中を回収車がやって来て、合羽を着た作業員さんが手慣れた様子でトラックに積み込み、走り去って行きました。



     **********



 私が住むこの町は都市計画区域に指定されており、升の目状に引かれた道路に、整然と区切られた区画が並んでいます。

 ただ、すべての区画が同じ広さではなく、小さいところでは30坪台から、広いところでは150坪程度まで、購入希望者のニーズに応じて多様な広さの土地が分譲されています。

 小さな区画の場合、ハウスメーカーさんがブロックごと買い上げ、隣接する家同士、日当たりや視線が干渉しないように、効率よく設計された建売住宅を販売することが多いです。

 メリットは、自由設計に比べリーズナブルであることと、土地と建物の購入が同時に済ませられ、ハウスメーカーさんのほうで面倒な手続き等を一括でやって頂けるなど、人気は高いようです。

 自由設計を希望する場合、坪単価と面積は最も重要事項ですから、そうしたことも考慮して、人気が集中する広さが、最多価格帯に設定されています。

 ただし、メーカーさんによっては土地取得に一切関与しない会社もあり、登記手続きやローンの申請など、すべて個人でしなければならず、かなり大変な思いをされたというお話もお聞きします。




 中には、連続する数区画を購入し、それを合筆(一区画として登記する)して、豪邸を建てられるケースもあります。

 ご近所では、漆原さんのように、趣味のガーデニングを目的に、80坪を3区画購入し、広いお庭にはガゼボ、ポタジェ、ビオトープまで備えた、素晴らしいイングリッシュガーデンを作られるお宅もあります。

 逆に、当初150坪の土地に親世帯を建て、後に二筆に分筆(一区画を複数に分けて登記する)し、別棟の子世帯を建てて敷地内同居されているケースが、花村さんのお宅。

 隣接する75坪の土地を二区画買えば良いと思うかも知れませんが、更地と建物付き土地とでは固定資産税が違うため、すぐに別棟を建てない場合、このような方法を取られることもあるようです。




 そうしたケースとは別に、この町が新興住宅地になるより以前に、この土地の地主さんだった場合、所有地の宅地開発に同意すると、造成工事に係る相応額を支払うか、所有地の半分を物納するかの、二つの選択肢があります。

 土地所有者の多くは投機目的で購入された方で、当初の地目は『雑種地』いわゆる荒れ地で土地としての価値が低く、分譲面積自体が広大だったため、工事負担額がそれなりの額になることから、物納されるケースが大半です。

 そのお一方が木村さんのお宅。もともと奥さまのご実家がこのあたりの土地を所有されていて、造成時に半分を物納、娘さんに300坪ほどを贈与され、残りを売却されました。

 木村さんの奥さんの柚木ちゃんと私は幼なじみで、彼女の旧姓は国枝さん。私たちの父親同士も幼なじみで、祖父母の代からの長いお付き合いです。

 結婚して、この街に家を建てたとき、偶然、彼女もこの街に住んでいることを知り、子供が生まれれば3世代で幼なじみになりますが、この時はお互いに結婚して間がなく、まだ子供はおりませんでした。



     **********



 その柚希ちゃんですが、現在、ちょっと深刻な悩みがありまして、ちょくちょく会っては愚痴を聞いておりました。悩みというのはご主人の妹さんのことです。

 三年前に結婚した柚希ちゃんは、ご両親から贈与された土地に、ご主人の俊之さん名義でお家を建てました。マイホーム資金は、彼女の実家から出ていて、毎月俊之さんのお給料から返済しています。

 柚希ちゃんの実家は会社を経営しており、現在は父親が会長、兄が社長で、俊之さんは専務取締役、いわゆる『逆玉』というやつです。

 俊之さんとはお友達の紹介で知り合い、明るくて人柄も良く、柚希ちゃんの一目惚れでした。結婚するにあたり父親の会社へ引き抜かれ、優秀で真面目な仕事ぶりで厚く信頼されていました。

 昨年、俊之さんの父親が他界し、一人になりすっかり弱ってしまった母親を案じ、柚希ちゃん夫妻の家で同居を始めたのです。

 自宅は二世帯同居を前提とした住宅ではありませんでしたが、ベッドルームが7つあり、一階のキッチンとは別に、二階にもミニカウンターがある豪邸ですから、特に支障はないと思っていました。



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