ハイテク VS プライド
文字数 5,234文字
貯蔵庫に戻ったタイカは、秘密の通路を探すため眼球スキャナーで分子スキャンを実行した。
四方の壁は正方形の鉄製パネルをタイルのように並べた造りになっているが、スキャン結果をエマニが解析したところ、壁の一部が他に比べて薄くなっている箇所を見つけた。
ドアノブどころか凹凸もなく、一見すると壁と見分けが付かないところを見ると、どうやらリモートで開閉する扉のようなものらしい。
「エマニ。ビルのネットワークに侵入して隠し扉のコントロール系をハッキングできるか?」
「試行中。ハッキングに成功しました」
「扉を開けろ」
エマニがコマンドを実行すると、小さなモーター音を響かせながら、壁の一部が棚ごと手前に開いた。
タイカは開ききる前に隙間をすり抜け、奥に続く階段を駆け下りていった。視界の隅に小さなウィンドウを開き、詳細な住宅地図の上に自分の現在位置を表示させた。点滅する丸印がタイカの動きに合わせて、道路の真下を向かいのビル目指して動きだした。
通路に沿って細長いベルトコンベアーが走っているが、今は動いていなかった。通路は途中で右に折れ曲がっており、ベルトコンベアーもそれに沿ってカーブしている。
タイカがその曲がり角まで歩いてきた時、肩からサブマシンガンをぶら下げた東洋人2人の男と出くわした。2人は談笑の最中だったが、タイカの姿に慌てふためきながらサブマシンガンを構えると、至近距離からタイカめがけて撃ち始めた。
タイカは飛んでくる弾丸を無視して1人目の男に向かって走り出した。弾丸はタイカの身体に跳ね返され、跳弾が壁に当たる。それを見た男の顔には困惑の色が浮かんでいき、それが最高潮に達した所でタイカの膝蹴りを受けて吹き飛んだ。2人目の男は目の前に着地したタイカに反応することもできず、その顎に下から飛んできた拳を受けて倒れる前に失神した。
床に転がる2人をよけながら曲がり角を曲がったタイカを待っていたのは、更に多くの男達が通路一杯に広がって自動小銃を構える光景だった。
彼らはタイカの姿を認めた途端、全員同時に引き金を引いた。銃口が一斉に火を吹き、あっという間に大量の硝煙が通路内に充満した。彼らが装填していた弾丸をすべて打ち尽くしてからもしばらく視界が効かなかったが、その煙が薄らいでいく過程で犯人たちが見たものは、布切れと化した服の隙間から見える機械の身体と、白いマスクの奥で輝きを増す2つの赤い瞳だった。
タイカが両腕を彼らに向かって突き出す。恐れおののいて通路の奥に逃げようとする犯人一味の背中に反重力弾が撃ち込まれる。
彼らは一瞬で弾き飛ばされ床に叩きつけられるが、それでもタイカは手を休めず、2発目を通路の天井に放った。天井が無数の瓦礫を凶器に変えて、真下にいる男達めがけて落ちていった。
天井の崩落が収まると、タイカは再び歩き始めた。
瓦礫を乗り越えながらタイカは思った。犯人一味が大人数で行動しているということは、荷物をこちらのビルからバリケードの外にあるビルに運ぶつもりのかもしれない。つまり、犯人一味は臓器強奪の最終段階に入ったということだ。
「ヤマワ君。SWATと連絡取れそう?」
「もう少し。今警察と交渉中。どうして?」
「さっき一味と交戦したんだけど、その時に一味の誰かが僕のことを報告してたら、きっと犯人たちが臨戦態勢に入るだろうなと思って」
「交戦したの? 君は大丈夫?」
「うん。着てる服がボロボロになったけど」
「え? じゃあ今全裸でウロウロしてるの?」
「全裸って言っても機械だけどね」
ヤマワは少し沈黙した後で「ちょっと待って」と言うと、手に持っているタブレットを操作した。
「僕の端末から君にデータ送れる?」
「データの場所教えてくれたら、エマニが取りに行くけど」
「わかった。ファイルの保存場所をテキスト・メッセージで送るよ」
タイカが待っていると、やがて網膜ディスプレイにウィンドウが開き、受信完了のタイトルと共にテキスト・メッセージが表示された。そこにはタブレットのIPアドレスとデータ・ファイルの場所が記されていた。
タイカはエマニに指示して指定のファイルを取得し、網膜ディスプレイ上に開いた。そこには人型の精密な3Dモデルが表示されていた。人型のシルエットは男性で、艶のない真っ黒な衣装を着せられている。ボトムは足にぴったりフィットした細身のスラックス。少しだけヒールのある真っ黒なブーツ。上半身は燕尾服のようなロングコートになっていて、両肩や左右の合せ目部分など、所々に赤い色のアクセントが入っている。
「これ何?」とタイカが言った。
「僕が昔デザインしたヒーローのコスチュームだよ」
ヤマワは自慢げに微笑を作って答える。
「へぇ、さすが専門家。でも、これをどうするの?」
「君は人間の皮膚をエミュレートできるんだろう」
彼の意図を理解して、タイカは(なるほど)と思った。
皮膚再生機能は言ってみれば分子化合物複製機だ。結晶を成長させるようにコスチュームの分子構造を連鎖的に拡張すれば、襟や裾のような身体に密着していない部分でも複製できる。第一、普段着とコスチュームを両方持ち歩く手間が省ける。
「わかった。やってみる」
タイカは網膜ディスプレイに皮膚組織再生プログラムの設定画面を開き、ヤマワのデータを元に分子構成を設定した。
「エマニ。この設定に合わせて再生プロトコルを構築するのに必要な時間は?」
「およそ10分です」
「了解。実行して」
タイカのコマンドをエマニが受領した直後、壁を蹴飛ばしたような大きな音がした。
振り返るとちょうど隠し扉の付近に完全武装の男達が数名、銃口をこちらに向けてにじり寄っていた。全員ゴーグルをしているので表情は分からないが、タイカが相手にした犯人たちと武装の種類が違う。たぶんSWATだろう。彼らが来ているのはお揃いの制服だし、そもそも犯人なら即座に撃ってくるはずだった。
「手を上げろ!」
先頭の男がタイカに向かって怒鳴った。
タイカが素直に応じると、彼らは素早く取り囲んだ。
「両手を頭の後ろで組んでひざまずけ!」
「いや、僕は…」
「早くしろ!」
タイカは仕方なく命令に従いながら、同時にヤマワを呼び出した。
「ヤマワくん」と言うタイカの呼びかけに「なに?」と答えるヤマワとSWAT隊員。ヤマワは応答。SWATは疑問形。
タイカはSWATの反応を無視してヤマワに話しかける。
「急かして悪いんだけど、警察に僕は犯人じゃないってSWATに伝えるように言ってくれる」
「あらま。先にそっちと鉢合っちゃったわけね」
ヤマワは苦笑しながらも「待ってて」と答えて走り出した。
それとほぼ同じタイミングで「何を独り言しゃべってるんだ」とSWAT隊員。
「だいたいおまえの格好はなんだ。仮装する犯罪者か?」
「だから、犯人じゃないってば…」とタイカが言っても、SWAT隊員は聞く耳を持たない。
タイカの手首に手錠をかけたSWATは、彼を取り押さえたまま曲がり角の奥を覗きこんだ。そこには瓦礫の下に埋もれている犯人一味が見える。
「なんだ、あいつらは。仲間か?」
「いや、だから僕は犯人じゃないって言ってるのに」
「じゃあ何者だ」
「あなたたちに加勢しに来たんだよ」
「加勢だぁ?」
タイカに手錠をかけた隊員がタイカの見下ろしながら言った。その大きな声と眉間のシワが、隊員が押し隠そうとしている驚愕を物語っているようだった。未知なるもの対する警戒心だ。その証拠に、他の隊員たちはライフルの銃口をタイカに向けたままでいる。
「隊長、仮装にしちゃ身体の線が細くないですかね。もし中に人間が入ってるとしたら、そりゃ華奢って次元を超えてますよ」
隊員の一人がそう言うと、隊長と呼ばれた男もタイカを上から下まで舐め回すように見た。
「おまえ、もしかして国家機密のアンドロイドか何かか?」
真顔で言う隊長に、タイカは思わず吹き出した。
「おもしろい発想するね。まぁ、当たらずとも遠からずだけど、とにかく僕のことは後で説明するから、まずは僕が味方って前提で話を聞いてくれる? 僕たちが仕入れた情報によれば、犯人たちはこの先のビルで本来の目的を果たそうとしてるよ。今のところほぼ果たしてるけど…。とにかく、こんな大規模な作戦を実行したんだから、犯人たちもそう簡単には諦めないと思うよ。あなたたちと殺し合いをするくらいなんとも思ってないだろうし、むしろやる気満々で待ち構えてるんじゃないかな」
「こういう状況で、お前みたいな妙なやつの言うことをそのまま信用しろっていうのか?」
続けて何か言おうとしたSWAT隊長だったが、急に口をつぐんだかと思うと、突然1人で喋り始めた。
「金田です。……。はい。……。はい。……。はい? ……。はぁ……」
タイカと同様に他のSWAT隊員も彼のことを注視している。彼はタイカを見下ろしたまま浮かない表情をうかべていた。
「隊長?」
隊員の1人が問いかけると、ようやく我に返った隊長は隊員たちに向き直った。
「彼は被疑者一味ではないそうだ。福島。手錠を外してやれ」
隊長にそう言われた隊長より大柄の若い隊員が、「はっ」と返事をして防弾ジャケットのポケットから手錠の鍵を取り出した。
隊長がタイカの前に立つ。
「警備本部はおまえの情報にもとづいて作戦を実行せよと命令してきたぞ。いったい何者だ?」
「それは長い話だから、まずは犯人の殲滅を考えようよ」
「殲滅じゃなくて逮捕だろ。我々は戦争してるんじゃないんだ」
「似たようなもんだと思うけど」
「無法者はそうだろうが、我々は法の番人だ。とにかく被疑者に関する情報を持っているなら、それを教えてくれ」
SWAT隊長に促され、タイカは自分がスキャンした地下通路の詳細データと、エマニがネット内の全検索で拾ってきた犯人グループ関連の情報を彼らの端末に送信した。
隊長はデータを見てすぐに通路がバリケード外までつながっていることを認識した。出口の場所はヤマワが作戦本部に伝えていたので、隊長はそれらの情報を元に制圧手順を組み直した。
すると、隊員の1人が疑問を投げかけた。これほど大規模な秘密倉庫があるということは、保管しているのが臓器だけとはかぎらない。そもそも彼らの持っている武器も商品の一部ではないのか。
「武器の密売もやってるというのか?」
隊長が聞き返す。
「こういう連中はいってみれば裏社会の総合商社です。金になることなら何にでも手を出すと思いませんか?」
「ありえるね」とタイカが同意する。
「だからと言って、引き返すわけにはいかんだろう」
同僚の隊員が不満そうに言った。すると、意見具申した隊員は微笑んで「そりゃそうだ」と応じた。
「引き返すどころか、ここで根絶やしにしたいんだよ」
彼の言葉に隊員たちの顔にも不敵な笑みが浮かんだ。隊長がそれを後押しする。
「つまり、遠慮はいらんということだな」
タイカの目にも明らかなくらい、SWATたちの士気が上がった。彼らの不敵な笑みから気合の声が漏れる。
「僕が先導するよ」
当然の行動と思ってタイカは歩きだそうとしたが、隊長はタイカの肩を掴んで歩みを止めた。
「いや待て。君は警察官じゃないだろう」
「…。えっ?」
タイカは予想外の回答を受けて面食らった。生身である彼らの安全を考えるなら、タイカの能力を利用しない手はないはずだ。ところが、隊長の論点はそこではなかった。
「君は民間人だ。情報提供は受けるが、ここからは我々の仕事だ」
「でも、隠れる場所もないこんな通路で銃撃戦になったら、それこそ命がいくつあっても足らないよ」
「我々はプロでそのための特殊訓練を受けてるんだ。プロが危険だからという理由で民間人の助けを借りるわけにはいかないだろ」
「じゃあ、弾が飛んできたらどうするの?」
すると、隊員の1人が大声で吠えた。
「そんなものは気合で避けるんだよ!」
他の隊員達も同意の声を上げる。
「『気合』って何。極秘のバリヤーか何か?」
タイカは純粋な質問としてそう言っただけだったが、隊員たちは皮肉ととったらしかった。
「なに!」
憤る隊員たちを制すと、隊長はタイカに向き直った。
「ここは我々に任せて、君はバリケードの外に出ろ」
そして、タイカの返答を聞くこともなく隊員たちに向き直り、「前進」と声をかけた。
大半の隊員たちがタイカを睨みつけながら彼の前を通り過ぎる。
タイカは彼らの反応を理解しようとしばらく考え込んでいたが、結局その糸口すら見いだせなかった。かといってこのまま引き返す理由もないので、SWATの最後尾から少しだけ離れて後を追った。
四方の壁は正方形の鉄製パネルをタイルのように並べた造りになっているが、スキャン結果をエマニが解析したところ、壁の一部が他に比べて薄くなっている箇所を見つけた。
ドアノブどころか凹凸もなく、一見すると壁と見分けが付かないところを見ると、どうやらリモートで開閉する扉のようなものらしい。
「エマニ。ビルのネットワークに侵入して隠し扉のコントロール系をハッキングできるか?」
「試行中。ハッキングに成功しました」
「扉を開けろ」
エマニがコマンドを実行すると、小さなモーター音を響かせながら、壁の一部が棚ごと手前に開いた。
タイカは開ききる前に隙間をすり抜け、奥に続く階段を駆け下りていった。視界の隅に小さなウィンドウを開き、詳細な住宅地図の上に自分の現在位置を表示させた。点滅する丸印がタイカの動きに合わせて、道路の真下を向かいのビル目指して動きだした。
通路に沿って細長いベルトコンベアーが走っているが、今は動いていなかった。通路は途中で右に折れ曲がっており、ベルトコンベアーもそれに沿ってカーブしている。
タイカがその曲がり角まで歩いてきた時、肩からサブマシンガンをぶら下げた東洋人2人の男と出くわした。2人は談笑の最中だったが、タイカの姿に慌てふためきながらサブマシンガンを構えると、至近距離からタイカめがけて撃ち始めた。
タイカは飛んでくる弾丸を無視して1人目の男に向かって走り出した。弾丸はタイカの身体に跳ね返され、跳弾が壁に当たる。それを見た男の顔には困惑の色が浮かんでいき、それが最高潮に達した所でタイカの膝蹴りを受けて吹き飛んだ。2人目の男は目の前に着地したタイカに反応することもできず、その顎に下から飛んできた拳を受けて倒れる前に失神した。
床に転がる2人をよけながら曲がり角を曲がったタイカを待っていたのは、更に多くの男達が通路一杯に広がって自動小銃を構える光景だった。
彼らはタイカの姿を認めた途端、全員同時に引き金を引いた。銃口が一斉に火を吹き、あっという間に大量の硝煙が通路内に充満した。彼らが装填していた弾丸をすべて打ち尽くしてからもしばらく視界が効かなかったが、その煙が薄らいでいく過程で犯人たちが見たものは、布切れと化した服の隙間から見える機械の身体と、白いマスクの奥で輝きを増す2つの赤い瞳だった。
タイカが両腕を彼らに向かって突き出す。恐れおののいて通路の奥に逃げようとする犯人一味の背中に反重力弾が撃ち込まれる。
彼らは一瞬で弾き飛ばされ床に叩きつけられるが、それでもタイカは手を休めず、2発目を通路の天井に放った。天井が無数の瓦礫を凶器に変えて、真下にいる男達めがけて落ちていった。
天井の崩落が収まると、タイカは再び歩き始めた。
瓦礫を乗り越えながらタイカは思った。犯人一味が大人数で行動しているということは、荷物をこちらのビルからバリケードの外にあるビルに運ぶつもりのかもしれない。つまり、犯人一味は臓器強奪の最終段階に入ったということだ。
「ヤマワ君。SWATと連絡取れそう?」
「もう少し。今警察と交渉中。どうして?」
「さっき一味と交戦したんだけど、その時に一味の誰かが僕のことを報告してたら、きっと犯人たちが臨戦態勢に入るだろうなと思って」
「交戦したの? 君は大丈夫?」
「うん。着てる服がボロボロになったけど」
「え? じゃあ今全裸でウロウロしてるの?」
「全裸って言っても機械だけどね」
ヤマワは少し沈黙した後で「ちょっと待って」と言うと、手に持っているタブレットを操作した。
「僕の端末から君にデータ送れる?」
「データの場所教えてくれたら、エマニが取りに行くけど」
「わかった。ファイルの保存場所をテキスト・メッセージで送るよ」
タイカが待っていると、やがて網膜ディスプレイにウィンドウが開き、受信完了のタイトルと共にテキスト・メッセージが表示された。そこにはタブレットのIPアドレスとデータ・ファイルの場所が記されていた。
タイカはエマニに指示して指定のファイルを取得し、網膜ディスプレイ上に開いた。そこには人型の精密な3Dモデルが表示されていた。人型のシルエットは男性で、艶のない真っ黒な衣装を着せられている。ボトムは足にぴったりフィットした細身のスラックス。少しだけヒールのある真っ黒なブーツ。上半身は燕尾服のようなロングコートになっていて、両肩や左右の合せ目部分など、所々に赤い色のアクセントが入っている。
「これ何?」とタイカが言った。
「僕が昔デザインしたヒーローのコスチュームだよ」
ヤマワは自慢げに微笑を作って答える。
「へぇ、さすが専門家。でも、これをどうするの?」
「君は人間の皮膚をエミュレートできるんだろう」
彼の意図を理解して、タイカは(なるほど)と思った。
皮膚再生機能は言ってみれば分子化合物複製機だ。結晶を成長させるようにコスチュームの分子構造を連鎖的に拡張すれば、襟や裾のような身体に密着していない部分でも複製できる。第一、普段着とコスチュームを両方持ち歩く手間が省ける。
「わかった。やってみる」
タイカは網膜ディスプレイに皮膚組織再生プログラムの設定画面を開き、ヤマワのデータを元に分子構成を設定した。
「エマニ。この設定に合わせて再生プロトコルを構築するのに必要な時間は?」
「およそ10分です」
「了解。実行して」
タイカのコマンドをエマニが受領した直後、壁を蹴飛ばしたような大きな音がした。
振り返るとちょうど隠し扉の付近に完全武装の男達が数名、銃口をこちらに向けてにじり寄っていた。全員ゴーグルをしているので表情は分からないが、タイカが相手にした犯人たちと武装の種類が違う。たぶんSWATだろう。彼らが来ているのはお揃いの制服だし、そもそも犯人なら即座に撃ってくるはずだった。
「手を上げろ!」
先頭の男がタイカに向かって怒鳴った。
タイカが素直に応じると、彼らは素早く取り囲んだ。
「両手を頭の後ろで組んでひざまずけ!」
「いや、僕は…」
「早くしろ!」
タイカは仕方なく命令に従いながら、同時にヤマワを呼び出した。
「ヤマワくん」と言うタイカの呼びかけに「なに?」と答えるヤマワとSWAT隊員。ヤマワは応答。SWATは疑問形。
タイカはSWATの反応を無視してヤマワに話しかける。
「急かして悪いんだけど、警察に僕は犯人じゃないってSWATに伝えるように言ってくれる」
「あらま。先にそっちと鉢合っちゃったわけね」
ヤマワは苦笑しながらも「待ってて」と答えて走り出した。
それとほぼ同じタイミングで「何を独り言しゃべってるんだ」とSWAT隊員。
「だいたいおまえの格好はなんだ。仮装する犯罪者か?」
「だから、犯人じゃないってば…」とタイカが言っても、SWAT隊員は聞く耳を持たない。
タイカの手首に手錠をかけたSWATは、彼を取り押さえたまま曲がり角の奥を覗きこんだ。そこには瓦礫の下に埋もれている犯人一味が見える。
「なんだ、あいつらは。仲間か?」
「いや、だから僕は犯人じゃないって言ってるのに」
「じゃあ何者だ」
「あなたたちに加勢しに来たんだよ」
「加勢だぁ?」
タイカに手錠をかけた隊員がタイカの見下ろしながら言った。その大きな声と眉間のシワが、隊員が押し隠そうとしている驚愕を物語っているようだった。未知なるもの対する警戒心だ。その証拠に、他の隊員たちはライフルの銃口をタイカに向けたままでいる。
「隊長、仮装にしちゃ身体の線が細くないですかね。もし中に人間が入ってるとしたら、そりゃ華奢って次元を超えてますよ」
隊員の一人がそう言うと、隊長と呼ばれた男もタイカを上から下まで舐め回すように見た。
「おまえ、もしかして国家機密のアンドロイドか何かか?」
真顔で言う隊長に、タイカは思わず吹き出した。
「おもしろい発想するね。まぁ、当たらずとも遠からずだけど、とにかく僕のことは後で説明するから、まずは僕が味方って前提で話を聞いてくれる? 僕たちが仕入れた情報によれば、犯人たちはこの先のビルで本来の目的を果たそうとしてるよ。今のところほぼ果たしてるけど…。とにかく、こんな大規模な作戦を実行したんだから、犯人たちもそう簡単には諦めないと思うよ。あなたたちと殺し合いをするくらいなんとも思ってないだろうし、むしろやる気満々で待ち構えてるんじゃないかな」
「こういう状況で、お前みたいな妙なやつの言うことをそのまま信用しろっていうのか?」
続けて何か言おうとしたSWAT隊長だったが、急に口をつぐんだかと思うと、突然1人で喋り始めた。
「金田です。……。はい。……。はい。……。はい? ……。はぁ……」
タイカと同様に他のSWAT隊員も彼のことを注視している。彼はタイカを見下ろしたまま浮かない表情をうかべていた。
「隊長?」
隊員の1人が問いかけると、ようやく我に返った隊長は隊員たちに向き直った。
「彼は被疑者一味ではないそうだ。福島。手錠を外してやれ」
隊長にそう言われた隊長より大柄の若い隊員が、「はっ」と返事をして防弾ジャケットのポケットから手錠の鍵を取り出した。
隊長がタイカの前に立つ。
「警備本部はおまえの情報にもとづいて作戦を実行せよと命令してきたぞ。いったい何者だ?」
「それは長い話だから、まずは犯人の殲滅を考えようよ」
「殲滅じゃなくて逮捕だろ。我々は戦争してるんじゃないんだ」
「似たようなもんだと思うけど」
「無法者はそうだろうが、我々は法の番人だ。とにかく被疑者に関する情報を持っているなら、それを教えてくれ」
SWAT隊長に促され、タイカは自分がスキャンした地下通路の詳細データと、エマニがネット内の全検索で拾ってきた犯人グループ関連の情報を彼らの端末に送信した。
隊長はデータを見てすぐに通路がバリケード外までつながっていることを認識した。出口の場所はヤマワが作戦本部に伝えていたので、隊長はそれらの情報を元に制圧手順を組み直した。
すると、隊員の1人が疑問を投げかけた。これほど大規模な秘密倉庫があるということは、保管しているのが臓器だけとはかぎらない。そもそも彼らの持っている武器も商品の一部ではないのか。
「武器の密売もやってるというのか?」
隊長が聞き返す。
「こういう連中はいってみれば裏社会の総合商社です。金になることなら何にでも手を出すと思いませんか?」
「ありえるね」とタイカが同意する。
「だからと言って、引き返すわけにはいかんだろう」
同僚の隊員が不満そうに言った。すると、意見具申した隊員は微笑んで「そりゃそうだ」と応じた。
「引き返すどころか、ここで根絶やしにしたいんだよ」
彼の言葉に隊員たちの顔にも不敵な笑みが浮かんだ。隊長がそれを後押しする。
「つまり、遠慮はいらんということだな」
タイカの目にも明らかなくらい、SWATたちの士気が上がった。彼らの不敵な笑みから気合の声が漏れる。
「僕が先導するよ」
当然の行動と思ってタイカは歩きだそうとしたが、隊長はタイカの肩を掴んで歩みを止めた。
「いや待て。君は警察官じゃないだろう」
「…。えっ?」
タイカは予想外の回答を受けて面食らった。生身である彼らの安全を考えるなら、タイカの能力を利用しない手はないはずだ。ところが、隊長の論点はそこではなかった。
「君は民間人だ。情報提供は受けるが、ここからは我々の仕事だ」
「でも、隠れる場所もないこんな通路で銃撃戦になったら、それこそ命がいくつあっても足らないよ」
「我々はプロでそのための特殊訓練を受けてるんだ。プロが危険だからという理由で民間人の助けを借りるわけにはいかないだろ」
「じゃあ、弾が飛んできたらどうするの?」
すると、隊員の1人が大声で吠えた。
「そんなものは気合で避けるんだよ!」
他の隊員達も同意の声を上げる。
「『気合』って何。極秘のバリヤーか何か?」
タイカは純粋な質問としてそう言っただけだったが、隊員たちは皮肉ととったらしかった。
「なに!」
憤る隊員たちを制すと、隊長はタイカに向き直った。
「ここは我々に任せて、君はバリケードの外に出ろ」
そして、タイカの返答を聞くこともなく隊員たちに向き直り、「前進」と声をかけた。
大半の隊員たちがタイカを睨みつけながら彼の前を通り過ぎる。
タイカは彼らの反応を理解しようとしばらく考え込んでいたが、結局その糸口すら見いだせなかった。かといってこのまま引き返す理由もないので、SWATの最後尾から少しだけ離れて後を追った。