病気がちな少年と話を聞く少年の約束。
文字数 3,216文字
ーーベッドもシーツも薄いカーテンも白い。そんな病院の病室よりも真っ白な部屋に、不釣り合いな暗い表情の少年。少年に会いに来ると、一度は暗い顔をされるーー病気らしいから仕方無いか。
いつもの、この病気がちな弱々しい少年ーー俺も少年で、目の前の奴の方が歳上だけど、いつものそのある少年の寝室で、俺は話を聞いていた。
寝室が自室って、自室がこのでっかいカーテンーーてんがい? とかいうのが付いているキングサイズとかのベッド、絶対キングサイズとかだーーそれで埋まっていて他に何も無い様な場所が自室って、やっぱり寝室なんだと思う……。こいつの自室はどこかにーーこの屋敷みたいな広い家のどこかに隠しているんだろうな。汚いとかいう理由じゃなくて、入られたくないんだろう……。まぁ、最近会ったばかりの自分を自室に入れないのは分かるーーけど、だから寝室というのは分からない。何で寝室? 寝室には入れない、自室よりも隠したい場所だっていうのが一般的じゃないの?
ーーと、毎回思う。隠されている自室も気になる……。
だけど、俺よりお兄さんで、だけど弟みたいな少年の話は、この寝室によく似合った声で、小さな子供ならうとうとと心地良く、気持ち良さそうに眠ってしまうだろう。ーーなんて、俺の思考回路や言語表現に少年でお兄さんの話し方が移ってしまうくらい、会ってから沢山話を聞いた。どれも小学生の俺にも分かりやすく、頭を痛めない話だった。
精神的に大人なんだろうな。ーー太々しさは違う何かで、キャラとかだと思う。少年でお兄さんは、病気がちで家の寝室に篭っている引き篭もりだけれど、太々しい、そんな
今日の話も知っているものだった。割といつもそうだ。何故か知っているーー意外とここは近所なのかもしれない。俺の地域に伝わる話や、起きた出来事、歴史なんかだった。
家を知られたくない、という理由でいつも俺は目隠しでここまで誘われる。お兄さんが手を引いて、着いたらここ。変な事はされない。変な事をしてくるお兄さんの友達とかもいるけど、ボディーガードの人とか、お兄さんの同級生の人とかが止めに来てくれる。
変な事をしてくるけど、俺が本当に嫌がると、ちゃんと止めてくれるし、脅かしに来るだけみたいだった。何だか、ここに来るのは止めろって言っているみたいなーー……。一度、俺を心配している様なそんな目で見てきた。
そのうち、少年お兄さんが『君が来る時は彼はここに来させない様にしたよ』なんて言って、その後『二人きりで話したい事もあるからね』と微笑んだ。
『迷い込んで来る子や人は意外と多いんだ、此処。だから俺はね、アイツが心配でーーって寝てるのぉ!? 聞きなさいよぉ、アンタが聞いてきたんだから……。』少年お兄さんの、お姉さんみたいなお兄さんが俺にそんな風に言っていたらしいーー俺はその時眠ってしまって、後で他の人に聞いた。たしか少年お兄さんの同級生の人。
外から人がーー屋敷は外から見た事がある。大きくて、目に入りきらない。首を左右に振って、屋敷が全部見られる。『きっとメイドとか執事さんとかがいる』なんて呟いたら、『居るんだよ。』って、お兄さんが振り向いて俺に答えた。『後は教育係と、それからーーこっちにおいで? 近くでよく顔を見せて欲しいんだ。この屋敷にいる者がーーううん、僕の同級生達までーー、君が僕に何処か似ているって。』と言って俺の顔を両手で引き寄せた。
「似ている? ーー僕より他の誰かーー……。」
「たぶん、お兄さんの後輩、その人親戚だから。」
早口で言った。どきっとしたのは、お兄さんの髪がさらさらで顔が整っていて、綺麗だからなのもあった。両方にびっくりした。それから、周りの人達が言う様に、何だか顔付きが俺と、たしかに似ていた。でも、髪は俺の方が硬いし、パーツの大きさが違うし、肌の色も違った。
「大きくなったら僕にも似るかもしれないね? そんな気がするよ……。何だか他人じゃないような……。」
「他人ではないかも。調べてみたら、あ」
「調べたのかい? 僕の事ーー……。これは、君の事も調べなければならなくなったよ。」
「ごめんなさい……。でも気になって。聞いたら、ーー……。」
「? 」
言葉に詰まった。ーーお兄さんは、死んだ俺の親戚で、御先祖様なのだ。
俺の家の仏壇に、戒名の書かれた位牌もあった。
その位牌を、俺がよく見える様にと、手に取り見せてくれた。そのおばさんにも、お兄さんは似ていた。おばさんの方が似ているんだ……。
ーーけれど、よく調べたら、お兄さんはその人物とは別人だった。同じ名前を付けられたという事を執事たちからお兄さんが聞き出したのだ。俺は良かった、オカルトとかじゃなかった、と胸を撫で下ろした。
「君は心配症だね。ーーでも、今回の事は僕も心配になったよ。……。僕が本当に死んだ人間だったならーー同じ場所にいる君も死んだ人間になるからね。」
そうだ。俺も死んでいる事になる。
「さぁ、死者の話はここまでにしよう……。今日の話をしようか。今日は何にしようかなーー、僕は今何回しようかって言ったか、思い出せるかい? それを思い出して数えている間に話をーー」
二回ーー三回だ。あれ?今は入ってない? 少し前と今の後に言った……。よし、答える時は『少し前と今の後』にしよう。あ、俺も今言った。
考えているうちに、話が決まったみたいだ。顔をこっちに向けて微笑んだ。お兄さんがそうしたら、話の始まりなんだ。これは、いつも。
ーーーー今日の話も、やっぱり知っている。俺の通っている学校の校庭に植っている樹の話だ。
俺がその樹と話せるのは内緒。お兄さんともう少し仲良くなったら話してしまうかもしれない。だけど、まだ内緒……。
「ふぅん。」
話の学校も樹の事もーー、知っている事を話さない様に、返事をした。ーー返事をしてから、"話したいな"、と思った。けれど、お兄さんは俺と目が合うと、顔を顰めて苦い物を食べたみたいな表情をして、悲しそうな顔をした。
「ーー君にはつまらなかったかな? もっと何かーー楽しい話をーー……。っ、」
いつもの発作だ。お兄さんは病気で、たぶん喘息だと思う。空気が悪かったりすると、直ぐに発作が出るーーストレスが原因な事もあるし、今は息が切れてしまったのかもしれない。沢山話してくれたから。ーーだけどーー……。
「大丈夫だよ。大丈夫? 」
ストレスの方かもしれない。お兄さんは俺が素っ気無い返事を返したり興味が無いと思ったりしてると思っているみたいだ。毎日、そうじゃないって言っているのに。
「うんーーちょっと、苦しくなった……。」
まだ苦しそうだけれど、お兄さんは発作を起こさなかった。心臓に何かあったのか、俺の友達みたいに肺気胸を起こしたのかもしれないーーと、俺も苦い顔をしていた。直ぐにそれを直した。たぶん、もっと不安になるだろうから……。
「充分楽しい。ーー話し方も上手いし、引き込まれてその世界にいるみたいになってて、だからぼうっとしてるみたいに見えたかもしれない、けど、つまらないって顔じゃないよ。」
嘘じゃない。本当にそう思う。ーーけれど、お兄さんが楽になる様に考えたのも本当で、それは嘘臭い気がした。そんな気持ちを悟られたりしない様に、奥に押し込めた。押入れみたいな場所の奥の奥の方へ仕舞い込むみたいに。
「ーー何もかも、お見通しなんだ。悔しいな、いつも君はーー、そうやってーー……。」
え? ーー気づかれたのかな、お兄さんは鋭いし……。お兄さんの方が“お見通し”って感じだ。子供の俺に合わせて、子供っぽい言動をして見せてーーだけど、本当に悔しいのなら、ーーそうなら、俺はお兄さんより何か勝っていてーー
「悔しいから、僕も君の事を分かる様になるよ。君の理解者に。」
どこが上手だっただろう? と、首を傾げる前に、お兄さんがそんな事を言った。ーーそう言ってくれた……。