大樹と子供と、その後に。

文字数 2,434文字

「土星ーー、お前はこの俺を覚えているか? 」

「冥王星……。」

ーー思い出したか? いや、違うな。


「自己紹介がついこの間だ。そんな大業な台詞で僕に話し掛けて来たって君はーー」

別の誰かを攫いに来たんだろう?




“その子はね? 大樹だったーーううん、その頃は、その人は、かしら。”

“う〜んと昔、大昔って事。その大昔よりは、最近。ーー、そうね? 丁度、戦争が落ち着いて、終わりの頃だったわ。”

「大樹だったその人は、小学校に植っていた。そこに植っていて、小学生達ーー僕もだけど、子供達を見守ったりしていた。ある日は相談に来る子供の話を、ある日は自殺を考えている教師の悩みを、静かに聞いてその話を納めていた。話された話は、その人が消化して、納めて収めてくれていたって言うんだ。ーー家のばぁやがだよ。話して聞かせてくれたんだ。耳にタコが出来るくらいにね。」

僕の自室、寝室でもあるこの場所に、君が来るのは何度目だろう? 来た事が嬉しくて、というより、何か話さないとつまらなくて帰られてしまって、僕はまたこの部屋で長い時間を過ごさなければならない、それは嫌だと思って、話をしていた。話し始めたら、それは止めど無く溢れ出る様に、自分でもびっくりするくらいにすんなりと、きちんと話になり、伝える事が出来た。耳にタコが出来るくらいに聞いたのだから当たり前だけれど……。

「ふぅん。」

話し相手は、そう一言だけ応えた。

天蓋付きのベッドの上にちょこんと座っている姿が君には不釣り合いで可笑しかった。ーー例えば愛らしいぬいぐるみやマスコットだったならどうだろう? 

僕と同じくらいに小さな背丈、目は大きい様に見える、けれどあまり開かれないーーそして、口も。

ーーあぁ、僕の悪い癖だ。興味を逸らして見ない様にしてしまっている……。きっと、退屈だと思われているのだ。

「ーー君にはつまらなかったかな? もっと何かーー楽しい話をーー……。っ、」

息が詰まった。発作が出てしまうかもしれない……。いつもそうだ。ーー特に君が退屈そうにしていたりすると。

ーーいや、分かっている。僕がどうしてこうなるのか。

「大丈夫だよ。大丈夫? 」

「うんーーちょっと、苦しくなった……。」

焦った様子でもなく、いや、一瞬は焦っていたかもしれない表情は平静としていて、いつもの通りの台詞を言うーーその姿にほっとして、そして残念でもあって……。

きっと僕がそのまま発作を起こして救急車で運ばれたりなんかしたら、そんな事になったとしたら、その平静もポーカーフェイスも崩れてーーしまうのかな?

目が合っても、合っていない様な、遠くを見る眼差しが、今は此方を向いていて、僕を見詰めていた。いつもは何処か、僕を擦り抜けて後ろの方、遠くを見ている様なのに……。

「充分楽しい。ーー話し方も上手いし、引き込まれてその世界にいるみたいになってて、だからぼうっとしてるみたいに見えたかもしれない、けど、つまらないって顔じゃないよ。」

真っ直ぐだ。でも知っている。真っ直ぐなその言葉も瞳も、作り上げられたまやかしや虚構で、ーー……。

「ーー何もかも、お見通しなんだ。悔しいな、いつも君はーー、そうやってーー……。」

ーー違う、止めろ、僕は信じたい!

そう思って伏せてしまった顔を上げ、見詰め返した時、真っ直ぐなその瞳と目が合った。

この瞳も、掛けられる言葉も、何もかも全て、間違いなく僕を気遣うものだと!

瞳は揺らぎ、泳ぐ様に視線が外された。ーーけれどそれは当たり前のーー人の感情の揺らぎだと考えていたら、向かい合うその目がまた、僕を見た。

ふふ、という笑い声が聞こえて来た気がした。僕が悔しいと言ったからだ。だから君は僕に勝った気になっているーー? 勝った気というより、これは、そう、僕の台詞そのままのーー……。

あぁ、『何もかもお見通し』の瞳だ。

「悔しいから、僕も君の事を分かる様になるよ。君の理解者に。」

だから、捨てないでーーなんて、そんな事をこんな感情で言うものじゃないことを、思春期の僕はしっかり分かってしまっていたから、君のその憂いも嘆きにも、気づけなかった……。

気づいて手遅れだと分かった時、君はもう、命を落としてしまった後だった。

君が何処かへ、ーー何処か遠くへ行ってしまうと感じていたその僕の嫌な勘は、当たってしまったのだ。

「星が攫っていったんだよ……。星がーー、っ!! この子が追い掛けて、追い掛け続けてしまったあの星がっーー!! 」

あの星なんて言っていたけれど、僕はそう比喩された人を知っていた。僕もそうだと思った。君が唯一の理解者だと言っていた人ーー敵わないな、きっとこれからも……。

誰も敵わない、と、そう思って、分かってしまって、けれどそれがそうである事が嬉しいと思うくらいに、その人は穏やかだったーー、穏やかに見えた。

だから、僕らは知らなかった。

君の憂いも嘆きも悲しみも、その人が起因で起こされているのだと。

起因と思うのがーー、推測するのが僕だけだったとしても、皆んな、似た事を考えるだろう。

それ程に因果めいた事なんだ。ーーと、僕は君が死んだ当時、そう思っていた。

その起因に、僕自身がーー、この僕に絡まる業という名のそれが、深く関わっているとも知らずにーー……。

「今度こそ、君の理解者に、なる、からーー……。」

だから、照らしていて。

夜空を。

怖い( オモイ)えを(いだ)いて夜道を歩く、そんな子供達をーー……。

「ーー隠れることが上手な君は、きっと冥王星だろうね? ーー冥王星は、丁度無くなってしまったから……。」

失くし、失ってしまったものがある誰かの、そのぽっかりと空いた穴みたいな虚無を見て、見つけて、その虚無に寄り添う様なーー、居ないから、そこを埋めていたりするーーそんな君にもぴったりだ。

ーー良いだろう? 君の親友の、最初の我が儘だよ? きっと叶えて、成って欲しい……。

夜空を見上げて、言葉を放つ様に願った。
星々がキラキラと、ーー天の河も流れていて、オーロラさえ見えそうだった。
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