第28話 サヨナラの土曜日

文字数 3,137文字

 麗桜と風雅は鬼音姫との集合場所である保土ヶ谷バイパスに向かっていたが、東名高速を横浜町田インターで降りた所で覆面パトカー2台と出くわしてしまった。

『ちぃっ、こんな時だってのに!』

 麗桜と風雅はそのまま保土ヶ谷バイパスに合流するしかなく、覆面のパトカー2台を引き連れたまま走っていったが哉原たちはまだ来ていなかった。まだ少し早かったのだ。

 2人は仕方なく単車2台でパトカー2台を相手にしながら横浜方面に向かうことにした。
 風雅は神楽の所に寄っていくように言われていたが、最悪それは諦めるしかなさそうだった。




 愛羽は目を覚ました。

 昨日一晩中玲璃を探し続け、結局朝まで見つからず考えがまとまらないまま朝を迎え、いつの間にか寝てしまっていた。今週は蘭菜と蓮華のことがあってから思いつめ、ちゃんと寝れない日が続いていたこともあり、ここへ来て長い眠りに入ってしまっていた。

 時間はもう22時30分になろうとしている。

『もうこんな時間なの!?』

 愛羽は急いで特攻服に着替えた。やはりまだ玲璃から連絡はなく、麗桜から風雅と先に行くとメッセージが入っている。

 その時、新しいメッセージが入ってきた。

 愛羽はそれを見ると走って家を出て単車に乗り走りだした。


「今日あたしは雪ノ瀬の言う通り1人でベイブリッジに行く。

 ごめんな。お前がいたら行かせてくれないか一緒に行くなんて言い出すと思ってさ。

 あたしには勝ち目なんてない。それは分かってるつもりだよ。

 でもな、やっぱりあいつらは許せない。蘭菜と蓮華をあんなにしやがって。

 だからあたしが仇を取ってくる。

 できたらお前は2人と一緒に逃げてくれ。

 愛羽。あたしはお前と出会えてよかったよ。

 お前はあたしが知ってる中で1番素敵な人だ。お前はあたしが守る。

 小学校の頃。お前が兄ちゃんいなくなって泣きながらあたしんとこ来てくれたあの時。あたしはお前を守るって決めた。

 それからどんだけお前を守ってこれたか分からないけど、この件はあたしで全部終わらせてくる。

 怒らないでくれよな。

 あたしにお前のこと、最後にちゃんと守らせてやってくれ。

 じゃあな、愛羽。」






 愛羽は恐れていた嫌な予感がそのまま現実になっていくのを体中で感じていた。

 玲璃は死ぬ気だ。さもなければ殺す気だ。

 一刻も早く止めなければ取り返しのつかないことになるのはもう間違いない。

 麗桜と風雅はもう出てしまっている。まだ伴にも連絡できていない。どうする?どうすればいい?その言葉だけが頭の中を暴走し、ただぐるぐると回っていた。

 そしてこんな大事な時に何やら単車の調子がおかしい。スピードが全然上がっていかない。エンジントラブル?こんな所でモタモタしている暇はない。愛羽は走りながら身をのりだしエンジンを見回した。だがそんな所から見ても分かるはずがない。相当焦っている証拠だ。

 すると前方を全く見ていなかったので対向車線から右折してこようとした車が前を見ずに直進してくる愛羽に気づき「プァー!」とクラクションを鳴らした。

『あっ!』

 愛羽は音で気づくと反射的にハンドルを切り急ブレーキを踏んだ。なんとか衝突は避けられたがそのままスリップし、勢いよく転倒してしまった。

『おい!大丈夫か!?』

 車の運転者に声をかけられたので立ち上がり頭を下げると単車を起こそうとした。普段こけることなどまずないので、いざ起こそうとすると上手くいかない。

『愛羽。単車倒した時にはさ、ひざ入れるんだよ、ひざ』

 どこからかそんな声が聞こえた気がした。

 その声はもう何年も聞いてないけど忘れもしない、大好きな優しい声だった。

『お兄…ちゃん?』

 愛羽は周りをキョロキョロと見回したがもちろん誰もいなかった。兄はまだ刑務所、こんな所にいるはずがないのだ。

 気を取り直して今度は単車の下にひざを入れ、しっかりと持ち上げ起こすことができた。

『こんなことしてる場合じゃない!』

 すぐにエンジンをかけ直そうとしたがセルを回してもエンジンがかからなかった。

『嘘でしょ!?』

 セルは回るが一向にかかる気配がない。CBXにキックはない。愛羽は1人で単車を押して走り押しがけに挑戦するが全くかからない。

『かかって!…動いて!』

 セルを回し、ダメなら1人で単車を押して走り押しがけを繰り返したが、やはりエンジンはかからない。

『ねぇ、なんで今なの?今がどんな時か分かってるでしょ?お願い。行かなきゃいけないの。みんなやられちゃう。玲ちゃんも、麗桜ちゃんも、風ちゃんも、伴さんたちも、みんなやられちゃう…あたしのせいで、あたしがバカだから、あたしが弱いから大事な人たちみんなやられちゃう。お願い動いて!あと1回でいいから動いてよ!』

 愛羽は泣きながらタンクを叩いて散々なげいた後、下を向いてそれすらもやめてしまった。

『そいつに話しかけても旧車はAIとか付いてないから聞いてくれねーぞ』

 声をかけられたのに気づいて涙をぬぐうと1人の少女が立っていた。

『あ、あなたは…』

『なーんか見たようなCBXだと思ったらやっぱりそうだ。お前この前ウチの店来てたろ』

 金髪のポニーテールに青いリボン。蓮華がSSを買った、あのバイク屋にいた娘だ。

『お前、暴走族だったのか?』

『あ…うん。一応』

『ふーん…で、こんなとこで何やってんだよ』

『えと、実は今、すごい急いでて、でもスピードが出なくて、色々考えごとしてたら車とぶつかりそうになっちゃって…』

『それでこけたと。ケガは?』

『大丈夫。でも、エンジンがかからなくなっちゃって』

『あーそのようだな。ちょっとどけ』

 愛羽はバイク屋の娘に言われ単車から離れた。バイク屋の娘はCBXの周りを1周しながら色んな所を触っていった。

『…お前、これ走ってきたのか?』

『うん。でもスピードが全然出なくて』

『だろうな…死んでるよ』

『…え?』

『…プラグだよ。全部死んでる。とりあえず交換すんか』

『えっと、プラグって?』

『あーあー、いいよどいてろよ。どーせなんも分かんねーんだろ?』

『ご、ごめんなさい…』

 バイク屋の娘は愛羽のCBXのプラグを全て取り外し、自分の単車に付いていたプラグをCBXに付け直していく。

『運が良かったなぁ、あたしがここ通って。きっとこいつが死にかけのプラグで、あたしんとこまでお前乗せてきてくれたんだ。お前、こいつに感謝しな。大切にしろよ?ほら、終わったぞ』

 愛羽はキョトンとしていた。

『とりあえずかかるかやってみろよ!』

『あ、は、はい!』

 愛羽がセルを回すと、さっきまでが嘘のようにエンジンがかかり轟音を響かせた。

『よしオッケー。おい、今度工賃としてタバコ買ってこいよな』

『あ、あの、あなたはどうするの?』

『どうするもこうするもねーべよ。走らねーんだから押してくか置いてくかするよ』

『そんな、悪いよ。あたしの為にそこまで』

『うっせーな!知るかよ!なんか急いでそーだったから動くようにしてやったのに、いらねーなら返せよ!』

『えっ!?いやっ、あ、ありがとう!』

『守ってこいよ』

 金髪のポニーテールは真剣な眼差しを送ってきた。

『事情は知らねーけどよ、大切な仲間なんだろ?ぜってー守ってこい。で、今度今日の話また聞かせろよ』

『あ、うん。あの、あなた名前は?』

『あ?あたしか?月の下、綺麗な(ドレス)で踊る女、月下綺夜羅だ。(つきしたきよら)お前は?』

『暁、愛羽』

『分かった、覚えとくよ。ほら、早く行きな』

『うん。ありがとう綺夜羅ちゃん!』

 愛羽は礼を言うと走りだした。その姿を見届けてから綺夜羅はタバコに火をつけた。

『ちぇっ、ちょっといい人ぶっちまったかな。いいなぁ、特攻服。あたしも早く着たいや』

 綺夜羅は月を見上げ、煙を吐き出した。
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