第42話 暴走

文字数 2,427文字

(ちっ、このバカ本当にやる気か?)

『おい!動けねぇ奴は下がってな!どうやらあの狼少女キレちまってるよ』

 向かってくる雪ノ瀬を見て神楽は言ったが、誰1人として下がろうとはしなかった。

(やれやれ。あっちがあっちなら、こっちもこっちか)

 仕方なく神楽が1歩前に出た。

『来てみろ、狼少女』

 雪ノ瀬は神楽めがけて助走をつけた。そしてその1発目。さっきとは比べ物にならない程速く、重い拳を放った。

『ちっ!』

 神楽はギリギリそれをかわしたが、その異常な威力は目の前をかすっただけで分かった。

(…こいつは…ヤバイね)

 1発目をかわすも、すぐに2発目3発目がくる。連続で打ちこまれる鉄球のような拳に神楽もたちうちできず、ここにきて今日初めて殴り倒された。

『うぅっ!…く、この野郎…』

『ははは!殺してあげるよ!』

 更に雪ノ瀬は追い討ちをかけていく。周りの人間を見かねて前に出た神楽だったが、再びドーピングされた雪ノ瀬の前になす術なく追いこまれていく。

 手負いの人間たちもそこへ割って入ることができず、圧倒的な暴力を見ているしかない。

 しかしこの女は違う。

『雪ノ瀬ぇ!!』

 呼ばれた方を見ると勢いよく拳が飛んできた。

「バチンッ!!」

 周りが聞こえる位大きな音を立てて豹那の全力の拳がその顔面に炸裂したが、やはりさほどダメージになっていないようだ。これ以上ない程の力を込めた豹那の不意打ちによる一撃だったが雪ノ瀬はニヤニヤしているだけだ。

『ちっ、バケモノめ』

『まだ生きてるの?早く死んじゃいなよ』

 雪ノ瀬は豹那に狙いを変えた。

『全くバカだねぇ。ケガ人は寝てればいいのにさぁ』

『うるさいんだよババァ!』

 神楽は豹那に加勢しようとしたが思ったよりダメージが大きく、すぐに動けない。

 雪ノ瀬は飛び上がると斜めに傾きながら回転し強烈な蹴りを放った。 豹那はガードしようとしたものの、勢いよくふっ飛ばされた。

『く…くそったれやろうめ…』

 豹那はもう限界だ。だが雪ノ瀬は尚も豹那に向かう。するとそこに伴が立ちはだかっていった。

『みんなそんなに早く死にたいの?』

『いいえ。でも死にたくなくても守らなければならない時があるのよ』

 伴はもう立ちはだかることしかできない。一瞬で数発の拳をくらい何もできないままなぎ倒されてしまった。

『うぅ…』

『バカやろう!余計なことしてんじゃないよ!』

 伴を更に蹴り飛ばそうとする雪ノ瀬に、豹那は見ていられず殴りかかっていく。しかしいとも簡単にパンチを手で受け止められ、反対に右からもろに殴り倒される。

『うぅっ…あぁっ…』

 豹那は殴られた顔を押さえうずくまっている。信じられなかった。鉄の大ハンマーで殴られたようだった。

『あはは!神奈川のチームの総長たちが情けないなぁ。どうしたの?怖くてかかってこれないの?』

『そいつは聞き捨てならねぇな』

 次は樹が挑んでいった。樹は構え、絶好のリズムで攻めこみクリーンヒットと言うべき左右のパンチとローキックを叩きこんだ。

(見ろ!油断してやがるからだ!)

『どうだ!』

 樹は一瞬勝ち誇ったがすぐに覚めてしまった。全く効いていない。ひるんだその一瞬に相手のクリーンヒットもくらってしまい、腹に岩のようなパンチをぶちこまれたと思ったらハイキックで蹴り倒された。

『樹さん!』

 麗桜は我慢できずかなわないと知りながら樹の前に立ち構えた。

『バカ…麗桜、やめとけ…』

 樹は顔を押さえながら言うが麗桜はどかなかった。そしてその前に更に風雅が立った。

『もうお前に仲間はやらせない!』

 雪ノ瀬は風雅の胸ぐらをつかむと頭突きし、腹にひざ蹴りを入れ殴り倒した。

『風雅!』

 やぶれかぶれで立ち向かっていく麗桜も七条戦で受けたダメージが大きく、何もできないまま引きずり回されている。

 そこに今度は玲璃が走っていく。

『おいテメェ!その手を放しやがれ!』

 玲璃は走りこみ拳を振りかぶった。だが雪ノ瀬はそんな攻撃など虫でも払うように手ではねのけ、玲璃の髪をつかむと所構わず殴りつけていった。痛む体を更にいためつけられ玲璃は抵抗することすらできない。

(こいつ…本当に人間か?こんなことがあっていい訳ねぇ…ちくしょう…あたしには何もできねぇのかよ…)





『そう…そうだったんだ…』

 愛羽は七条琉花と龍千歌から、都河泪のことや4人が東京連合に襲われたことや東京連合になった経緯、そして走り屋になろうとしていたことなど全てのことを聞かされていた。

『ごめんね…敵のあんたにこんな話して…』

 七条は悲しい目をしたまま表情をゆるめた。それを見て愛羽は自分に問いかけていた。

『…瞬はなんとかしてあたしたちが押さえるから、その間にみんな連れて逃げな。もう神奈川に手を出さないことはあたしが責任持って瞬に』

『七条さん』

 頭の中の整理がついた訳じゃない。

『あの人が使ってる薬はまだあるの?』

 この人たちを許した訳でもない。

『…え?あるには、あるけど…』

 でも自分がこの人たちと同じ選択をしなかったとは言いきれない。

『打って』

 自分が今しなきゃいけないことは何か。

『…え?…打ってって…え?』

 自分にできることは何か。

『あの人と同じ薬、あたしに打って』

 愛羽は自分にもう1度問いかけた。

『そんな…打ってどうするの?』

『あたし、あの人に言いたいことがあるの』

『無茶だよ!これがどんな薬か知らないでしょ!?まだ体にどんな影響があるかも分かってないんだよ!?あたしたちがどれだけ瞬を止めたか!』

『でもあの人は使ったんでしょ?』

『…やめときな。薬に慣れるまでだって時間がかかるんだよ。今この場で打ったとしても、あんたが瞬に勝てるとは思えない』

『あの人を止めたくないの!?』

 琉花はその言葉に胸ぐらをつかまれた気分だった。

『あたしはあなたたちを許さない!でもその子の、泪ちゃんの気持ちは分かるの!』

 琉花も千歌も、その姿に今も眠り続ける少女の姿を重ねてしまっていた。

『だから力を貸して!早くして!』
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