第37話  悪修羅嬢王

文字数 2,001文字

 ここはベイブリッジだ。そして今、東京連合と夜叉猫、愛羽と玲璃たちの大乱闘により完全に封鎖状態となっている。

 そのベイブリッジの向こうから、つまりは自分たちのいる首都高速道路を堂々と逆走して大黒の方から何かがやってくるのだ。

 何かと言うなら単車の群れだが、玲璃は今この状況でここにやってこようとする人間に心当たりなどない。だから東京連合の応援が来たものとばかり思っていた。

 しかしその単車の群れが近づいてくると、その先頭の人間があまりにも意外な人物すぎて玲璃は自分の目を疑った。

 闇夜に煌めく銀色の髪に、月明かりに照らされる白く美しい顔。そのスタイルは、世界中探してもなかなかお目にかかれない程すばらしく、妖艶な紫の特攻服が彼女の魅力的なボディラインを更に強調している。

 その人物以外は全員紺色の特攻服で揃えていて、それがその女をより派手に目立たせていた。

 その場にいた全員がそちらに注目していると、それらは単車から降り歩いてきた。

『照れるじゃないか、そんなに大勢で見つめたら。このあたしがそんなに魅力的かい?』

 歩く姿はまるでパリコレを思わせた。特攻服をこんなにセクシーに着こなす女が、この世界に他にいるだろうか。

『おい玲璃。もう少し美しくできなかったのかい?あの人形』

 玲璃はいきなり人形のことを言われてドキッとした。

 女の特攻服には、背中のチーム名の下に縦で堂々と「悪修羅嬢王」の5文字が金の縁に銀色の文字で施されている。

 湘南 悪修羅嬢の総長 緋薙豹那は、すぐそこまで来ると1度悪修羅嬢たちの方に向き直った。

『いいかいお前ら。悪修羅嬢は暴走愛努流と夜叉猫と手を組む』

 両手を広げると悪修羅嬢たちにそう宣言した。

『…だが…』

 豹那は雪ノ瀬瞬をしっかりとにらみつける。
そして風に髪をなびかせながらゆっくりと標的の方へ歩み始めた。

『誰が1番強くて美しいのか、東京の奴らに2度と忘れられないくらい体で教えてやれ…いいね?』

 悪修羅嬢王は声に凄味をきかせて怒鳴り声をあげた。

『東京連合をっ!!!ぶっっつぶせぇぇっ!!!!』

 悪修羅嬢たちは声をあげ一斉に東京連合に飛びかかっていった。

『さて、そのチビを放してくれるかい?そいつを連れて帰らないといけない約束があるんだ』

 愛羽は蹴り飛ばされ転がった。

 さすがの雪ノ瀬も突然の悪修羅嬢参戦は完全に予想外だったらしく怒りの表情を見せた。

『どいつもこいつもうっとうしいね。それであたしに勝てるつもりなの?』

『そのわりにはずいぶん焦ってるみたいじゃないか。二手に別れちまったのはどうやら失敗だったね』

 雪ノ瀬は驚いた顔でどこかに電話をかけ始めた。しかしその相手は出ないらしい。

『向こうに電話したのかい?せっかくだからいいこと教えてやるよ。大黒には覇女と鬼音姫が仲良く参上したんだとさ。やばいんじゃないか~?なかなか手こずってると思うよ?』

 豹那がニヤつくと、とうとう雪ノ瀬の怒りは治まらなくなってきた。

『そんなにあたしを怒らせたいの?いいよ、やってあげる。全員ぶっ殺してやるから!』

 豹那は歩いて雪ノ瀬の前まで来ると据わった目で微笑んだ。そして少し上から見下すように溜め息をついた。

 瞬間、その闘いは始まった。先手は雪ノ瀬瞬。右拳でおもいきり豹那の顔面を殴りつけた。それを見ていた玲璃が思わず目をつぶってしまう程まともにくらった。

 他の人間なら間違いなく殴り倒されるか飛ばされるかしているはずだが、豹那は大きく後ろにのけ反るも立っていた。口から血が垂れている。それを見て雪ノ瀬がニヤッと笑った。

 だが豹那もニヤリと笑い返した。そして豹那も同じように右拳で力を込めて雪ノ瀬の顔面を殴り返した。玲璃はとても見ていられなかった。

 雪ノ瀬にやられて座りこんでいた愛羽に手を貸してやり、豹那と雪ノ瀬から少し離れた所に2人で移動した。

『大丈夫か?愛羽』

『痛てて…玲ちゃんこそ大丈夫なの?ずっと1人だったんでしょ?』

『あたしは大丈夫だよ。それにしても本当に信じられねぇや。悪修羅嬢があたしたちの味方だなんてな』

『聞いてた?覇女と鬼音姫も大黒に行ってくれてるみたいだよ?』

『はは…どーなってんだよ』

『夜叉猫と悪修羅嬢だって、この前ケンカしたばっかりなのに今一緒に戦ってるんだよ?嘘みたいだよね』

『豹那も雪ノ瀬も、あの2人はやっぱバケモンだ。よく平気で立ってられるよ。普通じゃないぜ』

『そういえば麗桜ちゃんが言ってた。雪ノ瀬はドーピングしてるかもしれないって』

『ドーピング?ボクシングとかオリンピックでよくあるあれか?マジかよ。素人同士のケンカでドーピングなんて、聞いたことないぜ?あいつの強さの秘密はそれだってのか?』

『分からない。どの程度の効果があるのかも知らないし本当にそうなのかも分からないけど。でも、もしそれが本当だとして、あの子がそこまでして戦う理由ってなんなんだろう…』
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