第21話 不吉な予感

文字数 6,149文字

 うっかり土曜の夜に1人単車で走っていた蘭菜。

 不運にもそこに狼はいた。

『…少女は好運にも…獲物を見つけました…あぁ神様。これが運命というものなのでしょうか…』

 雪ノ瀬は単車のエンジンをかけ蘭菜を追いかけた。あっという間に蘭菜の後ろに追いつくと左手に何かを構えた。それはガス式のエアガンのようで彼女は狙いを定めて引き金を引いた。

「パヒュン!」

 後ろから撃つと三段シートが邪魔でなかなか当たらなかったが、それでも撃たれた蘭菜は狙われていること、そしてそれが雪ノ瀬であることに気づいた。

『あー、気づかれちゃったよ。まだ早いよー。おもしろくないなぁ』

 そのまま今度は真横に並ぶと再びエアガンを構え撃ってきた。

『痛い!』

 その弾がハンドルを握る手に直撃した時、蘭菜はその威力を知った。血が出ている。どうやら違法に改造されているらしく殺傷能力は高そうだ。

『そうか。狙いは手じゃないんだね。』

 雪ノ瀬はそれを蘭菜の顔に向けた。

『…あぁ神よ…今ここで死ね!』

「パヒュパヒュパヒュパヒュン!」

 蘭菜は叫び声をあげた。

『いやぁぁぁ!』

 蘭菜の左目から血が流れている。連続で放たれた内の1発が目に命中してしまった。

 雪ノ瀬はそれを見て興奮し、尚もその手を止めなかった。たまらず顔をかばい弾をよけようとするが、蘭菜は前の信号待ちしていた車にそのままのスピードで突っこみ、勢いよくふっ飛んでいった。

(愛羽…玲璃…ごめん…)





 愛羽は目を覚ました。

 今日は日曜日。昨日は久しぶりに彼に会いに行った蘭菜以外のメンバーを家に招き、遅くまでパーティーを楽しんでいた。みんなまだ寝ていたが、何故かいつもより人数が少ない気がした。

『あ、そっか。昨日欄ちゃんいなかったんだ』

 とりあえずタバコを持ち火をつけようとライターを探したが見当たらない。

『あれ?どこ?』

 するとテーブルの下に落ちているのを見つけた。

『あった』

 だが火をつけようとするがなかなかつかない。仕方なくまずテレビをつけ違うライターを探そうと小物の入った引き出しを開けて中をあさった。

『…川崎市の国道で走行中のバイクが信号待ちする車に追突する事故がありました。車に乗っていた男性にケガはありませんでしたがバイクに乗っていた女性は意識不明の重体です。バイクに乗っていたのは小田原市に住む高校生杜田蘭菜さん16歳で、警察の調べでは杜田さんの乗っていたバイクの形状から暴走族に関係している可能性があり、現場付近の目撃情報では事故当時杜田さんと並んで走っていたバイクがいたことが分かっており、杜田さんが何らかの事件に巻きこまれたと見て捜査を進めています』

 愛羽はまだ火のついていないタバコが口から落ちたことにも気づかずニュースに釘付けになっていた。

『ねぇ…玲ちゃん…』

 玲璃と麗桜は眠そうな顔でやっと目を覚ましたが、風雅と蓮華は途中から起きて見ていたようだ。

『…嘘…』

 蓮華は震えていた。

『とりあえず病院行かなきゃ』

 愛羽はすぐに着替えた。玲璃と麗桜は何がなんだか分からずボーッとしていると、その内に愛羽は走って行ってしまった。

『なんだよ、あいつ。どうかしたのか?』

『蘭菜が事故でニュースになってて…なんか事件に巻きこまれたって…』

 蓮華が涙目になりながら言うと玲璃も麗桜も一気に目を覚ました。

『はぁ!?蘭菜はどこだよ!』

『場所は分かんないけど…多分、川崎の方…』

『あたしらも行こう!』

 4人はすぐに愛羽を追いかけ病院に向かった。





 4人に相当な差をつけて愛羽は先に病院に到着した。

『あの、杜田蘭菜さんの部屋はどこですか?』

『えっとですね、3階でまだ集中治療室に入られてますので、面会の方はまだできるか分からないんですけど』

 愛羽は最後まで聞かず走っていった。

(蘭ちゃん…)

 つい何日か前、一緒に花火大会に行ったのがついさっきの出来事のようで、もう当分前のことのような奇妙な感覚だった。

 3階まで来るとマップを頼りに小走りで集中治療室に向かう。すると丁度中から医者が出てきた。

『…お友達かな?』

 愛羽は無言でうなずいた。おそらくダメなのだろうが医師は愛羽を中に入れた。

 中に入ると蘭菜はほぼ全身を包帯で巻かれ寝かされていた。やはり意識はまだ戻っていないらしい。

 愛羽は頭の中が真っ白になった。

『彼女…何かで目をやられていてね。警察が鉄製のBB弾だと言っていたよ。おそらくエアガンか何かで撃たれながら走っていて、体をかばっていたら車に衝突してしまったらしい』

 愛羽は涙が溢れてきてしまった。

『ここに運びこまれた時、まだ少し意識があったんだ。誰かの名前を呼んで謝っていたよ。アイハ、それからレイリという人を知っているかい?』

 自分の名前が出てきて驚いた。

『愛羽はあたしです…』

『あぁ、そうかね。君が…』

 医師は蘭菜に目を向けた。

『愛羽、ごめん。玲璃、ごめん。と何回か口にしていてね…』

 愛羽は拳を強く握り体を震わせた。

『蘭ちゃん、助かるんですか?』

『命に別状はない。後は目を覚ましてくれないことには、まだなんとも…』

『目が覚めなかったらどうなるんですか?』

『最悪、そのまま植物状態ということも可能性はある』

『そんな…』

 愛羽は体中包帯で巻かれ色々なチューブや管がつながれた蘭菜の姿を目に焼きつけた。そして、花火大会のあの時、蘭菜がしてくれたようにそっと手を取った。

『蘭ちゃん、ごめんね。あの日あんなこと言わなきゃよかったね。あたしのせいだ。もっと考えるべきだった。考えれば分かったことなのに…痛かったでしょ?怖かったよね?守ってあげられなくて、ごめんね。』

 愛羽は立ち上がった。

『…ここにいてあげたいけど、あたし行かなきゃダメだ。すぐ帰ってくるから、安心して待っててね。どうか、元気になって目を覚ましてね』



 集中治療室を出ると玲璃たちが立っていた。

『愛羽。どうだった?』

 玲璃が聞くも、愛羽の表情からあまりよくないらしいことが窺えてしまった。

『…命に別状はないって。でも今は目が覚めないと、どうとも言えないみたい。』

 愛羽はそこまで感情のない様子で伝えると、続けて声を低くして言った。

『蘭ちゃん、鉄製の弾、エアガンで目を撃たれて事故らされたんだって。ここ運ばれた時、意識ほとんどなかったのにあたしと玲ちゃんに謝ってたんだって。なんで?謝んなきゃいけないのはあたしだよ。あたしのせいなのに…』

 愛羽はまだ体の震えがおさまらなかった。

『…違う…』

 蓮華が顔を青くして怯えている。

『あたしが言ったんだ…余計なこと言って愛羽に言わせたのはあたしだよ…誰のせいって言ったらあたしのせいだ…どうしよう…』

 蓮華は足に力が入らず座りこんでしまった。

『おい!やめろよ!誰のせいとかそんなこと言ってん場合じゃねーべよ!蘭菜だって誰のせいでこうなったなんて思ってねーよ!これからどーするかだろ!?』

『愛羽も蓮華も気持ちは分かるけど落ち着こ』

 玲璃も麗桜も2人を抑えようとしたが愛羽は止まれなかった。

『落ち着いてなんかいられる訳ないじゃん!自分のせいで友達が殺されかけてんだよ!?』

『だからってどーすんだよ!お前、まさか1人で仇取りにいくなんてバカなこと考えてねーだろーなぁ』

『バカって何よ!』

『やっぱそうじゃねーかよ。今このまま何も考えねーで動いて、それでまた誰かやられたらどうする?おめー責任取れんのかよ!』

『取ってやるわよ!あたしがあの女、どんな手段使ってでも地獄に突き落としてやるから!』

 玲璃は平手で愛羽の顔をはたいた。

『お前、ちょっと頭冷やせ。このままじゃみんなやられちまうぞ』

 麗桜も風雅も蓮華も心配そうに2人を見ているが、言葉ははさめずにいた。愛羽はうつむくと1人で歩いていってしまった。

『玲璃、放っといていいのかよ』

『…言って聞かねぇなら、放っとくしかねーだろ。あたしらはとりあえず蘭菜が目覚めんのを待って、これからどーするか考えよう…』

 しかし夕方まで待ったが、結局蘭菜は目覚めなかった。




 愛羽はその日、1人で家に引きこもっていた。

 玲璃と言い合った後、病院からどこにも寄らず真っ直ぐ家に帰ると、前日みんなで散らかした後片付けも何もせず布団にくるまって泣いていた。

 玲璃に怒られてひっぱたかれたからではない。

 仲間を守れなかった総長として自分が許せなかった。「後悔させてやる」と言われ「許さない」と言ったものの、自分の無力さを見せつけられ、結局仲間を守れないでいる自分が許せないのだ。




 心配して愛羽の家まで行こうとした蓮華だったが、ドアの前まで来た時、中からすすり泣く声が聞こえてしまい呼び鈴を押せなかった。

 その後そのまましばらくそこにいたが、今日はそっとしておいた方がいいと思い引き返していった。

 蓮華は責任を感じずにはいられなかった。玲璃はあぁやって言ったが、実際自分が余計なことを言わなければ愛羽だってあんなこと言わず、こんなことにはなっていなかったのだ。それは間違いないのだから責任は自分にある。そう思っていた。

 皮肉にも、その日蓮華の元に注文していた特攻服が届いた。





 その夜、電話が鳴って蓮華は目を疑った。かかってきたのが蘭菜からだったのだ。

『えっ?』

 もう目が覚めた?蓮華は喜びの勢いで電話に出た。

『もしもし蘭菜!?もう大丈夫なの!?』

 しかし、どういう訳かしばらく無言が続いた。

『ねぇ。蘭菜?』

『…残念でした。杜田蘭菜さんではありません』

 その声は忘れもしなかった。

『あんた、雪ノ瀬瞬ね?あんた!なんであんなひどいことするの!?』

 すると雪ノ瀬は電話の向こうでゲラゲラと笑い声をあげた。

『狂ってる。おかしいんじゃないの?』

『では問題です。私は今どこにいるでしょう。A、杜田蘭菜さんの病院の前。B、杜田蘭菜さんの部屋の前。C、杜田蘭菜さんの目の前。』

 蓮華は背筋がゾッとした。

『嘘でしょ?あんた何するつもりなの?』

『さぁね。来れば分かるんじゃない?』

『…あたしを誘ってるの?』

『でも来るなら1人で来ること。それができなかったら杜田さんはどーなっても知らないからね』

 そこまで言うと電話は切れてしまった。

『ジョーダンじゃないわよ。絶対させない!』

(でも、あたし1人で何ができるの?あんなヤバい奴に勝てる訳ない。とりあえず愛羽か玲璃に電話?ダメ。そんなことしたら、あいつ蘭菜に何するか分からない。それに、愛羽は…)

 蓮華は愛羽の泣き声を思い出した。

『あたしのせいで泣いてる…あたしを愛してくれる親友の愛羽をこれ以上泣かせたりしない』

 蓮華はまだ刺繍の入っていない、まっさらな特攻服を広げるとキャミソールの上からそれを羽織った。


「ゴウゥン!」とSSのエンジンをかけると、まだ乗り慣れないそれに乗って急いで蘭菜の病院に向かった。

 蓮華のSSの音は大きくて独特なので聞けばみんな分かる。そしてそれがこんな何もない日曜日に走り始めた音は、静かな町によく響いて愛羽たちにもすぐ分かった。

 愛羽は夜になってもまだ何も手が付かずにいるとその音に気づいた。

『あれ?この音、蓮ちゃん?どうしたんだろう』

 すぐに玲璃から電話が鳴った。

『おい、蓮華どーかしたのか?』

『え?あたし何も聞いてないよ?』

『マジかよ…おい…』

 玲璃が言葉を失っていた。

『今、麗桜と風雅にも聞いたんだ。そしたら2人も知らねーんだ。なんかマズイことになってんじゃねーか?』

 愛羽も玲璃の言おうとしていることがもう分かった。

『とりあえず今すぐ集合だ!蓮華は電話にも出ねぇ』

 愛羽は嫌な予感しかしなかった。すぐに飛び起き家を出た。

『とりあえず片っ端から探せ!連絡だけはすぐつくようにしとけよ!』

 4人はそれぞれ単車で走りながら思い当たる場所を思いつく度に探した。だが当然どこにも蓮華はいなかった。

『近くにいたら耳を澄ませば分かる。もう全く聞こえてこないよ』

『やっぱり家にはまだ帰ってねーな。SS停まってねーよ』

『そうか…』

 風雅と麗桜から玲璃に連絡が入った頃、愛羽は確信はなかったが1つ思い当たる場所にいた。それはある人物の家で、考えている余裕もなくそこに向かったが、そこにも蓮華のSSは停まっていなかった。だが愛羽は訪ねてみるしかなかった。

『これはこれは、珍しいお客様じゃないか。どうした?あたしに犯されにでも来たのかい?』

 訪ねたのは緋薙豹那のマンションだった。

『蓮ちゃんが、いないの』

『…で?ここに来てないかって?ケンカでもしたか?あいつはお前らのこと、だいぶ気に入ってたみたいだけど』

『そういうんじゃないの。蓮ちゃんが1人で単車乗ってどっか行っちゃったの。あたしもみんなも何も聞いてないんだよ…』

 愛羽の様子を見て豹那は、どうやら一刻を争うらしいことを察した。

『おい。今日テレビでやってた事故、あれはあたしの見間違いじゃなきゃお前んとこのメッシュの奴じゃなかったか?あれはどーゆーことだ』

『蘭ちゃんはまだ目が覚めてなくて、まだ何も聞けてないんだけど間違いないと思う…』

『おい。おい、ちょっと待ちなよ。さっきから何も把握できてないのは何故だい?たった5、6人のくせにこんな時に用心もできないのかい?』

 言われてることがもっともすぎて愛羽は顔を上げられなかった。

 すると玲璃から電話がかかってきた。

『おい愛羽、まずいぞ』

『何?』

『蓮華んちのじいちゃんに聞いたら、あいつ特攻服着てったらしいぞ。蓮華、あいつに呼ばれて行っちまったんじゃねーか?』

 愛羽の電話に豹那も耳を近づけて聞いている。

『でも、どこに…』

 豹那は事態がすでに最悪であることを理解し、まず良くない方から考えた。

『蓮華はおびき出されたんじゃないか?』

『…え?』

『今、どう考えても敵の中に1人で飛びこんで行くなんて普通に考えたらありえないさ。特にあいつはケンカなんてできる方じゃないだろ?それでもあいつが1人で動かなきゃいけない理由はなんだと思う?そうやって人を陥れたい時…人は、人質を使うんじゃないか?』

 愛羽も電話の向こうの玲璃もだんだんと見えてきた。

『…大変。病院だ!でもなんで?どうして…』

『とにかく病院に向かうぞ!麗桜と風雅はあたしが連絡するから、お前すぐ行ってやれ!』

『分かった!』

 電話を切ると愛羽は急いだ。

『おい。病院はどこだい』

『川崎高津病院。ありがとう。あたし行かなきゃ!』

 エレベーターも待たずダッシュで階段を駆け下り豹那のマンションを出て単車に跨がると、駐車場から車が1台ものすごい勢いで出てきた。

 黒いフェラーリ。乗っているのは豹那だ。

『おい!乗れ!こっちのが速い!』

 愛羽はその言葉の意味が分からなかった。

『早くしろ!!一緒に行ってやるって言ってんだよバカ!!』

 怒鳴られ愛羽も理解し助手席に乗りこんだ。

『あ、ありがとう…』

『うるさい!イライラさせやがって。高津だな!?』

『は、はい!』

 愛羽はこの時、初めて緋薙豹那という人の顔を見た気がした。

 豹那は信号を全て無視して恐ろしいスピードで飛ばしていく。

 するとまた愛羽の電話が鳴った。しかし携帯を手に取ると少しずつ嫌な予感がつながっていった。

 かかってきた相手が蘭菜だったからだ。

『まさか…』
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