1999-07-01 ~episode2~

文字数 3,843文字

 死神が言うには僕は今年の7月7日に死ぬらしい。今日が7月1日だからちょうど6日後だ…いや待て、死ぬ?僕が? たったの1週間で?
「いやいや、百歩譲ってあんたが本当に死神だってことは信じるよ。でもそれは流石に…」
「まあいきなりそんなことを言われて信じられないのもわかる。また信じたくない気持ちも理解できる。だが事実なんだ。1999年7月7日にお前は死ぬ。」
「だって俺はこんなにも元気な…」
「本当に心当たりはないか?例えば朝起きたときに左胸が頻繫に痛むとか、最近急に気怠さや吐き気を催すことが多いとか。」
 まるで被告を追い詰める検察官のような口ぶりで死神が僕に問い詰める。
「確かにあんたの言う通り最近は体調の悪い日が多い気が…」
「あっそ。ま、死因は少なくとも病気の類ではないし、たぶん気のせいだろ。第一病気ならもう身動きもまともに取れない状態になっている。」
 じゃあさっきの意味深な誘導尋問は何だったんだよ…
「じゃあ俺の死因ってのは何だったんだ?」
「悪いね、それについては流石に答えられない。一応ルールなんでね。」
「随分とケチなんだな、神様ってのも。」
 などと愚痴ったあとに一つ嫌な予感が脳裏をよぎった。1999年の7月?何かあった気が…

1999の年、7の月、

空から恐怖の大王が降って来る。

アンゴルモアの大王を復活させるために、

その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう。

 思い出した!ノストラダムスの予言した終末の月だ…それなら何だ?まさかとは思うがあの胡散臭い預言者の馬鹿馬鹿しい預言が本当に当たっているとでも言うのか?
「ああ、あの計算好きなペテン師の戯言なんざ信じなくて良い。」
 死神の一言で僕の心配は杞憂に終わった。終わったのは良いけどさっきの盛大な前振りを返してくれませんかね?そしてさも当然のように僕の心を読まないでくれませんかね?
「俺は神だ。人間の薄汚い心だって読み放題さ。」
 そういう問題じゃない。あとさらっと人類全体が心が汚いみたく言うな。
「実際そうだろ?どいつもこいつも普段信仰なんてまともに持ち合わせてない癖に都合が悪くなると途端に神頼みし出すやつばかりだ。そんな調子の良いやつらに付き合わされる俺らの身にもなれ。」
 死神はまたも当然のように読心術を使い、そして僕に人間に対する愚痴をこぼしてきた。それを人間(愚痴の対象)相手に言うかね...
「そこについては同情するし申し訳ないとも思うが、それを言うとますます信仰がなくなるぞ?人間ってそういう、自分に都合の良いものしか信じないところがあるし。神とて客商売なら多少気に入らなくても客である人間の機嫌は取らないと。」
 これはきっちりとした統計などの明確な根拠のない独断だが、的は射ているとは思う。
「けっ、何でこっちがわざわざ人間なんぞに合わせなきゃならねんだよくだらねぇ。」
 割りと的確なアドバイスをしたつもりだが、死神はそっぽを向いたまま悪態をついてきた。
「そういう人間を見下した態度も信仰のなくなってきた理由の一つなんじゃないのか?」
「ああわかったから。人間如きに説教される筋合いはねぇよ。」
 僕の忠告に対して死神は聞く耳を持たなかった。自分に都合の悪い情報を聞き流すのは神とて同じようだ。

 一応神様である死神にそう言われてもやはり自分に都合の悪い事は信じられないのが人間の性(さが)である。7月7日に死ぬ?僕が?冗談じゃない!よりにもよって織姫と彦星が年に1度だけ出会えて日本中が短冊に願い事を吊るすようなめでたい日に死ねるか!!だいたい僕はこんなにも元気だ。なんていう僕の想いはお構いなしに死神は事務的な話を始めた。
「でだ、ここからが本題なんだが、俺の仕事は死の近い人間を誰かと会わせてやることだ。もっとも、その”誰か”は生きていることが前提だがね。あと会わせてやれるのも1人だけだ。1人に対して何人も会わせてやってたら面倒だから。」
 神様にしては随分とケチなやつだと思いつつも僕は今まで関わってきた人たちのこと必死に思い出した。会いたい人?あと6日の命で?そんなものいる訳…いや...
「一人だけ、どうしても会いたい人がいる。」
「ほおう、そいつはどんなやつだ?とまあ聴くまでもないがな。お前の元カノだろ?」
 これまでの僕の半生は決して華やかなものではないが、唯一自慢できることがある。それは高校生の頃、ある女の子と付き合っていたことだ。その娘は地元の名家の出で、父親がそこそこの規模の会社を運営していた。いわゆる社長令嬢だ。それに学年はおろか学校全体で1,2を争うレベルの美人でおまけに性格も良い。とまあ男の願望を詰め込んだような少女だった。だがある日その会社は倒産、同級生どころか僕にすら別れの挨拶もなくその娘は突然転校してしまった。状況から考えて一家で高飛びだろう。それ以来音信不通になり、所在はおろか生きているかさえ分かっていない。だから、もし僕の命が本当に極僅かだとしたら、生きてる内にあの娘に―加耶(かや)に会いたい。
「なあ、本当に誰とでも会わせてくれるんだろうな?例えば相手の所在が分からなくても。」
「ああ、そいつが生きてさえいればな。」
「なら、神崎 伽耶(かんざき かや)という女に合わせてくれ。」
「ああ良いぜ。その女はまだ生きているからな。」
 良かった。加耶は生きていたのか。まあまさか死んではいないだろうとは思ってはいたが、やはり長いこと連絡が付かないと安否すら不安になる。
「じゃあ早速だけど伽耶の所在を…」
「とまあその前にだ…」
 伽耶の所在を聞く前に死神に制止された。
「酒でも飲もうぜ?」
 大事な話を遮ってまで言ったことがこれ。神様には"デリカシー"という概念はないのか。
「いや、酒なんかよりまず伽耶の所在を…」
「お前、まさか神様が無償で何でもしてくれると思ってる?」
 僕の抗議に対してもこの態度である。こいつはデリカシー以前に倫理に欠けていやがるようだ。
「え、だって神様ってそういうもんじゃ…」
「あのなあ、人間と神の関係はそんな片利共生じゃないのよ。普通は神が人間に対して何かしらの恵みやら施しやらを与えるのに対して人間は何らかの形で感謝の意を表すもんなの。例えば賽銭であったり酒であったり。神と言えど感謝の意も示さないような人間に対して恵みやら施しやらを与えるほどお人好しじゃないんだよ。わかったかい坊や?」
 まあ、これについてはごもっともだ…随分と資本主義的な考えな気もするが。
「じゃあそういう訳で冷蔵庫の中の酒貰うぞ…って、安い酎ハイとこれまた安そうなウィスキーやらしかないのか、しけてやがんな。」
「一介の大学生に高望みするな。文句があるなら飲まなくて良いぞ?」
「まあ良いけど神崎 加耶の所在は教えないよ?」
 このやりとりからだけでもこいつは性格に相当問題を抱えていることが伺える。神様ってやつは皆こうなのか?
「安酒しかなくて悪かったな。今すぐ上等な酒を買ってくるからそれまで待ってろ。」
「まあ待て。誰もそこまでしろなんて言ってない。別に安酒でも構わねえよ。ま、せっかくだし一緒に飲もうや。」
 じゃあ紛らわしい反応をするな。あと元々僕の酒だ。ともあれ僕らは急遽飲み会を始めた。

 飲み会が始まってすぐは不機嫌だった僕だが酒の魔力は恐ろしいもので、段々と気持ちがハイになっていき、死神の横暴な振る舞いも気にならなくなった。さっきまで嫌なやつだったのにこの短時間ですかっり意気投合してしまった。人間のもっとも偉大な発明は何かと問われたら間違いなく酒を作ったことだと今なら答える。と言う訳でしばらくは飲んだくれの酔っ払い2人(正確には1人と1柱)の会話に付き合ってくれ。

「んでさあ、後輩に魂の転生を担当してるやつがいるんだけどさあ、あいつ絶対俺のこと馬鹿にしてるよ~。」
「マジかあ、サークルにもいたわそんな後輩。難関私立高校出てるだか何だか知らねえけどありゃ絶対俺のこと見下してやがる。俺もそこそこには良い高校出てんだけどね。」
「そういうやつにはね、1回ガツンと言わなきゃ、うん、ガツンと。」
「おう、そうだな…って、俺もうすぐ死ぬからどうでも良かったわそんなこと。」
「ははは、ようし、ノッてきたみたいだなシンちゃん、ウイスキーも開けるぞ~。」
「おう、じゃんじゃん開けろ~。それでさあ、そろそろ加耶の所在を…」
「まあまあいいじゃんそんなの後で。それよりもっと飲もうや。」
「ま、そうだな。」

 で、ここからがようやく本題。ある程度酒とつまみが切れて酔いも醒めてきたところで死神が加耶の所在について口を割った。
「神崎 加耶は現在○○県××市□□に住んでいる。ああ、あとこの住所は他人には言うなよ?」
「それはもちろんだけど、その情報源は信用に足るものなんだろうな?」
「こっちは神様だぞ?人間1人探し出すぐらい朝飯前だ。」
 死神は僕の疑いに対して呆れたように答えた。
「ま、死神様が言うなら正しいんだろうな。」
 お分かりと思うがまだ少し酔っている。冷静に考えれば神様とはいえ酔っ払いの言うことを真に受けない方が良い気もするが、今はこいつの情報に頼る他ない。結論から先に述べると死神の情報源はどれも正確だった。
「酒に付き合わせておいてなんだが、神崎 伽耶にはなるべく早く会いに行ってやれよ?」
「言われなくてもそうするよ。」
 とはいえ今日は酒も入ったことだし加耶に会いに行くのは後日としよう。
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