1999-07-03

文字数 1,830文字

 死神に余命宣告をされてから3日目、今日こそは必ず加耶に会うように朝からやたらと死神が急かしていたこともあって僕は加耶に会いに行く決心をした。酒を飲むまで加耶の所在に関する情報を渋っていたやつにそこまで急かされる筋合いもないと思うが。実は昨日は実家に帰省していたが、大学はどうだとか単位は取れそうかとか彼女はできたかとかそんな話題しか振られなかった。それだけならまだしも兄夫婦に子供ができて、その初孫がかわいいと言うことをひたすら熱弁してきたので辟易してその日のうちに下宿に戻った。確かに甥は可愛いとは思うが、僕はそんなことのために戻ったんじゃない。帰省前に死神が早く加耶に会いに行くように急かしていたが、その通りにしておくべきだった。両親には悪いが貴重な1日を損した気がした。

 そんな訳で現在加耶と待ち合わせをしている駅までやってきた。最初はアポなしで行って驚かせようかとも思ったが、土地勘のない所で人探しをするのは無謀と踏んだのと、訳ありの人間に会うのに連絡を取らないのは不味いと思ってのことだ。ただその連絡を取るときに少しだけ引っかかる点があった。それは死神に教えられた電話番号を加耶の携帯電話にかけたところ、出てきたのは声と反応からして間違いなく加耶で、当然僕の声を聴いて驚いていた。そう、驚いていたのだが、如何せんその反応がわざとらしかった。知らない番号に出たら訳ありで自然消滅した昔の恋人だったら大抵はこちらが大げさに感じるぐらい驚くと思う。加耶も決して反応の薄い部類ではない。なので引っかかる。まるでこちらが連絡を寄こすことを予め知っていたかのようだ。だがまあ今はそんなことは気にしないでおこう。

 場所自体は下宿の最寄り駅から新幹線を使えば3時間程で着くところだったので移動自体は然して時間はかからなかった。問題は思ったよりも大きかった人混みの中から加耶を見つけ出せるかだが、それもすんなり見つかった。正確には加耶の側から僕を見つけてくれた。
「やあ真一、元気にしてた?」
 背後から僕を呼ぶ声がして振り返った。
「加耶なのか?」
「うん、神崎 加耶だよ。そう言う君こそ、高坂 真一で合ってるよね? 」
「ああ、合ってるよ。」
 気づけば僕は加耶を抱きしめていた。この声、この語調、この表情、この感触、この匂い、この温もり…昔に比べると随分と大人っぽくなったが(年齢的に当然だが)、間違いない、加耶だ。
「ちょっと、急に抱き着いたりしないでよ///」
「ああ、悪りい… 」
 とっさに加耶から離れた。でも伽耶もまんざらでもなかったのか、いたずらっぽく笑みを浮かべながら続けた。
「でもそれぐらい私と再会できたことが嬉しかったってことだよね。そこは私も嬉しいかな。」
「嬉しいに決まってるだろ。お前が突然俺のそばからいなくなってまさかこうして再会できる日が来るなんて思わなかった…」
 少々涙ぐんでいて胸の内が詰まり声を出すのもやっとだったが、何とか再会の喜びを伝えることができた。
「うん、私もまた会えて嬉しい。」
 そんな僕の心境を知ってか知らずか、加耶は満面の笑みで応えた。

 この後も僕らは積もる話に花を咲かせ、また観光地なども一緒に廻った。死神も空気を呼んでかこの時ばかりは出てこなかった。傍から見たら間違いなく恋人同士に見えただろう(実際元恋人同士だが)。周りの目も気にせず僕らはじゃれ合った。あの頃に戻ったように。空白を埋めるように。

 夜も更けってきて終電が近づいてきたので、僕らは駅のホームへ急いだ。
「今日は真一と会えて良かった。1日だけでもあの頃に戻れて本当に嬉しかったよ。」
「じゃあ俺は終電があるからこれで。」
 加耶ともう会えないかも知れない、そう考えると名残惜しいがここで振り返るともっと別れが辛くなる。だから振り向かずに行こう。そう思って駅に向かって歩きだそうとした矢先、加耶に背後から抱き着かれ、引き留められた。
「やだ、やっぱりまだ一緒にいたい...」
 いわゆる夜のお誘い、にしては単に下品なそれとは違いどことなく悲痛さが感じられた。
「俺も、まだ帰りたくなんかない!!
 堪えきれず僕も加耶を強く抱き返した。結局僕らは急遽ホテルを取り、僕は加耶を抱いた。行為の一部始終については流石に省くが、僕の半生において最も甘美でかつ和やかな、まるで夢の中にでもいるようなひと時を過ごした。

 次の日の朝、今度こそ加耶と別れた。そしてこの日、加耶は帰らぬ人となった。
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