第3話 魔女の世界
文字数 10,576文字
瑠夏の見舞いから帰ると、家にはグータラソファにもたれているルーデウスの姿があった。
その姿は、とても魔女の王という高貴な呼び名とは、似ても似つかないもので、こいつを尊敬でもしている魔女がいたのなら、それは可哀想な奴だと思った。
「おお帰ったかタビナ……というか、なぜそんなに何かを決意したような顔をしておるんじゃ。」
どんな顔だよそれ……けれど実際、僕は確かに決意した。必ず妹の元に帰り、緋色魔女 を殺す、と。
だから、あながち的外れでもない彼女の洞察力には驚きを禁じ得ない。
閑話休題。
「ところでルーデウス……って、お前の名前長いよな。もう少し短く出来ないのか?」
「わしに文句を言っても無駄じゃ。つけたのはわしじゃないしのう。」
そういえば、魔女の名前を名付けてるのは誰なのだろうか。やはり、生みの親である人間か。それは定かではないが、結局、人類の存続を脅かしている魔女を生み出したのは、人間なのだと思うと、なんだか馬鹿らしいことをしているなぁと思ってしまう。
自分たちの不始末の後始末に命なんか賭けて、結局魔女が根絶されることはない。
だから結局のところ、僕らは魔女と共生していくしかないのだ。
「……でもそうか、わしの名前は、人間の間ではまあまず使われることもないような名前じゃしの。呼びにくいというのもあるじゃろう。せめて短く言えたら……」
「……そうだな。ルーデウスだから、ルーとかでいいんじゃないか?気に入らないか?」
これで気に入ってもらえなければ、まあデウスとでも呼ぼうと思っていたのだが、彼女は思いの外嬉しそうに目を輝かせた。
「ルー……か!いいかもしれんの。人間に名を貰うなど、屈辱的ではあるが、存外嬉しいものじゃの。」
そう言いながら彼女はコロコロ笑うと、その後も僕が名付けた名前を何度も復唱していた。
その様子を見て、よっぽど気に入ってくれたのだと、なんだか僕まで居た堪れない気持ちになってくる。
とはいえ、普段の高圧的で子憎たらしい態度とは打って変わったような、見た目相応の幼なげなルーは可憐だと思った。
すると、ルーのやつが「そういえば――」と話を切り出し始める。
「まずはどこから攻めようか?七色の魔女の……誰から攻める?」
「……早速か。」
七色の魔女――人類では到底勝てないと明言されている、魔女の中でも最強格の集団である。なかでも緋色魔女 に関して言えば、魔女の王であるルーデウスを瀕死にまで追い詰めたという戦績がある。
そして、僕の家族を殺したという罪も。
まあ、このように僕は七色の魔女について知っていることなんて、ほとんどない。魔女と密接に関わったのだってここ一週間くらいの話だし。
だから――
「行動方針はお前に託したいんだけど。どの魔女が一番温厚とかそういうのはあるのか?」
「温厚……と言うのかわからんが、わしを敬愛している魔女なら一人知っておる。」
「おいなんだそりゃ……勝ち確みたいな奴が一人いるのかよ。」
ならその魔女に今のこいつの姿を見せてみたいな。ブカブカの服を着て、ソファでぐーたらしている彼女の姿を。
「そいつの名は――雌黄魔女 。」
※※
魔女は語る。
「いいか?貴様ら人間のように、わしら魔女にも魔女の領域――つまりは世界がある。異世界のようなものだと考えてもらえればいい。そして、わしらは今からそこに乗り込んで、雌黄魔女 に会いに行く。」
「……魔女の世界……そんな世界に人間の僕が行ってもいいのか?」
「何を言う。貴様はもう人間ではないじゃろう。」
「―――それもそうか。」
僕は肩をすくめてみせた。しかしそれが後々気障ったらしい態度だと思うと、急に恥ずかしくなり、こっそり佇まいを直しておいた。
「ちなみに、魔女は基本的にお前ら人間をみたら攻撃してくるからな。」
「はあ!?魔女の中には争いを好まない奴もいるって……」
「考えてもみよ。人間が街中で魔女を見かけた場合、貴様らはどう言った対応を取る?たしかに争いを好まない奴もいるが、異物が自分のテリトリーにいた場合はまた別の話じゃろ」
「………」
何も言えない。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。出来れば一日で戻ってきたいところじゃが。」
「………出来たらいいな。」
その後――景色は暗転し、反転する。
※※
「――せ」
なんだ……うるさいなぁ。
「――さ――せ」
今…心地よく寝てるんだよ……少し静かに…
「――目を覚ませ」
直後、僕は頭をとんでもない勢いで叩かれ、強制的に意識を覚醒させられる。
「な、なんだよ!?」
「目を覚さない貴様が悪いんじゃろ!最初はわしも『起きなさい』みたいな口調じゃったぞ」
「お前が標準語ないしは、丁寧語なんて使うわけないだろ。」
再び僕は頭を叩かれる。
そして、これ以上の刺激は危険だと察した僕は、もうこれ以上、ルーを逆上させるようなことを言わないように、口を縛り付けておくことにした。
「……というか、ここが魔女の国……なのか?」
あたりを見渡してみれば、中世ヨーロッパのような景色が広がっており、まるでゲームの世界にでも閉じ込められた気分である。
「まあ、貴様らの言い方じゃとそうなるな。ようこそ魔女の世界へ。タビナをもう人間とカウントしていいのかはわからんが、少なくとも貴様以上に、人間と密接な関わりのある存在がここに来たのは初めてじゃよ。」
「それは光栄なこった。そういえば魔女って意外と文明発達してんのな。よくみると街もあるし普通に生活してるっぽいし。」
「まあの。人間どもはわしらをどう捉えておったか知らんが、普通に文明もあるし、人間に関わらず平和に暮らそうとしている者らもいる。」
「……そうだったのか。」
それはそうと、この街、人気が全くないな。
すると、僕の疑問などお見通しだ、とでも言いたげにルーが説明をし始めた。
「ここに魔女はいない。ここはもう既に廃墟となっておる。」
「廃墟……街全体がってことか?」
「まあの。ここの住人は、全員殺された。あるんじゃよ…魔女同士でも争いというのは。」
戦争――それも、魔女同士の。
なんか…思ったよりやたら人間くさい奴らなんだな。もしかしたら緋色魔女 みたいな奴らの方が少数派だったりして…?
僕はやるせない思いを抱きつつも、早速行動をを起こそうと、やけに物寂しい街の中を、ひたりひたりと歩いて行くことにした。
閑話休題。
しばらく歩いていくと、すでに錆びれてしまっている噴水のある中央公園のような所にやってきた。
「ふぅむ。生き残りが一人くらいは……と思ってはいたが、本当に誰もいないようじゃな。」
「でもまだ全部調べたわけじゃ……いや、魔法で索敵したのか。」
「お?納得が早くなってきたの。」
「まあそりゃ、僕も魔法を実際に経験したらな。魔法の信憑性を今更疑うことなんてするわけない。」
「なはは。それもそうじゃろうな。」
ルーは変な笑い方――を浮かべた直後、表情を険しく衣替えさせた。
そして僕も違和感を感じ取る。皮膚に泥でも塗りたくられたかのような不快感が、身体中を包み込む感覚。
また、僕はこの感覚を既に味わっている。
「魔女の瘴気……!?」
「ご明察…。すぐ来るぞ構えるのじゃ。」
言われた通りに僕は構えた。しかし、それも間に合わず、いきなり飛来してきた何かに僕は吹き飛ばされる。
「ん……っ!?」
そして、僕が吹き飛んだことにより、綺麗な状態であった建物が崩落する。
「あーあ、せっかく綺麗に整えたのにぃ……」
飛来してきたソイツは、僕を責めるかのような口ぶりだ。冗談じゃない。
「ぐ……そもそも、吹き飛ばしたのはお前だろ……」
「はあ?人間が魔女の世界に入り込んできたのが悪いんだろうが………ってお前人間か?変な匂いだな。」
鼻をすんすんと鳴らすソイツは、僕の正体を窺っているよう。
すると――
「気安く触れるな小童。その男はわしの半身じゃ。丁重に扱え。」
「はあ?なんだてめ……って……ルーデウス様じゃないですかあ。随分小さくなってますけど、その銀髪に美しいお姿……伝説通りですねぇ。それにしても、なんでここに?」
「事情は話さん。時間の無駄じゃ。」
「えぇ〜?少しくらいいいじゃないですかぁ」
「………面倒じゃな貴様。それ以上踏み込めば、殺すぞ。」
その瞬間、ビリビリと大気が震えるのを感じた。それに今の瘴気のレベルはさっきの比じゃない。
これが……魔女の王の力……それも、半分だけ。
思わず僕も身をすくませてしまう。
「はっ……はあはあ……さっすがルーデウス様だあ!気迫だけでこのレベル……!」
「わかったら邪魔をするな。そのまま家に帰れ。」
しかし。
「そうもいかねぇんすよ。今、俺はここの管理を任されてましてねぇ、部外者は一人残らず消せって命令が下ってるんですよ。」
「誰の命令で動いとるんじゃ?」
「雌黄魔女 様です」
雌黄魔女 ……例の七色の魔女か。
ということは、こいつは直属の手下って認識でいいのか?
「……なんじゃ貴様雌黄魔女 の手下か。なら話は早い。わしらをそこまで案内しろ。」
「なぜです?正直、なんで魔女の王であるあなたが、こんな人間臭いガキを連れてるのか、俺には想像もできねぇんですが?」
「じゃから、理由など話す価値もないと言っておろう。貴様如きには。」
「なんでそんなに隠したがるんです?まさか……なんか企んでるんじゃないですか?そのガキ使って」
「…………口の減らないやつめ。命は大切にしろよ。」
『禍殃 』
ルーがそう呟いた瞬間、彼女の手先から青紫色の禍々しい光が、その男を襲う。
―――が。
「なんなんですかその魔力量はぁ!?寝てんですかあ?」
男もかなりの手練。ルーの魔法を避けると、今度は針のように鋭い魔法を練って、それをルーに………打つわけではなく僕に向かって撃ってきた。
「俺がルーデウス様に勝てるとは到底思えねぇですが、あんたの企みがあるとすれば、あのガキが必要なんでしょう!?なら先に狙うはあのガキだあ!!」
「避けるんじゃタビナア!!」
――いきなり言われても……そんなの無理に………
「決まって……」
ああ、やばい。
僕は鋭利な魔法攻撃をうけて、腹に大きな穴を開けられる。
こちら側から、あちら側を見渡せるくらい大きな穴を。
―――しかし、それも刹那の間だけ。
「……避けるまでもなかったかの……」
気が付けば、僕の腹に空いた穴は、いとも容易く塞がれていた。
まるで最初からそこに、異変などなかったかのように。
「…ああ!?何が起こったんだあ!?」
「タビナの回復力は、七色の魔女にも匹敵するんじゃよ。貴様じゃ到底傷つけられん。」
「……七色の魔女に…?なわけないじゃないですかルーデウス様ぁ!」
「まあよい。貴様はもう用済みじゃ。」
『弱禍 』
相手の神経系に魔力を送り、一時的に意識を奪う技。
魔女の王――全盛期とまでは行かないものの、あきらかに自分よりも格上の相手のこの技を、男は回避する方法を持ち合わせてはいなかった。
だから倒れた。
だから倒された。
※※
「起きるまで待ってもいいんじゃが、こいつ意外と忠誠心は高そうなんじゃよなぁ。道案内が欲しかったところじゃが、こいつは捨て置くか。」
と、らしくもなくブツブツと思案に暮れているルーを横目に、僕は自分の腹をさすりながら、先ほどの出来事を思い返していた。
確かに僕の腹には、さっき大穴が空いた。しかし、瞬きをもう一度したタイミングくらいで、再び傷が塞がっていた。
僕は、魔法を使おうとなんて微塵も思っていなかったのに、だ。
半自動的に作用したこの魔法……本当に僕がやったのかいまだに自覚がない。
「なあルー。魔法って反射的に出るもんなのか?」
僕が尋ねると、ルーは怪訝そうな顔をして、答えた。
「反射的に……はまあ、ないじゃろうな。どんな魔法でも、『魔法を練る』という意思が必要じゃからな。反射反応のように、無意識的に魔法を使うのは、不可能じゃ。じゃが、わしや七色の魔女クラスになると、無意識は無理でも、その意識を最小限で魔法を扱うことができる。貴様ら人間が手足を動かすようにな。」
つまり、魔女にとって魔法というのは、身体機能の一つのようなものなのか。
しかし、反射反応のように無意識的に使うことはできない?
――でもさっき僕は確かに、無意識に使ったのだ。
そもそも今の僕に、身体を治す魔法なんてものの使い方は知らない。教わってないから。
そういえば、ルーと戦った時、僕はとんでもない回復力を見せたと言っていたが、僕はその当時の記憶が朧げにしかない。怒りは我を忘れさせるとは言うが、本当に僕に記憶が朧げなのは、そんなことが理由なのだろうか。
「………謎は深まるなぁ。」
「どうしたのじゃ?謎があるなら聞くが良い。」
「ん、いや大丈夫だ。大したことじゃない。」
この件は、今は気にしないことにする。変に気にして、魔法に対する意識が変化して、使えなくなってしまったでは冗談じゃ済まされない。
だから僕は、一度思考をシャットダウンした。
閑話休題。
それから僕らは、倒した雌黄魔女 の手下の男は捨て置いて、そのまま廃墟街を離れていくことにした。
雌黄魔女 の居場所はいまだにわかってはいないが、探していけばいつかは見つかるだろう、と言うお気楽な発想のもと行動は再会された。
「そういえばずっと気になってたんだけど、お前って魔女の中でやっぱり偉い方なのか?」
「まあの。基本的に魔女社会は実力主義じゃから、力が強い者に多くの魔女は従うのがセオリーじゃ。しかし、今のわしじゃそんな大した権力は持ってないぞ。さっきの雌黄魔女 の手下がいい例だ。わしと認識した上で攻撃してきおった。全盛期じゃったらありえない。」
ルーは少しだけ腹立たしそうにしながら、唇を尖らせていた。やはり力を失うことは少なからず屈辱的なことらしい。
「それにさっきの戦いで気がついたことじゃが、力を失うということは、争いの数も増えると言うことじゃよな。昔なら、あんな雑魚じゃったら戦うまでもなく、相手の戦意を削ぐくらいできたはずじゃが、今は戦って追い払わんといけん。」
面倒じゃ――と、彼女はため息を小さくついた。
ルーが争いは好かないと言う話は本当らしい。
「でも僕は、お前のそう言うところが好きだけどな。」
「………ふん。貴様に好かれてもなんのメリットもない。」
「そうですかい。」
そう言って僕は苦笑いを浮かべながら空を見上げた。
この世界の空は、いつもどんよりとした曇天が広がっている……らしい(ルーいわく)
よくよく考えれば魔女は、人間の汚い部分の集まった存在だから、この世界も、人間の世界の裏側というのがコンセプトなのかもな……推測に過ぎないが。
「そういえば、さっき僕の回復力は七色の魔女にも匹敵するって言ってたけど、あれは本当なのか?」
僕はほんのちょっとした疑問のつもりで、ルーに尋ねてみたのだが、彼女は目の色を変え、思いの外シリアスな雰囲気があたりを包む。
「そうじゃな。緋色魔女 が七色の魔女で一番強い…というふうに仮定するなら、貴様はそのレベルの回復力は持っているとわしは考察する……じゃが、確証もないし、あまり宛にするな。」
「話半分くらいで聞いておけと?」
ルーはいいや違う違う、と首を振る。
「それよりも、ちょーっとだけ信じてくれても良い。七割くらいかの。」
「七割……」
まあ仮に僕が緋色魔女 に匹敵するような回復力を持っていたとしても、それで奴に勝てるのか否かという問題は、また別なのだ。
つまり、僕が緋色魔女 と接敵した場合、死ぬ可能性はあるものの、倒せる可能性はほぼゼロに等しいわけだ。なんせ僕には攻撃魔法は、まだ扱えないのだから。
せいぜい、僕はまだ肉壁としてルーを守ることくらいしか出来ない。しかしまあ、何も出来なかった以前に比べれば、まだ僥倖といったところか。
そんな己のちょっとした成長を、過大評価していると、ルーが宙にふわりと浮かびだした。
「ほれ、歩いて行くのは面倒じゃ。空から探すぞ。」
「おいおい…僕は空に飛ぶなんて魔法じみたことまだ出来ないんだよ。」
瀕死の怪我を、魔法で治すことはできても。
するとルーは怪訝そうに顔を顰めた。何やら不満げである。
「何を言っておるんじゃ。貴様この前わしと戦った時、空に浮かんでいたではないか。」
この前―――しかし、僕はその時の記憶を殆ど持っていない。そしてその殆どの中に、僕自身が空を飛んだ記憶は含まれていない。
「悪いけど、僕はこの前のことをほとんど覚えてないんだ。だから飛び方も覚えてない。」
「はあ?しかし貴様さっき回復は出来ておっただろ。なぜ回復魔法は覚えておるんじゃ?」
「いやあれは……魔法を使ったって感覚はなかったんだよ。怪我をしたと思ったら……なんか急に治ってて」
「それはないじゃろ。魔法には少なからず意識が必要じゃ。その意識もなしに……つまり無意識に魔法を使うことなんて、よっぽど熟練しとらんと使えないはずじゃ。」
「それは僕もさっき疑問に思ったことなんだよ。実際、あの時僕は、回復魔法の存在を覚えてないどころか、存在さえ知らない状態だったんだから、使いようがないし。」
僕が説明すると、ルーはふぅむと自身の唇を尖らせて、熟考し始めた。
いや、熟考とは言ったが、それもほんの数刻のことでルーは考えがまとまらなかった様子を見せると、諦めた風に踵を返した。
「まあ今は、貴様が魔法を使った感覚を体で覚えていた、と仮定しておこう。」
「……じゃあそういうことで……」
僕もやがて面倒になり、とりあえずはルーが僕に合わせる形になり、歩きで雌黄魔女 の居場所を探すことに。
――長い旅になりそうだ。
※※
「………おいタビナ。」
「……なんだよ」
しばらく無言で歩き続けていたから、僕は突然の呼名に驚きを隠して応じる。
するとルーは項垂れながら
「もうわしは疲れた…おんぶせい。」と言う。
「なんだよ|おんぶ星って……悪いけど僕はそんな星知らない。」
「はぐらかすんじゃない!わしはおんぶをしろと言っておるんじゃ。」
「だとしても、その態度はものを頼む側のものじゃない。おんぶして欲しいなら、僕にお願いするんだな。命令じゃなく。」
実際僕ももう疲労は、限界―とまではいかないものの、結構ガタが来ていた。それを考えると、ルーはその小さな身体でよくここまで歩いてきたものだな、と少しばかり感心する。
「……いや、ルー少しだけ休まないか?僕も疲れたし。」
「そんな暇は……ないと言いたいところじゃが、貴様も疲れが限界のようじゃしな。ここは口車に乗ってやるとするのじゃ。」
「はいはい」
僕がこいつと一緒にいて学んだことは、子供の言うことにムキにならない、だ。
そして、ルーも精神はほぼそこら辺の小学生と変わらないので、同様の対応で良い。まあ本人に言ったら、何をしでかすか分からんので、絶対口には出さないが。多分こいつは僕の回復力をいいことに、攻撃魔法を散々ぶつけてくるのだろう。
それから休むことにした僕らは、木陰に入って座ることにした。
「…ふぅ」
久しぶりに座れたからか僕は心地よさに、思わず息が漏れてしまう。
するとルーが何か思い立ったように呟いた。
「そうじゃな…せめて休憩時間を有効活用するために、貴様に魔法のことを更にレクチャーしておくとしようかの。」
「……まだ魔法は学ぶことがあるのか?」
「ああ、貴様はまだ魔法の世界のうちの一割も理解しておらん。」
魔法の全てを習得した、とは天地がひっくり返っても言えないが、まさかまだその程度とは。
まだまだ道のりは長そうである。
――とはいえ、緋色魔女 を倒すためだ、と僕は割り切り、ルーに話を続けるよう促した。
「今までに二回――貴様は魔法の戦闘を体験してきた。」
「まあそのうちの一回は、ほぼ記憶がないんだがな。」
それはさておき。
「まあまずは、魔力と魔法の違いについてじゃな。」
「……ああ、確かにその二つは同列視してた感があるな。」
まさか違いがあるとは。てっきり無知な僕は、言い方の問題かと思っていた。
するとルーは呆れた様子で、話を続ける。
「まあ、魔法に触れてこなかった人間じゃ、その程度の認識なのも仕方がないかの。それはそうと、魔法と魔力の違いじゃったな。」
視線を右に、そして左に、最後に僕の目を見てルーは語り出した。何がどうした、と思ったがその行為は、周りに人がいないことを確認するための行動だと言うことに、後に気がつく。
「魔力は、魔法を使うためのエネルギーの名称じゃ。そして、魔法はそのエネルギーを様々な形に練ったもので、例としてあげるなら攻撃魔法と、その対となる回復魔法とかがあるの。」
「……つまり、魔力は電力で、魔法はその電力を出力して、利用したもの……ってことか?」
「まあ、人間臭く言うのならそうじゃの。じゃから特に攻撃魔法はどちらかといえば粗悪なものなんじゃよ。なんせ、魔力を形に練ってそのままぶつけているだけなんじゃからな。」
それが出来ない僕は、粗悪品以下ということになるが。
そして、てっきりこれでレクチャーは終わりかと思った時――突然ルーが呟く。
「さて、ここからが魔法の最骨頂じゃぞ。」
と、胸が高鳴るような前置きを一つ。
「最骨頂……?」
「そうじゃ。さっき、攻撃魔法は粗悪なもの、と言ったじゃろ?」
「ああ、確かに…」
ニヤリ、と口元を楽しげに歪めると
「魔法の真骨頂とは、魔術式じゃ。」
一度も聞いたことがない単語であった。こんな僕でもファンタジー系統のゲームやアニメは幾つか経験したが、それでも聞き覚えのない単語に困惑する。
そして、そんな僕の様子をみたルーは、僕が質問をする前に説明を始める。
「魔術式というのは、魔法の完全なる上位互換。貴様ら人間が呼ぶ突然変異種 のみがもつ力じゃ。」
「つまり、全ての魔女が使えるわけではない、と?」
ルーは言葉の代わりに首を縦に振って首肯すると
「加えて、その魔術式は生まれ持って与えられる才覚のようなものじゃから、一人の魔女につき一つというルールがある。」と続けた。
「あーあれか。生まれつき持った特殊能力……的な?」
「俗っぽい言い方をするならそうじゃな。――して、この魔術式を詳しく説明するとすれば、貴様のさっきの例を借りると魔力という電力を、魔術式という名の家電に出力して様々な効果をだすものじゃ。」
温めたり、冷やしたり、風を吹かしたり光を出したり――そんな風にな。
「かくいうわしにも勿論、魔術式が身体に生まれつき刻まれておる。」
そう言って彼女は突然、スカートをたくし上げ始めた。
「うわ!お前何をいきなり―――」
「誤解するな。よく見てみろ」
目を慌てて手で隠した僕はそう言われて、恐る恐る視線を彼女の足元に向ける。
すると。
「これが魔術式……なのか?」
「正確に言うなら、魔術式の刻まれた紋様じゃな。これがある魔女には気をつけたほうがいい。高確率で強者じゃ。」
ってことは、七色の魔女には勿論緋色魔女 にも魔術式は刻まれているわけか。
「以上が、今の貴様に知っておいて欲しい内容じゃ。」
「……そうか、ありがとう。」
おかげで、絶望感が更に高まったよ。
口には出さなかったその言葉だが、ルーにはお見通しだったのか、ニヤリといやらしげな笑みを浮かべていた。
憎たらしい奴。
「よし、じゃあ旅を続けるとするかの。」
※※
さあさあ。
驚きの連続はまだまだ続きますよ。
僕らは休憩をやめて、立ち上がった。
その時――僕の視界の八割ほどが一瞬にして――
――喪失した。
「っいっっっっでぇぇぇぇ!?」
と言う声が出たと言うことは、口と喉は生きていると言うこと。
そして、しばらくして視界の情報が戻ってくる。
視界が完全に帰ってくると、ルーが不敵な笑みを浮かべながら遠くを見つめていた。
「……な、なにがあったんだよ!?」
敵かと思ったが、あたりを見渡してもそれらしき者は存在しない。むしろ、生命が周辺には存在していないようにさえ見えた。
するとルーは落ち着け、と僕を宥めて木の影に隠れさせる。
「スナイパーがおるの。遠隔から、高密度で高速の攻撃魔法を放ってきたやつがおる。目には見えないが、さっき貴様の顔を貫いた魔法の瘴気を辿ったから、位置はなんとなく把握できておる。」
「……いきなりかよ。それにしても、ルーの意識外から、更に、認識できないほどのスピードの攻撃魔法とは……」
「ああ、魔法を練るのが得意な粗悪品と見た。」
粗悪品……ねぇ。よく言うよ。
「しかし、スナイパーとは面倒じゃの。ここもいずれは―――」
するとスナイパーの攻撃魔法は、ルーの言葉の途中で、木ごと肩を貫いた。
「――ルー!?」
「落ち着くんじゃ大した怪我じゃない。さっきの貴様のに比べればの。」
「でも……治りが……」
「どっかの誰かさんと魔力を半分こしてる状態なんじゃ。回復力は少しだけ劣る…」
「で、でも僕は早く治ったぞ?」
「じゃから、わしはさっきから貴様のそこが特異的だと言ったんじゃ。ワシと魔力を半分こしておいて、なぜワシの全盛期ほどの回復力をもっているのかが。」
なるほど、そういうことか。
しかし、ここでずっとこうしてもいられない。次の攻撃が来てしまう。
「――――仕方ない。ルー確認したいことがあるんだけど」
「なんじゃこの緊急事態に!」
ルーは珍しく汗を垂らしながら僕に応えた。傷が痛むのかもしれない。
ということは、ルーにできる限りの動きを受けさせたくない。しかし僕はどうだ?
「……ルーの攻撃って射程範囲とかあるの?」
「ないが、ヤツの正確な位置が掴めない以上撃っても無駄じゃぞ?それに、遠くなればなるほど威力も弱まる。」
なるほどな……つまり。
「ルー!僕を壁にして奴に接近するぞ。だから、お前は僕を抱えて飛べ!」
「…………いいのか?」
「なにが!?」
「貴様も知ってはいると思うが、貴様の優れているところは回復力であって、痛覚は人並み……肉壁になっても痛い者は痛いんじゃぞ?」
心配そうにルーは僕に確認してくる。
しかし、僕はらしくもない彼女のそんな優しさに対して
「覚悟は決まってる。」と、大胆不敵―とは言い難い笑みをけれども獰猛に浮かべるのだった。
その姿は、とても魔女の王という高貴な呼び名とは、似ても似つかないもので、こいつを尊敬でもしている魔女がいたのなら、それは可哀想な奴だと思った。
「おお帰ったかタビナ……というか、なぜそんなに何かを決意したような顔をしておるんじゃ。」
どんな顔だよそれ……けれど実際、僕は確かに決意した。必ず妹の元に帰り、
だから、あながち的外れでもない彼女の洞察力には驚きを禁じ得ない。
閑話休題。
「ところでルーデウス……って、お前の名前長いよな。もう少し短く出来ないのか?」
「わしに文句を言っても無駄じゃ。つけたのはわしじゃないしのう。」
そういえば、魔女の名前を名付けてるのは誰なのだろうか。やはり、生みの親である人間か。それは定かではないが、結局、人類の存続を脅かしている魔女を生み出したのは、人間なのだと思うと、なんだか馬鹿らしいことをしているなぁと思ってしまう。
自分たちの不始末の後始末に命なんか賭けて、結局魔女が根絶されることはない。
だから結局のところ、僕らは魔女と共生していくしかないのだ。
「……でもそうか、わしの名前は、人間の間ではまあまず使われることもないような名前じゃしの。呼びにくいというのもあるじゃろう。せめて短く言えたら……」
「……そうだな。ルーデウスだから、ルーとかでいいんじゃないか?気に入らないか?」
これで気に入ってもらえなければ、まあデウスとでも呼ぼうと思っていたのだが、彼女は思いの外嬉しそうに目を輝かせた。
「ルー……か!いいかもしれんの。人間に名を貰うなど、屈辱的ではあるが、存外嬉しいものじゃの。」
そう言いながら彼女はコロコロ笑うと、その後も僕が名付けた名前を何度も復唱していた。
その様子を見て、よっぽど気に入ってくれたのだと、なんだか僕まで居た堪れない気持ちになってくる。
とはいえ、普段の高圧的で子憎たらしい態度とは打って変わったような、見た目相応の幼なげなルーは可憐だと思った。
すると、ルーのやつが「そういえば――」と話を切り出し始める。
「まずはどこから攻めようか?七色の魔女の……誰から攻める?」
「……早速か。」
七色の魔女――人類では到底勝てないと明言されている、魔女の中でも最強格の集団である。なかでも
そして、僕の家族を殺したという罪も。
まあ、このように僕は七色の魔女について知っていることなんて、ほとんどない。魔女と密接に関わったのだってここ一週間くらいの話だし。
だから――
「行動方針はお前に託したいんだけど。どの魔女が一番温厚とかそういうのはあるのか?」
「温厚……と言うのかわからんが、わしを敬愛している魔女なら一人知っておる。」
「おいなんだそりゃ……勝ち確みたいな奴が一人いるのかよ。」
ならその魔女に今のこいつの姿を見せてみたいな。ブカブカの服を着て、ソファでぐーたらしている彼女の姿を。
「そいつの名は――
※※
魔女は語る。
「いいか?貴様ら人間のように、わしら魔女にも魔女の領域――つまりは世界がある。異世界のようなものだと考えてもらえればいい。そして、わしらは今からそこに乗り込んで、
「……魔女の世界……そんな世界に人間の僕が行ってもいいのか?」
「何を言う。貴様はもう人間ではないじゃろう。」
「―――それもそうか。」
僕は肩をすくめてみせた。しかしそれが後々気障ったらしい態度だと思うと、急に恥ずかしくなり、こっそり佇まいを直しておいた。
「ちなみに、魔女は基本的にお前ら人間をみたら攻撃してくるからな。」
「はあ!?魔女の中には争いを好まない奴もいるって……」
「考えてもみよ。人間が街中で魔女を見かけた場合、貴様らはどう言った対応を取る?たしかに争いを好まない奴もいるが、異物が自分のテリトリーにいた場合はまた別の話じゃろ」
「………」
何も言えない。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。出来れば一日で戻ってきたいところじゃが。」
「………出来たらいいな。」
その後――景色は暗転し、反転する。
※※
「――せ」
なんだ……うるさいなぁ。
「――さ――せ」
今…心地よく寝てるんだよ……少し静かに…
「――目を覚ませ」
直後、僕は頭をとんでもない勢いで叩かれ、強制的に意識を覚醒させられる。
「な、なんだよ!?」
「目を覚さない貴様が悪いんじゃろ!最初はわしも『起きなさい』みたいな口調じゃったぞ」
「お前が標準語ないしは、丁寧語なんて使うわけないだろ。」
再び僕は頭を叩かれる。
そして、これ以上の刺激は危険だと察した僕は、もうこれ以上、ルーを逆上させるようなことを言わないように、口を縛り付けておくことにした。
「……というか、ここが魔女の国……なのか?」
あたりを見渡してみれば、中世ヨーロッパのような景色が広がっており、まるでゲームの世界にでも閉じ込められた気分である。
「まあ、貴様らの言い方じゃとそうなるな。ようこそ魔女の世界へ。タビナをもう人間とカウントしていいのかはわからんが、少なくとも貴様以上に、人間と密接な関わりのある存在がここに来たのは初めてじゃよ。」
「それは光栄なこった。そういえば魔女って意外と文明発達してんのな。よくみると街もあるし普通に生活してるっぽいし。」
「まあの。人間どもはわしらをどう捉えておったか知らんが、普通に文明もあるし、人間に関わらず平和に暮らそうとしている者らもいる。」
「……そうだったのか。」
それはそうと、この街、人気が全くないな。
すると、僕の疑問などお見通しだ、とでも言いたげにルーが説明をし始めた。
「ここに魔女はいない。ここはもう既に廃墟となっておる。」
「廃墟……街全体がってことか?」
「まあの。ここの住人は、全員殺された。あるんじゃよ…魔女同士でも争いというのは。」
戦争――それも、魔女同士の。
なんか…思ったよりやたら人間くさい奴らなんだな。もしかしたら
僕はやるせない思いを抱きつつも、早速行動をを起こそうと、やけに物寂しい街の中を、ひたりひたりと歩いて行くことにした。
閑話休題。
しばらく歩いていくと、すでに錆びれてしまっている噴水のある中央公園のような所にやってきた。
「ふぅむ。生き残りが一人くらいは……と思ってはいたが、本当に誰もいないようじゃな。」
「でもまだ全部調べたわけじゃ……いや、魔法で索敵したのか。」
「お?納得が早くなってきたの。」
「まあそりゃ、僕も魔法を実際に経験したらな。魔法の信憑性を今更疑うことなんてするわけない。」
「なはは。それもそうじゃろうな。」
ルーは変な笑い方――を浮かべた直後、表情を険しく衣替えさせた。
そして僕も違和感を感じ取る。皮膚に泥でも塗りたくられたかのような不快感が、身体中を包み込む感覚。
また、僕はこの感覚を既に味わっている。
「魔女の瘴気……!?」
「ご明察…。すぐ来るぞ構えるのじゃ。」
言われた通りに僕は構えた。しかし、それも間に合わず、いきなり飛来してきた何かに僕は吹き飛ばされる。
「ん……っ!?」
そして、僕が吹き飛んだことにより、綺麗な状態であった建物が崩落する。
「あーあ、せっかく綺麗に整えたのにぃ……」
飛来してきたソイツは、僕を責めるかのような口ぶりだ。冗談じゃない。
「ぐ……そもそも、吹き飛ばしたのはお前だろ……」
「はあ?人間が魔女の世界に入り込んできたのが悪いんだろうが………ってお前人間か?変な匂いだな。」
鼻をすんすんと鳴らすソイツは、僕の正体を窺っているよう。
すると――
「気安く触れるな小童。その男はわしの半身じゃ。丁重に扱え。」
「はあ?なんだてめ……って……ルーデウス様じゃないですかあ。随分小さくなってますけど、その銀髪に美しいお姿……伝説通りですねぇ。それにしても、なんでここに?」
「事情は話さん。時間の無駄じゃ。」
「えぇ〜?少しくらいいいじゃないですかぁ」
「………面倒じゃな貴様。それ以上踏み込めば、殺すぞ。」
その瞬間、ビリビリと大気が震えるのを感じた。それに今の瘴気のレベルはさっきの比じゃない。
これが……魔女の王の力……それも、半分だけ。
思わず僕も身をすくませてしまう。
「はっ……はあはあ……さっすがルーデウス様だあ!気迫だけでこのレベル……!」
「わかったら邪魔をするな。そのまま家に帰れ。」
しかし。
「そうもいかねぇんすよ。今、俺はここの管理を任されてましてねぇ、部外者は一人残らず消せって命令が下ってるんですよ。」
「誰の命令で動いとるんじゃ?」
「
ということは、こいつは直属の手下って認識でいいのか?
「……なんじゃ貴様
「なぜです?正直、なんで魔女の王であるあなたが、こんな人間臭いガキを連れてるのか、俺には想像もできねぇんですが?」
「じゃから、理由など話す価値もないと言っておろう。貴様如きには。」
「なんでそんなに隠したがるんです?まさか……なんか企んでるんじゃないですか?そのガキ使って」
「…………口の減らないやつめ。命は大切にしろよ。」
『
ルーがそう呟いた瞬間、彼女の手先から青紫色の禍々しい光が、その男を襲う。
―――が。
「なんなんですかその魔力量はぁ!?寝てんですかあ?」
男もかなりの手練。ルーの魔法を避けると、今度は針のように鋭い魔法を練って、それをルーに………打つわけではなく僕に向かって撃ってきた。
「俺がルーデウス様に勝てるとは到底思えねぇですが、あんたの企みがあるとすれば、あのガキが必要なんでしょう!?なら先に狙うはあのガキだあ!!」
「避けるんじゃタビナア!!」
――いきなり言われても……そんなの無理に………
「決まって……」
ああ、やばい。
僕は鋭利な魔法攻撃をうけて、腹に大きな穴を開けられる。
こちら側から、あちら側を見渡せるくらい大きな穴を。
―――しかし、それも刹那の間だけ。
「……避けるまでもなかったかの……」
気が付けば、僕の腹に空いた穴は、いとも容易く塞がれていた。
まるで最初からそこに、異変などなかったかのように。
「…ああ!?何が起こったんだあ!?」
「タビナの回復力は、七色の魔女にも匹敵するんじゃよ。貴様じゃ到底傷つけられん。」
「……七色の魔女に…?なわけないじゃないですかルーデウス様ぁ!」
「まあよい。貴様はもう用済みじゃ。」
『
相手の神経系に魔力を送り、一時的に意識を奪う技。
魔女の王――全盛期とまでは行かないものの、あきらかに自分よりも格上の相手のこの技を、男は回避する方法を持ち合わせてはいなかった。
だから倒れた。
だから倒された。
※※
「起きるまで待ってもいいんじゃが、こいつ意外と忠誠心は高そうなんじゃよなぁ。道案内が欲しかったところじゃが、こいつは捨て置くか。」
と、らしくもなくブツブツと思案に暮れているルーを横目に、僕は自分の腹をさすりながら、先ほどの出来事を思い返していた。
確かに僕の腹には、さっき大穴が空いた。しかし、瞬きをもう一度したタイミングくらいで、再び傷が塞がっていた。
僕は、魔法を使おうとなんて微塵も思っていなかったのに、だ。
半自動的に作用したこの魔法……本当に僕がやったのかいまだに自覚がない。
「なあルー。魔法って反射的に出るもんなのか?」
僕が尋ねると、ルーは怪訝そうな顔をして、答えた。
「反射的に……はまあ、ないじゃろうな。どんな魔法でも、『魔法を練る』という意思が必要じゃからな。反射反応のように、無意識的に魔法を使うのは、不可能じゃ。じゃが、わしや七色の魔女クラスになると、無意識は無理でも、その意識を最小限で魔法を扱うことができる。貴様ら人間が手足を動かすようにな。」
つまり、魔女にとって魔法というのは、身体機能の一つのようなものなのか。
しかし、反射反応のように無意識的に使うことはできない?
――でもさっき僕は確かに、無意識に使ったのだ。
そもそも今の僕に、身体を治す魔法なんてものの使い方は知らない。教わってないから。
そういえば、ルーと戦った時、僕はとんでもない回復力を見せたと言っていたが、僕はその当時の記憶が朧げにしかない。怒りは我を忘れさせるとは言うが、本当に僕に記憶が朧げなのは、そんなことが理由なのだろうか。
「………謎は深まるなぁ。」
「どうしたのじゃ?謎があるなら聞くが良い。」
「ん、いや大丈夫だ。大したことじゃない。」
この件は、今は気にしないことにする。変に気にして、魔法に対する意識が変化して、使えなくなってしまったでは冗談じゃ済まされない。
だから僕は、一度思考をシャットダウンした。
閑話休題。
それから僕らは、倒した
「そういえばずっと気になってたんだけど、お前って魔女の中でやっぱり偉い方なのか?」
「まあの。基本的に魔女社会は実力主義じゃから、力が強い者に多くの魔女は従うのがセオリーじゃ。しかし、今のわしじゃそんな大した権力は持ってないぞ。さっきの
ルーは少しだけ腹立たしそうにしながら、唇を尖らせていた。やはり力を失うことは少なからず屈辱的なことらしい。
「それにさっきの戦いで気がついたことじゃが、力を失うということは、争いの数も増えると言うことじゃよな。昔なら、あんな雑魚じゃったら戦うまでもなく、相手の戦意を削ぐくらいできたはずじゃが、今は戦って追い払わんといけん。」
面倒じゃ――と、彼女はため息を小さくついた。
ルーが争いは好かないと言う話は本当らしい。
「でも僕は、お前のそう言うところが好きだけどな。」
「………ふん。貴様に好かれてもなんのメリットもない。」
「そうですかい。」
そう言って僕は苦笑いを浮かべながら空を見上げた。
この世界の空は、いつもどんよりとした曇天が広がっている……らしい(ルーいわく)
よくよく考えれば魔女は、人間の汚い部分の集まった存在だから、この世界も、人間の世界の裏側というのがコンセプトなのかもな……推測に過ぎないが。
「そういえば、さっき僕の回復力は七色の魔女にも匹敵するって言ってたけど、あれは本当なのか?」
僕はほんのちょっとした疑問のつもりで、ルーに尋ねてみたのだが、彼女は目の色を変え、思いの外シリアスな雰囲気があたりを包む。
「そうじゃな。
「話半分くらいで聞いておけと?」
ルーはいいや違う違う、と首を振る。
「それよりも、ちょーっとだけ信じてくれても良い。七割くらいかの。」
「七割……」
まあ仮に僕が
つまり、僕が
せいぜい、僕はまだ肉壁としてルーを守ることくらいしか出来ない。しかしまあ、何も出来なかった以前に比べれば、まだ僥倖といったところか。
そんな己のちょっとした成長を、過大評価していると、ルーが宙にふわりと浮かびだした。
「ほれ、歩いて行くのは面倒じゃ。空から探すぞ。」
「おいおい…僕は空に飛ぶなんて魔法じみたことまだ出来ないんだよ。」
瀕死の怪我を、魔法で治すことはできても。
するとルーは怪訝そうに顔を顰めた。何やら不満げである。
「何を言っておるんじゃ。貴様この前わしと戦った時、空に浮かんでいたではないか。」
この前―――しかし、僕はその時の記憶を殆ど持っていない。そしてその殆どの中に、僕自身が空を飛んだ記憶は含まれていない。
「悪いけど、僕はこの前のことをほとんど覚えてないんだ。だから飛び方も覚えてない。」
「はあ?しかし貴様さっき回復は出来ておっただろ。なぜ回復魔法は覚えておるんじゃ?」
「いやあれは……魔法を使ったって感覚はなかったんだよ。怪我をしたと思ったら……なんか急に治ってて」
「それはないじゃろ。魔法には少なからず意識が必要じゃ。その意識もなしに……つまり無意識に魔法を使うことなんて、よっぽど熟練しとらんと使えないはずじゃ。」
「それは僕もさっき疑問に思ったことなんだよ。実際、あの時僕は、回復魔法の存在を覚えてないどころか、存在さえ知らない状態だったんだから、使いようがないし。」
僕が説明すると、ルーはふぅむと自身の唇を尖らせて、熟考し始めた。
いや、熟考とは言ったが、それもほんの数刻のことでルーは考えがまとまらなかった様子を見せると、諦めた風に踵を返した。
「まあ今は、貴様が魔法を使った感覚を体で覚えていた、と仮定しておこう。」
「……じゃあそういうことで……」
僕もやがて面倒になり、とりあえずはルーが僕に合わせる形になり、歩きで
――長い旅になりそうだ。
※※
「………おいタビナ。」
「……なんだよ」
しばらく無言で歩き続けていたから、僕は突然の呼名に驚きを隠して応じる。
するとルーは項垂れながら
「もうわしは疲れた…おんぶせい。」と言う。
「なんだよ|おんぶ星って……悪いけど僕はそんな星知らない。」
「はぐらかすんじゃない!わしはおんぶをしろと言っておるんじゃ。」
「だとしても、その態度はものを頼む側のものじゃない。おんぶして欲しいなら、僕にお願いするんだな。命令じゃなく。」
実際僕ももう疲労は、限界―とまではいかないものの、結構ガタが来ていた。それを考えると、ルーはその小さな身体でよくここまで歩いてきたものだな、と少しばかり感心する。
「……いや、ルー少しだけ休まないか?僕も疲れたし。」
「そんな暇は……ないと言いたいところじゃが、貴様も疲れが限界のようじゃしな。ここは口車に乗ってやるとするのじゃ。」
「はいはい」
僕がこいつと一緒にいて学んだことは、子供の言うことにムキにならない、だ。
そして、ルーも精神はほぼそこら辺の小学生と変わらないので、同様の対応で良い。まあ本人に言ったら、何をしでかすか分からんので、絶対口には出さないが。多分こいつは僕の回復力をいいことに、攻撃魔法を散々ぶつけてくるのだろう。
それから休むことにした僕らは、木陰に入って座ることにした。
「…ふぅ」
久しぶりに座れたからか僕は心地よさに、思わず息が漏れてしまう。
するとルーが何か思い立ったように呟いた。
「そうじゃな…せめて休憩時間を有効活用するために、貴様に魔法のことを更にレクチャーしておくとしようかの。」
「……まだ魔法は学ぶことがあるのか?」
「ああ、貴様はまだ魔法の世界のうちの一割も理解しておらん。」
魔法の全てを習得した、とは天地がひっくり返っても言えないが、まさかまだその程度とは。
まだまだ道のりは長そうである。
――とはいえ、
「今までに二回――貴様は魔法の戦闘を体験してきた。」
「まあそのうちの一回は、ほぼ記憶がないんだがな。」
それはさておき。
「まあまずは、魔力と魔法の違いについてじゃな。」
「……ああ、確かにその二つは同列視してた感があるな。」
まさか違いがあるとは。てっきり無知な僕は、言い方の問題かと思っていた。
するとルーは呆れた様子で、話を続ける。
「まあ、魔法に触れてこなかった人間じゃ、その程度の認識なのも仕方がないかの。それはそうと、魔法と魔力の違いじゃったな。」
視線を右に、そして左に、最後に僕の目を見てルーは語り出した。何がどうした、と思ったがその行為は、周りに人がいないことを確認するための行動だと言うことに、後に気がつく。
「魔力は、魔法を使うためのエネルギーの名称じゃ。そして、魔法はそのエネルギーを様々な形に練ったもので、例としてあげるなら攻撃魔法と、その対となる回復魔法とかがあるの。」
「……つまり、魔力は電力で、魔法はその電力を出力して、利用したもの……ってことか?」
「まあ、人間臭く言うのならそうじゃの。じゃから特に攻撃魔法はどちらかといえば粗悪なものなんじゃよ。なんせ、魔力を形に練ってそのままぶつけているだけなんじゃからな。」
それが出来ない僕は、粗悪品以下ということになるが。
そして、てっきりこれでレクチャーは終わりかと思った時――突然ルーが呟く。
「さて、ここからが魔法の最骨頂じゃぞ。」
と、胸が高鳴るような前置きを一つ。
「最骨頂……?」
「そうじゃ。さっき、攻撃魔法は粗悪なもの、と言ったじゃろ?」
「ああ、確かに…」
ニヤリ、と口元を楽しげに歪めると
「魔法の真骨頂とは、魔術式じゃ。」
一度も聞いたことがない単語であった。こんな僕でもファンタジー系統のゲームやアニメは幾つか経験したが、それでも聞き覚えのない単語に困惑する。
そして、そんな僕の様子をみたルーは、僕が質問をする前に説明を始める。
「魔術式というのは、魔法の完全なる上位互換。貴様ら人間が呼ぶ
「つまり、全ての魔女が使えるわけではない、と?」
ルーは言葉の代わりに首を縦に振って首肯すると
「加えて、その魔術式は生まれ持って与えられる才覚のようなものじゃから、一人の魔女につき一つというルールがある。」と続けた。
「あーあれか。生まれつき持った特殊能力……的な?」
「俗っぽい言い方をするならそうじゃな。――して、この魔術式を詳しく説明するとすれば、貴様のさっきの例を借りると魔力という電力を、魔術式という名の家電に出力して様々な効果をだすものじゃ。」
温めたり、冷やしたり、風を吹かしたり光を出したり――そんな風にな。
「かくいうわしにも勿論、魔術式が身体に生まれつき刻まれておる。」
そう言って彼女は突然、スカートをたくし上げ始めた。
「うわ!お前何をいきなり―――」
「誤解するな。よく見てみろ」
目を慌てて手で隠した僕はそう言われて、恐る恐る視線を彼女の足元に向ける。
すると。
「これが魔術式……なのか?」
「正確に言うなら、魔術式の刻まれた紋様じゃな。これがある魔女には気をつけたほうがいい。高確率で強者じゃ。」
ってことは、七色の魔女には勿論
「以上が、今の貴様に知っておいて欲しい内容じゃ。」
「……そうか、ありがとう。」
おかげで、絶望感が更に高まったよ。
口には出さなかったその言葉だが、ルーにはお見通しだったのか、ニヤリといやらしげな笑みを浮かべていた。
憎たらしい奴。
「よし、じゃあ旅を続けるとするかの。」
※※
さあさあ。
驚きの連続はまだまだ続きますよ。
僕らは休憩をやめて、立ち上がった。
その時――僕の視界の八割ほどが一瞬にして――
――喪失した。
「っいっっっっでぇぇぇぇ!?」
と言う声が出たと言うことは、口と喉は生きていると言うこと。
そして、しばらくして視界の情報が戻ってくる。
視界が完全に帰ってくると、ルーが不敵な笑みを浮かべながら遠くを見つめていた。
「……な、なにがあったんだよ!?」
敵かと思ったが、あたりを見渡してもそれらしき者は存在しない。むしろ、生命が周辺には存在していないようにさえ見えた。
するとルーは落ち着け、と僕を宥めて木の影に隠れさせる。
「スナイパーがおるの。遠隔から、高密度で高速の攻撃魔法を放ってきたやつがおる。目には見えないが、さっき貴様の顔を貫いた魔法の瘴気を辿ったから、位置はなんとなく把握できておる。」
「……いきなりかよ。それにしても、ルーの意識外から、更に、認識できないほどのスピードの攻撃魔法とは……」
「ああ、魔法を練るのが得意な粗悪品と見た。」
粗悪品……ねぇ。よく言うよ。
「しかし、スナイパーとは面倒じゃの。ここもいずれは―――」
するとスナイパーの攻撃魔法は、ルーの言葉の途中で、木ごと肩を貫いた。
「――ルー!?」
「落ち着くんじゃ大した怪我じゃない。さっきの貴様のに比べればの。」
「でも……治りが……」
「どっかの誰かさんと魔力を半分こしてる状態なんじゃ。回復力は少しだけ劣る…」
「で、でも僕は早く治ったぞ?」
「じゃから、わしはさっきから貴様のそこが特異的だと言ったんじゃ。ワシと魔力を半分こしておいて、なぜワシの全盛期ほどの回復力をもっているのかが。」
なるほど、そういうことか。
しかし、ここでずっとこうしてもいられない。次の攻撃が来てしまう。
「――――仕方ない。ルー確認したいことがあるんだけど」
「なんじゃこの緊急事態に!」
ルーは珍しく汗を垂らしながら僕に応えた。傷が痛むのかもしれない。
ということは、ルーにできる限りの動きを受けさせたくない。しかし僕はどうだ?
「……ルーの攻撃って射程範囲とかあるの?」
「ないが、ヤツの正確な位置が掴めない以上撃っても無駄じゃぞ?それに、遠くなればなるほど威力も弱まる。」
なるほどな……つまり。
「ルー!僕を壁にして奴に接近するぞ。だから、お前は僕を抱えて飛べ!」
「…………いいのか?」
「なにが!?」
「貴様も知ってはいると思うが、貴様の優れているところは回復力であって、痛覚は人並み……肉壁になっても痛い者は痛いんじゃぞ?」
心配そうにルーは僕に確認してくる。
しかし、僕はらしくもない彼女のそんな優しさに対して
「覚悟は決まってる。」と、大胆不敵―とは言い難い笑みをけれども獰猛に浮かべるのだった。