第2話 魔女の王様
文字数 11,832文字
改めて契約をした後、僕は魔女の少女に、瑠夏の服を数着貸してやる。
とはいえ、瑠夏の服は魔女には少し大きすぎたようで、かなりゆとりのある着こなしになってしまったが、まあ服が乾くまでの我慢だ。
僕のスウェットも結構ゆとりがあるし、なんか新しいファッションとでも思っておくことにしよう。
そして、僕はそのまま泥のように眠ってしまったのだが、起きてから地獄を見ることとなる。
「………っうぐぁあぁ…いってぇぇぇ……」
身を焼くような激痛が、身体中を襲うのだ。
さっきまではドーパミンが出てたからか分からないが、痛みは大したものではなかった。
だが、今僕の体を蝕むそれは、溶岩を身体中に塗りたくってきているみたいなレベルで、これがずっと続くことを考えると、頭がおかしくなりそうだった。
それに比べて魔女の方は、今も僕の膝の上で心地良さそうに眠っている。
この痛みの中よく寝られるものだ。やはり、慣れればこうなるのだろうか。でも、それが幸せなことなのかといえばそうでない気がして。
なんせ、ただでさえ、人から遠い僕から痛覚をとってしまうと、さらに人間離れしてしまう気がするから。
でもきっと、そんなことを気にしているのは僕だけなのだろう。
僕が気にしすぎなだけなのだ。
と、多分という枕詞がつくような言葉を、ただひたすらに並べている僕の膝の上で、魔女が悶え出した。
「いたい…いたい!」
やっぱ痛かったみたい。
閑話休題。
「貴様の名前を教えるのじゃ。」
起きて早々、青白い顔をしてそう言うのは、僕と一心同体の魔女だ。
また、それに対面する僕もかなり青白い顔色をしているので人のことは言えないのだが。
それにしても。
「名前…たしかに、呼ぶときに面倒だな。僕は勝手にお前のことを心の中で魔女と呼んでいたけど、仲間となった今そう呼ぶのは気が引ける。」
「長々と面倒臭いやつじゃの。早くなのらんかい。」
「はいはい。僕は未度多比名。多比名でいいよ。」
「タビナ?変な名前じゃの。貴様の両親はどんな想いでその名前をつけたのか大いに気になるところじゃが、それを聞いてもどうせ知らんじゃろうからな。聞かないでおいてやるのじゃ。」
「なんだよそれ……」
そう言って乾いた苦笑を浮かべる僕。
そんな仕草ができるくらいには、今の僕の心は安定しているようだ。それに、痛みにもだんだん慣れてきて、今の弊害としては顔色くらいだろう。
「じゃあ次はわしじゃの。わしの名は―――」
魔女の王―――ルーデウス。
「………魔女の王……ルーデウス?」
「そうじゃ。」
あっけらんかんというルーデウスだが、それは流石にないだろう。
この衝撃の事実を告げられて、平静を保てるわけがない。
「お前は魔女の一番偉い存在なのか?」
「ちっちっち。偉かったの間違いじゃ。七色の魔女の登場で、わしはいよいよ立つ瀬がなくなり、今じゃ人間と一心同体という始末じゃ。落ちぶれたものじゃな。」
「その言い方だと、人間を下に見ているように見えるが?」
「下じゃろう人間は。能力的にみて、魔女の方が優秀じゃ。貴様らはずっと食物連鎖の頂点に君臨していたから、認めたくないだけかもしれないが、既にその頂にいるのは魔女なんじゃよ。残念ながらの。」
正論の数々だが、ここで少しの違和感。
「お前は……そんなに人間を下に見てるのに、なんで和平なんかを望むんだよ。」
「じゃから、何度も言っておろう。わしは争いが好かんだけじゃ。人間に愛着があるわけでもなんでもない。」
まあ、普通に考えればそうだよな。
僕は、なんだか知りたくなかった現実を突きつけられたような心地で、少しだけ物悲しくなった。
※※
今日は学校を休んで、朝から瑠夏の見舞いに行く予定だったが、これは緊急事態だ。見舞いよりも優先することができてしまった今、その予定はもう少し先の話になりそうである。
それにしても、妹よりも復讐を優先するなんて。
つくづく自分のクズっぷりには嫌気がさしてくる。
だから、今度瑠夏に会うときには、緋色魔女 の首でも土産に。
まあ多分、それをするとあいつは喜ぶどころか悲鳴をあげそうな気がするけど。誰のであれ、生首は生首だ。現代日本で生きる彼女には、少々刺激が強すぎるだろう。
まあ、僕も見たことないんだけどね。
閑話休題。
「お前、緋色魔女 がどこに行ったのか知らないのか?」
僕がそう尋ねると、ルーデウスは機嫌悪そうに眉を顰めて「あれだけ瀕死に追い込まれたのじゃぞ。あとなんて知るわけがなかろう。」と結構怒られた。
まあこいつも一応は、過去に魔女の王なんて肩書きがあったわけだし、それなりのプライドがある中、それを格下だと思っていた魔女にボコボコにされたんだ。苛立って当然か。
と、ルーデウスが聞けば、さらに憤慨しそうな内容を心の中で思ってみる。
心の中でなら何を言ってもいいのよ、と僕のお母さんが言っていたような言ってなかったような。僕の記憶が正しければ、言ってなかったはずだ。……言ってなかったのかよ。
それにしても――こうも情報がないと緋色の魔女なんて探そうにも探せないぞ。
せめて、最後の足取りくらいわかれば追跡ができそうなものだが。
「貴様はさっきから何をしようとしてるんじゃ?」
「何って…緋色の魔女を追跡しようとしてるんだろ。」
「かあああああ貴様は馬鹿なのか?」
なんだこいつ。腹立つな。
「いいかの?緋色魔女 は強いんじゃぞ?かつて最強であった魔女の王であるわしが、万全の状態で負けたほどなんじゃぞ?貴様のような魔法を使ったこともない人間がいきなり闘いに行ってなんになると言うのじゃ。」
「…………」
正論のオンパレードで、何も言い返せません。どうしましょう。
「タビナ、貴様は少々焦っておるだけじゃ。心配しなくとも、緋色の魔女はそんな簡単に老いて死なぬ。わしとしてはそれでもありがたいが、貴様はそうではないだろう?」
「ああ、自分の手で殺してやりたい。」
「なら、わしの言うことを聞いて、まずは魔法の使い方を身につけるんじゃ。」
そして、僕はもう一度返事をすると、案外柔らかな微笑で返された。
「でも、魔法なんていきなり使ったら町中大パニックになったりしないか?」
「そんな大規模なものは使わん。ちょっとした篝火程度のやつじゃから、貴様の家の庭でもできる。」
「そうなのか。」
「じゃあ早速庭に出るぞ。」
ルーデウスは取り付く島もなく、僕の手を引っ張って庭はとでた。
※※
庭に出ると、僕はなぜか正座をさせられて、対するルーデウスは縁側に腰掛けて、僕を見下すような姿勢をとっている。
やっぱこいつ魔女の王なんだな、ということを嫌にでも意識させられる。
すると。
「じゃあ、炎を出して見せよ。」
「………どうやって?」
「はあ?そんなの感覚で出すんじゃ。その感覚がわからないから、人間は魔法が使えないんじゃ。」
「………そうか。」
まてよ?その言い方だとまるで、使い方さえわかれば人間でも魔法が使えるって意味合いにならないか?
「さあ!何をぼうっとしとるんじゃ。さってさと始めろ」
「……そうは言っても、せめてコツとかはないのかよ。いきなりやらされても、何もできるわけがない。感覚以前の問題だろ。」
「ふぅむ。コツか。」
下顎に手をやりながら、物思いに耽るルーデウスはなんだか知的にみえる。
僕も試しにやってみようかしら、なんて思っているとルーデウスがいきなり人差し指から、蝋燭の火みたいな勢いのものを出した。
「す、すごい……」
「魔法を出す感覚――それがわかれば次のステップは早い。どんどん上級魔法を覚えていっておくれ。」
「………最初で最後の関門……ってことか。」
「それは違うぞ。最後の関門は、緋色魔女 を倒すことじゃ。」
とかなんとか、屁理屈を捏ねられた。
それはさておき、僕は自分の想像する魔法の使い方を意識してみることにした。
指に思い切り力を入れてみたり、魔法が出るイメージを頭の中に思い浮かべてみたり、まあとにかく色々やったわけだ。
しかし、僕が何をしても得られるのはルーデウスからの嘲笑だけ。僕が失敗するたびに笑いやがるものだから、僕も僕でイライラが限界近くまで湧き起こる。
とはいえ、見た目だけは少女のこいつを叱る気にもなれないので、仕方なくまた魔法のイメージを再び練り始める。
「う………むっずかしい……」
「もっと頭を柔らかくするんじゃ。貴様は考えすぎなんじゃよ。もっとフラットに魔法を考えるんじゃ。」
「フラットに…って言うけど、僕はこの十七年間、魔法とは縁のない生活を送ってんだ!いきなりやれって言われても……」
すると、ルーデウスは呆れたようにため息を一つついて僕にこう言うのだ。
「じゃあ手本を見せる。これで学べ。」
そう言って彼女はふわりと僕の目の前を浮いてみせた。
また、いきなりのことだったので僕は目を丸くするが、そんな僕の驚愕は完全に置いてけぼり状態で、ルーデウスはそのままの流れで太陽に手を翳した。それはまるで、あの有名な童謡のワンシーンのようで。
そんなことを考えていると、ポカリとルーデウスから頭をこづかれる。
「いらんことを考えておらんで、しっかりわしの魔法を見ておけ。」
「……わかってるよ…。」
魔法が使えるようになれば、心を読むこともできるようになるのだろうか。
「――いくぞ」
その一声からだ。
彼女の手のひらから、おどろおどろしい毒をそのまま表現したかのような物質が放たれたのは。
少し触れただけでも命がない、と僕の生存本能が呼びかけてくる。それほどまでに今目の前にある魔法は、上質であり、危険なものだった。
「……これが……魔法」
「そうじゃ。とはいえ、わしは今貴様と力を半分に割っている状態に加え、市街地じゃから本気は出しとらん。」
「ってことは、全盛期の一割くらいの力しか出してないってことか?」
「一割も出しとらんよ。わしをあまりみくびるでないぞ。」
と、ルーデウスは愉快そうに笑った。僕が冗談を言っていると思ったみたいだ。
そして、当の本人である僕は、もちろん冗談を言ったつもりなど毛頭ない。なんなら、今の魔法が命懸けで捻り出せるレベルのものだと思っていたくらいだ。
それにしても、これはとんでもないことになってぞ。
「……今のがルーデウスの全盛期の一割以下の力となると、それに打ち勝った緋色魔女 の実力は……いったいどれほどなんだ……」
「じゃから……わしは本気を出してなかっただけじゃ。本気を出せばあんな小娘ごとき……」
その後もごちゃごちゃと言い訳を並べ立てるルーデウスを放って、僕は魔法の練習を続ける。
※※
日もすっかり暮れて物陰は、すらりと体を伸ばしていた。
僕もの身長もこれくらいの勢いで伸びてくれないものかと、思春期らしい願いを思っていると、いつのまにか眠ってしまっていたルーデウスが鼻提灯を破裂させる音がした。
あえて追及はしないでおいてやるが、こいつ僕の膝を枕にしていたものだから、よだれが太ももにべったりとついてしまっている。これでは僕がお漏らしをしてしまったみたいで実に滑稽である。
そんなことがあったから、僕は恨みがましげに彼女を軽く睨んでいると、ルーデウスはそんなことは知らん顔であくびなんかしている。
全く、こういうマイペースなところは見習いたいところだ。
「ふみゅ……多比名。魔法の進捗はどうじゃ?そろそろ魔法の形成くらいはできておろう?」
「いや?まだ何もできてないけど。」
「センスないぞ貴様。」
「…………」
「いいか?貴様は頭がカッチコチなんじゃよ。もっと馬鹿になれ。」
「ということは、僕より魔法の使えるお前は、僕より馬鹿なんだな。」
―ぶん殴られた。
閑話休題。
「やはり必要なのは危機感なのかもしれんの。」
「危機感?」
思わず王蟲返しをしてしまった僕を、気にした様子もなくルーデウスは続けた。
「わしが今から貴様を殺しにかかる。それで貴様はわしから逃げろ。もしくは、魔法を使って自己防衛するんじゃ。」
「いや、そんなことしたら僕が死んじゃうだろ!」
「死ぬ気でやるんじゃよ。」
皮膚がビリビリに破けそうなほど、圧迫感のある声と気迫が空気を緊張させる。
木に止まっていた鳥は飛び立ち、どこからか犬の鳴き声が聞こえてくる。
僕の体は動かず、言葉さえ練れない。
普段ならここで減らず口をたたき、ルーデウスに軽くいなされるという流れが、完全に消滅してしまっている。
「はっきり言って、貴様は巻き込まらた側じゃ。だからこんなことは絶対に言いたくはなかったのじゃが、貴様からやる気はやはり感じない。」
「……なにを」
「そうじゃろ。貴様は……なんじゃったか。たしか家族を殺されたからその仇を取りたいんじゃったな?それは本心から言っておることか?」
「………本気に決まってるだろ。じゃないと、魔女なんかと手を組んでこんな危険なことはしない。」
「なんでそんな確信を持って言えるのじゃ?貴様……元は何も感じないような冷徹な人間じゃろ。」
「なんでお前がそれを知ってるんだよ。」
「わしも長く生きた。人間の本質くらいは簡単に見抜ける。なんじゃかな…お主からは生気やらなにやらが全く感じられん。空っぽなんじゃよ。多比名。」
今度はまた違った意味で、冷や汗が流れる。
はっきり言って、今こいつに言われた数々の言葉は、全て図星だ。だからこうして僕の心に深く突き刺さってきている。
でもそれだけは認められない。認めてはいけない。
なぜなら僕が、妹が生きていると知った時の、あの時の喜びは本物だったと胸を張って言えるからだ。
「僕は……僕が思っているよりも……」
「人間……じゃったか?もう、自分に嘘をつくのはよせ。」
「は……」
「貴様は、もうすでに半分は魔女なんじゃ。ようやく堂々と人間のふりをせずに済むぞ。」
そう、ルーデウスは僕を慰めるかのように言うのだった。
いや初めからわかっていたことだ。何を今更ショックを受けているのだろう僕は。
僕が、人間のなり損ないなんてことは、物心ついた頃から自覚していたこと。それが最近、自分の勘違いなんじゃないか、という勘違いをしていただけの話。
僕は初めからそんなものだった。
僕は最初から、その程度だった。
「でも……僕は妹が助かって……本当に嬉しかったんだ。」
そうだった。
それだけは本当だ。
「…………」
それでも、ルーデウスは僕を見下ろす。
身長的には、僕のほうが大きいはずなのに、見下ろされるような心地になる。それほどまでに、こいつの存在感はえげつないものだった。
そして、一切の容赦もなく、彼女は言い放つ。
「勘違いじゃよ、全部。」
※※
これでいい。
魔法を出すコツはイメージを練ることのほかに、もう一つある。
それは、憎しみや怒りなどの悪感情だ。
魔女は元々それらが原材料となっているので、なんの教えもなく簡単に魔法を放つことができる。
だから、わしは使い方を教えるのが下手だったのかもしれんの。
あとは、多比名の心次第。
こいつがここで全てを諦めてしまうか、それともわしの言葉に激昂するか。
前者ならば、わしもこの世界もおしまい。
後者ならば――――
「……ふざけるな。」
―――なんじゃ?この魔力量は。
その瞬間―わしの身体中から、冷や汗のようなものが流れる。
こんな感覚、久しぶり――どころか。
「――初めての経験じゃ……人に恐れを抱くのは。」
とはいえ、わしが負けるほどではないにしろ、こやつには今わしの全盛期の半分ほどの力が備わっておる。
戦いになれば、わしの経験勝ちになるじゃろうが。
しかし、そんなわしの考えは、ハチミツのように甘いものだと知る。
「魔女ごときの尺度で、僕のことを図るな。不愉快なんだよ全部。」
「魔女如き……ね。」
言ってくれる。
しかし、なんだこの魔力量は。
明らかに、さっきまで魔法の魔の字も知らなかった初心者とは思えない上達ぶりじゃ。
じゃが、これ以上初心者に暴れさせるのはまずい。
『空間転移 』
その言葉を発した瞬間、空間はくしゃりと紙みたいに潰れた。そして、それが小さく爆発したかと思うと、目の前の景色がガラリと切り替わる。
空間転移 先は、人っ子一人見えない荒野。
少なくとも、ここならばあの市街地で戦うより、被害はだいぶマシじゃろう。
じゃが……その気遣いも無意味に終わりそうじゃ。
そのくらい、今目の前にいる多比名の魔力量には、目を見張るものがあった。
「さて……そろそろかかってくるのじゃ。今の貴様なら、魔法の一つくらい打てるじゃろ。」
「何上から指図してんだよぶち殺すぞ。」
「…………」
「ああ、僕ってばこんなに激情に駆られて……。本当の人間みたいだあ。」
普通の人間は、自分を普通の人間だとは思わないじゃろうがな。
しかし………多比名は怒ると、ここまで人が変わるのか。
これじゃあまるで――
――二重人格じゃの。
「ぶっ――――」
「――!?」
「―――こわれろぉ!!!」
刹那――風を切るような音が炸裂し、黒い影がわし目掛けて飛来してくる。
しかも、そのスピードも息を呑むほどだ。
全盛期のわしならば、大したことはないじゃろうが、弱体化してしまった今、わしとあいつの実力差はほぼないに等しい。
この勝負……うかうか様子見などしておられんぞ。
そう思った今、わしがすることは。
「全力の魔力勝負じゃな。」
『禍殃 』
詠唱と共に、わしの右手には魔力が集まる。
わしの得意とするのは、隠の魔術。
相手に災いを振り撒くのを得意とするもの。
中には食らえは確定死の、一撃必殺も存在するが、今使うのはよっぽど間抜けなやつだけじゃ。
じゃから、本気とはいえ、それは使わない。
そして、こちらに迫りくる黒い影に、その青紫色の魔術を打ち込む。
(――入った)
そう。
実際にわしの禍殃 は、多比名の体に当たった。
そして、あいつの体の一部を欠損することにも成功した。
――――しかし。
次の瞬間には、欠損してはずの体が生えてきては、わしの顔を殴り飛ばしてきているではないか。
何が………おきた???
訳もわからないまま、わしは吹き飛ばされる。
しかし、多比名は休む暇など与えずに、間髪入れず猛攻を仕掛けてくる。
こいつ………自分で気づいているかは知らないが、自己強化 まで入っているぞ。
それに、さっきの傷の治りの早さといい、不可解な点が多すぎる。
「考えていても仕方がない……!」
わしは魔力を後ろに放出して、なんとか吹き飛ばされるのを回避すると、魔法弾を空中にいくつも集めると、それを多比名めがけて一気に放つ。
すると、凄まじい轟音と共に、マシンガン顔負けの威力の魔法弾が多比名の体を貫き、焼き焦がし、消し飛ばす。
だが、それらの活躍も虚しく、その怪我は全てものの数秒で治癒してしまう。
「……!?」
やはり……こいつの回復力は異常だ。
魔法弾が効かないとなると、一撃で葬り去るくらいの魔術が必要なのかもしれない。
しかし、今のわしにはそんな力は………
「仕方がない。」
『弱禍 』
その魔法が、多比名に見事命中すると、彼は泥のように気を失った。
そして、そのまま彼は空中から地面へと落下していき、地面に接する寸前で、引き上げることに成功する。
「どうやら……成功したようじゃな。」
わしは、魔法で多比名を持ち上げながら、そう呟いた。
多比名の回復力には目を見張るものがある。
いま、わしの魔術の中で眠る彼は。
「…………どう考えても、異常じゃな。」
本来、魔力量はわしの全盛期の半分しかないはずだったのだ。
しかし、今回戦った彼の魔力量は、それを遥かに超えていた。つまりは、自分自身に内在していた魔力量がわしの魔力に相乗したということじゃろう。
ということは、彼はもうすでに、わしの力がなくとも魔法を操ることが可能になっているということ。
たった一日、魔法の練習をしただけで。
「………こいつは……天才やもしれんの。」
そんな単純で稚拙な評価をしてしまうのだった。
※※
目が覚めると、そこは自分の家だった。もっと詳しくいえば、僕の家の庭――つまり、さっきまで魔法の練習をしていた場所だ。
そして、僕の目の前には、偉そうに縁側に腰掛ける少女の姿が。
「………さっきは悪かったな。魔法に必要なことは、イメージだけでなく、悪感情の発現なんじゃ。それを引き出させるために貴様を怒らせるようなことをした。」
そう言っていきなりルーデウスは頭を下げてきた。
こいつにしては珍しく、物腰の低く丁寧な動作で。
そんな光景に僕は思わず思考がついていかず、ただ茫然と立ち尽くしてしまうことしかできなかった。
しかし、僕も謝られてそれを「許さない」というほど子供じゃない。たしかに、理由がなんであれ、図星を突かれるという行為はなかなかに腹の立つものだけど、僕はそのおかげで魔法が使えるようになったのだ。
「………なあ、ルーデウス。僕……魔法使えてたよな?」
あれが本当に自分だったのか確証の持てない僕は、意味もないとは思うけどルーデウスに尋ねてみる。
すると。
「ああ、使えておったぞ。まだ、不恰好な魔術ではあったが、魔力の顕現はできておった。それに――貴様の強みはなんと言っても、脅威の回復力じゃ。」
「回復力?」
「そうじゃ。もしかすると、全盛期のわし……いや七色の魔女並みの回復力は持っておるかもしれんぞ。」
「う、嘘だろ流石に?」
まだ現実が飲み込めていない僕に、ルーデウスはまたまた真剣な面持ちでこくりと首を縦に振って首肯した。
「……回復力が……僕の取り柄なのか。」
「まるでゾンビみたいな戦い方をしておった。魔法弾を撃ってもすぐに回復して、腕を吹き飛ばしても再生して、わしを怒りのままに殴ろうと必死になっておった。じゃが、その影響もあって、攻撃は単調で、火力は雑魚同然じゃったがな。」
「雑魚……同然……」
そんなさっきまでとは、天と地ほどの差もある評価を下され、がっかり項垂れる僕だが、突如ルーデウスに肩を触られて頭を上げた。
すると、珍しくルーデウスが微笑なんか浮かべて、僕を見つめてきていた。
「な、なんだよ。なんか今日のお前はお前じゃないみたいだ。」
「貴様がわしの何を知っておるというんじゃ。まだ会って二日もたっておらんぞ。」
と、おでこをこづかれた。そして――
「じゃからこそ…わしは少し貴様に提案をしてみようと思う。」
「……提案?」
「ああ、提案じゃ。いいか?わしは……今のわしらじゃ、絶対に緋色魔女 には勝てない。今日貴様と戦って、力不足を感じた。」
悲しげにいう彼女。だが、こちらにだって言い分はある。
「仕方ないだろ!僕はまだ魔法を使ってから一日なんだから!もっと時間をかければもっと力だってつくに決まって……」
「貴様じゃない。わしの力不足じゃ。」
「…………!」
まさかそっちの力不足とは思わなんだ。
だが、魔女の王であるルーデウスで力不足なら、たしかにまだまだ緋色魔女 への道のりは遠いのかもしれない。
「でも、僕は緋色魔女 を一刻でも早く懲らしめてやりたいんだよ。」
「じゃが、それは最終目標でいいじゃろ。だからここからが提案じゃ。」
「…………」
僕はゴクリと、息を呑みながら話の続きを今か今かと待つ。
「わしは決めたぞ。わしは、七色の魔女の他六色の魔女を味方につけることにした。」
「……………は?」
そんなこと……できるわけが――
「――難しいとは思うが、六色の魔女全員が全員緋色魔女 のように血気盛んなわけじゃないのじゃ。中には人間に好意的なのある魔女だっている。」
「じゃ、じゃあそこから戦力を集めていって、最終的に緋色魔女 を倒そうって……ことか?」
「ご明察じゃ。」
な、なんてことだ。
たしかに、六色の魔女が仲間になれば、いくら力の強い魔女であろうと、数の暴力には勝てないはずだ。
それに、今のこいつの話が本当なら、六色の魔女が仲間になる可能性は微レ存だが、あるということ。
ならば――時間がかかってでも、ルーデウスの言う通りにした方がいいのでは?
そんな、考えが僕の中で纏まりつつあった。
そして、考えれば考えるほど、それが正しいことのように思えて。
気がついた頃には、すでに首を縦に振ってしまっていた。
全く……意志が弱いぞ僕。
そんなお叱りを自分自身にして、僕の行動方針は決まった。
それにしても。
魔法もある程度使えるようになって。それから行動方針も決まって。
今の僕はらしくもなく、順調にことが進めることができていた。異常なまでに。
だが僕は知っている。こんな順風満帆な時ほど、足元を掬われるようなことが眠っていることを。
だから僕は必死に遡る。何を他にしなければならないのかを。
―――あ、そうだ。
「瑠夏のお見舞い行かないと……」
※※
病院に着くと、不思議と重たい空気が身に纏ってくるような気がした。
心なしか部屋全体が藍色に染まっているようにも見えるし、なんだか憂鬱になる空間だな。病院というのは。
僕個人の意見としては、病院はもっと明るい色で染めてしまった方が、従事者や入院患者のメンタルケアにもなると踏んでいるのだが、いつまで経ってもこの病院の雰囲気は陰鬱なものから変わらない。
というか、変わろうと言う気概さえ、この病院からは感じないので、それでいいのだろう。そもそも気にしているのは僕だけみたいだし、世間とずれているのは僕だけなのだろう。
だったら、少数派は切り捨てるのが世の定石。
結論としては、この病院はこのままでいいということだ。
いやはや……なんの話だったか。
そうだ。瑠夏の見舞いだ。
とりあえず瑠夏が好きそうな果物を数品買って来たけれど、多分あいつ怒ってるだろうなぁ。
一応病院側に連絡はしておいて、そこから伝わってはいるはずだけれど、見舞いをすっぽかしたことには変わりはない。
心に深い傷を負ってしまっている彼女に対して、その裏切りはひどく悲しいものにも思えた。
あと、ちなみにルーデウスのやつは家に置いて来た。
あいつがいると病院の中ではしゃぎ回りそうだし、瑠夏の前にいきなり登場させても困らせてしまうだけだろうしな。
一応あいつの姿は一般人にも見えているらしいし、連れてこないと言う選択肢は間違ってはないはずだ。
そう強引にまとめて、僕は瑠夏のいる病室を軽くノックした。
「……よう、瑠夏。元気か?」
僕は申し訳ないオーラを全面に出しながら、扉を開いた。
すると、瑠夏は僕の方を見ないで、窓に目をやりながらうけ答えをした。
「うん。でも、お兄ちゃん?なんで昨日お見舞い来てくれなかったの?」
うぐ…いきなり深掘りしてくるかその話。いやまあ、普通に考えて僕でもそうするだろうけどさ。
「いや、本当にごめん……実は―――」
「だめ…もういなくなっちゃ」
僕が滑稽にも、言い訳をし始めようとした瞬間、瑠夏のやつが急に、僕に抱きついてきてそう言った。
「瑠……瑠夏!?」
「なんでお見舞いこなかったの!なんで!?」
いきなり抱きつかれて困惑していると、更に追い打ちをかけるように、いきなり大声をあげて激昂しだした。
「瑠夏落ち着いて……なんで遅れたのか説――」
「そんなことどうでもいい!どうせ言い訳するだけだし!お兄ちゃんは私のそばにいればそれでいいの!もうお家にも帰さない!学校も行かないで私と一緒にいて!」
「瑠夏……それは……」
難しい要望だよ――と伝えようとした時。
「だって!お兄ちゃんまたいなくなるでしょ……」
と、瑠夏がしおらしく項垂れた。
「…………」
「もう、懲り懲りなの。家族がいなくなっちゃうのは。」
彼女は僕の胸に顔を埋めながら、涙を流していた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「突然…お母さんが死んだの。リビングのソファで携帯をいじってたら、お母さんが急に真っ赤になって……気が付けば病院のベッドにいた。そして、家族はお兄ちゃん以外いなくなってた。」
「…………」
「次…お兄ちゃんまで死んじゃったら……私はもう………無理だよ?」
その一言に、彼女の気持ちが全て詰まっていた。
僕は、何を考えていたのだろうか。
家族を失った怒りを、魔女にぶつけようと躍起になって、復讐を謳っていた自分。
復讐が達成できれば、自分の身さえ厭わないと、自己犠牲に浸っていた自分。
そんな僕は、妹のために、家族のために行動ができていたといえるのか?
家族を失う辛さに悶えていた彼女は、復讐よりも僕の身を案じていた。
対する僕は、妹の見舞いをほっぽり出して、魔女に対抗するため、魔法の技術なんか磨いていた。
大馬鹿野郎だ。
これだから、僕は人並みになれないのかもしれない。
人の気持ちを想像することが出来ないから、僕は人になれなかったのかもしれない。
「……ごめん瑠夏……」
「………謝るなら……もう絶対にいなくならないで」
「ああ約束する。僕は……絶対にいなくなったりしない。」
「………なら、いい。」
「…ありがとう。許してくれて」
「……私もごめん取り乱した。」
……僕もごめん瑠夏。
それでも僕は、復讐はやめられない。緋色魔女 は必ず殺す。
でも、僕はお前のために死なないと約束しよう。
必ずこの病室に戻ると、約束しよう。
「じゃあ、またな。」
「……うん。また絶対に来てね。」
「ああ。絶対に」
とはいえ、瑠夏の服は魔女には少し大きすぎたようで、かなりゆとりのある着こなしになってしまったが、まあ服が乾くまでの我慢だ。
僕のスウェットも結構ゆとりがあるし、なんか新しいファッションとでも思っておくことにしよう。
そして、僕はそのまま泥のように眠ってしまったのだが、起きてから地獄を見ることとなる。
「………っうぐぁあぁ…いってぇぇぇ……」
身を焼くような激痛が、身体中を襲うのだ。
さっきまではドーパミンが出てたからか分からないが、痛みは大したものではなかった。
だが、今僕の体を蝕むそれは、溶岩を身体中に塗りたくってきているみたいなレベルで、これがずっと続くことを考えると、頭がおかしくなりそうだった。
それに比べて魔女の方は、今も僕の膝の上で心地良さそうに眠っている。
この痛みの中よく寝られるものだ。やはり、慣れればこうなるのだろうか。でも、それが幸せなことなのかといえばそうでない気がして。
なんせ、ただでさえ、人から遠い僕から痛覚をとってしまうと、さらに人間離れしてしまう気がするから。
でもきっと、そんなことを気にしているのは僕だけなのだろう。
僕が気にしすぎなだけなのだ。
と、多分という枕詞がつくような言葉を、ただひたすらに並べている僕の膝の上で、魔女が悶え出した。
「いたい…いたい!」
やっぱ痛かったみたい。
閑話休題。
「貴様の名前を教えるのじゃ。」
起きて早々、青白い顔をしてそう言うのは、僕と一心同体の魔女だ。
また、それに対面する僕もかなり青白い顔色をしているので人のことは言えないのだが。
それにしても。
「名前…たしかに、呼ぶときに面倒だな。僕は勝手にお前のことを心の中で魔女と呼んでいたけど、仲間となった今そう呼ぶのは気が引ける。」
「長々と面倒臭いやつじゃの。早くなのらんかい。」
「はいはい。僕は未度多比名。多比名でいいよ。」
「タビナ?変な名前じゃの。貴様の両親はどんな想いでその名前をつけたのか大いに気になるところじゃが、それを聞いてもどうせ知らんじゃろうからな。聞かないでおいてやるのじゃ。」
「なんだよそれ……」
そう言って乾いた苦笑を浮かべる僕。
そんな仕草ができるくらいには、今の僕の心は安定しているようだ。それに、痛みにもだんだん慣れてきて、今の弊害としては顔色くらいだろう。
「じゃあ次はわしじゃの。わしの名は―――」
魔女の王―――ルーデウス。
「………魔女の王……ルーデウス?」
「そうじゃ。」
あっけらんかんというルーデウスだが、それは流石にないだろう。
この衝撃の事実を告げられて、平静を保てるわけがない。
「お前は魔女の一番偉い存在なのか?」
「ちっちっち。偉かったの間違いじゃ。七色の魔女の登場で、わしはいよいよ立つ瀬がなくなり、今じゃ人間と一心同体という始末じゃ。落ちぶれたものじゃな。」
「その言い方だと、人間を下に見ているように見えるが?」
「下じゃろう人間は。能力的にみて、魔女の方が優秀じゃ。貴様らはずっと食物連鎖の頂点に君臨していたから、認めたくないだけかもしれないが、既にその頂にいるのは魔女なんじゃよ。残念ながらの。」
正論の数々だが、ここで少しの違和感。
「お前は……そんなに人間を下に見てるのに、なんで和平なんかを望むんだよ。」
「じゃから、何度も言っておろう。わしは争いが好かんだけじゃ。人間に愛着があるわけでもなんでもない。」
まあ、普通に考えればそうだよな。
僕は、なんだか知りたくなかった現実を突きつけられたような心地で、少しだけ物悲しくなった。
※※
今日は学校を休んで、朝から瑠夏の見舞いに行く予定だったが、これは緊急事態だ。見舞いよりも優先することができてしまった今、その予定はもう少し先の話になりそうである。
それにしても、妹よりも復讐を優先するなんて。
つくづく自分のクズっぷりには嫌気がさしてくる。
だから、今度瑠夏に会うときには、
まあ多分、それをするとあいつは喜ぶどころか悲鳴をあげそうな気がするけど。誰のであれ、生首は生首だ。現代日本で生きる彼女には、少々刺激が強すぎるだろう。
まあ、僕も見たことないんだけどね。
閑話休題。
「お前、
僕がそう尋ねると、ルーデウスは機嫌悪そうに眉を顰めて「あれだけ瀕死に追い込まれたのじゃぞ。あとなんて知るわけがなかろう。」と結構怒られた。
まあこいつも一応は、過去に魔女の王なんて肩書きがあったわけだし、それなりのプライドがある中、それを格下だと思っていた魔女にボコボコにされたんだ。苛立って当然か。
と、ルーデウスが聞けば、さらに憤慨しそうな内容を心の中で思ってみる。
心の中でなら何を言ってもいいのよ、と僕のお母さんが言っていたような言ってなかったような。僕の記憶が正しければ、言ってなかったはずだ。……言ってなかったのかよ。
それにしても――こうも情報がないと緋色の魔女なんて探そうにも探せないぞ。
せめて、最後の足取りくらいわかれば追跡ができそうなものだが。
「貴様はさっきから何をしようとしてるんじゃ?」
「何って…緋色の魔女を追跡しようとしてるんだろ。」
「かあああああ貴様は馬鹿なのか?」
なんだこいつ。腹立つな。
「いいかの?
「…………」
正論のオンパレードで、何も言い返せません。どうしましょう。
「タビナ、貴様は少々焦っておるだけじゃ。心配しなくとも、緋色の魔女はそんな簡単に老いて死なぬ。わしとしてはそれでもありがたいが、貴様はそうではないだろう?」
「ああ、自分の手で殺してやりたい。」
「なら、わしの言うことを聞いて、まずは魔法の使い方を身につけるんじゃ。」
そして、僕はもう一度返事をすると、案外柔らかな微笑で返された。
「でも、魔法なんていきなり使ったら町中大パニックになったりしないか?」
「そんな大規模なものは使わん。ちょっとした篝火程度のやつじゃから、貴様の家の庭でもできる。」
「そうなのか。」
「じゃあ早速庭に出るぞ。」
ルーデウスは取り付く島もなく、僕の手を引っ張って庭はとでた。
※※
庭に出ると、僕はなぜか正座をさせられて、対するルーデウスは縁側に腰掛けて、僕を見下すような姿勢をとっている。
やっぱこいつ魔女の王なんだな、ということを嫌にでも意識させられる。
すると。
「じゃあ、炎を出して見せよ。」
「………どうやって?」
「はあ?そんなの感覚で出すんじゃ。その感覚がわからないから、人間は魔法が使えないんじゃ。」
「………そうか。」
まてよ?その言い方だとまるで、使い方さえわかれば人間でも魔法が使えるって意味合いにならないか?
「さあ!何をぼうっとしとるんじゃ。さってさと始めろ」
「……そうは言っても、せめてコツとかはないのかよ。いきなりやらされても、何もできるわけがない。感覚以前の問題だろ。」
「ふぅむ。コツか。」
下顎に手をやりながら、物思いに耽るルーデウスはなんだか知的にみえる。
僕も試しにやってみようかしら、なんて思っているとルーデウスがいきなり人差し指から、蝋燭の火みたいな勢いのものを出した。
「す、すごい……」
「魔法を出す感覚――それがわかれば次のステップは早い。どんどん上級魔法を覚えていっておくれ。」
「………最初で最後の関門……ってことか。」
「それは違うぞ。最後の関門は、
とかなんとか、屁理屈を捏ねられた。
それはさておき、僕は自分の想像する魔法の使い方を意識してみることにした。
指に思い切り力を入れてみたり、魔法が出るイメージを頭の中に思い浮かべてみたり、まあとにかく色々やったわけだ。
しかし、僕が何をしても得られるのはルーデウスからの嘲笑だけ。僕が失敗するたびに笑いやがるものだから、僕も僕でイライラが限界近くまで湧き起こる。
とはいえ、見た目だけは少女のこいつを叱る気にもなれないので、仕方なくまた魔法のイメージを再び練り始める。
「う………むっずかしい……」
「もっと頭を柔らかくするんじゃ。貴様は考えすぎなんじゃよ。もっとフラットに魔法を考えるんじゃ。」
「フラットに…って言うけど、僕はこの十七年間、魔法とは縁のない生活を送ってんだ!いきなりやれって言われても……」
すると、ルーデウスは呆れたようにため息を一つついて僕にこう言うのだ。
「じゃあ手本を見せる。これで学べ。」
そう言って彼女はふわりと僕の目の前を浮いてみせた。
また、いきなりのことだったので僕は目を丸くするが、そんな僕の驚愕は完全に置いてけぼり状態で、ルーデウスはそのままの流れで太陽に手を翳した。それはまるで、あの有名な童謡のワンシーンのようで。
そんなことを考えていると、ポカリとルーデウスから頭をこづかれる。
「いらんことを考えておらんで、しっかりわしの魔法を見ておけ。」
「……わかってるよ…。」
魔法が使えるようになれば、心を読むこともできるようになるのだろうか。
「――いくぞ」
その一声からだ。
彼女の手のひらから、おどろおどろしい毒をそのまま表現したかのような物質が放たれたのは。
少し触れただけでも命がない、と僕の生存本能が呼びかけてくる。それほどまでに今目の前にある魔法は、上質であり、危険なものだった。
「……これが……魔法」
「そうじゃ。とはいえ、わしは今貴様と力を半分に割っている状態に加え、市街地じゃから本気は出しとらん。」
「ってことは、全盛期の一割くらいの力しか出してないってことか?」
「一割も出しとらんよ。わしをあまりみくびるでないぞ。」
と、ルーデウスは愉快そうに笑った。僕が冗談を言っていると思ったみたいだ。
そして、当の本人である僕は、もちろん冗談を言ったつもりなど毛頭ない。なんなら、今の魔法が命懸けで捻り出せるレベルのものだと思っていたくらいだ。
それにしても、これはとんでもないことになってぞ。
「……今のがルーデウスの全盛期の一割以下の力となると、それに打ち勝った
「じゃから……わしは本気を出してなかっただけじゃ。本気を出せばあんな小娘ごとき……」
その後もごちゃごちゃと言い訳を並べ立てるルーデウスを放って、僕は魔法の練習を続ける。
※※
日もすっかり暮れて物陰は、すらりと体を伸ばしていた。
僕もの身長もこれくらいの勢いで伸びてくれないものかと、思春期らしい願いを思っていると、いつのまにか眠ってしまっていたルーデウスが鼻提灯を破裂させる音がした。
あえて追及はしないでおいてやるが、こいつ僕の膝を枕にしていたものだから、よだれが太ももにべったりとついてしまっている。これでは僕がお漏らしをしてしまったみたいで実に滑稽である。
そんなことがあったから、僕は恨みがましげに彼女を軽く睨んでいると、ルーデウスはそんなことは知らん顔であくびなんかしている。
全く、こういうマイペースなところは見習いたいところだ。
「ふみゅ……多比名。魔法の進捗はどうじゃ?そろそろ魔法の形成くらいはできておろう?」
「いや?まだ何もできてないけど。」
「センスないぞ貴様。」
「…………」
「いいか?貴様は頭がカッチコチなんじゃよ。もっと馬鹿になれ。」
「ということは、僕より魔法の使えるお前は、僕より馬鹿なんだな。」
―ぶん殴られた。
閑話休題。
「やはり必要なのは危機感なのかもしれんの。」
「危機感?」
思わず王蟲返しをしてしまった僕を、気にした様子もなくルーデウスは続けた。
「わしが今から貴様を殺しにかかる。それで貴様はわしから逃げろ。もしくは、魔法を使って自己防衛するんじゃ。」
「いや、そんなことしたら僕が死んじゃうだろ!」
「死ぬ気でやるんじゃよ。」
皮膚がビリビリに破けそうなほど、圧迫感のある声と気迫が空気を緊張させる。
木に止まっていた鳥は飛び立ち、どこからか犬の鳴き声が聞こえてくる。
僕の体は動かず、言葉さえ練れない。
普段ならここで減らず口をたたき、ルーデウスに軽くいなされるという流れが、完全に消滅してしまっている。
「はっきり言って、貴様は巻き込まらた側じゃ。だからこんなことは絶対に言いたくはなかったのじゃが、貴様からやる気はやはり感じない。」
「……なにを」
「そうじゃろ。貴様は……なんじゃったか。たしか家族を殺されたからその仇を取りたいんじゃったな?それは本心から言っておることか?」
「………本気に決まってるだろ。じゃないと、魔女なんかと手を組んでこんな危険なことはしない。」
「なんでそんな確信を持って言えるのじゃ?貴様……元は何も感じないような冷徹な人間じゃろ。」
「なんでお前がそれを知ってるんだよ。」
「わしも長く生きた。人間の本質くらいは簡単に見抜ける。なんじゃかな…お主からは生気やらなにやらが全く感じられん。空っぽなんじゃよ。多比名。」
今度はまた違った意味で、冷や汗が流れる。
はっきり言って、今こいつに言われた数々の言葉は、全て図星だ。だからこうして僕の心に深く突き刺さってきている。
でもそれだけは認められない。認めてはいけない。
なぜなら僕が、妹が生きていると知った時の、あの時の喜びは本物だったと胸を張って言えるからだ。
「僕は……僕が思っているよりも……」
「人間……じゃったか?もう、自分に嘘をつくのはよせ。」
「は……」
「貴様は、もうすでに半分は魔女なんじゃ。ようやく堂々と人間のふりをせずに済むぞ。」
そう、ルーデウスは僕を慰めるかのように言うのだった。
いや初めからわかっていたことだ。何を今更ショックを受けているのだろう僕は。
僕が、人間のなり損ないなんてことは、物心ついた頃から自覚していたこと。それが最近、自分の勘違いなんじゃないか、という勘違いをしていただけの話。
僕は初めからそんなものだった。
僕は最初から、その程度だった。
「でも……僕は妹が助かって……本当に嬉しかったんだ。」
そうだった。
それだけは本当だ。
「…………」
それでも、ルーデウスは僕を見下ろす。
身長的には、僕のほうが大きいはずなのに、見下ろされるような心地になる。それほどまでに、こいつの存在感はえげつないものだった。
そして、一切の容赦もなく、彼女は言い放つ。
「勘違いじゃよ、全部。」
※※
これでいい。
魔法を出すコツはイメージを練ることのほかに、もう一つある。
それは、憎しみや怒りなどの悪感情だ。
魔女は元々それらが原材料となっているので、なんの教えもなく簡単に魔法を放つことができる。
だから、わしは使い方を教えるのが下手だったのかもしれんの。
あとは、多比名の心次第。
こいつがここで全てを諦めてしまうか、それともわしの言葉に激昂するか。
前者ならば、わしもこの世界もおしまい。
後者ならば――――
「……ふざけるな。」
―――なんじゃ?この魔力量は。
その瞬間―わしの身体中から、冷や汗のようなものが流れる。
こんな感覚、久しぶり――どころか。
「――初めての経験じゃ……人に恐れを抱くのは。」
とはいえ、わしが負けるほどではないにしろ、こやつには今わしの全盛期の半分ほどの力が備わっておる。
戦いになれば、わしの経験勝ちになるじゃろうが。
しかし、そんなわしの考えは、ハチミツのように甘いものだと知る。
「魔女ごときの尺度で、僕のことを図るな。不愉快なんだよ全部。」
「魔女如き……ね。」
言ってくれる。
しかし、なんだこの魔力量は。
明らかに、さっきまで魔法の魔の字も知らなかった初心者とは思えない上達ぶりじゃ。
じゃが、これ以上初心者に暴れさせるのはまずい。
『
その言葉を発した瞬間、空間はくしゃりと紙みたいに潰れた。そして、それが小さく爆発したかと思うと、目の前の景色がガラリと切り替わる。
少なくとも、ここならばあの市街地で戦うより、被害はだいぶマシじゃろう。
じゃが……その気遣いも無意味に終わりそうじゃ。
そのくらい、今目の前にいる多比名の魔力量には、目を見張るものがあった。
「さて……そろそろかかってくるのじゃ。今の貴様なら、魔法の一つくらい打てるじゃろ。」
「何上から指図してんだよぶち殺すぞ。」
「…………」
「ああ、僕ってばこんなに激情に駆られて……。本当の人間みたいだあ。」
普通の人間は、自分を普通の人間だとは思わないじゃろうがな。
しかし………多比名は怒ると、ここまで人が変わるのか。
これじゃあまるで――
――二重人格じゃの。
「ぶっ――――」
「――!?」
「―――こわれろぉ!!!」
刹那――風を切るような音が炸裂し、黒い影がわし目掛けて飛来してくる。
しかも、そのスピードも息を呑むほどだ。
全盛期のわしならば、大したことはないじゃろうが、弱体化してしまった今、わしとあいつの実力差はほぼないに等しい。
この勝負……うかうか様子見などしておられんぞ。
そう思った今、わしがすることは。
「全力の魔力勝負じゃな。」
『
詠唱と共に、わしの右手には魔力が集まる。
わしの得意とするのは、隠の魔術。
相手に災いを振り撒くのを得意とするもの。
中には食らえは確定死の、一撃必殺も存在するが、今使うのはよっぽど間抜けなやつだけじゃ。
じゃから、本気とはいえ、それは使わない。
そして、こちらに迫りくる黒い影に、その青紫色の魔術を打ち込む。
(――入った)
そう。
実際にわしの
そして、あいつの体の一部を欠損することにも成功した。
――――しかし。
次の瞬間には、欠損してはずの体が生えてきては、わしの顔を殴り飛ばしてきているではないか。
何が………おきた???
訳もわからないまま、わしは吹き飛ばされる。
しかし、多比名は休む暇など与えずに、間髪入れず猛攻を仕掛けてくる。
こいつ………自分で気づいているかは知らないが、
それに、さっきの傷の治りの早さといい、不可解な点が多すぎる。
「考えていても仕方がない……!」
わしは魔力を後ろに放出して、なんとか吹き飛ばされるのを回避すると、魔法弾を空中にいくつも集めると、それを多比名めがけて一気に放つ。
すると、凄まじい轟音と共に、マシンガン顔負けの威力の魔法弾が多比名の体を貫き、焼き焦がし、消し飛ばす。
だが、それらの活躍も虚しく、その怪我は全てものの数秒で治癒してしまう。
「……!?」
やはり……こいつの回復力は異常だ。
魔法弾が効かないとなると、一撃で葬り去るくらいの魔術が必要なのかもしれない。
しかし、今のわしにはそんな力は………
「仕方がない。」
『
その魔法が、多比名に見事命中すると、彼は泥のように気を失った。
そして、そのまま彼は空中から地面へと落下していき、地面に接する寸前で、引き上げることに成功する。
「どうやら……成功したようじゃな。」
わしは、魔法で多比名を持ち上げながら、そう呟いた。
多比名の回復力には目を見張るものがある。
いま、わしの魔術の中で眠る彼は。
「…………どう考えても、異常じゃな。」
本来、魔力量はわしの全盛期の半分しかないはずだったのだ。
しかし、今回戦った彼の魔力量は、それを遥かに超えていた。つまりは、自分自身に内在していた魔力量がわしの魔力に相乗したということじゃろう。
ということは、彼はもうすでに、わしの力がなくとも魔法を操ることが可能になっているということ。
たった一日、魔法の練習をしただけで。
「………こいつは……天才やもしれんの。」
そんな単純で稚拙な評価をしてしまうのだった。
※※
目が覚めると、そこは自分の家だった。もっと詳しくいえば、僕の家の庭――つまり、さっきまで魔法の練習をしていた場所だ。
そして、僕の目の前には、偉そうに縁側に腰掛ける少女の姿が。
「………さっきは悪かったな。魔法に必要なことは、イメージだけでなく、悪感情の発現なんじゃ。それを引き出させるために貴様を怒らせるようなことをした。」
そう言っていきなりルーデウスは頭を下げてきた。
こいつにしては珍しく、物腰の低く丁寧な動作で。
そんな光景に僕は思わず思考がついていかず、ただ茫然と立ち尽くしてしまうことしかできなかった。
しかし、僕も謝られてそれを「許さない」というほど子供じゃない。たしかに、理由がなんであれ、図星を突かれるという行為はなかなかに腹の立つものだけど、僕はそのおかげで魔法が使えるようになったのだ。
「………なあ、ルーデウス。僕……魔法使えてたよな?」
あれが本当に自分だったのか確証の持てない僕は、意味もないとは思うけどルーデウスに尋ねてみる。
すると。
「ああ、使えておったぞ。まだ、不恰好な魔術ではあったが、魔力の顕現はできておった。それに――貴様の強みはなんと言っても、脅威の回復力じゃ。」
「回復力?」
「そうじゃ。もしかすると、全盛期のわし……いや七色の魔女並みの回復力は持っておるかもしれんぞ。」
「う、嘘だろ流石に?」
まだ現実が飲み込めていない僕に、ルーデウスはまたまた真剣な面持ちでこくりと首を縦に振って首肯した。
「……回復力が……僕の取り柄なのか。」
「まるでゾンビみたいな戦い方をしておった。魔法弾を撃ってもすぐに回復して、腕を吹き飛ばしても再生して、わしを怒りのままに殴ろうと必死になっておった。じゃが、その影響もあって、攻撃は単調で、火力は雑魚同然じゃったがな。」
「雑魚……同然……」
そんなさっきまでとは、天と地ほどの差もある評価を下され、がっかり項垂れる僕だが、突如ルーデウスに肩を触られて頭を上げた。
すると、珍しくルーデウスが微笑なんか浮かべて、僕を見つめてきていた。
「な、なんだよ。なんか今日のお前はお前じゃないみたいだ。」
「貴様がわしの何を知っておるというんじゃ。まだ会って二日もたっておらんぞ。」
と、おでこをこづかれた。そして――
「じゃからこそ…わしは少し貴様に提案をしてみようと思う。」
「……提案?」
「ああ、提案じゃ。いいか?わしは……今のわしらじゃ、絶対に
悲しげにいう彼女。だが、こちらにだって言い分はある。
「仕方ないだろ!僕はまだ魔法を使ってから一日なんだから!もっと時間をかければもっと力だってつくに決まって……」
「貴様じゃない。わしの力不足じゃ。」
「…………!」
まさかそっちの力不足とは思わなんだ。
だが、魔女の王であるルーデウスで力不足なら、たしかにまだまだ
「でも、僕は
「じゃが、それは最終目標でいいじゃろ。だからここからが提案じゃ。」
「…………」
僕はゴクリと、息を呑みながら話の続きを今か今かと待つ。
「わしは決めたぞ。わしは、七色の魔女の他六色の魔女を味方につけることにした。」
「……………は?」
そんなこと……できるわけが――
「――難しいとは思うが、六色の魔女全員が全員
「じゃ、じゃあそこから戦力を集めていって、最終的に
「ご明察じゃ。」
な、なんてことだ。
たしかに、六色の魔女が仲間になれば、いくら力の強い魔女であろうと、数の暴力には勝てないはずだ。
それに、今のこいつの話が本当なら、六色の魔女が仲間になる可能性は微レ存だが、あるということ。
ならば――時間がかかってでも、ルーデウスの言う通りにした方がいいのでは?
そんな、考えが僕の中で纏まりつつあった。
そして、考えれば考えるほど、それが正しいことのように思えて。
気がついた頃には、すでに首を縦に振ってしまっていた。
全く……意志が弱いぞ僕。
そんなお叱りを自分自身にして、僕の行動方針は決まった。
それにしても。
魔法もある程度使えるようになって。それから行動方針も決まって。
今の僕はらしくもなく、順調にことが進めることができていた。異常なまでに。
だが僕は知っている。こんな順風満帆な時ほど、足元を掬われるようなことが眠っていることを。
だから僕は必死に遡る。何を他にしなければならないのかを。
―――あ、そうだ。
「瑠夏のお見舞い行かないと……」
※※
病院に着くと、不思議と重たい空気が身に纏ってくるような気がした。
心なしか部屋全体が藍色に染まっているようにも見えるし、なんだか憂鬱になる空間だな。病院というのは。
僕個人の意見としては、病院はもっと明るい色で染めてしまった方が、従事者や入院患者のメンタルケアにもなると踏んでいるのだが、いつまで経ってもこの病院の雰囲気は陰鬱なものから変わらない。
というか、変わろうと言う気概さえ、この病院からは感じないので、それでいいのだろう。そもそも気にしているのは僕だけみたいだし、世間とずれているのは僕だけなのだろう。
だったら、少数派は切り捨てるのが世の定石。
結論としては、この病院はこのままでいいということだ。
いやはや……なんの話だったか。
そうだ。瑠夏の見舞いだ。
とりあえず瑠夏が好きそうな果物を数品買って来たけれど、多分あいつ怒ってるだろうなぁ。
一応病院側に連絡はしておいて、そこから伝わってはいるはずだけれど、見舞いをすっぽかしたことには変わりはない。
心に深い傷を負ってしまっている彼女に対して、その裏切りはひどく悲しいものにも思えた。
あと、ちなみにルーデウスのやつは家に置いて来た。
あいつがいると病院の中ではしゃぎ回りそうだし、瑠夏の前にいきなり登場させても困らせてしまうだけだろうしな。
一応あいつの姿は一般人にも見えているらしいし、連れてこないと言う選択肢は間違ってはないはずだ。
そう強引にまとめて、僕は瑠夏のいる病室を軽くノックした。
「……よう、瑠夏。元気か?」
僕は申し訳ないオーラを全面に出しながら、扉を開いた。
すると、瑠夏は僕の方を見ないで、窓に目をやりながらうけ答えをした。
「うん。でも、お兄ちゃん?なんで昨日お見舞い来てくれなかったの?」
うぐ…いきなり深掘りしてくるかその話。いやまあ、普通に考えて僕でもそうするだろうけどさ。
「いや、本当にごめん……実は―――」
「だめ…もういなくなっちゃ」
僕が滑稽にも、言い訳をし始めようとした瞬間、瑠夏のやつが急に、僕に抱きついてきてそう言った。
「瑠……瑠夏!?」
「なんでお見舞いこなかったの!なんで!?」
いきなり抱きつかれて困惑していると、更に追い打ちをかけるように、いきなり大声をあげて激昂しだした。
「瑠夏落ち着いて……なんで遅れたのか説――」
「そんなことどうでもいい!どうせ言い訳するだけだし!お兄ちゃんは私のそばにいればそれでいいの!もうお家にも帰さない!学校も行かないで私と一緒にいて!」
「瑠夏……それは……」
難しい要望だよ――と伝えようとした時。
「だって!お兄ちゃんまたいなくなるでしょ……」
と、瑠夏がしおらしく項垂れた。
「…………」
「もう、懲り懲りなの。家族がいなくなっちゃうのは。」
彼女は僕の胸に顔を埋めながら、涙を流していた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「突然…お母さんが死んだの。リビングのソファで携帯をいじってたら、お母さんが急に真っ赤になって……気が付けば病院のベッドにいた。そして、家族はお兄ちゃん以外いなくなってた。」
「…………」
「次…お兄ちゃんまで死んじゃったら……私はもう………無理だよ?」
その一言に、彼女の気持ちが全て詰まっていた。
僕は、何を考えていたのだろうか。
家族を失った怒りを、魔女にぶつけようと躍起になって、復讐を謳っていた自分。
復讐が達成できれば、自分の身さえ厭わないと、自己犠牲に浸っていた自分。
そんな僕は、妹のために、家族のために行動ができていたといえるのか?
家族を失う辛さに悶えていた彼女は、復讐よりも僕の身を案じていた。
対する僕は、妹の見舞いをほっぽり出して、魔女に対抗するため、魔法の技術なんか磨いていた。
大馬鹿野郎だ。
これだから、僕は人並みになれないのかもしれない。
人の気持ちを想像することが出来ないから、僕は人になれなかったのかもしれない。
「……ごめん瑠夏……」
「………謝るなら……もう絶対にいなくならないで」
「ああ約束する。僕は……絶対にいなくなったりしない。」
「………なら、いい。」
「…ありがとう。許してくれて」
「……私もごめん取り乱した。」
……僕もごめん瑠夏。
それでも僕は、復讐はやめられない。
でも、僕はお前のために死なないと約束しよう。
必ずこの病室に戻ると、約束しよう。
「じゃあ、またな。」
「……うん。また絶対に来てね。」
「ああ。絶対に」