第7話 刺客

文字数 9,111文字

 旅を始めて、一週間が経とうとしていた頃。

「―――タビナ!わしは疲れたぁおんぶしろ!」

 と、ルーが騒ぎ出す。この展開ももう十回はやっている。だからこそ僕はいい加減にしろと言う気持ちで叫ぶ。

「僕も疲れてるんだよ浮けばいいだろ!」
「浮く方が疲れるに決まってるじゃろ!」
「決まってるって言われても、知らないよ。僕は浮いたことがないんだから!」
「……………浮いてたけど」
「は?ないだろ」
「――なんでもないのじゃ!」

 急になんだ…まあいい。
 そんな言い合いをしていると、ミネルヴァが恐る恐る手を挙げてこんな提案をしてくる。

「あの、でしたら少し休憩をとりませんか?マトラもこんな感じですし。」

 そう言うのでミネルヴァの視線の先を見てみれば、泥のようにドロドロと溶けてしまっているマトラがいた。ルーよりよっぽど疲れてそうである。
 するとルーは「――まあわしには休憩などいらんが、マトラがそう言うのなら仕方ないの。休んでやる!」

 と、調子のいいことを言うが、ミネルヴァはこの一週間でルーの扱い方を学んだのか、適当にもてはやしていた。
 プププ…いいように扱われてやんの。


 休憩を終えた僕らは再び旅を続けることに。
 しかし、流石に空腹も限界になってきたし、もうかれこれ四日以上野宿をしていたため、いい加減風呂にでも入りたいところだ。だから―

「次、街を見つけたら一旦そこで休養を取ろう。風呂入りたい……」
「それはいいですね。とはいえ、次の街……って……」

 そう言いながら彼女は地図を取り出すと、あちゃあと声を上げた。

「どうしたんだ?まさかとんでもない距離があるんじゃ?」
「いえ……いい知らせと悪い知らせどちらを先に聞きたいですか?」

 突然そんな二択を出してくるミネルヴァ。
 真意の読めない僕は

「と、とりあえずいい知らせから――」
「いい知らせは――次の街が常磐魔女(イモータル)様のいる街ということ。」
「ああもうそんな歩いたのか。近いって話は本当だったみたいだな。」

 しかし、悪い方の知らせとは一体――?
 すると僕の気持ちが伝わったのかミネルヴァは「悪い知らせの方は――」と言い出し、遠くを指差した。

常磐魔女(イモータル)様のいる街は…どうやらスラム街らしい、ということです。」

 彼女の指の先には、寂れた町が小さくそこにあった。

※※

 近くまでやってくると、思った以上のその大きさに驚嘆する。また、その町の廃れ具合もかなり進んでいて、整備がされていないせいか、どの建物も半壊状態で、鉄製の部分は錆がひどい。

「こんな街が……まだあるんですね。」

 ミネルヴァが悲痛そうな顔を浮かべてスラム街を見つめる。優しいやつなのだな。対するマトラは眠たそうに欠伸をしていた。
 そして、僕はもう一度スラム街へと視線を戻す。
 人気はなく、活気もない。とても人が暮らしているとは思えないこの場所に、常磐魔女(イモータル)はいるのだろうか、と不安が募る。
 するとルーのやつが、スタスタと僕らを待たずに先に入って行った。

「お、おい!ちょっと待てよ」
「なんじゃあ?目の前にあるんじゃからさっさと入るべきじゃろ。そもそもさっきから主らは何を固まっておるんじゃ。」

 ため息混じりにルーが呟くが、マトラもその意見に同意なのかルーについて行く。残されたミネルヴァと僕はお互い顔を見合わせて、慌てて二人の後を追うことにする。確かに固まっていても仕方ないよな。

 スラム街内部に入ると、早速洗礼とでも言わんばかりに生ゴミやら死臭のような香りが鼻腔をつんざいた。
 ――これはキッツイなぁ…涙が出てくる。
 しかし、僕とは違ってミネルヴァやマトラは慣れているのか少し顔を顰めるだけで、対照的にルーは舌を出して「うぇ」なんて言って、嫌悪感を表に出しまくりだった。親近感。

「ミネルヴァ、常磐魔女(イモータル)って魔女の居場所はわかるのか?見たところこのスラム街はかなりの広さと見受けるんだが。」
「ええ…と、たしか雌黄魔女(フィメイル)様から言われた限りでは……何か悪い事をすれば現れる、とか。」
「悪い事?なんでまたそんな事で……まさか常磐魔女(イモータル)ってやつは自警団でもやってるのか?」
「………まあ、それに近しい事はされてるのかと。」

 なるほどなぁ、そう考えると悪いやつではなさそうだ。
 自警団をするくらいなら、だいぶ正義感の強い魔女なのだろう。

「しかし…そう考えると、常磐魔女(イモータル)を呼ぶためだけに悪さをするって言うのがなぁ。正義感の強いやつなら多分許せない話だと思うんだ。」
「そうじゃろうなぁ。わしとて常磐魔女(イモータル)の事はよく知らんし。」
「そうなのか?」

 俺が尋ねると、ルーは「まあの。」と相槌を打って続けた。

「わしも魔女の王だなんて呼ばれてはおるが、七色の魔女に決して慕われていたわけではない。むしろ、雌黄魔女(フィメイル)みたいな奴が稀なだけで、ほとんどの魔女はわしを目の敵にしておったよ。」
「なんでまたそんな扱いを…」

 まさかの事実に頭を悩ませると、隣から説明が入った。

「きっとそれはルーデウス様の力が強大すぎたが故かと。」
「強すぎるのが原因……? なんで力が強すぎると目の敵にされるんだ?」
「魔女は実力社会です。ほとんどの魔女はルーデウス様の力に臆し、その権威に従いますが、七色の魔女ともなれば大体の魔女を従えることができます。つまるところ、そこそこプライドがあるんですよ。だからこそ、ルーデウス様の強大な力が気に入らなかったのだと思います。」
「なるほどなぁ、つまり七色の魔女は自分より上の存在が気に食わなかったと。小さい奴らばかりだな」
「同感です」

 ミネルヴァが吐き捨てるように言う。どうやら七色の魔女に対してはかなり思うところがあるようだ。
 そういえば、街に入ってしばらく歩いてみたが本当に景色が変わらないな。さすがにずっと錆と半壊状態の建物が続くのは気が滅入る。
 すると、ミネルヴァが悲痛そうに顔を歪めて、怒りの混じった声を転がした。

「………ここも魔女戦争の被害都市なのですよ。」
「……ルーと最初に降り立った廃墟とかと一緒ってことか」

 既視感があると思えばそういうことか。

「まあ、ここはあそこに比べてだいぶ被害が大きいとみられるがな。」

 先頭を行くルーがこちらを振り向かずに言う。
 表情は見えないが――平和を望む魔女の王はこの光景を見て何を思うのか。

「……………」

 僕ってやつは人はおろか、半身である魔女の気持ちさえも読めないらしい。少しは感情というのを知った気になっていたが、結局僕の根本は変わらないみたいだ。
 ―そんな事を思って、ふと嫌気がさした。


 スラム街の中央付近まで来ると、徐々に人影が見え始める。
 そして、それと同じくらいに痩せ細った子供の死体が目に入った。だが僕は正直、見ず知らずの死体に何かを想えるほど、人間として出来ていない。悲しみや憎しみを知ったのも家族の死がきっかけで、いまだにそれ以外の死で感情の波が起こった事はない。
 ―ふと思う。
 僕は、この旅のメンバーが死んでしまったら、どんな気分になるのだろう、と。
 マトラ、ミネルヴァ、雌黄魔女(フィメイル)、そしてルー。
 きっと――彼女たちの命に危険があれば、もちろん助ける。だが、そこに確かにあるのは、緋色魔女(スカーレット)を倒すための戦力としての見方であり、それがなくなった時、僕は彼女たちを助けるだろうか。
 一度、ミネルヴァを雌黄魔女(フィメイル)の攻撃から助けたことがあったが、あれは利害関係が一致していた「戦力」として彼女を見ていたから助けたにすぎない。そこに多分、何かしらの感情はなかったと思う。
 改めて自身に問う。
 僕は彼女たちを無条件で救えるか。

 僕は――――

「わかんないな」

 僕は結局、どこまで行ってもこんな奴なんだ。
 ――そんな時、隣から小さな衝撃があった。

「なんじゃ?しょげた顔をして。主の元気がないと、わしにまで影響がくるんじゃよ。」

 隣にあったのは、小さな拳を僕に向けるルーの姿だった。
 再び問いが生まれる。
 彼女は、契り関係なく、僕を助けてくれるだろうか。
 彼女にとって僕が、どんな存在なのか。
 もしかしたら、都合の良いよりどころくらいにしか思ってないかもしれない。
 だとしたら、少し気が楽だ。
 罪悪感が少しは軽減される。僕だけじゃないと、そう思える。

 だけど―――

 ルーが僕を尻目に「あまり考えすぎるなよ」と伝えて背を向ける。その背を見て僕は――

 ――少しだけ、悲しいと思ってしまった。

※※

「ようよう旅人さんらよ!中々いい格好してますな。よかったらうちの品見てかないかい?お安くしときすよ!」

 中央までくると徐々に活気付いてきて、小さな市場のような物が開かれていて、身なりの良い僕らを見定めた商人(目がやばい)が僕らに絡んでくる。
 僕とミネルヴァ、ルーの三人は「遠慮しときます」と背を向けるが――マトラが捕まる。

「ほら!そこの小さいお嬢さん。甘くて美味しいよぉ?」
「……甘いの?」
「うん、それはとっても」
「……いくらなの?」
「ちょ!マトラ!!!引っかかるなよな」

 僕は危うく絆されそうになっていたマトラを引っ張って商人から離す。その間マトラは「むがー!タビナ!離して!!」と暴れる。いや、本当に痛いからこの馬鹿力!
 そしてその後も、マトラが食べ物に釣られて、次々と商人に絡まれるものだから、思った以上の時間を食ってしまう。
 市場を抜けたのはそれからおよそ二時間後の事だった。

「「「………マトラ」」」

 僕とミネルヴァとルーの声が重なる。
 マトラは気まずそうに頭の後をかいていた。

「いや、なんだかとても美味しそうな匂いが漂ってたから。そもそもタビナがご飯をくれないのが悪い」
「人のせいにするなよな。常磐魔女(イモータル)の情報を手に入れたら食事にしよう。」
「それいつになるんだろ」
「…………わかんないけどさ。」

 それに、スラム街で買った食べ物を食べるのは少し気が引ける。何が入っているかわからないし、衛生面のことも考えると尚更そのその気も失せる。

「じゃ、いいよーそれで。」
「そうしてくれると助かる。」
「はいはい―――――――これ――瘴気?」

 マトラが突然呟く。

「なんでしょうこの感覚?」

 そして続いてミネルヴァが眉を顰めた。

「言われてみれば、なんじゃかおかしい空気感じゃの。特段濃い瘴気を感じるんじゃが――近くにいる気がしない。」

 皆が口々にそう言うが、僕にはその感覚がわからなかった。何が起きているのかも、みんなが何を感じているのかも。

「―――嫌な予感がするの。一旦ここから離れるぞ。」

 ルーがそう言った直後、僕らはすぐにそこから離れて安全を確保しに行く。



「弱まった――かの」

「そうですね、ここは安全そうです。」
 ミネルヴァがそう言って、マトラと僕もホッと一息つく。この街に入ってから常に気を張っていたからな。精神的な疲労感がとてつもなかった。
 辺りを見渡せば、街は寂れていて、今にも倒落しそうな建物で溢れかえっている。そして、今までの場所以上にここには、痩せ細って性別も判断できないような子供が、何十人も道端に倒れていた。

「急に世界が変わったみたいだ。さっきまでの場所とは明らかに違う」
「うん、近くに何かがいる」
「―――常磐魔女(イモータル)の気配かは分からんが、異質な魔女の―――ッ」

 その時――

「タビナ!!避けるのじゃ!!」

 隣にいたルーがなんらかの魔法を使って僕のことを吹き飛ばした。

「――ぐあッッ!」

 頭部を激しく打ち付けるが、すぐに自動詠唱(オートマチック)で回復が入り、痛みも引く。
 しかし、僕のこれは精神まで影響することはない。
 精神まで――つまり心の傷までは癒してくれない。
 だから、目の前の惨状を見て、傷ついた僕の精神は、一生物の(トラウマ)として、深く刻まれることとなる。
 僕の目の前には、残酷なほどに美しい鮮血を舞い散らせながら、謎の女によって首を飛ばされるルーの姿があった。

「ルーデウス様!?」
 ミネルヴァが叫び、マトラが悲痛に顔を歪める。

 そして僕は。

「――――――――――ッ」

 なんだこの気持ち。

「………ッうぅぁ………ぁああああ!」

 煮えたぎるような激情が――久しぶりに蘇る。
 僕は視線を謎の女へと向ける。彼女はすぐにルーの体を奪って首の切断面になにやら魔法をかけている。

「まずいですね、おそらく不癒の魔法をかけられてます。」
「それはなんなんだ。」
「再生が出来なくなる魔法です。」
「――手際がいいことで。」

 だが、これだけは言える。

「――ルーは死んでない。」

 まだ、というだけだが、ルーはどうやら首を飛ばされた今も命をギリギリで繋いでいるようだ。
 そう言える根拠とは、僕が死んでいないこと。
 ルーが死ねば、契りを交わしている僕も同様に死ぬはずなのだ。だが、僕はこうして生きている。つまり、ルーも生きている。
 その判断をした僕は、この女をいち早く殺して、ルーに回復魔法をかけてやることが最優先だと考えた。

「――お前は誰だ。」
 ルーを傷つけたその女はピクリとも動かず、ルーへの魔法をかけ終わりこちらをじっと見つめてきていた。
 その瞬間――

氷世界(ピリオド)

 ミネルヴァが魔術式を唱え、あたりは氷の世界に包まれる。
 そして僕の方を一瞥してくると
「彼女は私とマトラが食い止めます!タビナはその隙にルーデウス様を助けに行ってください!」
 と、瞬時に判断して叫んだ。
 ミネルヴァ…恩に着るぞ。
 僕は心の中でそんな言葉を転がして、ルーの頭が飛んだ方まで走る。
 無論、それを許す敵ではない。
 その女は僕に向けて魔力を練るが――

「――させませんよ!」

 ミネルヴァが作り出した氷柱の猛攻撃を受けて、その手を止めさせられていた。
 そして立て続けにマトラの仮想質量(インビジブル)で壁際まで吹き飛ばされ、そのまま押しつぶされそうになっていた。
 この調子ならば、容易にルーの元まで向かえそうだ。
 ――その刹那。

「―見えない力に氷?馬鹿馬鹿しい」

 そう呟いた途端、ミネルヴァの氷世界(ピリオド)が打ち消された。

「――何!?」
 ミネルヴァが衝撃に目を見張る。
 しかし、マトラは冷静に
「領域を破ることは不可能。だけど、領域を塗り替えることはできる。」
「しかも、私以上の使い手ってことですよね」
 ミネルヴァ以上の使い手とは………これは末恐ろしい。
 しかし彼女たちが時間を稼いでくれたおかげで、僕はルーのところまでたどり着くことができた。
 とはいえ、ここでまた再び問題が浮かび上がってくる。

「………回復魔法って……どうやってやるんだ」

 僕は元々自動詠唱(オートマチック)で回復できていたに過ぎない。回復魔法の仕方なんて、ずぶの素人である僕には想像の境地であった。
 くそ……ミネルヴァとマトラもあとどれほど時間を稼げるかわからないってのに……ならば、この瞬間で回復魔法を完成させるか?ずぶの素人の僕が?
 ―――やるしかない。

※※

「――タビナは何をしてるんでしょうか!?」

 私は視線をタビナの方へ向けると、タビナはルーデウス様の頭を抱えて、回復魔法をかける素振りさえない。

「あの様子―もしやタビナは回復魔法の仕方がわからないんじゃ?でも、今はそんな話をしている暇はないかも?」

 氷世界(ピリオド)を塗り替えた領域がどんな効果なのかもまだわかっていない。油断は当然できない状況である。

「ミネルヴァ…領域をさらに塗り替えることは?」
「やろうと思えばいけそうですが、魔力が足りないです」
「そっかーなら仕方ないね。ルーデウス様が復活するまで時間稼ぎ――もうそんな甘いことは言わないで、あいつ倒してから私たちがルーデウス様に回復魔法かけよう。」

 マトラは不敵に笑うと魔力を練り出し、相手の領域も不明瞭にも関わらず、攻めた。

「――勇気があるのだな。しかし、それだけだ。」
「そう言えるのは―私の本気を知らないからだよ。」

 マトラは仮想質量(インビジブル)で敵の頭上から質量を押し付ける。
 私の目には何も見えないが、たしかにあの女の頭上には何トンもの仮想の質量がある。
 ならば―その重みに耐えている間に私が攻撃すれば。

 私は魔力を練って、氷柱を作り出してそのまま相手に打ち込む。
 すると。

「愚かな。」

 女がそう呟いた瞬間―私の氷柱とマトラの仮想質量(インビジブル)が、消え去った。正確にはマトラの攻撃は見えないため、消えたのかどうかはわからないが、女が自由に動けている様子を見るに、何らかの方法を使って私たちの魔法を解除したのだろう。

「………まあ十中八九!この領域の力でしょうけど!」

 それでも私とマトラは続けて魔法を打ち込む。
 マトラは際限のない魔法出力を利用して、ビルが吹き飛ぶほどの攻撃を今度は下から打ち込む。
 とんでもない実力者でも、マトラの初撃は避けられないはずだ。なぜなら感知できないから。
 しかし――あの女は効かない。
 いや違う。
 触れる前に解除されてしまうのだ。

「――貴方!そろそろ名前くらい名乗ったらどうですか?」

 銭湯で時間を稼ぐのは困難と判断した私は、なんとか話術を用いて足掻いてみる。
 すると、女は案外単純に乗ってきた。

「私の名はサアザ。常磐魔女(イモータル)様の唯一の右腕。」

 ―やはり常磐魔女(イモータル)様の差金だったわけだ。
 するとマトラがこっそり耳打ちしてきた。

「ミネルヴァ…あのサアザとかいう魔女のこの領域の効果は多分、強制解除(フォース)だと思うよ。」
強制解除(フォース)……相手の魔術式や魔法を強制的に解除するっていう?」
「うん。これは少し厄介なことになったかも。この領域にいる限り、私たちの攻撃は相手に入らない。なんとかこの領域を塗り替えないといけないんだけど……」
「………すみません。私にもう少し魔力が残っていれば。」
「うんん。ミネルヴァが謝ることじゃない。悪いのはあいつだし。」

 まあそれを言ってしまうとそうなのだが、それはまた話が変わってくる気がする。
 とりあえず、この領域を塗り替える――それが私たちの勝利条件なわけだ。
 私は……本当にダメだ。
 雌黄魔女(フィメイル)様を止める時も、マトラに全て任せてしまって、今回も私は何も出来ていない。
 領域もすぐに塗り替えられて、魔力切れだ。
 このままで……私は彼女たちと肩を並べて旅などしていて良いのだろうか?

「―――そんなわけがない」

「……ミネルヴァ?」

「すみませんマトラ。少し……無理をします」

 私が呟くと、マトラが何かを察したように目を見開く。

「やめてミネルヴァ。自蝕効果(オートファジー)は命に関わる!」
「……大丈夫です。少しだけですので。私の今残っている魔力を全部を使えば、自蝕効果(オートファジー)を使うのはその不足分だけですから。」
「でも……ッ!」

 マトラがここまで食い下がるなんて珍しいこともあるものだ。もしかしたらマトラも今回、私のように無力感を感じていたのかもしれない。
 それでも、自蝕効果(オートファジー)で己の魂を糧に魔力を得ることは、自殺行為にも等しい。
 しかし、そうこうしているうちに私たちは彼女にじわじわと殺されてしまう。
 私が領域魔法をもう一度発動しなくては!

「………命には別状がないくらいに留めます。」

「マトラァ!!」

『氷世―――――!!

「やめておくのじゃ――わしに任せい。」

「――――!?」

 ルーデウス様が――復活している!?
 ということは、時間稼ぎ出来たということ。
 私たちは――――勝ったのだ。

「よくもやってくれたのサアザとか言ったかの?」
「――面倒臭い。だが、領域系の魔法を持たない私に攻撃できるものはいない。」
「それは……そうかもな。」

 ルーデウス様がニヤリと笑うと。

「さあッ!わしのいない戦闘じゃあ楽しくイキれてよかったのぉ!!」

『王の凱旋』

 ルーデウス様がそう呟いた瞬間―――サアザの領域が塗り替えられた。
 ルーデウス様の領域によって。

「――魔女の王…ッ!お前……領域系の魔法を―持っていたのか!」
「フン…わしの数ある手札の中の一つに過ぎん。貴様と違ってな。」
「魔女の―――ぉぉおおおおおおおおおおおう!」

 すると、ルーデウス様は

「わしの領域内じゃ、貴様は何もすることができないまま死んでいく。能力は教えてやらん。」

「だ、黙れよ!まだ勝負は」

「わしが領域を使った時点で――終わっておるんじゃよ。」

禍殃(かおう)

 その直後―マトラの際限のない出力すらも目ではない威力の魔法がサアザの体を襲った。
 無論、肉片など残るはずもなく。

※※

 ルーデウスが復活する以前の話。

 今から回復魔法を覚えるのは――無理だ。
 ならどうすれば?
 僕は視線をタビナミネルヴァに向けると、彼女たちは高度な魔法合戦を繰り広げていた。
 しかし、相手は未知数の力を持っている。その時間稼ぎも、難しくなってきている。

「…………試し……だ。これは」

 成功するかどうかはわからない。でも、よくルーも僕にしてきてることだ。
 しかし、さすがの僕も生首に《キス》をするのは憚れられる。

「―――いや、そんなこと言ってられないよな。」

 僕は決心すると、正気のないルーの生首の唇にそっと口付けを交わした。
 こうすれば、僕の魔力をルーに送り込み、全盛期の力を引き出させることができる。
 これに関してはただの賭けだ。
 全盛期の彼女なら首が飛んだくらいの傷、一瞬で治せるだろうと言う賭け。
 そして―――その賭けは成功した。

※※

「なるほど、そんなことがあったのですね。」

 戦闘が終わり、ミネルヴァが納得したように呟いた。
 すると

「ああ、助かったぞタビナ。」

 と、珍しくルーがお礼をしてきて、僕は思わず固まってしまうが、元はと言えば僕が不用意に彼女に近づき、身代わりに攻撃を受けてあの惨状になったのだから、大半は僕の責任だ。お礼を言われるのはなんだかむず痒い。
 それにしても。

「ルーは僕を庇わなくてもよかったのに。僕は多分あれくらいの傷ならすぐ治せるだろうし。」
「知らん。体が勝手に動いたのじゃ。」
「………」

 ルーはまあ随分と男前なことを言っておいて、それを気にした様子もない。ということは、その発言と行動自体を誇らしいこととは思っていないということだろう。
 つまり、当たり前の行動をした感覚で、僕を助けたのか。
 それではまるで。

「―――ヒーローみたいだな。」

 僕は誰にも聞こえないくらいの小さな声で、思わず呟いてしまった。

※※

 ともあれ、常磐魔女(イモータル)の側近を打ち倒した僕らは、一旦交代制で休むことに。流石にこれ以上の戦闘は不可能だろうと判断したのだ。
 それにしても――いきなり側近を消しかけてくるとは。
 雌黄魔女(フィメイル)が温厚というのは本当らしい。

「……それにしても、これはまずいことになったな。」

 常磐魔女(イモータル)の側近を殺してしまった。
 それはつまり、彼女と敵対するという意味で。

「……どうもうまくいかないもんだ。」

 僕はこれから起こるだろう戦いに、身震いをするのだった。
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登場人物紹介

未度多比名(みたびたびな)

元々感情の起伏が薄く、人間味がなかったが、両親の死をきっかけに感情を取り戻す。そして魔女に復讐を誓う。

普段はぶっきらぼうながらもふ優しい。

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