第5話 女王
文字数 12,238文字
「こいつはタビナじゃ。」
ルーがそう言うと、雌黄魔女 はスンスンと鼻を鳴らし
「タビナ……どうやら人間の匂いがするようですが?」とルーに質問を投げた。
するとルーは僕の方をチラリとみてから
「それはわしと契りを交わしたからの。今は人間と魔女のハーフのような状態じゃ。」と応える。
ふふふと笑う声が響き渡る。
「…………なるほど。人間と契りを交わした、という報告は本当だったのですね。」
「まあの。不本意ではあったのじゃが、そうでもせんとわしは死んでしまっていたからの。」
「―――誰がルーデウス様をそこまで追い詰めたのですか?」
ピリッと空気が緊張し始めた。
しかしルーはそんなこと気にした様子もなく
「緋色魔女 じゃ。人間と争うのはもうやめてくれ、と話し合いをしようとしたら返り討ちにあった。」
「…………なるほど。スカちゃんが……」
スカちゃん……それは緋色魔女 のことだろうか。随分仲が良いみたいだが。
「そうですね、スカちゃんがルーデウスも様を殺そうと……なるほどなるほど………」
あれ?なんか空気がおかしくなってきたぞ?
「ぶち殺してやりましょうか…あの女狐。」
ピキキ――と、今度は雌黄魔女 の座る玉座がひび割れ始める。
「――!!雌黄魔女 様!落ち着いてください!」
ミネルヴァが慌てた様子で制止に入る。そして普段はマイペースでのほほんとしているマトラまでもが魔法を練り始める。
「………いきなりどうしたんだ!?」
「とりあえずわしらは離れておくぞ」
そう言われて僕はルーに担がれて部屋の隅に移動した。
その間―ミネルヴァとマトラは暴走し出した雌黄魔女 を止めようと魔法を練っていた。
「マトラ!全力で止めますよ」
「言われなくても分かってるよ〜。というか、ミネルヴァこそ私についてきてよね。」
そんな二人の言葉の応酬は、怒りで目に入っていないのか雌黄魔女 は緋色魔女 への怒りを募らせていく。
「―――許せないッ!ルーデウス様を瀕死に追い込むなんて……スカちゃん…信じてたのにぃぃぃぃぃ!!」
これは―――まずすぎる。たしかに雌黄魔女 はルーデウスを敬愛しているとは言っていたが、ここまで依存に近いものとは……!
「今すぐ……殺してやる……」
そう言って彼女は窓から体を乗り出し、今すぐにでも緋色魔女 を倒すため、乗り込みに行く勢いだ。
しかし、そんな身勝手な行動はミネルヴァとマトラの幹部が許さない。
「お待ちください雌黄魔女 様!自国はどうなさるのですか!?」
「そうだよ雌黄魔女 様」
「ミネルヴァ、マトラ……私に指図できる立場だと思っているの?」
「…………そうは思いませんが、貴方とその国のためならばそのような立場に喜んで成り下がりましょう!」
「――そうですか――邪魔ですよ。」
その瞬間――雌黄魔女 の手から魔法陣が浮かび上がる。
そして。
『召喚 』
と、圧を込めて呟いた。
すると魔法陣が輝き始め、そこから次々とツノの生えた狼のような生命体が生まれる。
「――!? なんだ急にオオカミが出てきたぞ?」
僕が突然のことに思わず声を上げると、ルーが僕の口元を押さえてきた。
「静かにしろ……音を立てたらこっちに攻めてくるやもしれない。それに……雌黄魔女 の出す魔獣は……強いぞ。」
魔獣……?あの狼のことか?確かに言われてみれば、ツノの生えた狼など見たこともない。
「さあ貴方たち……やってしまいなさい。私の邪魔をする者は、ミネルヴァでも許しません。」
「―――ッ!雌黄魔女 様!私の話を――!」
「ミネルヴァ落ち着いてよ。今の雌黄魔女 様に何を言っても無駄。まずはあの魔獣から落とそ。」
「……し、しかし!」
「口答えしない。命令だよ。幹部長からの」
「―――っ……了解しました」
ため息をついたマトラは魔力を練り始め、高速の攻撃魔法を魔獣に向かって打ち込んだ。
すると魔獣は血飛沫をあげて数匹、地にひれ伏す形になる――が。
「んー、手応えないなぁ。」
「当たり前です。私の魔獣ちゃんはその程度の攻撃であれば、すぐに回復します。」
「さすが雌黄魔女 様の魔獣だよ〜。なんだか魔法の練習台にはうってつけって感じ。」
「――言ってくれるじゃないですかマトラ!」
するとマトラは魔力を練るのをやめて、突然上に来ているブカブカの服をたくし上げた。
「――――はぁ!?」
僕は思わず声を上げるが、その行為の意味を理解すると気恥ずかしさもすぐに失せた。
「……いや、紋様!?」
「やる気なのですねマトラ!?」とミネルヴァが叫ぶ。
「うん……こうでもしないと、雌黄魔女 様は止められないだろうしね。―――魔術式……」
『仮想質量 』
その直後――一切の魔力を感じさせず、狼が突然吹き飛び、壁に押し潰された。まるで、透明の大きな質量に壁に押し付けられたように。
「………見えない力……それに魔力感知もできない…厄介ですよね貴方の魔術式」
「それ雌黄魔女 様が言う?貴方の魔術式の方が充分厄介だよ」
「――否定はしないですけれど」
そういった雌黄魔女 は、魔法陣から次々と魔獣を出す。
ツノの生えた狼や、禍々しい見た目をした大蛇や体が岩石でできたゴーレム。
「………ちょっと多すぎるなぁ。ミネルヴァも魔術式解放して。本気出さないと勝てないよ。」
「――了解しました」
すると今度はミネルヴァが先ほどのマトラと同じように「魔術式――」と呟く。
『氷領域 』
その瞬間、辺りを吹雪が包み、みるみるうちに氷の世界が形成されていく。
その魔術式の名前の通り、氷の地獄が完成された。
「―さっむ……」
「タビナ…もっとこっちに寄れ。わしのそばにいれば暖かいぞ」
「……確かに人肌は暖かいけど、それだけじゃこの寒さは対応できないだろ―――って、あれ?本当だあったかい」
なんでだ?今僕はルーと触れ合っているわけでもないのに、ルーのそばに近寄った瞬間寒さが嘘のように消え去った。
「何をしたんだルー?」
「…………わしの魔術式じゃよ。」
――なるほどわからん。まあそれは追々尋ねるとして、今は彼女たちの争いの行く末を見守らなければ。
「……あら、ミネルヴァの魔術式でしょうか?流石に少し寒いですね。コートを着たい気分。」
「――でしたら一旦寝室に向かってみては?きっと暖かいコートがたくさんありますよ。」
「緋色魔女 を殺した後にね。」
それはぜひ頼みたい……が、魔女の王であるルーデウスでさえ負けた相手に雌黄魔女 が単独で勝てるとは思えない。
出来るならば、味方になり得る七色の魔女をここで失うわけにはいかないのだ。
僕がそんなことを考えている間にも、マトラが見えない攻撃を使って、雌黄魔女 の召喚魔獣たちを血飛沫に変えていく。
そして雌黄魔女 が、後ろに僅かにのけぞる。何かに押しやられるように。
「―――ッ!マトラね」
「正解……ちなみにまだ続ける予定だから」
マトラがそう言うと、雌黄魔女 は獰猛に頬を歪めて
「見えないってだけでこんなに厄介とは……面倒です。」
雌黄魔女 は魔法陣を再び輝かせると、今度は四体ほどゴーレムを作り出した。
「………しかし、見えない力よりも強いのは結局、圧倒的な力なのですよ。つまり、数の力です。」
そしてそのままゴーレム四体をマトラに向かわせながら、雌黄魔女 自身がマトラに攻撃魔法を浴びせる。
「―――マトラ!!」
ミネルヴァがその事態に慌てて、守りに入ろうとするがマトラは極めて冷静にそれを制止した。
「ミネルヴァ……大丈夫。こんなの大したことないから。」
「―――早く倒れてください。私はすぐにスカちゃんを………」
その間もゴーレムと攻撃魔法は、マトラの命を狩ろうと迫ってくる。
しかしそれでもマトラは落ち着いた様子だ。
一体どんな企みが……?
「言っておくけど、私の仮想質量 は、見えないだけが取り柄じゃないんだよ?」
「――!?」
マトラがそう呟くと同時に、前方のゴーレム四体は見えない大きな力に吹き飛ばされ、壁に押し潰された。
「私の仮想質量 は、見えないだけじゃなく、出せる出力も無限なの。まあ―――魔力がある限りだけど……」
そう言った直後、マトラはその場にばたりと倒れた。
「――マトラ!?」
ミネルヴァが焦ったように倒れたマトラに近寄ると、マトラは一言呟いて
「ごめん…魔力切れちゃった。あと任せるねー……それに、雌黄魔女 にも少しだけダメージは与えられたと思うから」
その言葉を聞いて、ミネルヴァは勿論、僕とルーも雌黄魔女 の方を見る。
すると
「―――マトラ……強くなったじゃないですか……」
と、身体半身が消えている雌黄魔女 がいた。そしてドクドクと血が流れ出ているのが見えた。相当な出血量――だが。
「でも、たかがその程度です。」
そう言って雌黄魔女 は一瞬でその傷を再生した。
「……やはり、七色の魔女ともなるとあれくらいの傷はすぐに治してくるか」
ルーが悔しげに呟く。
しかし、対する僕は――喜びに震えていた。
なぜなら、今目の前で、七色の魔女の回復力と僕の回復力は同じくらいだと言う、ルーの仮説が証明されたからだ。おそらく僕もあれくらいの傷ならなおせる。
「………僕の力は……僕の回復魔法は、七色の魔女に匹敵する……!」
それは分かったが、状況は良くなっていない。むしろ、幹部長のマトラの力を失ったのはマイナスと言えるだろう。
残るはミネルヴァのみだが、彼女はどうも雌黄魔女 に攻撃することに苦手意識がありそうだ。
現にまだ攻撃を一度も仕掛けることができていない。
「――ルー?お前のことを敬愛してるんだろあの魔女。だったらお前が止めれば、なんとか考えを改めてもらえるんじゃないか?」
僕がそう提案するが、ルーは首を振った。
「あやつは一度決めたことはそうそう曲げないタイプじゃ。いくらわしの言葉があろうとな。」
希望を持って提案した僕の考えは、すぐに絶望に染まる。
このまま雌黄魔女 という戦力を失うのはデカすぎる。それに、雌黄魔女 を失った怒りで、更にその手下たちが緋色魔女 に挑み、戦争が起きるのはもっと避けたいことだった。それは、僕らが望む世界とは大きく異なるから。
「―――ルー…僕らも止めに入るぞ。」
「……そうしたいのは山々じゃが、生憎わしは魔力切れじゃ。」
「――!?」
「今日は連戦続きで、尚且つこの世界に貴様とわしを運ぶ時、かなりの魔力を使ってしまった。召喚魔法は魔力消費が激しいからの。」
「……ってことは動けるのは僕だけか。」
「いや無理することもない。最悪、あのミネルヴァとかいうガキを身代わりに、貴様がわしに魔力を分けてくれればその隙をみて気絶くらいはさせられるはずじゃ。」
「――それはダメだ。」
僕が断言すると、ルーは「貴様ならそう言うと分かっておった。言ってみただけじゃよ。」と何故か嬉しそうに笑った。
ということはやはり。
「――やっぱ僕が行ってくる。なあに、すこし壁になってくるだけさ。」
「健闘を祈っておる。」
※※
まずい……マトラが魔力切れで気絶。残るは私だけ。
はっきり言って、私一人だけで雌黄魔女 様を止めるのは……不可能だろう。恥ずべきことだが。
うちの幹部の最高戦力である、マトラの全ての魔力を使った攻撃でさえ、あのザマだったのだ。
それに最も最悪なのは、私が雌黄魔女 様を攻撃することが出来ないということ。彼女は――命の恩人だ。そんな方に刃を向けることなど――到底出来るわけがなかった。
「――もうお終いでしょうか?では、私はスカちゃんを殺しに―――」
「雌黄魔女 様!もう一度冷静になって考え直してください!緋色魔女 は魔女の王ですら追い込んだ強敵です!ここで貴方を失うことになったら私は―――」
「―――私が負けるとお思いで?」
皮膚がちぎれそうになる程の殺気と圧力。
私は思わずヒッと喉を鳴らし、身をすくませてしまうが
なんとか気丈に振舞おうと耐える。涙を堪えて。
「………正直に申し上げて、勝ち目はないかと!それとも雌黄魔女 様は、ルーデウス様に勝てるとお思いで!?」
「―――それは無理でしょうね。」
「なら―――」
「しかし、それとこれとは話が別です。私は今すぐにでもスカちゃんを殺してしまいたい。私は命よりも、その時の気持ちを解消する方がよっぽど優先的事項なのです。」
「………そんな―――」
「―――馬鹿じゃねぇの?」
「――!?」
あの人間――何を考えて……
「………半人間さん……もう一度言ってもらえますか?よく聞こえなかったので。」
それは、おそらく雌黄魔女 様からの最後の警告の意味。つまり最後のチャンスを与えてもらったということ。
しかし、その人間は
「あんたは馬鹿だって言ったんだ。雌黄魔女 さん」
と、先ほどと変わらない態度と言葉で応じた。
「………ルーデウス様の心遣いで生きている分際が、私に馬鹿……と?」
「じゃなかったらなんなんだ?僕は自分の命よりも一時のテンションに身を任せるような奴が馬鹿っていってるんだが?」
「――そうですか、勇気のある方なんですね。」
その瞬間、人間の頭部を損傷させに、雌黄魔女 様は攻撃魔法を打ち込んだ。
案の定、人間の頭部は爆裂し、肉片が辺りにぶちまけられる。
「言わんこっちゃないです!!」
しかし。
「――ッッでぇ……いきなりか」
と、人間は当然のように高度な回復魔法を用いて、損傷した頭部を再生させたのだった。その回復力は、七色の魔女である雌黄魔女 様にも引けを取らないレベルで。
「……さすがルーデウス様の魔力を半分貰ってるだけありますね。」
「ああ、運が良かったみたいだ僕は。」
「つくづくムカつく男ですね。ならば、回復力が追いつかないレベルまで粉々にしてあげれば良いだけです。」
「やれるもんなら―――」
ドドドドドドドドドドドド―――
マシンガンをぶちかますかのように、攻撃魔法を連続して打ち込む雌黄魔女 様。
当然それを受けた人間は、みるみるうちに蜂の巣に。
しかし、それにも負けないくらいの回復力で、失われた肉体を再生していく。
再生して、また消えて、再生して、再生して、また消えて、再生して――の繰り返し。
みたところ、まだ回復力の方が優っている様子だ。
「――なんて力なの……」
私は思わず呟いてしまっていた。
おそらく私があの攻撃を五秒でも受け続けたら、きっと今頃はただの肉塊になってしまっていたはずだ。
しかしあの人間はどうだ。
まだ加速する攻撃に、しがみついている。
「やるじゃないですか!でもまだ本番はここらからです!」
「―――――っ――――うっ――」
何度も顔面が壊されては再生を繰り返しているからか、言葉はぷつりぷつりと途切れながらになっている。
しかし死ぬ気配はまだまだない。
……人間でさえ動いているのに、私は何を―!
「――人間!」
私は氷の障壁を作って、一時人間を避難させる。
「―――いってぇ……助かったミネルヴァさん」
「気安く名前を呼ばないでください。しかし、今は非常事態……貴方と手を組むのは不愉快極まりないことですが…手伝っていただけますか?」
「―――勿論だ。」
※※
「きっとすぐに、この氷の壁も破壊されます。なので手短に作戦を立てましょう。何か攻撃魔法は使えますか?」
おそらく期待を込めての質問――だが
「悪いけど、攻撃面で期待されてたら僕は何も出来ないぞ。僕ができるのはせいぜい壁になるくらいだ。」
使えねぇ――みたいな目で僕を見るな。
しかし。
「わかりました。ならば、貴方が狙われている隙に私が遠くから攻撃魔法をできる限り打ち込みます。」
「―――でも、お前雌黄魔女 に攻撃できるのか?さっきから見た感じ攻撃できてるようには見えなかったんだが。」
「……………」
彼女はバツが悪そうに黙るが、すぐに口元を結ぶと
「いえ、大丈夫です。必ず止めて見せます。」
と気丈な態度でそう言ったのだった。
となれば作戦――と呼んでいいものなのか分からないほど、稚拙なものだが、それでも今できる最善はきっとこれだろう。
そしてそれと同時に、氷の壁も崩壊を迎えた。
「――やっと壊れました!」
すると氷の壁の外には、さっきマトラの時以上の魔獣の姿が。
「――僕が気を引くから一掃してくれ!」
そう言って僕は魔獣を引きつけるため、一旦ミネルヴァのそばから離れる。
「――当たったらすみません!」
「あとで謝ってくれるなら許す!」
「いやです!」
「ええ!?」
と、ともかくそれはいいとして。
ミネルヴァは氷柱のような攻撃魔法を、ゴーレムやツノの生えた狼に打ち込み血飛沫に変えていく。
しかし、マトラに比べるといかんせん火力不足が目立つ。
「―――いでぇ!」
僕はゴーレムに殴り飛ばされ、狼に次々と腹を食いちぎられ、遠くから雌黄魔女 の攻撃魔法を受け、一気に満身創痍になる。
しかし、すぐにその傷も再生して、再び逃走を図る。
一旦距離を取らないと、あのまま一方的に攻撃を受けるだけだ!
それに、僕の再生も無限ではなく、魔力が続く限りで尚且つ、今日は連戦続きでもういくら魔力が残っているのか
僕には想像もつかない。
「魔力が切れた瞬間――僕の負けだな。」
そして人生ともおさらばである。くう、人間ってのは辛い。
そしてその間もミネルヴァが氷柱の魔法攻撃を打ち続けてくれたおかげで、なんとか魔獣の撃破に至る。
「……なるほど。そういう作戦ですか。」
そんなことを雌黄魔女 が呟くと、今度はミネルヴァの方に向き直り、攻撃魔法を打ち込む。僕ではなくミネルヴァに。
くそ!気づきやがった!僕が攻撃魔法を使えない事実を!
「――――!」
僕は駆け出す。全速力を持って、ミネルヴァを救いに。
「僕は―――無力なんだ!だからせめて!壁くらいにならないと!」
ここにきた意味がない!!
脇腹に―――攻撃が突き刺さる。
なんとか間に合ったみたいだ。
「人間!!」
ミネルヴァが叫ぶ。危機一髪……だったなぁ。
というか……あれ?普段ならもう痛みは引いて、傷も治るはずなのに……今回の傷は治りが遅いなぁ。深かったのかなぁ。
痛い……熱い……なんで……治らないんだ?
「人間!貴方…魔力切れですよ!なんで盾になんか!」
ああそういうこと。ついに運も尽きたみたいだ。
ちょうどあの攻撃で回復したのが、最後の魔力だったわけか。
えぇと、なんで僕が盾になんかなったかだっけか?
そんなの決まってる。
「………コヒュゥ……僕が……それしか出来ないから……。みんな他のみんなは……命をかけて攻撃してるんだ。でも、僕にはそれが出来ないから……せめてこれくらいしないと……割に合わないと思ったんだ。」
「――――!そんな理由で……」
「命をかける馬鹿はどこにいるんですか――馬鹿野郎は貴方もでしょう。」
雌黄魔女 が呟いた。
「一つ質問よろしいですか?半人間。」
「……生きてる間ならな。」
「なら急いで質問させていただきますね。貴方は、散々自分を蔑んだそこの魔女を……何故助けたので?」
何故助けたのか……そんなの
「さっきから言ってるだろ…これくらいしないと割に合わないからだよ」
「それはあくまで、味方の場合は……ですよね?しかし、ミネルヴァさんは味方ではないところが、むしろ差別の対象とされていたのですよ?貴方は」
「―――知るか馬鹿。今の間だけは味方だったんだ。庇うくらいは当たり前だ。」
ああつくづく馬鹿な回答してるな僕。
あれだけさっき雌黄魔女 に馬鹿と散々言っておいて、僕もこれかよ。笑えてくる。
「――そうですか。では、私に楯突いたこと……あの世で後悔しなさいな。」
雌黄魔女 は魔力を練り始め、僕に近づいてくる。
しかし。
「――――なんのおつもりで?」
「借りは返すタイプなんです。」
「こいつを殺されちゃ、わしも困るんでな。」
僕を庇うように、ミネルヴァとルーが前に出てくれた。
まあルーに関しては、僕が死ねば自身も死んでしまうため、当然の行動だとは思うが、それにしてもミネルヴァの方は意外だった。
「…………雌黄魔女 よ?こいつを殺すことは、わしを殺すことと同義じゃぞ?」
「なら話は単純です。私と契りを結び直せばいいのです。そんな男は捨てて。」
「――やなこった。」
「なら悪いですが、ここで死んでください。ルーデウス様。」
おい敬愛してるって話はどこに……。
それに、マジでこのままだと死ぬって………
「――いいんだぞ。わしはここで貴様を殺してやっても。」
「怖いですよルーデウス様。冗談ですから。」
「「…………は?」」
「その男を殺すつもりはございません。退いてくださいな。」
雌黄魔女 はにこやかに微笑むと、魔力を練るのをやめて、僕のそばにそっと寄ってきた。
しかしそれでもルーとミネルヴァはそれを止めようとするが、雌黄魔女 は足を止めない。
今は魔力切れでほぼ幼女同然のルーと、単純に力不足のミネルヴァでは止められなかったようだ。
僕はついに死ぬのだと決心し、覚悟を固めた。
「ああ、今までありがとう世界―――そしっ―――」
あれ?
キスされた。
「―――ッッ!?……う……んちゅ……」
なになになになになに!?本当に何!?
すると突然のことに僕はおろか、ミネルヴァも驚きに目を白黒させる。
そして最初は驚いていたルーは、やがてその雌黄魔女 の行動の意味を理解したのか「なるほど」なんて呟いていた。
「―――っぷは」
「………な、ななななななにすんだよ!」
「よく見てごらんなさい。自分の腹の傷を。」
そう言って彼女は僕の腹を指さす。
それに釣られ僕も腹を見ると
「―――治ってる?」
何が起きたのか。僕は魔力切れで回復はできなかったはずなのに。
するとルーが説明に乗り出した。
「今のは、契りとはまた少し違うんじゃが、それに似たようなことじゃな。契りが体、心、魔力を共有するものなら、今やったのは魔力のみを共有するものじゃ。」
「と、ということは、魔力を分け与えたというようなことでしょうか?」
ルーの説明に、ミネルヴァが質問すると、ルーの代わりに雌黄魔女 が首を縦に振って答えた。
「そういうことですとも。」
しかし、原理は分かったが、問題は何故それを僕にしたのかだ。
「あれだけさっきを僕にぶつけてきておいて、なんで助けたんだよ?」
すると雌黄魔女 は優しげな瞳で僕を見つめ、微笑みながら
「………貴方はミネルヴァを助けてくださいましたし、それに熱くなりすぎた私の目を覚ましてくれましたからね。あのままミネルヴァを殺してしまっていたら、きっと私は死ぬほど後悔していたでしょうから…そのお礼です。」そう答えた。
「………なるほど?」
「とはいえ、馬鹿と呼ばれたのはまだ少し根に持っていますので……それはこれで許してあげます。」
そう言って雌黄魔女 は僕の頬を軽くつねってきた。
「これでおあいこです。」
「……………」
あのさ。
「何一件落着っぽい空気感流してんの?全然おあいこじゃないだろうが!!僕の方が圧倒的に攻撃受けてたんだけど!?」
「それは、貴方の実力不足です。そもそも貴方は私に攻撃してませんし、というかできませんし。」
「はぁ!?……ルー!僕に攻撃魔法教えてくれ!こいつに一発打ち込むから!」
「いつでも受けて立ちます。まあ当たればの話ですがね?」
「ああああ腹立つなこいつ!」
そんな言葉を応酬すると、ミネルヴァとルーが堪え切れなくなったかのように笑い出す。
そしてその笑い声で、マトラが目を覚ました。
「―――えぇ?何が起きてるの?」
マトラが仲良さそうに笑い合うルーとミネルヴァ、そして口論をする僕と雌黄魔女 の姿を見て、困惑しだし、それを見たルーとミネルヴァがさらに笑い声を上げた。
※※
「ともかく、タビナ、ミネルヴァ、マトラ、ルーデウス様…先程は迷惑をかけました申し訳ありません。次はきちんと話し合いをしますので、もう一度ことの顛末をお話しいただけますか?」
雌黄魔女 が落ち着きを取り戻したようにそう言った。
こうしていれば普通に礼儀正しい女王様なんだけど、ヒステリックな面を見たあとだと、違和感がすごすぎる。
そして話し合いをするルーと雌黄魔女 は向かい合って席に座り、あまりものの僕らは部屋の隅っこで立つことに。
話し合いが始まると、いよいよ僕らは暇になる。
すると横にいたミネルヴァが、あたふたした様子で僕に近寄ってくる。
「……どうしたんだ?」
「いやっあの……そのぉ……さっきは、ありがとうございました。庇っていただいて……それと、今までの無礼を謝ろうかと。」
彼女は本当に申し訳なさそうに謝ってくるものだから、僕も少し困ってしまう。
「いやいいって。僕も正直魔女を人間世界で見たら、仲良くはできないだろうし、むしろあの程度の無礼で止めるあんたらは尊敬ものだよ。多分僕らの世界だったらすぐに殺しにかかってるだろうし。」
「まあ、横にルーデウス様がいらっしゃいましたし。」
「あ………ああだよねぇ。」
つまり、ルーがいなければ普通に殺してたと。ああ怖い怖い。
それはさておき。
「まあ僕も気にしてないってこと。これからは緋色魔女 討伐の協力者として、仲良くしていこうぜ。」
「………緋色魔女 討伐?それは一体……」
ああそうか、まだその話は伝わってないのか。
「ごめん、こっちの話……というか今ルーと雌黄魔女 が話してる内容がそれに関してなんだよ。僕ら今実は、七色の魔女を味方につけて、緋色魔女 を倒す目標を掲げててさ。」
「なぜそこまでして緋色魔女 様を?」
「………家族が殺されたんだ奴に。まあ僕はそんなつまらない理由だよ。復讐だ。でも、ルーは僕と違って立派な目標かかげてたから、聞きたかったらあとで聞いてごらん。」
僕が、節目がちにそういうと、ミネルヴァが「そんなことありません」と言ってくる。
「え?」
「家族が殺されて、その復讐を望むことの何がつまらない理由なんですか。それも立派な動機です。一度は救われたこの身……私はタビナに協力しますよ。」
「………」
ミネルヴァは、そう言って優しい手つきで僕の肩を撫でてくれた。
その手は、なんだか―――
「―――母さん……」
僕は思わずそう呟いて、涙を流してしまう。
「ええ!?タ…タビナ!?」
驚いたようにミネルヴァが慌て出す。
そして、今度は横にいたマトラが
「あっれぇ?ミネルヴァタビナを泣かしたー」
と冷やかしにくる。
「ち、ちがいます!これは……」
困った様子のミネルヴァを庇う気持ちで僕は
「いや、本当に大丈夫だよ。目にゴミが入っただけだし。」と言った。
随分でかいゴミが入ったなぁ、と言ってから気がついた。
※※
「話し合いは終わったぞ」
ルーは何故か僕の手を握り出すと、そう言ってきた。
「なんだよこの手。」
「貴様はわしがこうしてないと、すぐにどこかに行くからの。リードのようなものだと思っといてくれ。」
「僕は犬かよ。」
そんなやりとりをしていると、くすくす笑いながら雌黄魔女 が近づいてくる。
「ルーデウス様は本当に愛らしい方ですね。以前のお姿もお綺麗でしたが、今のその小さな姿も……可愛らしい!!」
と、鼻血でも吹き出しそうな勢いだった。
ともあれ、話をまずは進めなければ。
「雌黄魔女 …それで、返事は?」
僕は恐る恐る聞くと、彼女は
「当然、協力しますわ。ルーデウス様をこんな目に合わせたことも許せませんし、なにより……争いはもう懲り懲りですから。」
「…………………!」
「それに、タビナのご家族の敵討も……とらないとですからね。」
「……雌黄魔女 ……」
やばい……さっきまでヒステリックやばい女認定だったのに、今の一瞬で好きになりそう。やっぱギャップって怖い………
「―――でもともかく、まずは七色の魔女一人目は攻略だな。」
「じゃな。しかし、楽なのはここまでじゃ。」
「楽……って……マジか?」
雌黄魔女 でもなかなかやばいと思ったんだけど、まださらにキツくなるのか。
「ああ、あとの魔女とはあまり交友がなかったからの。どう転ぶか想像もつかん。」
「でしたらルーデウス様。次のターゲットは常盤魔女 がよろしいかと。ここから近いですし、なにより彼女は温厚です。」
「ほう。なら、次はそいつを狙ってみようかの。異論はあるか?」
「あるわけない。僕、この世界のことは何もわからないし、そこら辺は全部お前らに任せるよ。」
僕がそう言うと、雌黄魔女 は申し訳なさそうに呟いた。
「しかし、私には国を守る義務がありますので、残念ながら一緒には行けません。お力になれずすみません……」
「いいのじゃ。貴様は貴様の仕事を全うしろ。」
「はぅ……かっこいいですルーデウス様!」
なんだこの茶番。まあでも、戦力になると思ってたから少しだけ残念ではあるが…まあいいか。
すると。
「しかし、せっかく協力関係になったのです。マトラ、ミネルヴァ、共に行ってきなさい。」
雌黄魔女 はそう言い、マトラは「はーい」と快諾する。だが、真面目なミネルヴァはそうもいかず――
「――ですがこの国の守りが手薄になります!私はここに―――」
「大丈夫です。幹部はまだ残っていますし、貴方達が欠けても正直痛くも痒くもありません。万が一の場合には、私がいますし。それとも、貴方は私がそこら辺のものに負けるとお思いで?」
さっきと同じ問……しかし、今度は。
「………いえ!雌黄魔女 様がまけるはずがありません!」
「そうです。わかればいいのですよ。ともあれ、今日はお疲れでしょう。ルーデウス様、タビナ、部屋をお貸ししますので、お休みになさってください。」
そう言って微笑んだ彼女は、部下に部屋を準備するよう手配すると、その部下は僕らについてくるよう促してきた。
「い、いいのか雌黄魔女 ?」
「ええ、協力関係ですからね。」
「――――何から何までありがとう。助かる。」
「―――ッ………い、いえ。礼には及びませんわ!」
? なんであんなに慌てて、顔も真っ赤にしてるんだろうか。しかし、本人も「???」と分かっていない様子。
まあ、なんでもいいだろ。とりあえず、今日は本当に……疲れた……
そして僕は、案内された部屋に辿り着く。
「わしは隣の部屋のようじゃな。」
「みたいだな。とりあえず僕はもう寝る……」
そう言い残して部屋に入ると、大きなベッドが一つ。
試しに寝転がると、とんでもないふかふか加減に、僕はすぐにでも眠ってしまいそうに。
「……ふ……ふああ……これは極楽だぁ」
そんな言葉が思わず漏れると、そのまま意識は微睡の中に吸い込まれていった。
お疲れ僕。
ルーがそう言うと、
「タビナ……どうやら人間の匂いがするようですが?」とルーに質問を投げた。
するとルーは僕の方をチラリとみてから
「それはわしと契りを交わしたからの。今は人間と魔女のハーフのような状態じゃ。」と応える。
ふふふと笑う声が響き渡る。
「…………なるほど。人間と契りを交わした、という報告は本当だったのですね。」
「まあの。不本意ではあったのじゃが、そうでもせんとわしは死んでしまっていたからの。」
「―――誰がルーデウス様をそこまで追い詰めたのですか?」
ピリッと空気が緊張し始めた。
しかしルーはそんなこと気にした様子もなく
「
「…………なるほど。スカちゃんが……」
スカちゃん……それは
「そうですね、スカちゃんがルーデウスも様を殺そうと……なるほどなるほど………」
あれ?なんか空気がおかしくなってきたぞ?
「ぶち殺してやりましょうか…あの女狐。」
ピキキ――と、今度は
「――!!
ミネルヴァが慌てた様子で制止に入る。そして普段はマイペースでのほほんとしているマトラまでもが魔法を練り始める。
「………いきなりどうしたんだ!?」
「とりあえずわしらは離れておくぞ」
そう言われて僕はルーに担がれて部屋の隅に移動した。
その間―ミネルヴァとマトラは暴走し出した
「マトラ!全力で止めますよ」
「言われなくても分かってるよ〜。というか、ミネルヴァこそ私についてきてよね。」
そんな二人の言葉の応酬は、怒りで目に入っていないのか
「―――許せないッ!ルーデウス様を瀕死に追い込むなんて……スカちゃん…信じてたのにぃぃぃぃぃ!!」
これは―――まずすぎる。たしかに
「今すぐ……殺してやる……」
そう言って彼女は窓から体を乗り出し、今すぐにでも
しかし、そんな身勝手な行動はミネルヴァとマトラの幹部が許さない。
「お待ちください
「そうだよ
「ミネルヴァ、マトラ……私に指図できる立場だと思っているの?」
「…………そうは思いませんが、貴方とその国のためならばそのような立場に喜んで成り下がりましょう!」
「――そうですか――邪魔ですよ。」
その瞬間――
そして。
『
と、圧を込めて呟いた。
すると魔法陣が輝き始め、そこから次々とツノの生えた狼のような生命体が生まれる。
「――!? なんだ急にオオカミが出てきたぞ?」
僕が突然のことに思わず声を上げると、ルーが僕の口元を押さえてきた。
「静かにしろ……音を立てたらこっちに攻めてくるやもしれない。それに……
魔獣……?あの狼のことか?確かに言われてみれば、ツノの生えた狼など見たこともない。
「さあ貴方たち……やってしまいなさい。私の邪魔をする者は、ミネルヴァでも許しません。」
「―――ッ!
「ミネルヴァ落ち着いてよ。今の
「……し、しかし!」
「口答えしない。命令だよ。幹部長からの」
「―――っ……了解しました」
ため息をついたマトラは魔力を練り始め、高速の攻撃魔法を魔獣に向かって打ち込んだ。
すると魔獣は血飛沫をあげて数匹、地にひれ伏す形になる――が。
「んー、手応えないなぁ。」
「当たり前です。私の魔獣ちゃんはその程度の攻撃であれば、すぐに回復します。」
「さすが
「――言ってくれるじゃないですかマトラ!」
するとマトラは魔力を練るのをやめて、突然上に来ているブカブカの服をたくし上げた。
「――――はぁ!?」
僕は思わず声を上げるが、その行為の意味を理解すると気恥ずかしさもすぐに失せた。
「……いや、紋様!?」
「やる気なのですねマトラ!?」とミネルヴァが叫ぶ。
「うん……こうでもしないと、
『
その直後――一切の魔力を感じさせず、狼が突然吹き飛び、壁に押し潰された。まるで、透明の大きな質量に壁に押し付けられたように。
「………見えない力……それに魔力感知もできない…厄介ですよね貴方の魔術式」
「それ
「――否定はしないですけれど」
そういった
ツノの生えた狼や、禍々しい見た目をした大蛇や体が岩石でできたゴーレム。
「………ちょっと多すぎるなぁ。ミネルヴァも魔術式解放して。本気出さないと勝てないよ。」
「――了解しました」
すると今度はミネルヴァが先ほどのマトラと同じように「魔術式――」と呟く。
『
その瞬間、辺りを吹雪が包み、みるみるうちに氷の世界が形成されていく。
その魔術式の名前の通り、氷の地獄が完成された。
「―さっむ……」
「タビナ…もっとこっちに寄れ。わしのそばにいれば暖かいぞ」
「……確かに人肌は暖かいけど、それだけじゃこの寒さは対応できないだろ―――って、あれ?本当だあったかい」
なんでだ?今僕はルーと触れ合っているわけでもないのに、ルーのそばに近寄った瞬間寒さが嘘のように消え去った。
「何をしたんだルー?」
「…………わしの魔術式じゃよ。」
――なるほどわからん。まあそれは追々尋ねるとして、今は彼女たちの争いの行く末を見守らなければ。
「……あら、ミネルヴァの魔術式でしょうか?流石に少し寒いですね。コートを着たい気分。」
「――でしたら一旦寝室に向かってみては?きっと暖かいコートがたくさんありますよ。」
「
それはぜひ頼みたい……が、魔女の王であるルーデウスでさえ負けた相手に
出来るならば、味方になり得る七色の魔女をここで失うわけにはいかないのだ。
僕がそんなことを考えている間にも、マトラが見えない攻撃を使って、
そして
「―――ッ!マトラね」
「正解……ちなみにまだ続ける予定だから」
マトラがそう言うと、
「見えないってだけでこんなに厄介とは……面倒です。」
「………しかし、見えない力よりも強いのは結局、圧倒的な力なのですよ。つまり、数の力です。」
そしてそのままゴーレム四体をマトラに向かわせながら、
「―――マトラ!!」
ミネルヴァがその事態に慌てて、守りに入ろうとするがマトラは極めて冷静にそれを制止した。
「ミネルヴァ……大丈夫。こんなの大したことないから。」
「―――早く倒れてください。私はすぐにスカちゃんを………」
その間もゴーレムと攻撃魔法は、マトラの命を狩ろうと迫ってくる。
しかしそれでもマトラは落ち着いた様子だ。
一体どんな企みが……?
「言っておくけど、私の
「――!?」
マトラがそう呟くと同時に、前方のゴーレム四体は見えない大きな力に吹き飛ばされ、壁に押し潰された。
「私の
そう言った直後、マトラはその場にばたりと倒れた。
「――マトラ!?」
ミネルヴァが焦ったように倒れたマトラに近寄ると、マトラは一言呟いて
「ごめん…魔力切れちゃった。あと任せるねー……それに、
その言葉を聞いて、ミネルヴァは勿論、僕とルーも
すると
「―――マトラ……強くなったじゃないですか……」
と、身体半身が消えている
「でも、たかがその程度です。」
そう言って
「……やはり、七色の魔女ともなるとあれくらいの傷はすぐに治してくるか」
ルーが悔しげに呟く。
しかし、対する僕は――喜びに震えていた。
なぜなら、今目の前で、七色の魔女の回復力と僕の回復力は同じくらいだと言う、ルーの仮説が証明されたからだ。おそらく僕もあれくらいの傷ならなおせる。
「………僕の力は……僕の回復魔法は、七色の魔女に匹敵する……!」
それは分かったが、状況は良くなっていない。むしろ、幹部長のマトラの力を失ったのはマイナスと言えるだろう。
残るはミネルヴァのみだが、彼女はどうも
現にまだ攻撃を一度も仕掛けることができていない。
「――ルー?お前のことを敬愛してるんだろあの魔女。だったらお前が止めれば、なんとか考えを改めてもらえるんじゃないか?」
僕がそう提案するが、ルーは首を振った。
「あやつは一度決めたことはそうそう曲げないタイプじゃ。いくらわしの言葉があろうとな。」
希望を持って提案した僕の考えは、すぐに絶望に染まる。
このまま
「―――ルー…僕らも止めに入るぞ。」
「……そうしたいのは山々じゃが、生憎わしは魔力切れじゃ。」
「――!?」
「今日は連戦続きで、尚且つこの世界に貴様とわしを運ぶ時、かなりの魔力を使ってしまった。召喚魔法は魔力消費が激しいからの。」
「……ってことは動けるのは僕だけか。」
「いや無理することもない。最悪、あのミネルヴァとかいうガキを身代わりに、貴様がわしに魔力を分けてくれればその隙をみて気絶くらいはさせられるはずじゃ。」
「――それはダメだ。」
僕が断言すると、ルーは「貴様ならそう言うと分かっておった。言ってみただけじゃよ。」と何故か嬉しそうに笑った。
ということはやはり。
「――やっぱ僕が行ってくる。なあに、すこし壁になってくるだけさ。」
「健闘を祈っておる。」
※※
まずい……マトラが魔力切れで気絶。残るは私だけ。
はっきり言って、私一人だけで
うちの幹部の最高戦力である、マトラの全ての魔力を使った攻撃でさえ、あのザマだったのだ。
それに最も最悪なのは、私が
「――もうお終いでしょうか?では、私はスカちゃんを殺しに―――」
「
「―――私が負けるとお思いで?」
皮膚がちぎれそうになる程の殺気と圧力。
私は思わずヒッと喉を鳴らし、身をすくませてしまうが
なんとか気丈に振舞おうと耐える。涙を堪えて。
「………正直に申し上げて、勝ち目はないかと!それとも
「―――それは無理でしょうね。」
「なら―――」
「しかし、それとこれとは話が別です。私は今すぐにでもスカちゃんを殺してしまいたい。私は命よりも、その時の気持ちを解消する方がよっぽど優先的事項なのです。」
「………そんな―――」
「―――馬鹿じゃねぇの?」
「――!?」
あの人間――何を考えて……
「………半人間さん……もう一度言ってもらえますか?よく聞こえなかったので。」
それは、おそらく
しかし、その人間は
「あんたは馬鹿だって言ったんだ。
と、先ほどと変わらない態度と言葉で応じた。
「………ルーデウス様の心遣いで生きている分際が、私に馬鹿……と?」
「じゃなかったらなんなんだ?僕は自分の命よりも一時のテンションに身を任せるような奴が馬鹿っていってるんだが?」
「――そうですか、勇気のある方なんですね。」
その瞬間、人間の頭部を損傷させに、
案の定、人間の頭部は爆裂し、肉片が辺りにぶちまけられる。
「言わんこっちゃないです!!」
しかし。
「――ッッでぇ……いきなりか」
と、人間は当然のように高度な回復魔法を用いて、損傷した頭部を再生させたのだった。その回復力は、七色の魔女である
「……さすがルーデウス様の魔力を半分貰ってるだけありますね。」
「ああ、運が良かったみたいだ僕は。」
「つくづくムカつく男ですね。ならば、回復力が追いつかないレベルまで粉々にしてあげれば良いだけです。」
「やれるもんなら―――」
ドドドドドドドドドドドド―――
マシンガンをぶちかますかのように、攻撃魔法を連続して打ち込む
当然それを受けた人間は、みるみるうちに蜂の巣に。
しかし、それにも負けないくらいの回復力で、失われた肉体を再生していく。
再生して、また消えて、再生して、再生して、また消えて、再生して――の繰り返し。
みたところ、まだ回復力の方が優っている様子だ。
「――なんて力なの……」
私は思わず呟いてしまっていた。
おそらく私があの攻撃を五秒でも受け続けたら、きっと今頃はただの肉塊になってしまっていたはずだ。
しかしあの人間はどうだ。
まだ加速する攻撃に、しがみついている。
「やるじゃないですか!でもまだ本番はここらからです!」
「―――――っ――――うっ――」
何度も顔面が壊されては再生を繰り返しているからか、言葉はぷつりぷつりと途切れながらになっている。
しかし死ぬ気配はまだまだない。
……人間でさえ動いているのに、私は何を―!
「――人間!」
私は氷の障壁を作って、一時人間を避難させる。
「―――いってぇ……助かったミネルヴァさん」
「気安く名前を呼ばないでください。しかし、今は非常事態……貴方と手を組むのは不愉快極まりないことですが…手伝っていただけますか?」
「―――勿論だ。」
※※
「きっとすぐに、この氷の壁も破壊されます。なので手短に作戦を立てましょう。何か攻撃魔法は使えますか?」
おそらく期待を込めての質問――だが
「悪いけど、攻撃面で期待されてたら僕は何も出来ないぞ。僕ができるのはせいぜい壁になるくらいだ。」
使えねぇ――みたいな目で僕を見るな。
しかし。
「わかりました。ならば、貴方が狙われている隙に私が遠くから攻撃魔法をできる限り打ち込みます。」
「―――でも、お前
「……………」
彼女はバツが悪そうに黙るが、すぐに口元を結ぶと
「いえ、大丈夫です。必ず止めて見せます。」
と気丈な態度でそう言ったのだった。
となれば作戦――と呼んでいいものなのか分からないほど、稚拙なものだが、それでも今できる最善はきっとこれだろう。
そしてそれと同時に、氷の壁も崩壊を迎えた。
「――やっと壊れました!」
すると氷の壁の外には、さっきマトラの時以上の魔獣の姿が。
「――僕が気を引くから一掃してくれ!」
そう言って僕は魔獣を引きつけるため、一旦ミネルヴァのそばから離れる。
「――当たったらすみません!」
「あとで謝ってくれるなら許す!」
「いやです!」
「ええ!?」
と、ともかくそれはいいとして。
ミネルヴァは氷柱のような攻撃魔法を、ゴーレムやツノの生えた狼に打ち込み血飛沫に変えていく。
しかし、マトラに比べるといかんせん火力不足が目立つ。
「―――いでぇ!」
僕はゴーレムに殴り飛ばされ、狼に次々と腹を食いちぎられ、遠くから
しかし、すぐにその傷も再生して、再び逃走を図る。
一旦距離を取らないと、あのまま一方的に攻撃を受けるだけだ!
それに、僕の再生も無限ではなく、魔力が続く限りで尚且つ、今日は連戦続きでもういくら魔力が残っているのか
僕には想像もつかない。
「魔力が切れた瞬間――僕の負けだな。」
そして人生ともおさらばである。くう、人間ってのは辛い。
そしてその間もミネルヴァが氷柱の魔法攻撃を打ち続けてくれたおかげで、なんとか魔獣の撃破に至る。
「……なるほど。そういう作戦ですか。」
そんなことを
くそ!気づきやがった!僕が攻撃魔法を使えない事実を!
「――――!」
僕は駆け出す。全速力を持って、ミネルヴァを救いに。
「僕は―――無力なんだ!だからせめて!壁くらいにならないと!」
ここにきた意味がない!!
脇腹に―――攻撃が突き刺さる。
なんとか間に合ったみたいだ。
「人間!!」
ミネルヴァが叫ぶ。危機一髪……だったなぁ。
というか……あれ?普段ならもう痛みは引いて、傷も治るはずなのに……今回の傷は治りが遅いなぁ。深かったのかなぁ。
痛い……熱い……なんで……治らないんだ?
「人間!貴方…魔力切れですよ!なんで盾になんか!」
ああそういうこと。ついに運も尽きたみたいだ。
ちょうどあの攻撃で回復したのが、最後の魔力だったわけか。
えぇと、なんで僕が盾になんかなったかだっけか?
そんなの決まってる。
「………コヒュゥ……僕が……それしか出来ないから……。みんな他のみんなは……命をかけて攻撃してるんだ。でも、僕にはそれが出来ないから……せめてこれくらいしないと……割に合わないと思ったんだ。」
「――――!そんな理由で……」
「命をかける馬鹿はどこにいるんですか――馬鹿野郎は貴方もでしょう。」
「一つ質問よろしいですか?半人間。」
「……生きてる間ならな。」
「なら急いで質問させていただきますね。貴方は、散々自分を蔑んだそこの魔女を……何故助けたので?」
何故助けたのか……そんなの
「さっきから言ってるだろ…これくらいしないと割に合わないからだよ」
「それはあくまで、味方の場合は……ですよね?しかし、ミネルヴァさんは味方ではないところが、むしろ差別の対象とされていたのですよ?貴方は」
「―――知るか馬鹿。今の間だけは味方だったんだ。庇うくらいは当たり前だ。」
ああつくづく馬鹿な回答してるな僕。
あれだけさっき
「――そうですか。では、私に楯突いたこと……あの世で後悔しなさいな。」
しかし。
「――――なんのおつもりで?」
「借りは返すタイプなんです。」
「こいつを殺されちゃ、わしも困るんでな。」
僕を庇うように、ミネルヴァとルーが前に出てくれた。
まあルーに関しては、僕が死ねば自身も死んでしまうため、当然の行動だとは思うが、それにしてもミネルヴァの方は意外だった。
「…………
「なら話は単純です。私と契りを結び直せばいいのです。そんな男は捨てて。」
「――やなこった。」
「なら悪いですが、ここで死んでください。ルーデウス様。」
おい敬愛してるって話はどこに……。
それに、マジでこのままだと死ぬって………
「――いいんだぞ。わしはここで貴様を殺してやっても。」
「怖いですよルーデウス様。冗談ですから。」
「「…………は?」」
「その男を殺すつもりはございません。退いてくださいな。」
しかしそれでもルーとミネルヴァはそれを止めようとするが、
今は魔力切れでほぼ幼女同然のルーと、単純に力不足のミネルヴァでは止められなかったようだ。
僕はついに死ぬのだと決心し、覚悟を固めた。
「ああ、今までありがとう世界―――そしっ―――」
あれ?
キスされた。
「―――ッッ!?……う……んちゅ……」
なになになになになに!?本当に何!?
すると突然のことに僕はおろか、ミネルヴァも驚きに目を白黒させる。
そして最初は驚いていたルーは、やがてその
「―――っぷは」
「………な、ななななななにすんだよ!」
「よく見てごらんなさい。自分の腹の傷を。」
そう言って彼女は僕の腹を指さす。
それに釣られ僕も腹を見ると
「―――治ってる?」
何が起きたのか。僕は魔力切れで回復はできなかったはずなのに。
するとルーが説明に乗り出した。
「今のは、契りとはまた少し違うんじゃが、それに似たようなことじゃな。契りが体、心、魔力を共有するものなら、今やったのは魔力のみを共有するものじゃ。」
「と、ということは、魔力を分け与えたというようなことでしょうか?」
ルーの説明に、ミネルヴァが質問すると、ルーの代わりに
「そういうことですとも。」
しかし、原理は分かったが、問題は何故それを僕にしたのかだ。
「あれだけさっきを僕にぶつけてきておいて、なんで助けたんだよ?」
すると
「………貴方はミネルヴァを助けてくださいましたし、それに熱くなりすぎた私の目を覚ましてくれましたからね。あのままミネルヴァを殺してしまっていたら、きっと私は死ぬほど後悔していたでしょうから…そのお礼です。」そう答えた。
「………なるほど?」
「とはいえ、馬鹿と呼ばれたのはまだ少し根に持っていますので……それはこれで許してあげます。」
そう言って
「これでおあいこです。」
「……………」
あのさ。
「何一件落着っぽい空気感流してんの?全然おあいこじゃないだろうが!!僕の方が圧倒的に攻撃受けてたんだけど!?」
「それは、貴方の実力不足です。そもそも貴方は私に攻撃してませんし、というかできませんし。」
「はぁ!?……ルー!僕に攻撃魔法教えてくれ!こいつに一発打ち込むから!」
「いつでも受けて立ちます。まあ当たればの話ですがね?」
「ああああ腹立つなこいつ!」
そんな言葉を応酬すると、ミネルヴァとルーが堪え切れなくなったかのように笑い出す。
そしてその笑い声で、マトラが目を覚ました。
「―――えぇ?何が起きてるの?」
マトラが仲良さそうに笑い合うルーとミネルヴァ、そして口論をする僕と
※※
「ともかく、タビナ、ミネルヴァ、マトラ、ルーデウス様…先程は迷惑をかけました申し訳ありません。次はきちんと話し合いをしますので、もう一度ことの顛末をお話しいただけますか?」
こうしていれば普通に礼儀正しい女王様なんだけど、ヒステリックな面を見たあとだと、違和感がすごすぎる。
そして話し合いをするルーと
話し合いが始まると、いよいよ僕らは暇になる。
すると横にいたミネルヴァが、あたふたした様子で僕に近寄ってくる。
「……どうしたんだ?」
「いやっあの……そのぉ……さっきは、ありがとうございました。庇っていただいて……それと、今までの無礼を謝ろうかと。」
彼女は本当に申し訳なさそうに謝ってくるものだから、僕も少し困ってしまう。
「いやいいって。僕も正直魔女を人間世界で見たら、仲良くはできないだろうし、むしろあの程度の無礼で止めるあんたらは尊敬ものだよ。多分僕らの世界だったらすぐに殺しにかかってるだろうし。」
「まあ、横にルーデウス様がいらっしゃいましたし。」
「あ………ああだよねぇ。」
つまり、ルーがいなければ普通に殺してたと。ああ怖い怖い。
それはさておき。
「まあ僕も気にしてないってこと。これからは
「………
ああそうか、まだその話は伝わってないのか。
「ごめん、こっちの話……というか今ルーと
「なぜそこまでして
「………家族が殺されたんだ奴に。まあ僕はそんなつまらない理由だよ。復讐だ。でも、ルーは僕と違って立派な目標かかげてたから、聞きたかったらあとで聞いてごらん。」
僕が、節目がちにそういうと、ミネルヴァが「そんなことありません」と言ってくる。
「え?」
「家族が殺されて、その復讐を望むことの何がつまらない理由なんですか。それも立派な動機です。一度は救われたこの身……私はタビナに協力しますよ。」
「………」
ミネルヴァは、そう言って優しい手つきで僕の肩を撫でてくれた。
その手は、なんだか―――
「―――母さん……」
僕は思わずそう呟いて、涙を流してしまう。
「ええ!?タ…タビナ!?」
驚いたようにミネルヴァが慌て出す。
そして、今度は横にいたマトラが
「あっれぇ?ミネルヴァタビナを泣かしたー」
と冷やかしにくる。
「ち、ちがいます!これは……」
困った様子のミネルヴァを庇う気持ちで僕は
「いや、本当に大丈夫だよ。目にゴミが入っただけだし。」と言った。
随分でかいゴミが入ったなぁ、と言ってから気がついた。
※※
「話し合いは終わったぞ」
ルーは何故か僕の手を握り出すと、そう言ってきた。
「なんだよこの手。」
「貴様はわしがこうしてないと、すぐにどこかに行くからの。リードのようなものだと思っといてくれ。」
「僕は犬かよ。」
そんなやりとりをしていると、くすくす笑いながら
「ルーデウス様は本当に愛らしい方ですね。以前のお姿もお綺麗でしたが、今のその小さな姿も……可愛らしい!!」
と、鼻血でも吹き出しそうな勢いだった。
ともあれ、話をまずは進めなければ。
「
僕は恐る恐る聞くと、彼女は
「当然、協力しますわ。ルーデウス様をこんな目に合わせたことも許せませんし、なにより……争いはもう懲り懲りですから。」
「…………………!」
「それに、タビナのご家族の敵討も……とらないとですからね。」
「……
やばい……さっきまでヒステリックやばい女認定だったのに、今の一瞬で好きになりそう。やっぱギャップって怖い………
「―――でもともかく、まずは七色の魔女一人目は攻略だな。」
「じゃな。しかし、楽なのはここまでじゃ。」
「楽……って……マジか?」
「ああ、あとの魔女とはあまり交友がなかったからの。どう転ぶか想像もつかん。」
「でしたらルーデウス様。次のターゲットは
「ほう。なら、次はそいつを狙ってみようかの。異論はあるか?」
「あるわけない。僕、この世界のことは何もわからないし、そこら辺は全部お前らに任せるよ。」
僕がそう言うと、
「しかし、私には国を守る義務がありますので、残念ながら一緒には行けません。お力になれずすみません……」
「いいのじゃ。貴様は貴様の仕事を全うしろ。」
「はぅ……かっこいいですルーデウス様!」
なんだこの茶番。まあでも、戦力になると思ってたから少しだけ残念ではあるが…まあいいか。
すると。
「しかし、せっかく協力関係になったのです。マトラ、ミネルヴァ、共に行ってきなさい。」
「――ですがこの国の守りが手薄になります!私はここに―――」
「大丈夫です。幹部はまだ残っていますし、貴方達が欠けても正直痛くも痒くもありません。万が一の場合には、私がいますし。それとも、貴方は私がそこら辺のものに負けるとお思いで?」
さっきと同じ問……しかし、今度は。
「………いえ!
「そうです。わかればいいのですよ。ともあれ、今日はお疲れでしょう。ルーデウス様、タビナ、部屋をお貸ししますので、お休みになさってください。」
そう言って微笑んだ彼女は、部下に部屋を準備するよう手配すると、その部下は僕らについてくるよう促してきた。
「い、いいのか
「ええ、協力関係ですからね。」
「――――何から何までありがとう。助かる。」
「―――ッ………い、いえ。礼には及びませんわ!」
? なんであんなに慌てて、顔も真っ赤にしてるんだろうか。しかし、本人も「???」と分かっていない様子。
まあ、なんでもいいだろ。とりあえず、今日は本当に……疲れた……
そして僕は、案内された部屋に辿り着く。
「わしは隣の部屋のようじゃな。」
「みたいだな。とりあえず僕はもう寝る……」
そう言い残して部屋に入ると、大きなベッドが一つ。
試しに寝転がると、とんでもないふかふか加減に、僕はすぐにでも眠ってしまいそうに。
「……ふ……ふああ……これは極楽だぁ」
そんな言葉が思わず漏れると、そのまま意識は微睡の中に吸い込まれていった。
お疲れ僕。