第4話 空中戦

文字数 12,034文字

 二発――攻撃魔法を撃ち、そのどちらもが命中したが、おそらくそのどちらも、ほぼ効果なしだろう。
 そして、相手はあの魔女の王ルーデウス。
 いくらこの距離とはいえど、気を抜くわけには行かないな。そう息を細く吐くと、私は再び魔法を練って標的を始末する準備を整える。
 しかし、私はその魔力を練る手を、一度中断してしまう。
 なぜなら。

「―――!? 向かってきている!?」

 位置がバレているとは分かっていたが、ここで私のスナイプに恐れをなさずに正面突破とは、流石に想定外だ。

「……いやでも待てよ?」

 これはチャンスだ。
 正体のわからないスナイパーに対して正面突破は、愚策中の愚策。
 なんせ。
 敵の的は大きくなる一方なのだから。
 私は先ほど中断した魔法を再び練ると、それをこちらに向かってくる標的に撃ち放つ。

※※

「―――――いッッッだあああ!」

 左脇腹が突然消え去る。その消えた肉片は一瞬にして蒸発でもしてしまったのだろうか。
 とりあえず分かることは、今はそんなことどうでもいい、だ。

「無事かルー?」

 僕の傷は数秒もあれば完全に元通り。改めて見ると驚くべき回復力だな我ながら。
 するとルーは僕を鼻で笑うと
「それはわしのセリフ……と言いたいところじゃが、貴様のその回復力があれば、その心配も無用と言ったところかの。それに―――」

 ルーは不敵に笑う。

「今ので位置はわかった。」

 そしてルーは更に加速し、僕もその間意識がブラックアウトしないように、神経を研ぎ澄ませる。
 さあ、四発目。撃つなら撃ってこいよ。

※※

 なるほど、攻撃が当たっているのに手応えがなかったのは、あの前衛……というか肉壁の男の回復力が原因か。
 さすがは魔女の王。
 廃墟街の管理人のデーラムから聞いた話通りの内容だ。
 ということは、魔女の王があの男を連れている理由は肉壁にするため?
 いやしかし、魔女の王ほどの回復力があればそんなものは必要ないと思うが……はて?
 まあいい。今は気にせずに打ち込む……と言うのは馬鹿の発想だな。
 おそらく先ほどの一発で、瘴気を辿られて私の位置はバレてしまっていることだろう。
 実際、接近する動きに迷いがなくなりスピードが明らかに上がっている。
「これはもう、スナイプ合戦は無理そうだ。」
 私はそう悟ると、空に浮かび上がり、そのまま接近してくる魔女の王から距離を取るために加速して、逆方向へ進む。

※※

「ルー!人影が浮かび上がったぞ。」
「言わんでも見れば分かる。スナイパーは距離を詰められたら終わりじゃからの。やつはそれを嫌って、距離を離しながら戦おうとしておるんじゃろ。」
「引き打ちってことか…面倒臭い。ちなみに、あいつに追いつけたりは?」
「貴様がわしに魔力を預けてくれれば、追いつけるかもしれんが、その間貴様は攻撃を受けても回復出来んぞ。」
「それは困るな。じゃあ悪いけど、攻撃は任せた。壁は引き続き僕が。」
 作戦が決まった僕らは―僕は訪れるであろう痛みに耐えるために、全身に力を入れる。
 そして、攻撃役のルーは魔力を練り始めた。
「せいぜい巻き込まれんように気をつけるんじゃな。」
「巻き込まないように気をつけろ。」

禍殃(かおう)

 そう口にした刹那、ルーの手元から青紫色の魔法が解き放たれ、前方を高速で飛行するスナイパーに向かっていく。
 そして、ルーはその魔法を永続させるかのように、打ち続けた。
 すると前方のスナイパーは、後ろを確認していないにも関わらず、魔法の存在を察知し、右に高速移動してそれを避けた。
 おそらく魔法の瘴気を感じ取って避けているのだろう。
 なんて考えていると、目の前がキラリと光った気がして
僕の視界は暗黒に包まれた。
 僕は突然の痛みと、どこからかやってきた熱さにうなされるように声を悲痛にあげる。
 しかしそれも一瞬ですぐに回復し、視界も良好に。
 とはいえ痛みがすぐに引くわけでもないので、ここから先は精神力がどれだけ持つかが鍵だな。頑張れ僕。

「気を張れよタビナ。連続でくるぞ。」
「…は?」

 ズドドドドドン――

 一、二、三、四――途中で数えるのを諦めてしまうほどの魔法の光が前方から。

「……おいルー!これは全部は受けきれない!多分僕その時にはいなくなってるって!」
「分かっておる!何個は避けてみせる」

 そう言ってルーは先のスナイパーのように、右に高速で逸れると、幾つか光が真横を過ぎていった。
 しかし、やはり幾つかは僕の手足胴体を焼き消していく。

「ぐああああああっっあああ――」

 じゅぅぅぅぅと、僕の身体が魔力の高圧エネルギーによって焼かれるのを感じる。これがまた痛いのなんの。
 しかし、やはり傷自体はすぐに治っていくから不思議なものだ。

「……もう少し我慢してくれよタビナ。わしは今回復に割いている魔力はないからの!」
「――分かってる――けど、やっぱいってぇな魔法って!」

 そう言っている間にも、僕の胴体、頭、手足は焼き消され、再び回復を繰り返していた。
 まあつまりは、僕は肉の壁として働けていたわけだ。

禍殃(かおう)!!』

 ルーが珍しく声を荒げて叫んだ。この焦ったい戦いにイラついているのかもしれない。
 しかし、相手もかなり空中での戦いに慣れているのか、ルーの攻撃をものともせずに高速で避けていく。

「……くっ!ちょこまかと羽虫のように……!」
「…………」

 ここままじゃ、だめだ。
 このまま続けても、ルーも僕も永遠に奴に追いつけず、いつかは僕にも魔力切れがきて、回復出来なくなる時が来る。そして、ルーの攻撃が当たれば話は変わってくるが、その気配は一向にない。
 というか、奴に当てること自体が不可能なのでは?と言いたくなるほど空中戦での経験遅に差がありそうだった。

「…………でも単純な火力はこっちが上だ。一発でも当てれば……」
「ああ、殺せると思うぞ。」
「……ルー、一つ作戦がある。」

 僕が真剣な面持ちで話を持ちかけると、ルーは不可解そうにした。

「……僕の魔力……持ってけ。それと、緋色魔女(スカーレット)の傷も僕が引き受ける。全盛期のお前なら、あんな奴……余裕だろ?」
 するとルーは苛立ったように
「おい何度というが、わしに魔力を一時渡すということは、回復ができなくなるということじゃぞ?つまり、一発でも致命傷になり得る攻撃を受ければ、貴様は死ぬということじゃ。」
「分かってる。だからそこはお前頼みなんだよ。僕が殺される前に、あいつを倒してくれればいい。」

「………それはなんじゃ?無茶振りか?」

 ルーは呆れたように笑うと僕は

「いいや、信頼だ。」

 と気障ったらしく笑った。
 らしくもなく不敵な笑みなんか浮かべて。

※※

 あいつ本当に魔女の王か?
 それが私の率直な感想だった。なんせ、奴の攻撃は正直生温いとしか言いようがなかったからだ。
 多分だが、このまま続けても永遠に避け切ることができる自信がある。そんな攻撃のぬるさ。
 それとも。

「私が成長したかぁ?」

 魔女の王もこの程度とは、やはり時代は変わっている。
 余裕も出てきた私は、ここで初めて背後に顔を向けた。
 すると。

「……は?」

 魔女の王ルーデウスと、肉壁の男が――キスを交わしていたのだ。

「この死地の中で……奴らは何をやっている!?」
 確か死期が迫ると、生物は生殖本能が高まるとは聞くが、魔女はその限りではない。
 ということは、男の暴走か?いやしかし――

 そんな考えがまとまらずにいた私は、背後の光景に再び驚くことになる。
 なんと、魔女の王が大きく成長していたのだ。
 それは、伝説と同じような艶やかな肢体と銀髪を靡かせた魅惑的な女性で―
 ―かつ――圧倒的な魔力をもっていた。

「………魔女の王は――全力ではなかったのか!?」

 そんな絶望的な思考がよぎる。

※※

「信頼とは……言ってくれるの。」

 こんなわしを信頼とは、タビナという人間……つくづく馬鹿で滑稽で――面白い!!

「嘘は言ってないさ。僕はお前の力は信頼してる。」
「ふん、じゃから貴様からそんなものを得ても意味がない。興味もな。」
「そうですかい。じゃあ、早く僕から魔力を」
「ああ、すぐに戻ってくる。」

 そして、わしは唇でタビナの唇に小さく触れた。
 ちゅっ―と、小さな音が響くと同時に、わしの体にはみるみるうちに力が蘇り、緋色魔女(スカーレット)につけられた焼けるような傷の呪いも失せていく。代わりにタビナは表情を歪ませる。おそらくワシの分まで呪いが回っているのじゃろう。

「――――すぐに仕留める。」

 そう呟くと同時に、わしは加速しタビナから手を離す。
 そして、タビナはもちろん飛ぶ技術など持ち合わせていないため、落下し始める。
 じゃから、わしがすることは、スナイパーを瞬殺してタビナを回収すること。

「なあに。簡単なことじゃよ。全盛期のわしならな。」

竜胆(りんどう)

 これは対象の能力を著しく下げる魔法。
 これによってスナイパーの速度が、みるみるうちに遅くなっていく。
 ただ、この魔法には魔力をたくさん使うため、全盛期のわしでなければ出せん。
 ああ―――やはりこの体は最高じゃあ!

 加速し、スナイパーに追いつく。

「―――ッ早い!?」
「違うぞ!貴様が遅いんじゃああああ!」

 ズドンと魔力を込めた一撃をゼロ距離から――つまり拳に乗せて殴り飛ばした。

「ぐはあっ!」

 吐血しながら、スナイパーは空の上で綺麗に吹き飛んでいく。
 しかし、彼女も手練れ。すぐに体制を整えると飛行を安定させる。

――が。

「無駄なんじゃよ。貴様如き…わしに一瞬でも叶うと思うたか?」

 今度は魔力を込めた魔法をゼロ距離から浴びせる。

禍殃(かおう)!!』

「―――――ッ」

 その瞬間――真っ赤な花火が空に咲いた。

 これでようやく倒した。
 次にするべきは、タビナの保護――しかし、思った以上に時間がかかってしまった。
 目算じゃが、タビナの地面との距離はほんの数百メートル。これ―――間に合うのか?

※※

 ああ、いってぇ身体中。
 現在、緋色魔女(スカーレット)の呪いの傷が僕の身体を焼くように蝕んでいた。
 そして、落下中。また、魔力もルーに渡してしまっているため、回復もできない。つまり、地面に触れた瞬間僕の人生は終了を意味する。
 瑠夏との約束も果たせなくなってしまう。

「………それだけは―――阻止しないとなぁ。」

※※

「タビナァァァァァァァァ!!」

 わしは加速する。加速して落下中のタビナの元へ飛んでいく。
 一刻も早く、タビナの元へ行かなければ。
 行けなかったのにも関わらず。

「待てぇぇ!」

「――!?」

「魔女の王!さっきはよくもやってくれたな……」

 そう言ってスナイパーが、血だらけの状態―それもわしの禍殃(かおう)の呪いの追加攻撃も影響して、地獄のような苦しみを味わっているであろうはずじゃが、それでもわしにひっついてこようとするタフさ。

「面倒じゃあ!!離すんじゃぁタビナが死んでしまう!」

「あの人間か………はははははっ!そういうことか!魔女の王…貴様あの人間と契りを交わしたのだな!なるほど合点がいった!ということは、やつが死ねば、貴様も死ぬわけだ!」

「…………っ小童風情が……貴様を瞬殺すればいいだけよ。」

「できればの話だけど――なぁ!」

 近距離からのスナイプ攻撃。
 これでも十分な脅威なり得るが、全盛期のわしからすればウスノロにも程がある一発。すぐに避けてタビナの元へ加速する。
 しかし―――

「いかせない!」

 そう言って魔法で鎖のようなものを具現化し、奴はわしの手足にそれを絡ませてくる。

「こざかしい!」

 しかしそれもわしは魔力を暴発させて破壊する。
 そして加速――加速―――加速!
 まずいあと少しだ――目算数十メートル!

 ――――いや違う。
 わしは知っている。
 自身の限界を。
 長く生きてきたからこそわかる現実じゃ。
 ここからタビナまでの距離は数百メートル。一キロとまでは行かないものの、五百以上は離れている。
 対してタビナと地面の距離は数十メートルで、おそらくもう五十もない。時間に換算すればあと五秒ほどで落下死だ。


         無理じゃ。


 明らかに間に合わない。

 どう考えても、どれだけ加速しても、間に合わない。
 そうこうしているうちにあと三秒もない。
 背後からは勝ち誇ったようなスナイパーの笑い声が聞こえてくる。
 しかし、それに対しての怒りも今はもうない。
 全てが終わったのだ――と、わしはこの一瞬で悟ってしまった。

 覚悟が決まってしまった。

 ああ――願わくば。

「………魔女と人間が共生できる……争いのない世界が実現されますように。」

※※

 死ぬ時はどんな感覚なのだろう。死後には、どのような世界が広がっているのだろう。
 死んだものにしかわからないそれは、当然わしにもわからない。
 もう少しでわかるはずだったが、どうやらその結果は免れたらしい。
 結論から単純に語れば、わしもタビナも死ななかった。

 なんと、着地する寸前にタビナの身体が浮き上がったのだ。

「――――!? なぜ……?」

「ど、どういうこと!?だって…あの人間はいま魔女の王に魔力を全て預けてるはずで、空を飛ぶ魔力なんて残ってるはずないのに!」

 スナイパーがそう呟く。
 その疑問には大いに賛成というか、疑問の大部分はそこなのじゃが、それにしてもなぜ。
 とりあえずわしはスナイパーを一旦処理することにした。

弱禍(じゃっか)

 スナイパーはふっと意識をなくして、そのまま落下していった。

「……何はともあれ、助かったというこのかの。」

 わしはそのままタビナの元へ加速していく。


 近くまできて分かったことじゃが、タビナは気絶していた。おそらく空中から落下した恐怖で、意識がブラックアウトしたのだと思う。
 しかし、それならばさらに疑問は湧き出る。

 なぜタビナは、無意識に魔法を扱えているのか。
 なぜタビナは、魔力がないにも関わらず浮遊できているのか。
 単純に考えれば、タビナは元から魔力を持っていたということになるが、はたして人間の中で魔力を持つものは存在するのだろうか――否。そんなものは存在しない。
 ただ、これもいえることだが、時代は進んでいく。
 タビナのこの件も、前例がないというだけで。

「あり得ない話では―決してないんじゃよな。」

 とにかく、このことはタビナには伝えない方が良いな。
 自身に魔力があると分かれば、どんな無茶をするかわからん。

※※

 意識が戻ると、僕は見慣れない木陰で―――膝枕をされていた。

「――!?」

 バッと飛び起きると、くすくすと笑い声が聞こえる。
 誰のものかは確認するまでもない。このどこまで行っても見下してくるような、嘲笑ってくるかのような悪趣味な笑い方は。
「……ルーか。お前がその姿で、僕が今ここで膝枕をされてたってことは成功したんだな?」

 すると、ルーは苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべ、何か言いたげにしていたが、やがて口を閉ざして「ああ」と呟いた。
 いやいや、何今の。
 明らかに何か隠してる素ぶりだったよな。
 しかし、そんなルーの姿は珍しかったので、よっぽどのことを隠していると見受けた僕は、とりあえずは知らん顔しておいてやることにした。

「そういえば、僕気絶してる間変な夢見たんだよな。」
「夢…?なんじゃ、わしが必死に戦っとる時に夢なんか見て……」

 ルーはムムと不満げに顔を顰めた。
 しかし、なんだか意味がありそうな内容だった気がするのだが――忘れたな。
 まあどうせ夢だ。覚えてようがなかろうが、使う機会なんてほぼないだろう。精々使えて、会話のテーマが夢になった時くらいだ。
 そして、そんな機会が訪れる機会もほぼほぼ無いため、このことは忘れてもなんの支障もないということだ。ふぅスッキリした。

閑話休題。

「身体はもう大丈夫なのか?」

 ルーが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

「なんだお前…人の心配なんか出来たのか。唯我独尊キャラのくせに。」と毒付いてみせると
「なんじゃそれは!わしをそこまで最低なやつだと思っておったのか!?」

 と、心外そうに叫ぶ彼女だが、よくよく考えればルーが心配するのも頷ける。なぜなら、僕とルーは契りで結ばれている状態。つまり、片側が死んで仕舞えば、もう片方も同様に死んでしまうからだ。
 つまるところ、僕のことを心配しているんじゃなくて、自分のことを心配している、と。
 まあその方がルーらしくていいな。変な期待を持たずに済むし。

「………なんだか色々考えてるようじゃが、わしが貴様を心配しているのは本当じゃぞ。」
「……ふぅん、それは自分のため?」

 これは少し意地の悪い言い方になってしまったが、彼女はそんなこと気にした様子もなく
「まあそれもあるが、わしは今契りの関係があろうとなかろうと、貴様が死んでしまうのは……少しだけ寂しい。」なんて言葉を吐くのだった。

「…………」

 なんだよ、信頼出来てなかったのは――僕の方じゃん。
 そんな自己嫌悪をひとつまみしてから、僕らは再び旅を続けることに。
 しかし、戦闘後というのもあってかその足取りは重く、拙いものだった。まるで、歩き慣れていない子鹿のような。

「―――――みつ……けたぞ!」

「「――!?」」
 
 こいつ――さっきのスナイパーか!?

「いい加減にしろよ貴様。しつこいにも程がある。何の用があってそこまでわしらに絡むのじゃ?」

 流石に苛立ったようにルーが僕の前に立つ。しかし、立場的に、肉壁の僕が前に出た方がいいと思うのだが。
 しかし、そんな僕の考えはとうとう日の目を浴びることなく会話は進行していくこととなる。

「黙れ……!デーラムから通達が入ったんだよ。魔女の王と人間の匂いがする謎の男が、雌黄魔女(フィメイル)様に何か企みをしているという通達が…!」
「……デーラム?誰じゃそいつは」

 ルーは疑問符を頭に浮かべ、僕の方にも顔を向けて尋ねるがあいにく僕の知識の中にない名前だった。
 すると血反吐を吐きながら、満身創痍のスナイパーが

「廃墟街の管理をしている男だぁ!忘れたとは言わせんぞ…貴様らが瀕死まで追いやったんだろうが!」
「先に襲ってきたのは向こうじゃろ。責められる謂れはない。それに、雌黄魔女(フィメイル)にも、しっかりとした話合いをしにいたんじゃ。そんな物騒なことは目論んでおらん。」
「黙れ黙れ黙れぇぇ!誰が敵の言葉など信じる
か!」

 ――話し合いにならないなこいつ。

「……なあルー。こいつもう感情的になりすぎて、話し合い出来ないぞ。」
「そうじゃな…殺すか。」

 できるならば情報を吐かせたかったところだが、それすらも叶わなそうな状態だ。
 この後も旅を邪魔されても敵わないし、ここは始末しておくのが一番だとは思うが――まあいいか、家族でもないこいつの命なんて、奪ったところで何も感じないだろうしな。
 元来、僕は人でなしなんだ。心なんて痛むわけがない。
 そして、ルーが魔力を練り始めた瞬間――

「お待ちください、ルーデウス様」

 そんな一言で、世界は静寂に包まれた。

「………誰じゃ貴様。また新手の敵かの?」

 突然現れたその女は、白い装束に体を包み、真っ白な髪色と生気を感じさせない黒い瞳を持つ、目を見張るほどの美人だった。

「いえ、まあルーデウス様の今後の行動によっては、争うことにはなるかもしれませんが、現時点では敵ではありません。」

 そんな含みのある言葉に対して
「……つまり、味方でもないと?」と、突っ込むと
「申し訳ありませんが、貴方はどなたでしょうか?色濃く人間の匂いを漂わせておりますが、瘴気も感じますね。まるで魔女と人間のハーフのようで」と空気を張り詰めさせるほどの殺意をこめられる。
 そこで、それを静止させるようにルーが僕を庇うように前に出て
「そういう認識で今は構わん。後に説明する。」と白装束の女を上回るほどの殺気を込めて口にすると、これにはその白装束の女も「――承知しました。」と頷くしかなくなる。
 しかし、問題はまだ終わっていない。

「邪魔をするなミネルヴァ!魔女の王とその男を雌黄魔女(フィメイル)様に会わせるのは危険すぎる!」

 スナイパーは未だ納得していない様子で、騒ぎ吠え立てる。聞き分けのない駄々っ子のように。

「――聞き入れなさい。」

 白装束の女――もといミネルヴァは、先ほどのように殺意を込めてそう呟いた。
 しかしスナイパーも負けじと殺意をぶつける。

「………おいミネルヴァ?なんだ殺意(それ)?誰に向けてんだよ?」
「貴方以外に誰がいるというのです?」
「……………随分と舐められたもんだな。確かに今私は満身創痍だけど――お前に負けるほど弱くはなってねぇぞ。勉強しか出来ねぇへなちょこ幹部が。」
「――勉強しかできないへなちょこ……まあ、その認識で間違ってはいませんが――」

 次の瞬間―氷柱のような攻撃魔法が、スナイパーの首を一閃した。

「――貴方に負けるほど落ちぶれてはいませんよ。」

閑話休題。

「さて、お見苦しいところを見せてしまいました申し訳ございません。彼女は幹部の中でも血気盛んで、命令違反も幾度となくしていたものですから、その分の罰ということで。」

 罰というには、あまりに重すぎるとは思ったが、本来僕らがやるはずだった行為を代わりにやってくれたと考えれば、ありがたいとさえ思える。
 それにしても、このミネルヴァという女、魔力を練ってから攻撃魔法を撃つまでのタイムラグがほぼなかった。
――それに。

「紋様があった。」

 今は隠れてしまったが、さっき攻撃魔法を撃ち込んだ時の風圧で、後ろ髪が舞い上がったことで見えた、うなじに刻まれた紋様が。

「それは……突然変異瞬間(ミュータント)で間違いないの。」

 つまり、魔法の真骨頂である魔術式の持ち主ということだ。

「…………」

 互いに無言でいると、ミネルヴァは「どうされました?着いてきてくださいよ?」と僕らに念押ししていた。
 どうやらこれから飛んで向かうから、着いてこいということらしい。

「悪い…ルー。また僕を運んでってもらえるか?」
「よかろう。しっかり掴まるのじゃぞ。」

 言われなくとも――そう告げてルーの肩に手をやると

「ひぁっ!」
「あっ悪い!」

 くすぐったかったみたい。

※※

「うぇぇ…気持ち悪い」

 長時間の飛行による、高所にずっといたため僕は軽い高山病のような状態になっていた。どうやら回復魔法では病は治せないみたい。
 すると情け容赦のないルーの「早くしろ置いていかれるぞ」という一言によって、僕は再び歩かせられるのだった。

「……それにしても、ここが雌黄魔女(フィメイル)のいる国なのか。つーか、国王なのか」
「まあ実力至上主義じゃからの。国王になる権利も結局強さが選定基準なんじゃよ。」

 へぇ、と興味深げ(これは本当)に僕はあたりを見渡してみる。すると、やはり魔女がたくさんいて、僕らは注目の的になってしまっていた。

「あれ魔女の王ルーデウス様だよな!?始めたみたー」「何あの横にいる男…人間臭いんだけど」「それに前を歩いてるのは、ミネルヴァ様!?なんで人間なんか」「でもあの人間からは、瘴気もかんじるよー?」「どういうことだ?」「何者だー?」「きもちわり」

 そんな声が次々と聞こえてくる。むぅ、噂話をするなら僕らの耳に入らないところでやってもらいたいものだ。

「もうすぐにつきますので、しばらくの辛抱を。」

 ミネルヴァは、そんな僕の心の声が聞こえていたのかそう言った。まあでも実際そんなことはありえないので、僕の反応から読み取ったのだろうけど。………しかし、そうとも言い切れないのが、この魔法の世界なんだよなぁ。心を読む魔法なんてものがあっても不思議じゃない。

「……フン、一般市民の分際でわしのことをジロジロ見るなんて……感謝しろよ」

 なんて毒付いている魔女の王はさておき、僕はミネルヴァの後をついていくことだけに集中する。他の噂話なんて捨ておけ。聞くだけ無駄だ。
 すると、大地が激しく震えた。
 まるで隕石でも落ちてきたかのように。

「――マトラ。派手な登場はよしてください。もし今ので民衆の一人でも潰してしまったら、どうするおつもりだったのですか。」
「んー?そうだなぁとりあえず謝って、回復魔法をかけてあげる。でも、それでも死んだら、そいつのことは忘れるよ。」

 随分と勝手な物言いだなと思う。
 それにしても、この小柄な………女の子があれだけの質量を感じさせる落下をしてきたのか?
 それはたぬきにでも騙されたような感覚で、到底信じられるような光景ではなかった。

「それで……そこにいるのが魔女の王様?」
「ええ、あの伝説の魔女の王ルーデウス様です。」

 そう言われて、ルーはなんだか少し誇らしげに胸を張っていた。
 しかし。

「なんだかちんちくりんだねー。伝説によるともっと大きくなかった?色々と」
 そう言ってマトラはルーの胸元を見る。
 そして、案の定ルーは額に青筋を浮かべると大声を上げだす。

「なんじゃとくそがきがぁぁ!貴様も大してわしと変わらんじゃろうが!」
「残念でしたー私は一応Bカップはありますー。」
「B!?はっ、その程度でイキがれると思うなよ!おいタビナ!わしに魔力をよこせ!このガキにわしのかつての美貌を見せつけるんじゃ!」
「そんなことのために、そんなリスキーなことできるわけねぇだろ。もしその隙に攻撃でもされたら、僕――」

 ここで気がつく。僕はなに弱点をペラペラと喋ろうとしているのかと。幸い誰も気にした素振りはなかったが、気をつけなければ。
 すると、ミネルヴァが合点いったように頷いた。

「なるほどそういうことでしたか。魔力をよこすやら、ルーデウス様のその変わり果てた姿やら、疑問は多々ありましたが、お二人は契りを交わしていたのですね。」

 察しがいい。今の会話の情報だけで、その真理を掴み取るとは。
 ルーは感心した様子で、ほうと頷くが、同時に看破されたことによる悔しさも混在したような感じで答えた。

「まあそうじゃが……それ以上の質問は受け付けない。なぜわしとタビナが契りを交わしたのかについても、勿論答えない。」
「そうですか、それは残念ですがなんとなく想像は付いておりますよ。ルーデウス様は、その男に禁断の恋をしてしまったのですよね。」
「―――――!?」

 その一言でルーは頬を真っ赤に染め、耳まで赤くなっている。

「な訳ないじゃろ!貴様も黙っておれば勝手なことをずけずけと!やはり雌黄魔女(フィメイル)の手下は全員わしの気分を害するやつしかおらんのかぁ!」

 と、散々叫び立てるのをなんとか宥めながら僕はミネルヴァとその横にいるマトラを交互に見つめた。

「………ということで、僕はそんなかんじで人間でもあり魔女でもあるハーフのような存在なんです。」

 まあ実際は、魔女に近い肉体になってきているのだが、それは伝えなくてもいいだろう。
 するとマトラは

「へぇ、魔女の王様と契りを交わせるなんて、お兄さんかなり運がいいよねぇ。誇れば?」

 なんだこいつ…ぶん殴っていいかな。しかし争っても僕が負ける運命しか見えないので、その怒りはなんとか鎮める。
 そして続いて口を開いたのは、ミネルヴァの方だった。

「魔女と人間のハーフ……とはいえ、貴方から色濃く発せられる人間の匂いは不愉快です。近寄らないでくださいね。」

「……は、はい」

 えぇ……人間へのヘイトが凄まじい…。こういう人間大嫌いみたいな人もいるのか魔女には。
 つまるところ、緋色魔女(スカーレット)を倒せば万事解決!ってわけでもなさそうだな。
 やはり道のりは長い。

「………そして、着きましたよ。あちらが雌黄魔女(フィメイル)様の暮らす王邸です。」

 突然僕への態度とは打って変わった様子を見せ、僕は若干傷つくのだった。

※※

「あ、半分人間の貴方は靴をお脱ぎください。どんな汚いものを踏んで歩いているのか分からないので。」

 うわあああもうやだこの人!いくら嫌いだからってここまで徹底した嫌がらせ酷すぎるだろ。
 しかし、指示を聞かなければ僕は中に入れないため、ここは大人しく従う。
 そして靴を脱いでそれを王邸の靴箱に………ってそんなものがあるはずもない。

「あの、この靴はどこに置けば……?」
「魔法で収納すれば良いではないですか。」
「少し嫌がらせが過ぎるぞミネルヴァ。一応そのタビナはわしの半身じゃ。そこまでやられると気分が悪い。」
「すみませんルーデウス様。そこまで頭が回りませんでした謝罪いたします。」

 まあその態度の違いがさらに僕を傷つけるんだけどね?
まあ別に、僕は気にしないけどね?勝手にやってくださいって感じだけどね?
 しかし、謝罪をうけたルーデウスは、なお不機嫌と言った様子だ。

「貴様…謝るならわしではなくタビナに対してではないのか?」
「…………………」

 ミネルヴァは僕を睨め上げると、かなり不満気にしながらもルーの頼みだからか、しっかり謝ってきた。

「申し訳ございませんタビナ様。」
「……いえ、僕は気にしてないので。」

 嘘に決まってるだろ久しぶりにあそこまで傷ついた。

「ねぇねぇそんなのどうでもいいから早くいこうよー。私任務帰りだからできれば早く休みたいのー!」

 と、僕らを急かすのは子供みたいなアニメ声をあげるマトラ。
 するとミネルヴァが「そうですね、すみません」とかるく謝ってから先をいくマトラに並んで、僕らを導いてくれた。
 ―――ということは、ミネルヴァはこれでここにいる人全員に謝ったってことか。大変な人生だな。

閑話休題。

「この扉の向こう側に雌黄魔女(フィメイル)様がいらっしゃいます。もちろん、不審な行動をすれば、私とここにいるマトラが全力で殺しにかかりますので、くれぐれもそういった行動はしないように。」
「しっーかり殺してあげるから任せてー」

 という注意を受け、僕は内心ビクつきながらも王の待つ部屋へと足を進める。
 そして扉を開けてすぐ目に入ったのは―――

「―――ようこそいらっしゃいくださいました。そしてお久しぶりですルーデウス様………と、どなた?」

 ―そんな困惑する雌黄魔女(フィメイル)の姿だった。
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登場人物紹介

未度多比名(みたびたびな)

元々感情の起伏が薄く、人間味がなかったが、両親の死をきっかけに感情を取り戻す。そして魔女に復讐を誓う。

普段はぶっきらぼうながらもふ優しい。

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